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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第11話

 

「下見に来てくれると思ってましたよ」

「……同行者が行きたがったので」

「はは、まさか今日、オリヴァー様ご本人が来るとは予想外でした」


 そこは二人用のブースで、二人分の椅子しかない。

 カミールはすでに片方に座っていて、タリアにも座るように促したが、あまり時間をかけるとみんなに怪しまれたり、心配させたりすると思ったので断った。


「貴方は、この演芸場のどういうお立場か気になっているんですが」

「オーナーですよ、もちろん……とはいえ、この若さなので信じて貰えないのがいつものことなんですが」


 そう言って笑うカミールは、淡い茶色の、少し癖のある髪。長めの前髪を上げて大人っぽくは見せているが、タリアとさほど変わらない年齢に見えた。

 タリアは初めて会った時から疑問だったのだ。

 タリアに「私の店で働いて欲しい」と仕事を持ちかけてきたのはカミールだったが、その若さで本当に自分の店を持っているのかと。


 そして今日、ネーヴェを実際に見て、これほどまでに大掛かりな施設の管理、運営をやっていることになるとわかり、疑問はますます深まった。


 だから改めて、カミールの立場を確認したかったのだ。


「私の身の上話なら、機会があれば後日にまた。で、実際にここを見たご感想は?」

「楽しめましたよ? いかがわしい内容だったらどうしようかと思いましたけど」

「ははっ、いかがわしいって……そういうのはどの町にも溢れてますからねー。わざわざ新しく作る必要もないかと」

「そうですか」

「今日は歌劇でしたけど、曜日によっては歌とダンスのショーをしたり、音楽だけの日もあって」

「ここと同じような演芸場がオブシディアンにも?」

「いいえ。オブシディアンはもっと小規模です。色々と規制も厳しい国なので、歌劇も演劇もできないですし、そもそも娯楽施設を建設する人材も、ただの娯楽にお金を出す人もいません。だから、メインは酒場です。音楽と酒を楽しむための店です」

「それで、私に演奏を? ここではなく、なぜオブシディアンに?」

「オブシディアンの酒場を立ち上げたばかりだというのもありますが、貴女にとってはオブシディアンの方がいいかと思っただけです」

「……それはなぜです?」

「それ以上の情報は対価を頂きませんと」

「……ああ、魔女がオブシディアンにいるから、って事で理解して良さそうですね」

「わー、ばれちゃいましたか」


 カミールが白々しく驚いて見せるので、タリアは視線を鋭くした。


「私に魔女の情報を渡す対価が、オブシディアンの店で働く事でしょう? 私をオブシディアンで働かせる理由に対価が必要となるのなら、そこに魔女がいるのかと」

「……話が早くて助かります。実は、最終的な目的はオブシディアンの貴族から情報を集める事でして」

「私が貴族に気に入られ、情報を引き出せ、と?」

「そんなに危険なことをさせるつもりはありません。ただ、貴族の家で行われるパーティの演奏に呼ばれる程度には仲良くなって頂きたい。その後のことは専門チームが護衛として入り、情報を集めます」


 カミールからの仕事の話がもたらされた時、タリアが一番不安に思ったのは、自分の演奏が仕事として通用するのかどうか、ということだった。

 練習はしていたが人前で演奏することを嫌い、自分だけが楽しめればそれでいいと思っていた。

 趣味程度の演奏で本当にいいのか。それが不安だった。


「……この容姿と、演奏で大丈夫なんですか?」

「自信、ないですか? あれだけ西の塔の貴族を虜にしておいて」

「虜ってほどではないかと」

「あれだけ楽器を贈られておいて、それは過小評価しすぎです。貴女の演奏は武器になる。その容姿もね」

「……そうでしょうか」

「保証しますよ」


 確かに、西の塔の貴族はタリアが屋上で練習するのを楽しみにしていたのは知っている。

 練習をしなくなって、楽器が壊れたのではないかと心配され、色々な楽器を貰ったことも事実。

 けれどそれはオリヴァーの里子と第二王子の婚約者という立場もあって、タリアに取り入っておきたいなどの思惑や下心が含まれているとタリアは思う。


 しかし、カミールは何をどれだけ知っているのだろう。

 タリアが西の塔の貴族に贈られた楽器は一つや二つではない。「あれだけ楽器を贈られておいて」という言葉からも、タリアが貰った楽器の全てを把握しているようにも思えた。


「なんなら、お試し期間を設けましょうか? 三ヶ月くらいやってみて、無理そうならレオまでお届けしますし」

「……そんなことも可能なんですか?」

「こんな条件で貴女を口説き落とせるなら」


 お試し期間。タリアにとってかなりの好条件だった。

 容姿にはそれなりに自信がある。しかし演奏には自信がない。タリアの演奏が通用するのか。それを見極める期間があるのは喜ばしい。


「……二日、時間をください」


 カミールという人物が信用に値するのかは全くわからない。

 けれど、今は王都レオに帰りたくないタリアにとってカミールの話は渡りに船。

 三ヶ月経って無理だと分かり、本当に送り届けてくれるかまではわからないが、路銀さえあればどうにかクオーツに戻る手立てはどうにかなるだろう。


 オリヴァーたちはこれまでの旅路において、少なくても丸一日は観光の時間を作っていた。

 明日は観光の日となり、出発は明後日以降になるだろう。

 それを見越し、タリアは二日欲しいと言った。


「わかりました。では二日後の早朝、五時。もっと早くてもかまいません。心が決まったら来てください。引き止められないよう、すぐに出発できる準備をしてお待ちしています」


 タリアがその気になっている。それがカミールにもわかったようだ。

 クオーツにとって、タリアにまだ『スティグマータの乙女』の可能性を見ているのかはいまいち分からないのが現状だ。

 けれどウィリアムは、タリアがまた魔女に狙われる可能性を考えている。保護対象であることは変わらないと考えていた方が賢明だった。

 そうなると、タリアがクオーツを離れることは、決して認めて貰えない。

 だからこそ、引き止められないよう、みんなが寝ている深夜早朝に抜け出すしかない。

 また、追っ手の準備が整うまでにこの町から出来るだけ離れておく必要がある。

 だからこそカミールは、タリアが逃げ出しやすいように準備を整えておくと言った。




 タリアは静かにブースを出て、何気ない顔でみんなのいるブースに戻った。


 オリヴァーはまだ演者や演芸場の関係者に囲まれていて、ほかの面子は何もすることがなく飽きてしまっているようだった。


「オリヴァーさーん、そろそろ帰りましょうよー」

「ああ、そうだな」


 ルドルフが声をかけたことで、オリヴァーは話を切り上げた。

 実は、帰ろうと急かしてくれるのを待っていたらしい。


 その後、みんなで食事をしに店に入り、宿へと戻る。

 宿の入り口でオリヴァーとルドルフは酒場に行くと言って別行動を取ることになった。


「タリアさん、相談があるのですが……」


 ナターシャに呼び止められ、タリアはオリヴァーとナターシャの部屋にお邪魔することになった。


「あの、相談ついでに、お茶の淹れ方も教わりたいのですが……」

「いいですよ。オリヴァーさんも好きだし、是非」


 タリアのお茶はカーラ直伝の茶葉のブレンドと淹れ方だった。ナターシャには茶葉の配分もしっかりと教える。


「それで、ご相談とは?」


 淹れたばかりのお茶を口に運び、二人ともホッと息を吐き出したところで、タリアが切り出した。


「とても聞きにくいんですが、タリアさんが看護師の知識をお持ちだと聞いて」

「ええ……どこか体調が悪いとかですか?」

「いえいえ。洞窟から出てから体調を崩すことなんて全く! あのですね……私、まだ子供を授かれると思いますか?」


 そんなナターシャの質問に、タリアは瞬きも忘れてしまうほど驚いた。


「ほら、私、この世界に来て百年近くになるでしょう? 実際の年齢も全く分からないし……」


 タリアは勢いよく立ち上がり、部屋に備え付けのデスクの引き出しを開け、そこから紙とペンを取り出してナターシャの前に戻った。


「ナターシャさん、月経はありますか?」

「ええ。洞窟から出て、ほぼ二十八日で」

「洞窟にいた時は?」

「七年か八年に一度くらい? だったかと」

「ギルが生まれたのはデュランさんよりすこし前って話でしたよね?」

「え、ええ……」


 タリアは頭の中を整理するため、ぶつぶつと呟きながら数字を書き込んでいく。


 ずっと洞窟の中で過ごしていたナターシャだが、そんな中でもギルバートは生まれた。

 洞窟内は完全に時間が止まっているのではなく、かなりゆっくりと時間が流れているということだ。


「多分ですけど、ナターシャさんが洞窟にいた期間は十ヶ月から一年程度かもしれません。十七歳でこの世界に来て、十八歳で洞窟から出たとすると二十七歳。妊娠出産に何も問題はないんじゃないかと……って、泣かないでくださいっ」


 静かに、ハラハラと涙を零したナターシャに、タリアは焦った。


「ごめんなさい、嬉しくて……前の世界とこの世界のオリヴァーの、両方の子供を授かれたらどんなに幸せなんだろうって思わずにいられなくて……でも、不安で」

「いや、絶対じゃないですよ? 妊娠って本当に奇跡みたいなもので、受精できるタイミングは二十八日間のうち、数時間しかないんじゃないかって言われてて」

「ふふっ、難しいことはいいんです。ただ、少しだけであっても可能性はあるって、タリアさんに言われたら嬉しいなって思っていただけなので」


 涙を拭い、嬉しそうに笑うナターシャに複雑な思いを感じつつ、オリヴァーとナターシャの子供が生まれてきたら、それは本当に喜ばしいことだとタリアは思った。


 そしてタリアは妊娠しやすいタイミングについても説明し、ただそれは体調や精神面でズレるものでもあるので、あくまでも参考程度にしておくようにと念を押した。


「あの、私もナターシャさんに聞きたいことが……」

「私に? なんでしょう? 答えられるかしら」

「オリヴァーさんのことです」


 タリアはずっと疑問だったことを、いい機会かもしれないと思い聞いてみることにした。


 前の世界でオリヴァーとナターシャは結婚の約束をしていた。

 ナターシャは転移の際に体の色素が抜けてしまったものの、他は前の世界と同じ姿だ。

 しかしオリヴァーは全くの別人。しかも年齢もかなり違う。

 それでもナターシャは当たり前のようにオリヴァーと結ばれ、子を授かりたいと言う。

 それが不思議だった。


「そうね。姿は本当に違う。でも、初めて二人で話した時、前と容姿が違うことなんて気にならなかったわ。前と変わらず、話しているだけで幸せな気持ちになった。当たり前のように、ずっとそばに居たいと思った。容姿が気にならない理由は私にもわかりません……こんな答えしかできないけれど、いいかしら?」


 十分です。とタリアは答え、二人は顔を見合わせて微笑みを交わす。




 自分の部屋に戻ったタリアは、当たり前のようにいるウィリアムに、諦めのため息をついた。




  ※ ※




 翌日はタリアの予想していた通り、丸一日観光をした。


 タリアはオリヴァーを観察し、オリヴァーが一人になるタイミングをはかっていた。

 誰にも言わずに去ろうとも思ったが、散々世話になって来たオリヴァーに一言もなく去ることはできないと考えたのだ。

 オリヴァーなら、最終的にはタリアの望み通りにしてくれる。そんな信頼もあって。


(なんか……オリヴァーさん、元気ないかも……)


 観察していて気づいた。

 楽しそうにはしゃぐ子どもたちに混ざって、怪我の無いように目を配りながらも、時折見せる憂いのような目。

 それが気になって、夕食後、タリアはオリヴァーを外へと連れ出した。


「タリアと二人で話すのは久しぶりだな。何だかんだ、色々あったし」

「そうですね。本当に、色々ありすぎました。ねぇ、オリヴァーさん」

「ん?」

「何か、悩み事でもあるんですか?」


 オリヴァーは困ったように笑い、どこかに座ろうと言って、宿の近くの大通りにあるベンチに腰掛けた。


「お前の悩みは解決したか?」

「はい、ほぼ」

「そうか。それは良かった」

「もしかして、子供達の事、まだ……」

「ああ。どうするのがいいか、決めきれなくてな」


 王都レオに子供達を連れ帰る。処遇は王都レオに到着するまでに決める。そう言ったのはオリヴァーだったが、まだ決められずに悩んでいた。


「全員もれなく里子にしちゃうのかと思ってました」

「それは、実は全く考えてないんだ」

「そうなんですか? 意外です」

「意外、か?」

「ええ。だって保護下に置くって言ってたから」

「まぁ、それが一番楽なのかもしれない。だが、ギルのこともあってな」

「ギル?」

「俺の里子だってことで、結構なプレッシャーあったみたいだし、周囲の目もあってな」


 オリヴァーは以前、ギルバートにオリヴァー家の紋章の入った短刀を渡した日の話をした。


 その短刀はリアムとユーゴには聖騎士団養成学校に入学が決まった祝いとして渡したものと同じもの。いつギルバートに渡そうかと悩んでいた。

 ギルバートは特殊魔法はおろか、生活魔法すら使えなかった。

 一般の学校に通わず兵士見習いとなったものの、『生きる英雄』の養子で、兄達は聖騎士団に入隊。魔力を持たないギルバートは兄達と比較され、近くにオリヴァーがいることを僻む輩からの嫌がらせを受けていた。

 そんなギルバートにオリヴァー家の紋章の入った短刀を贈っても、持ち歩けないのではないか。

 それでも、ギルバートが兄達の短刀を羨ましく見ていたことも知っていたので、オリヴァーは悩んでいた。


 そしてギルバートは自分のせいでオリヴァーの評判や評価が下がっているのではないかと、オリヴァーの元にいてはいけないのではないかと思っていた。


「ギルが、そんなことを……」

「みんな里子にしちまったら、また同じことを繰り返すことになりそうだと思ってな」


 オリヴァーが子供達全員を里子にするつもりがないという理由を聞き、タリアは納得し、何も言えなくなった。

 オリヴァーは世間が何を言っても気にしない。けれど子供達がどう思うかはわからない。

 里子にしたことで嫌がらせを受けるなら、里子になどしない方がいいと思っても当然だと思ったのだ。


「それにな……孤児の保護施設もあるのに、俺の保護下で本当にいいのかってことも考えちまって」

「それが一番いいに決まってますよ」

「そう、思いたいところではあるが……リアムとユーゴの件もあるし」


 二人の名前がオリヴァーの口から出たことに、タリアは息を飲んだ。

 オリヴァーの前ではその話題に、亡くした家族の話題に触れないようにしてきたのだ。


「あいつらを養子にした時の話、したことなかったよな?」

「……はい。二人からは孤児だったと聞きましたけど」

「ああ。俺が英雄と呼ばれるようになる少し前の話だ。あの戦争は終戦まで四年かかっててな……」


 オリヴァーがリアムとユーゴに出会ったのは、終戦間近だった。


 二十数年前、クオーツはルーヴィとラズの二国に同時に攻め込まれる事態となった。

 この世界に魔力がもたらされ、龍脈の存在を知って以降、二千年の長きに渡って戦争が続いている。

 各国は国民皆兵を謳い、特殊魔法の適性を持たない者でも男子は兵士としての訓練を受けることになっていた。

 クオーツでもそれは同じ。十三歳で特殊魔法の適正なしと言われたのもが通う学校で基礎を。十五歳で職についた以降も定期的に訓練に参加することが義務付けられていた。


 二国同時に攻め込まれたその戦争では、特殊魔法を持つ兵士以外の国民も徴兵せざるを得ない状況だった。


 攻め込まれたクオーツでは、戦地に近い町や村の避難をさせた。にも関わらず、当時五歳だったリアムとユーゴは生まれた村に残されていたのだ。


 二人がいたのは村の外れにある馬小屋。痩せ細り、リアムは立ち上がるのがやっとな状況で、起き上がることもできないユーゴを守っていた。

 二人の両親はすでに他界していた。父親は戦争に行ったまま帰ってこず顔も知らない。母親は過労で亡くなった。

 小さな村で食べるものも少なく、若く力のある若者は徴兵され、働く事の出来ない子供を養う余裕がなかった。世話する余裕がなかった。

 二人は時々与えられる食事と水でなんとか生きていたが、それを与えてくれる人も避難し、いなくなってしまった。


 幼い子供二人を置いて行ってしまった村人を責められる状況ではなかった。

 当時、二人と同じような戦争孤児は沢山いたのだ。

 戦火から離れた大きな町では保護をしていた。しかし過疎地でそれは難しく、保護しようにも魔獣と戦える兵士は戦争に駆り出され、保護できないのが実情だった。


 当時のオリヴァーは戦地にばかり目を向けていて、そんな実情があることなど考えが及ばなかった。

 その実情を目の当たりにし、このままではいけないと強く思った。こんな戦争は早く終わらせなければいけないと。

 そして二人に食事を与え、戦地の中でも安全な場所で保護。

 戦争が終結し、王都レオに帰る際に一緒に連れて帰った。


 二人を保護施設に預けることも考えたが、二人を自分の手で育てることにした。

 任務で家を空けることは多いが、ジェームズとカーラが常に居てくれること。それが二人を引き取って育てると決める強い後押しとなった。


「あの時の俺の決断が間違っていたんじゃないか。そればかりを考えてしまうんだ」


 あの時、二人を保護施設に預けていたらーーリアムとユーゴ、その家族は死なずに済んだのではないか。

 オリヴァーは、そう思わずにはいられなかった。


「そう思っちまうから、子供達をそばに置いといていいのか、施設に預けちまった方がいいのか、決めきれなくて」


 オリヴァーは子供好きだ。それはタリアも良く知っていた。

 子供達を施設に預けることはしたくないのだろう。けれどそばに置いておいて、それが子供達の為になるのか。どちらが子供達の未来に、幸せに繋がるのかを必死に悩んでいる。


「……ごめんなさい」

「なんでタリアが謝る」

「だって……全部、私のせいで……」

「俺は、タリアを家族に迎えたことを少しも後悔してない。それに他の奴らも、タリアが来てくれて楽しかった、幸せだった。あいつらを死なせちまった原因を作ったのは俺だ」

「そんなことない!」

「仮初めとはいえ、俺はお前らの親なんだよ。保護し、守る責任があった。それを果たせなかった。だからお前のせいなんかじゃない」


 タリアは泣きそうになるのを堪えながら、必死に首を振った。

 オリヴァーは眉を寄せて微笑み、タリアの頭を撫でる。


「お前も、人のせいにして生きられたら楽だったのにな」


 オリヴァーもタリアも、大切な人たちの死を、誰かのせいにすることはできなかった。

 タリアは、魔女と接触をしたオリヴァーのせいでみんな殺されたとは絶対に思えない。

 オリヴァーは、タリアのせいでみんな殺されたとは絶対に思えない。


 この苦しみが自分ではない誰かのせいだと思えるのなら、こんなにも苦しまずにいられたのかもしれない。

 誰かのせいにして、その誰かを責めることで、自分を守ることはできるのだから。


 オリヴァーもタリアも、他者に責任を押し付け傷つけるくらいなら、自分が傷つく方がいい。そう考えてしまうからこそ、悩み、苦しんでいた。


 この話に終着点はない。タリアは自分のせいだと言い張るし、オリヴァーもそれは同じ。

 多分、キリがないので終わりにすることにした。


「子供達に、選んでもらったらどうですか? 施設で保護してもらうのがいいのか、オリヴァーさんと暮らすのがいいのか」

「……そう、だな」

「子供達がどんな答えを出しても、オリヴァーさんとウィルがいるんだから、なんだだって叶えてあげられそうだし」

「それもそうだ」


 オリヴァーは早速、子供達に話すことにする。

 明日には王都レオに向けて出発する。

 今話しておけば、到着するまでに子供達に考える時間を与えられるから、と。


 二人は並んで宿へと戻り、オリヴァーは子供達のいる大部屋へ。タリアは部屋に戻ることにした。



「オリヴァーと話してたのか」


 今日もウィリアムは当たり前のようにタリアの部屋にいた。


「ええ。今、子供達の部屋に行きました。選んでもらうんだそうです」


 子供達の処遇についての話をしたことを告げると、ウィリアムは失笑。


「そんなの、選ばせなくても答えはわかってるだろ」

「私もそう思いますけど、きっと……選んでもらうことが、今のオリヴァーさんには必要なんです」


 子供達はオリヴァーに懐いていて、信頼していて、憧れを抱いている。

 施設で暮らすか、オリヴァーのそばで暮らすかを選べるのなら、間違いなくオリヴァーを選ぶだろう。

 子供達の口から「オリヴァーのそばにいたい」と言ってもらえることが、親としての責任を果たせなかったと自分を責めているオリヴァーには必要だと、タリアは思った。


(ってか、オリヴァーさんの話は聞けたけど……重要なこと言えなかった……)


 そう、タリアは去る前に、オリヴァーにだけは話しておきたかったのだ。

 しかし、自分を責めているオリヴァーに「私、いなくなります」とは言えるはずもなく。


(置き手紙にしようかな……でも、その前にこの人をどうにかしないと……)


 タリアは何食わぬ顔で風呂へと向かい、風呂に入りながら、寝支度を整えながらウィリアムをどうしようかと考えた。


 ウィリアムがタリアの部屋にいる以上、確実に寝かせてもらえるのは朝方だ。

 朝方にはカミールの元へと行かなくてはならないし、その前にオリヴァーへの手紙もしたためるとなると、ウィリアムには今すぐにでも退室願いたい。

 しかしこれまでの経験上、どんなに言葉を並べても、どんなに抵抗しようにも、ウィリアムが聞き入れてくれるとは思えない。


(あ、あの手なら……)


 案の定、ウィリアムは当然のようにタリアをベッドに連れ込むので、タリアは促されるままにウィリアムと同じベッドに入った。


(ナターシャさんみたいに眠らせられたらいいんだけど……)


 ナターシャが唯一自在に使える、相手を眠らせる魔法。

 ナターシャと初めてあった時、ウィリアムはあっさりと眠らされてしまっていた。

 それと同じことができれば問題は解決する。


(多分、相手の魔力を操る感じ……眠ってる時みたいな魔力の流れにできれば……)


 タリアは目を閉じる。

 ネックレスをしていても目を閉じて触れれば、以前のように魔力を視ることができるからだ。


 けれどすぐ、タリアは目を開けた。


「今日は抵抗しないんだな……って、なんて顔してるんだよ」


 タリアは驚きと、悲しみが入り混じったような顔でウィリアムを見つめていた。


「ウィル……」

「ん?」

「ごめん」

「なに、が!」


 ウィリアムは痛みに顔を歪ませ、体を強張らせ、ベッドに倒れこんだ。


 タリアはウィリアムの胸に耳を当て、呼吸と鼓動に異常がないかを確認。

 ふーっと息を吐き出して、ベッドから抜け出す。


「生活魔法なら使えるんだ。よかった……」





 タリアはデスクへと向かい、長い時間をかけてオリヴァーへの手紙を書いた。

 その内容は、ただただオリヴァーへの感謝と、何も言わず、どこに行くかも告げずに去ることへの謝罪。


 それを書き終えたタリアは洗面所に向かい、髪を結んだ。

 そしてオリヴァーに貰った短刀を使い、髪の結び目の少し上に刃を滑らせた。


「頭、軽っ……カーラさんに怒られちゃうかな……」


 オリヴァーへの手紙の中に、タリアの髪をサラに使って欲しい旨も綴っておいた。

 魔法の一切を使えないサラ。銀髪のため、王宮の一部でしか行動を許されていない。

 それだけではなく、近い未来、クオーツの女王と成るサラに、必要ならば使って欲しくて。


 泊まりに行くと約束していたのに果たせそうにないから、それも謝っておいて欲しいとも綴ってある。


 手紙に時間を取られ、時刻は深夜二時を回っていた。


 タリアは荷物を纏めると、静かにベッドに歩み寄る。


「綺麗な顔……」


 起きる気配のないウィリアムの顔を覗き込み、そっとその頬に触れる。


「叶うことなら……私のことなんて忘れて、幸せになって欲しいな……」


 そう呟き、その唇に触れるだけのキスを。



 そしてタリアは部屋を出た。



 オリヴァーとナターシャの泊まっている部屋の前に手紙と髪を置く。



 宿を出ると、辺りは真っ暗だった。

 月明かりを頼りに大通りを進んで行くと、一箇所だけ明かりの灯る建物が見えた。

 ネーヴェだ。

 タリアの道しるべとなるように、暗闇で迷わないように、灯された明かりだった。



  ※ ※




「ウィル! おい、ウィル! 起きろ!」


 オリヴァーに何度も頬を叩かれ、ウィリアムはゆっくりと目を開けた。


「オリヴァー? なんだよ」

「タリアが……」


 眠る前の状況を思い出したウィリアムは飛び起き、周囲を見渡す。

 タリアはいない。荷物もない。

 それを確認し、うな垂れ、ため息を吐きながら髪を搔き上げる。


「俺の部屋の前にこれが……タリアの気配があった気がして、様子を見に来たんだが……」


 オリヴァーに宛てた手紙と、長い髪の毛の束。それは間違いなく、タリアからのものだった。

 夜中だというのに感じたタリアの気配。

 気のせいかとも思ったが、確認だけはしておこうと部屋を出ると、そこには手紙とタリアの髪の毛があった。

 手紙を読み、大急ぎでタリアの部屋に来てみれば、ベッドではウィリアムが熟睡していた。


「まだそんなには遠くに行ってないはず。ロルフ起こしてくる! 手分けして探せば」

「その必要はない」

「は?」

「先手は打った。タリアは……そこにしか行けない」

「先手って……タリアがいなくなったのはお前のせいか!」

「違う! 俺だって行かせたくはなかった! でもあいつはレオに帰るのを嫌がってたのも知ってる! だから信頼できる奴に託せるよう、先手を打ったんだよ!」

「タリアは、ウィルの思ってた通りに動いたって事か……なら、なんでそんなに怒ってる。思い通りにことが運ぶの、好きだろ」

「好きだが……タリアが去ると、私に助言をしたのはギルだ。それが現実にならなければいいと思いながら、一応、手は打っておいたってだけなんだよっ」

「ギル、が?」

「そうだよ! 一人でどっかに行っちまいそうだって言ってた! 自分のせいで誰かが傷つくのを嫌がって、守ってくれる人のいないとに行きたがるだろうって! 直ぐにでも私が動ければ、どこにだって連れて行ったのにっ!」


 ウィリアムはタリアに逃げ道を作る一方で、どこにも行かず、ウィリアムのそばにいるという選択をして欲しいとも願っていた。

 ウィリアムの気持ちをタリアは知っているし、改めて伝えるようにしていた。ほだされてくれればいいと思いながら。


 しかし、タリアは去った。

 オリヴァーには手紙を残しだが、ウィリアムには何も残さずに。


 それが悔しく、腹立たしい。


「クッソ……自由になったら、今度こそ、絶対に捕まえる」

「……何も言わずに去ったのに、追いかけるのか?」

「だからこそだろ! このまま引き下がれない!」

「お前、振られたことを認めたくないだけじゃないのか?」

「認められるか! 私ばかり、どうしようもないほど好きにさせておいて何も言わずに去るとか!」

「思い通りにならない。それが恋愛って気もするが」

「でもあいつ、デンキで私を気絶させて行った!」

「それはお前がずっと一緒にいたらどこにも行けないからだろ?」

「そういうことじゃない! ただ眠らせるって選択肢だってあったはずだ! だけど使えなかった。あの顔は多分、それが使えなかったからだ!」

「あの顔?」

「気絶させる前に驚いたような、泣きそうな顔してたんだよ。眠らせるのはナターシャさんがやってみせた。それをしようとしたけど出来なかった。その前に目を閉じてたし、魔力を視ようとして、それが出来なかったんじゃ……」

「つまり、お前もタリアの枷に該当していた、と?」


 ウィリアムには、そうとしか思えなくなっていた。

 人を眠らせる魔法はナターシャしか使っているのを見たことがない。

 それを使えるとタリアが判断したのなら、回復系魔法の一環なのかもしれない。

 慎重なタリアの性格を考えると、初めて使う魔法にどんな意味があって、どんな魔力の流れ方をし、どんな効果があるのかを考え、観察しようとしたはず。


 しかしウィリアムの魔力を視ることが出来ないと気づき、驚いたのではないだろうか。


 枷があったとしても生活魔法は基本、他人に向けて発動するという考え方はなく、この旅の始めの頃にタリアが試していた電気を使った魔法を使えば気絶させられると考えたのではないだろうか。


「お前の思っている通りだったとしても、タリアはお前を受け入れることはないんじゃないのか? 俺のそばから離れたい理由と一緒で」


 オリヴァーの言う通り、自分のせいで誰も傷ついて欲しくない。誰にも守られなくない。

 そんな思いをウィリアムにも持っているのなら、タリアはもう大切な人など作りたくないと、誰も愛したくないと願って何も言わずに去ったのだとも考えられる。


「タリアの枷に該当してるなら、捕まえなきゃだろ。絶対に」

「タリアが嫌がっても?」

「慣れた」

「おい、そんなことに慣れるな。だいたい、お前はそんなにタリアに固執することないだろ」

「……四十年以上も一人の女に固執し続けてきた奴に言われたくないんだが?」

「……ごもっとも」

「あと一年だ。一年で全部片付けて、タリアを捕まえに行く」


 ウィリアムはタリアの行き先も知っている。

 ウィリアムが絶対の信頼を置ける人物に預けたのだ。タリアを守れるだけの人材を抱えていることも知っている。

 危険はない。心配もない。

 そう何度も自分に言い聞かせる。


 タリアが研究を手伝ってくれるようになってから、タリアがオリヴァー邸へ帰省する時以外、ほぼ毎日タリアに会っていた。

 この旅が始まってからは一日中タリアのそばにいた。

 それなのに急に居なくなって、ウィリアムの心を占領するのは焦燥感と、ギルバートの予想した通りのことが起こってしまった事への怒り。


 ウィリアムの方がよほどタリアと長い時間を共有している。

 それなのにギルバートの方がタリアをよく理解していると証明されてしまったようで悔しくて、ギルバートを超えられなかった自分自身が腹立たしい。


 唯一の救いは『スティグマータの乙女』の、タリアの枷にウィリアムが該当しているかもしれない可能性が残されたことだ。

 タリアの力が及ばない存在になれたのかもしれないということだ。

 ウィリアムがタリアに取って大切な人になれたかもしれないということだ。


「捕まえるついでに、どうせならレオに連れ戻してくれよな。俺だって寂しい」

「わかった。任せろ」





 第11話 完

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