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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第10話

 

「今日は外に出るか。いい天気だ」


 カーテンを開け、窓を開けたウィリアムは大きく体を伸ばして深呼吸をした。

 部屋の中に吹き込んでくる風は爽やかで、未だベッドにいるタリアの髪を揺らす。


(眩しい!)


 タリアは身じろぎして、布団の中に顔を隠した。


「まだ寝るのか? それとも、怒ってんのか?」


 ベッドまで戻り腰をおろしたウィリアムは、タリアの顔を覗き込むように布団の塊を覗く。


「……お腹すきました」

「ははっ、下で何かもらってくる」


 ウィリアムはタリアの額にキスを落とした後、部屋から出て行った。

 ウィリアムの気配が遠のいて、タリアは怠慢に体を起こし、疲れ切ったように長いため息を吐き出す。


(あの人、なんであんなに元気なんだよ……一回が長いし、何回もだし、あれだけ動いておいてっ)


 ウィリアムが戻る前に、と、タリアは動き出した。顔を洗って服を着る。


 髪を整えていると、ノックが聞こえた。


「ウィル?」


 ウィリアムにしては戻るのが早すぎるとは思ったが、下で朝食をもらい、両手が塞がっていて扉が開けられないのかもしれない。

 そう思ったタリアは扉を開けに向かった。


「……タリア様、ですね?」


 扉の外には見知らぬ若い男が立っていた。


「宿の方、ではなさそうですね。どちら様ですか?」


 その男の服装はきちんとしすぎている。高価そうな装飾品に貴族の装い。

 この宿の従業員ではないことは明らかだった。


「カミールと申します。タリア様にお願いがあってきました」

(ウィル、早く戻ってきて……)


 タリアは最大限の警戒をした。

 カミールと名乗った男をタリアは知らない。しかし男はタリアを知っている。

 しかもタリアにお願いがあって来たと言ったので、タリアの力のことも知っている可能性があったからだ。


「以前、タリア様の演奏を聴きまして、私の店で演奏をしていただけないかと」

「……え?」

「西の塔でも話題になるほどでしたし、私も実際に聴いてすっかり惚れ込んでしまいまして」


 西の塔。オリヴァーが留守中にタリアが住んでいた、王都レオの王城内の居住区。

 そこでタリアの演奏するアルフーを耳にした。ということらしい。

 予想外の話題を振られ、タリアは少々驚いていた。


「失礼ながら、タリア様のことを少々調べさせていただきまして」

「しら、べた?」

「はい。もしかすると今は、レオに帰りたくないのではないかとも思い、お誘いするなら今だと思った次第です」


 この男はなにをどこまで調べたのだろうか。

 屈託のない笑顔と軽快な口調からは、なにも見えてこなかった。


「お返事は今すぐに、とは言いません。もし、私の誘いに乗ってくれるのであれば、ここに書かれた場所まで来ていただきたいのです」


 そう言って男は紙を差し出した。

 タリアはそれを受け取って中身を確認する。


「タリア様には名前を変え、オブシディアンの王都にある私の経営する店で働いていただきたいと考えています。あの演奏とその容姿があれば人気が出ること間違いなしです! 住まいは確保します。もちろん、給料もお支払いしますので、生活費には困らないかと……」


 男は廊下の奥に目をやり、タリアに向き直って困ったような笑みを浮かべる。


「時間切れのようです。もっと詳しくお話ししたいところではありますが……そうそう、この話に乗ってくれるのであれば、タリア様の知りたい情報を差し上げますよ」

「……私の?」

「知りたくないですか? 魔女の居場所」


 目を見開くタリアににっこりと微笑み、音も立てずに走り出す。


「あっ」


 しかし、すぐに立ち止まって振り返った。


「私が欲しいのは貴女の力ではなく、その容姿とあの音です。では!」


 男はまた走り出し、開いていた窓に姿を消した。

 そこから侵入したのだろうか。もし宿泊客なら窓から逃げるように飛び降るような真似はしないだろう。


「一難去って……か」


 階段を上ってくる足音が聞こえ、タリアは静かに扉を閉めた。

 そして渡された紙をもう一度確認する。


 パトゥサという町にある『ネーヴェ』という店の地図があった。パトゥサは王都レオに一番近い、龍脈を持たない都市。自然の要塞となってる山々の麓にあり、王都レオの玄関口とも呼べる大都市だ。

『ネーヴェ』はどうやらその都市の中心部に位置しているらしい。


「さて、どうしたもんかな……」


 そう呟きながら紙を荷物の奥底へとしまい込んだタリアは、ソファーに腰掛けて窓の外を眺めた。

 昨日までとは打って変わり、町には人が溢れていた。

 雨で立ち往生させられていた人たちが旅支度を整えている。


(もっと詳しい話が聞きたかったけど……)


 部屋の外から近づいていた足音が止まり、扉が開いた。


「遅くなった。朝食の時間が過ぎてて、温め直してもらってたんだ」


 タリアは小さく頷き、ダイニングテーブルへと移動した。


 カミールと名乗った男は、ウィリアムのいない隙を狙ってタリアに接触して来た。

 ウィリアムには知られなくないし、タリアがウィリアムになにも話さないことをわかっていたのだろう。


 時間がない中で、カミールがもたらした少しの情報。

 もっと詳しい話が聞きたかったと思っている時点で、タリアの心はカミールの持ちかけた内容に傾いていた。


 カミールの言っていた通り、タリアは帰りたくないのだ。

 王都レオには大切な人たちとの思い出が詰まっている。それは二年にも満たない年月ではあったが、幸せに満たされた時間だった。

 しかし、もうオリヴァー邸はなく、大切な人たちが迎えてくれるわけでもない。


 この旅でナターシャと再会を果たしたオリヴァーは、王都レオでナターシャと暮らすことになるだろう。

 まだ子供達をどうするのかは決めかねているようだが、前と同じ生活にはならないことは確かだ。


 王都レオに帰ってからのタリアの生活がどうなるのかを考えた時、また王城内で暮らすのだろうと予測がつく。

 ナターシャがいるので、オリヴァーも王城で暮らすのかもしれない。

 なんにせよ、オリヴァーとナターシャの生活の邪魔はしたくないので別に暮らすことになるだろう。


 ウィリアムには「生きるために生きればいい」と言われた。

 衣食住の整った王城で、どこまでそれが叶うのか。

 ウィリアムには兄の代わりに公務をするという手があった。聖騎士団の副団長になり、さらに忙しくなった。その中で研究もしていた。寝る間も惜しんで。


 ウィリアムのように没頭できるものが何かあるのか。

 それがタリアには分からなかった。



 だからだろうか。

 王都レオに帰りたくないと、タリアが思ってしまうのは。



 そんな想いを募らせていた時に湧いて出た、仕事の話し。


 住む場所があり、給料も貰える。しかも、名前を変えて。

 カミールはタリアの特殊な力を知った上で、その力には興味のないような口調だった。

 タリアの心が動いたのは、カミールが最後に念押しした、タリアの力ではなく、その容姿とアルフーの音色が欲しいという言葉だった。


 他者よりも優れてはいるが、本物には及ばない中途半端な力。

 その力を使わずにいられたら、本物だとか偽物だとか悩まずに生活できるかもしれない。


 それに何より、魔女の居場所が気になる。

 魔女はタリアに「殺しに来い」と言っていた。

 けれどタリアが動かなければ五年も待たず、痺れを切らさないとは言い切れない。

 次に狙われるのはナターシャかもしれない。

 ナターシャこそが本物の『スティグマータの乙女』で、中途半端なタリアよりも魔女を殺せる可能性が高い。

 しかしナターシャはまだ覚醒をした様子はない。

 つまり、ナターシャを覚醒させるためにまたオリヴァーが命を脅かされるということになる。

 村から救い出した子供達も狙われるだろう。


 それは避けたい。絶対に。


「まーた難しい顔して……今度はどんな悩みだ?」

「……な」

「なんでもない、は、なし」


 すっかり食事の手が止まっていたタリアに、ウィリアムは眉を寄せてパンを突き出していた。

 そのパンを受け取り、タリアはかぶりつく。


「魔女のことでも考えてたか?」

「……なんでわかったんです?」

「なんとなく。まぁ、私もずっと気になってたことだから、かもな」

「気になってた?」

「気になるだろ、そりゃ。目的が全くわからないんだから」

「目的は、私を覚醒させるためじゃ」

「そうだな。で、覚醒させてどうしたいか。それがわからないままだ」


 タリアが思う魔女の目的は、覚醒を果たしたタリアに自分を殺させるため。

 しかし、タリア以外の誰も、そのことは知らない。

 だからウィリアムは、魔女の本当の目的がわからないまま過ごしていた。

 タリアには一切手出しをせずに話をしていただけのようだから、タリアに接触することが目的だったはず。

 そこまではタリアとオリヴァーの証言から理解した。


「魔女はなんでタリアを覚醒させた? 覚醒に何の意味がある? タリアに何かさせたくて覚醒させたとしか思えないが、一体なにをさせようとしているのか。それが気になってる」

「……それは、私にもわかりません」

「そうか。まぁ、気にはなるが、魔女がどこの誰かもわからない。この旅ではなにも掴めなかったしな」

「そう、ですね」


 この旅に出るきっかけとなったのは『クレメントの手記』。ドイツ語で書かれたそれを翻訳したルドルフが暮らしていた島と、手記に登場したアンという『スティグマータの乙女』の話した内容が酷似していたことから始まった。

 島で行われていたという生贄。その生贄にされた少女たちが『スティグマータの乙女』としてこの世界に来ているのかもしれない。それを確かめるために旅に出た。


 生贄の少女たちが『スティグマータの乙女』になっていた。それはわかった。

 しかし、魔女に繋がる手がかりはなにも掴めなかった。


 タリアが話した、カミールという若い男の言葉以外は。


「タリアには申し訳ないが、魔女の捜索はしばらく先になりそうだ」

「捜索って……」

「絶対に探し出す。ただ、人型魔獣が溢れる未来も見たからには、それもどうにかしないと」

「……魔女を探して、どうするんです?」

「どう、って……」

「あの人、多分五百年以上生きてて、すっごい力を持ってるはずで」

「そうだな」

「それに一緒にいた人も」

「恐ろしく強いんだろうな。オリヴァーがヤバイって言ってたし、ギルバートも。あの男を前にした瞬間に太刀打ちできないと悟ったらしい」

「そんな人たちを探して、どうするんですか? 近づかないに越したことないんじゃないですか?」


 タリアの手は完全に止まっていた。

 けれどウィリアムは平然と食事を進める。


「魔女と、一緒にいた男は危険すぎるし、今後、タリアに何かする可能性が高い。だからこそ調べる。その上で近づき、弱点を探す」

「だから、それが危険なんじゃないかって」

「調べて、手も足も出ないとわかったら諦めるかもしれないが……それも調べてみないことにはわからないだろ」

(誰も……魔女と関わって欲しくないのに……)


 ウィリアムはタリアを守るため、魔女を知ろうとしている。

 魔女に近づいて欲しくないと、関わって欲しくないと言って、ウィリアムは聞き入れてくれるだろうか。

 そう思って顔を上げると、タリアを待ち構えていたのはウィリアムの優しい笑顔だった。


「結婚してくれると約束してくれるなら、魔女を調べるのをやめてもいい」

「……は?」

「今、私が危険に足を踏み入れるのが嫌だ思っただろ。タリアがずっと私のそばにいるのなら、魔女対策もできて守りやすい。魔女について調べるのもほどほどでいいかと」

「……結婚しても、ほどほどには調べるんですね」

「動向くらいは把握できないと危険も察知できないからな」

「……どちらにせよ調べるんなら、結婚なんてしませんよ」

「何でだよ! と言いたいところだが、今はまだそれでいい」


 立ち上がったウィリアムはタリアの手を引いて立たせる。


「食事を続ける気はなさそうだし、外に出よう」

「え、まだ食べますっ!」

「いいから! まだ食べられるんなら買い食いすればいい。好きだろ? 買い食い」




 強引に宿から連れ出されたタリアは、ウィリアムに手を引かれて町の中を歩く。

 温泉が有名な町ともあって、温泉目当ての観光客の気を引こうと、露店が並んでいる場所があった。

 噴水のある大きな広場では大道芸を披露している一団がいて、音楽が奏でられ、祭りでもないのに華やかな雰囲気が広がっていた。


 観光名所を回って、好きな時に好きなものを食べて。


 隣には何かにつけてすぐに触りたがるウィリアム。

 タリアに触れて、幸せそうに笑うウィリアムに、タリアは心が穏やかになっているのを感じていた。


 あの祭りの夜のようだった。

 ただただ楽しかったあの時と同じように、ただただ楽しい。



 二人は夕暮れ時になって宿に戻った。

 タリアは意気揚々と風呂に向かう。


 楽しい時間を過ごせたことで、嫌なことなど全部忘れていた。

 それがほんのひと時であったとしても、これが本当の気晴らしだ! と清々しい気分だった。


 このまま眠れたらどんなにいいか。

 風呂から出たタリアは急いで髪を乾かし、布団に潜り込んだ。


 しかし、交代で風呂に入っていたウィリアムが上がってくると、当たり前のようにタリアの寝ているベッドに潜り込んできて、タリアは安眠を妨げられる。


「あの、一人で寝たいんですけど」

「なら、もっと抵抗したらいい」

「体格差と体力差を考えてください!」 毎日毎日、何回も! 飽きないんですかっ」

「飽きる要素がない。何度やっても、もっと欲しいと思うくらいだ」


 この夜も、タリアの抵抗は無駄に終わった。






 翌日は朝からオリヴァーたちとの合流地点へと向かった。

 タリアは眠る直前こそぐったりとしていたが、自然と疲労回復魔法が働くのか、起きると疲れなどなにも残ってはいかなかった。


 夕方、無事にオリヴァーたちとの合流したタリアは、ナターシャと、心配をかけた全員に謝罪をした。

 タリアの表情が数日前と比べて別人のように晴れやかだと言って、オリヴァーは心底安心したように笑った。


 そしてタリアは念願の温泉を堪能し、夜は久し振りに馬車の客車で眠った。


 もう、眠ることは怖くなくなっていた。




  ※ ※




 王都レオまで、残す都市はパトゥサのみ。この先はより一層、魔獣への警戒が必要となるため、オリヴァー、ルドルフ、ウィリアムの三人が馬車の警護に。

 先頭の馬車を操縦するのはデュランとなった。

 先頭の馬車はいつもタリアの乗っている客車付きのもの。

 出発するとタリアはデュランの横で地図を開き、現在位置の確認に精を出した。


「あの、タリアさん……一つ、お願いがあるのですが」

「なんでしょう」


 デュランは正面を見据えて馬を操りながら、お願いがあると言ったにも関わらず躊躇うように口を閉じていた。


「デュランさん?」


 タリアにじっと見つめられて居心地が悪かったのか、デュランは大きく息を吸い込んでから切り出した。


「すごく個人的なお願いなのですが……」

「私に出来ること、ですか?」

「ええ。タリアさんにしかできないことで……」


 タリアにしかできないこと。そう言われ、タリアはデュランがなにをお願いしたいのかを考えた。

 タリアにしかできないこと。それは多分、『スティグマータの乙女』特有の力を使った何かで、しかもナターシャには出来ないことだと予想できた。


「みんなの魔力を視てほしい、とかですかね」


 タリアが予想したことを口に出せば、デュランは正面を見ながら目を見開いた。


「どうしてわかったんですか?」

「ナターシャにはできなくて、デュランさんがお願いしてくるとしたら、それかなーっと」

「ははっ、お見通しですね」

「でも、どうして急に……特殊魔法の適性を見る水晶だってあるのに」

「触れさせたことが無いのです。魔法というものに縁がなく、特殊魔法の適正の有無など知っても無意味な環境でしたから」

「あ、そうでしたね」

「オリヴァーさんに言われたんです。レオに入る前に、みんな適性の有無を知っていた方がいいんじゃないかって」


 村の子供たちは全員、生まれた時に魔力を抑える術を施され、これまで魔法というものの一切に触れたことがなかった。

 しかし、オリヴァー一行との出会いで、魔力に憧れを持っている者がほとんどだ。

 術を施していなくても、魔力を吸い取るネックレスを身につけていれば洞窟に入れると知った今、その術が絶対に必要なものではなくなってしまっていた。


 デュランはその術を解くことも出来る。

 全員の魔力を解放してもいいのではないかとオリヴァーに言われ、デュランもその通りだと思ったのだという。


「術を解除することに抵抗はないんです。けれど、オリヴァーさん達に憧れる子も多い」

「ふふっ、それはわかります」

「その子たちに特殊魔法の適性がなかった場合、どう説明し、納得させていいのか……先に考えておきたくて」

「なるほど。こっそり確認してデュランさんにお伝えすればいいんですね?」

「……そうしていただけると、とても助かります。でも、大丈夫ですか?」

「大丈夫って、なにがです?」

「その、タリアさんはあまり、自分の力が好きではないのかと」

「あーー、そこを気にしてたんですか」


 ナターシャに出会い、『スティグマータの乙女』を知れば知るほど、自分がどれだけ中途半端な存在なのかを見せつけられた。

 そして土砂降りの中に飛び出し、みんなに心配をかけた。

 そのことでデュランは、私情でタリアに力を使わせることに戸惑っていた。


「デュランさんは優しいですね。たしかに、ナターシャさんと自分を比べて悲観した時もありますけど、もう大丈夫です」


 タリアはパトゥサに到着したら、子供達全員の特殊魔法の有無を調べると約束をした。

 デュランに伝えるのは、特殊魔法の適性を持った子供だけでいいので、ネックレスを外しさえすればすぐにわかることだった。


「ありがとうございます。しかし本当に……タリアさんはほんと、大人ですよね。ナターシャさんは良くも悪くも、ずっと少女のままのような人なので」

「ははっ、それは少しわかります」

「いつも、行き当たりばったりなんですよ、あの人。思い立ったら後先考えずに行動するしっ」

「一個しかないネックレスをギルに渡したり?」

「ええ! 一人で町に行くなって何度も言ってたのに一人で行ったり」

「あ、私たちと初めて会った時?」

「はい。あの時も、ボクがちょっと留守にした隙をついて勝手に」

「ふふっ、そのお陰で出会えましたけどね」

「それは結果論ですよ。一人で出かけた理由も、カツラが完成したから、ですよ? 一人で行く必要あります?」

「それは、ないですね! って、あのカツラ、最近出来たばかりだったんですか」

「ええ。商人からカツラの構造を教えてもらって、作れそうだったので」

「え? あれもデュランさんが?」

「下地の銅板だけ。あとは女性陣が頑張って」

「銅板……すっごく重そう。銅板に髪の毛一本一本貼り付けてく感じですか?」

「ええ、そんな感じです」


 考えただけでも気の遠くなりそうな作業に、タリアは目眩を感じた。

 詳しく聞けば、あのカツラはナターシャが安心して出歩けるよう、村の子の髪の毛を使い、みんなで作ったものだった。

 そのカツラがあれば一人で出かけても安全なのだと証明するため、ナターシャはデュランに見つからないように一人で町に赴いたのだった。


「ナターシャさん、嬉しかったんだろうなー」

「それはすごい喜びようでしたけど、だからって一人で行く必要はないって、未だに腹が立って」


 ナターシャと会った日。タリアたちにとっては奇跡的な出会いだったが、デュランにとっては心配で気が気じゃない数日間だったのだろう。

 一頭しかいない馬を持っていかれていたし、徒歩で追いかけてもすれ違いになる可能性だってあったのだから。


「かなり苦労してたみたいですね。でも、これからはオリヴァーさんに全部任せちゃえばいいです」

「……皆さん、そう言ってくれて」

「それでも心配、ですか?」

「心配するのが癖のようになっているんでしょうね。でも……新しい環境になることがとても楽しみでもあるんです」

「……それは良かった。ナターシャさん、お一人の時はちゃんとした大人の女性って感じでしたよ? 村に戻ってからは……少女のままって感じがしますけど」

「ちゃんとした、大人の女性? ナターシャさんが?」

「ええ。家族の前では素でいられるってことなんじゃないですか?」

「そうかも知れませんが……百年近く生きている方だというのに、少しも尊敬できません」


 デュランのナターシャに対する愚痴はそれからも止まらなかった。

 デュランから見ると、タリアの方が『スティグマータの乙女』らしく見えるのだという。


 曽祖父から受け継がれてきた技術が込められている、唯一のネックレスをデュランに返した時の物言いや考え方もそう。クオーツ国内での新たな洞窟の発見もそうだし、何よりナターシャよりも『スティグマータの乙女』の力を使いこなしているからだ。


 デュランの話すナターシャの逸話は笑うにはもってこいのものばかりで、この旅で初めて、タリアは笑いながら道中を楽しく過ごした。




 パトゥサを目前にして、タリアとナターシャがつけているものと同じネックレスを使い、魔獣にどのような影響があるのかの検証も行われた。


 予想していた通り、魔力を吸い取る水晶は魔獣の魔力を吸い取り、付けた瞬間から効果を発揮。

 数分後には生き絶えるという結果になった。


 最悪は何の効果もないという結果でも仕方ないとは思っていたが、それは考え得る可能性の中で最もいい結果だった。





 そしてパトゥサに到着し、宿を取って荷物を馬車から下ろしている時、タリアはこっそりとネックレスを外した。

 村の子供たちはデュランを除いて十二人。そのうち、攻撃系魔法の適正者が三人いた。

 特殊魔法の適正を持っているのは三人に一人と言われているので、妥当な人数と言えた。

 結果はすぐにデュランに伝える。


「部屋に荷物を置いたら全員、受付に集合なー!」


 はーい! と元気に散らばって行く子供達を追いかけるように、オリヴァーとナターシャが、その後ろをルドルフとデュランが、そのまた後ろをウィリアムとタリアが歩く。


「オリヴァーさん、夕飯には早くない?」


 そう問いかけたのはルドルフだった。


「パトゥサに来たんだぞ? 行く場所は一つしかないだろ」

「……あ、もしかして」

「一度、行って見たかったんだよなー」

「オレもオレも!」


 二人だけで盛り上がっているオリヴァーとルドルフに、ナターシャ、デュラン、タリアは首を傾げた。


「ネーヴェという演芸場があるんですよ。多分、そこの話題かと」

(ネーヴェって……)


 ウィリアムの補足に、タリアは表情には出さないものの、驚き、焦った。

 タリアに接触して来たカミールという男が指定した場所に他ならないからだ。


「三年くらい前だったと思います。演劇もそうですが、演奏会なども行うホールができて、一躍人気になって……」


 この世界で龍脈の近くは魔獣に脅かされている。そのため、町は壁に囲まれていた。

 町と町の行き来には護衛が必要で、なかなか移動ができない。

 そんな中でも、都市を跨いで有名になるほど、『ネーヴェ』の人気は他と比べ物にならないほどだった。


「そうそう、四年前のレオの生誕祭のパレードで賞を総なめにして話題を作って、レオに演芸場を作ると期待させておいて、ここパトゥサに……」

「ちょっとオレ、チケット取れるか先に確認してくる!」


 ルドルフは荷物をデュランに託し、全速力で走って行った。


 それぞれ部屋に荷物を置いて宿の受付前に集まる頃にはルドルフも戻って来ていて、


「オリヴァーさんの名前だしたら貴族用の二階席のチケットくれた! しかもタダで!」


 と、嬉しそうに語った。


 一人でではなく全員で『ネーヴェ』に行くことに戸惑うタリアだったが、カミールとは待ち合わせをしているわけでもなく、客として行く分には同行者がいても構わないだろうと思えた。

 何より、オブシディアンにある店で働いて欲しいと言っていたのだ。

 先に、どういう場所で働かせたいと思っているのか見られるのは好都合だとも思った。



 その演芸場の収容人数は三百人。一階はシアター形式で椅子が並び、二回席は二人から八人までのブース席になっていた。

 一階席は連日満員御礼だが、貴族席には少し空きがあるようで、一行は多少狭くはあるが八人用のブース二つに分散して入った。


 タリアは思っていた以上の規模の施設に驚く。

 カミールは「私の店」と言っていたから、演芸場という大きな施設だとは思っていなかったのだ。


 公演は小休憩を三回ほど挟みながらの一時間半。

 曜日によって演目が違うようで、その日は歌劇。タイトルは『英雄の誕生』。約二十年前の国王と英雄の物語で、一番人気の演目だった。


「なんなんだよ……嫌がらせか? ってくらい過剰に脚色されてて実際と違いすぎる」

「あははっ、演劇の脚本なんてそんなもんじゃないのー?」

「そうですよ! 観てる人を楽しませるために捏造くらいします!」


 オリヴァーが主役の演目だったため、休憩の度、本人は恥ずかしくて見ていられないと嘆き、それを見てルドルフは大笑い。タリアも笑いながら必死のフォロー。子供たちは初めて『生きる英雄』とオリヴァーが呼ばれていることを知り、明らかにオリヴァーを見る目が変わっていた。




 公演が終わると、演者が代わる代わる本物の『生きる英雄』に挨拶に来た。

 なかなか終わりそうになかったので、オリヴァーを残して先に食事をしに行こうかという話にもなったが、オリヴァーが「恥ずかしいから一人にするな!」と言ったので、全員で待つことになった。


 そんな中、タリアはこっそりブースを抜け出し、トイレに行った。

 その帰りーー


 カミールが一室に消えるのが見えた。

 タリアに目配せしたようにも見えたので、追いかけてその部屋に入った。


 そこはオリヴァーたちのいるブースから少し離れた、貴族用のブースだった。





 第10話 完

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