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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第7話

 


「この村の全員をレオに連れ帰ろうと思うんだが、どう思う?」


 洞窟から帰った三人を待っていたオリヴァーが、帰ったばかりのルドルフとウィリアム、タリアを呼び寄せ、無言で報告を受けたあと、突然切り出した。


「どう、って……え? 全員?」

「ああ。全員だ。俺の保護下で暮らしてもらいたいと思っている」


 オリヴァーにはもう二度とナターシャと離れるという選択肢はない。

 ただ、このままこの粗末な村で一緒に生活するとなると、外部にナターシャの存在が知られて多勢に攻め込まれてはオリヴァー一人では守りきることができない。

 ナターシャの命は奪わない筈だが、他の子供達はどうなるか。

 そう考えると、一度も他国に攻め込まれたことのない王都レオに全員を移住させるのが得策だと、オリヴァーは考えたのだ。


「オレは大賛成。デュランは苦労しすぎたし、オリヴァーさんの保護下でなら自分のやりたいことを本気で学べると思うしね」


 ルドルフはこれまでデュランが一人で村を支えてきた事実を話し、貴金属を売って生計は立ててきたものの、見様見真似で基本以外はまともに学んだ事がなかったことも伝えた。


「なるほど……ますます、放っては置けなくなったな」

「学校に通わせたりもありますし、子供達全員、オリヴァーの里子にする、ということになりますか?」

「……それは、まだ迷ってる。まぁ、レオまで軽く三週間はかかるわけだし、その間に決めようとは思う」

「それなら、早くデュランに話そう。この村を仕切ってるのはデュランだし、レオに移住するかを決めるのはオレたちじゃなく、デュランだろ?」

「それもそうだ。ただ、全員を連れて行くってなった場合、お前らにも協力して貰わないといけないからな」


 この村には馬が一頭と荷馬車が一台。移動手段はそれだけだ。

 十四人を移動させるとなると、幌馬車が二台ほど必要になるだろう。

 王都レオにたどり着くまでに魔獣が出没する地域に入って十日ほどは危険の伴う旅だ。

 移動中に馬車の扱いを子供達に教え、オリヴァー、ルドルフ、ウィリアムの三人で三台の馬車を守ることになる。


「それは何の問題もない。あーーあ、オレ、デュランの落とし文句、思いついちゃった」

「本当か? デュランは反対するかもしれないって、ナターシャが懸念してたんだが」

「ほんじゃ、先にオレから話すわ。ちょっと二人で話したいこともあったし」

「ん。そう言うことなら、説得任せるか」

「安心して待っててくれていいよー」


 早速、話してくると言ってテントを出て行ったルドルフが戻ってきたのは、それから十五分後のことだった。


「ロルフさんから話は聞きました。全員で王都への移住、本当に可能なんでしょうか」

「あ……ああ。移住を前向きに考えてくれてるってことでいいの、か?」

「できることなら、お願いしたいです」

「本当に、いいのか? ナターシャが、お前はこの村で一番、使命感が強いと言っていた。ここを離れることを嫌がるのではないかと」


 デュランは『声』を聞き、ナターシャを守るためにここに移住をした曽祖父の意思を継いだ一人。

 二人目の『スティグマータの乙女』が現れたこともあり、また三人目、四人目が現れる可能性だってある。

 三人目、四人目のために洞窟の近くに残りたがるのではないか。

 そう思われていた。


「確かに、今後、新たなスティグマータの乙女が現れるかもしれません。それを考えるとここを離れるべきではないと思ったのですが、ロルフさんが……」

「言ったろ? オレのいた島は全滅したって。それに、生贄に関する資料とかは全部燃やしたし、龍穴と呼ばれてた生贄用の穴も、オレが塞いだ。もう二度と、生贄なんて行われないようにしてきた」

「それじゃ、スティグマータの乙女も、もう……」

「現存してるだけになる、と思いたい。現状、もう誰も転移してこないって可能性の方が高いだろ? デュランたちはもう、その『声』とやらから解放されていいと思うんだよねー。実際、その『声』を聞いたのは曾祖父さんだけみたいだし」


 デュランはルドルフから『もうスティグマータの乙女は現れないかもしれない』と聞かされた上で、オリヴァーが全員を王都レオに移住させたいと考えていることを聞かされた。


「正直、ボクらだけでこの先、ちゃんと生活していけるのか、毎日不安だったんです。商人か貴金属の買取に来てくれなかっただけで、生きられなくなりますから」

「そうか」


 常にデュランにあった不安。金銭面もそうだが、今の状態が続けば『スティグマータの乙女』を保護し続けることもままならなくなると安易に予想できた。

 粗末な村でどうやって守っていくのか。

 再び『スティグマータの乙女』を狙う存在が現れれば、手の打ち用もなく奪われるだろう。

 そうは思っても現状を打破するためにどうすればいいのかもわからないし、どうにかしようにもお金はかかる。


 オリヴァーはナターシャと前の世界で深い繋がりがあり、ナターシャ自身が一番信頼できる相手と言っても過言ではない。その提案に従い王都レオでナターシャを保護してくれるのであれば、デュランも安心できる。


 それに加え、三人目以降の『スティグマータの乙女』が現れない可能性が高いとなれば、無理してここに残ることはないとも思えたようだ。


「デュラン、お前はこれまで良く頑張った。これから先のことは全部、俺に任せろ」


 デュランは唇を噛み締め、深々と頭を下げた。下げたまま、暫く顔をあげることもしなかった。

 決断は早くとも、苦渋の決断だったのだろう。

 本来なら『スティグマータの乙女』が発見された洞窟近くで、『スティグマータの乙女』を保護しながら暮らすのが一番だったはず。

 しかし、それも難しい環境になり、オリヴァーの手を借りることになってしまった。

 それが悔しくもあるのだ。


「オリヴァーさんに任せておけば、悪いようにはならない。絶対にだ。レオなら貴金属加工の職人も多いし、この刀を作った職人だっている。デュランももう、自分のために生きていいと思う」


 ルドルフの言葉にやっと顔を上げたデュランはしっかりと頷き、よろしくお願いします。とオリヴァーに言った。


「そうと決まれば、早速馬車の手配が必要だな」

「この近くで中古の馬車を売っているとも思えませんし、作ってもらうことになるでしょうね」

「数週間は滞在することになるかも、か」


 一番近くの町で作ってくれればいいが、それが不可能ならばもっと大きな町まで行って発注することになる。

 早速、明日になったら食料の調達も兼ねて一番近くの町に行くことになった。


 テントを出ると日が落ち始めていて、ウィリアムの希望でデュランの作った貴金属を見せて貰うことにする。


 村の中には一番原型を留め、家としての機能を果たしている場所がアトリエになっていた。


「って、この髪飾り、知ってるぞ! レオで流行ってるやつだ!」

「そうなんですか?」

「女の子が欲しがるから買ったことあるけど、結構な値段すんだぞ!」


 デュランが作っていた貴金属は金属の質も加工も良く、高値で取引されているものだった。

 しかも希少価値が高いので入手困難ということも相まって、値は上がる一方だとルドルフが話す。


 つまり、やはりデュランは商人に買い叩かれていたということだった。


 ちゃんとした目利きに売ればいくらになるのか。今後の販売方法も考えてやらなければいけないと、ルドルフとウィリアムが真剣に討論をしている中、タリアはデュランの作品の数々を見ていた。


「何か、気に入ったものはありますか?」


 自分の作ったものの値段がどうか。という話についていけなかったデュランは、お金の話は二人に任せて間違いないだろうと判断し、真剣に作品を見ているタリアに話しかけていた。


「可愛いものばかりですね。でも、例の水晶を使ったものが多いなーと」

「それは売り物になりませんからね」


 魔力を吸い取る水晶を使った貴金属はネックレスに留まらず、指輪も腕輪もあった。腕輪に関しては水晶をドーナツ型に削っただけのものだった。

 しかし、魔力を吸い取る水晶など、魔力が生活の一部になっているこの世界の住人にとっては呪いのような代物。決して売り物にはできないものだった。


「ボクたちは魔力を抑える術を使ってはいますが、その効き目は人それぞれのようなんです。ボクなんかは術をかけてて魔力は使えなくても、水晶が反応してしまう」

「あ、そういえば……」


 洞窟から持ち帰った、魔力を視ることができる水晶。

 同じ術を施されているギルバートは十三歳の特殊魔法適性検査の際に『適正なし』と判断されていたが、デュランは攻撃系魔法の適正がしっかりと現れていた。


「こんな小さな村でも、毎年適正を測りにクオーツの方が訪問するんです。その時にこの腕輪を使うと、水晶に触れても反応しなくなるんです」

「なるほど」


 デュランが兵士として招集されるわけには行かず、その腕輪で検査を掻い潜って来たというわけだった。


「それに、ナターシャさんってすぐにネックレスを壊しちゃうんですよ。子供と一緒に木登りして枝に引っ掛けたとか、くだらない理由で」


 村が人型魔獣に襲われた際、ナターシャは村に行くと言い張ったギルバートにネックレスを渡してしまったので、しばらくの間、魔力しか視えない生活を送ることになった。

 ギルバートにネックレスを渡したのは、ナターシャにとってそのネックレスが本当に大切なものなので、ちゃんと生きて帰って返すように、という意味だったらしい。

 しかしギルバートは帰ってこず。

 仕方がないのでデュランが見様見真似でネックレスを作ったのが始まりだった。


 ナターシャ用のネックレスは常に予備を必要とするので、ネックレスを多く作っておくのだとデュランは言った。


「あの、私にも予備をいただけないでしょうか。できれば、これと交換していただけると嬉しいです」

「交換、ですか? 何か不備でも?」

「いいえ。ただ……これはデュランさんの手元にあるほうがいいかと思って」

「……いいんですか?」


 タリアは微笑み、小さく頷いた。

 タリアのネックレスはデュランの村が人型魔獣に襲われる前に作られたもの。

 それを誰が作ったかまではタリアに分かるわけもなかったが、今は亡き村の職人の誰かが作ったものに間違いはない。

 新しいものがあるのなら、タリアがギルバートに託されたネックレスをデュランに返してもいい気がしたのだ。


「それは、こちらとしても嬉しいお申し出です。それは曽祖父の代から同じデザインで作り継がれてきたもので、もうそれしか残っていないんです」

「っ、そんなに大切なものなら、もっと早く言ってくれればよかったのに!」

「加工もデザインも、それが一番だし」

「そんなの関係ありません!」


 タリアは慌ててネックレスを外し、押し付けるようにデュランに渡した。

 代わりにデュランが作ったネックレスを身につけ、うん、と頷く。


「魔力が視えなくなるなら、これで十分。これと交換でいいですか?」

「はい、ありがとうございます。でもそれだけじゃ申し訳ないので、予備と……あと、指輪と腕輪も。何かの役に立つかもしれませんので」

「いや、奮発しすぎです! 予備も他のも、ちゃんとお金を払いますから!」

「いえいえ、貰っていただきたいので」

「ダメ! これを作るのにも時間と労力がかかってるんだから! それを安売りしちゃダメです!」

「タリアの言う通りだと思うぞー」


 大声を上げたタリアに、ルドルフとウィリアムの討論は中断されていた。

 ルドルフがタリアに同意の声を上げたので、ついでにルドルフに値段を決めてもらうことにした。


 ルドルフは王都レオで売られているデュランの貴金属の値段から、王都レオまで運ぶ人件費や旅費を考慮し、それを差し引いた金額を提示。

 タリアはその金額をデュランに手渡した。


「一個で一ヶ月分……三つで三ヶ月分……」

「それが妥当な金額だぞ?」

「……金銭感覚がおかしくなりそうです」

「いやいや、おかしかったのは今までだから!」


 ルドルフは自分の店をデュランの販売店にするのもいいな、と商売人の顔を覗かせる。

 きちんと技術を教え込まれたわけではなくても、デュランの貴金属には高値がつけられるし、専属販売でも始めたら店が流行らないわけがないし、女性客がより一層増えることが嬉しいようだ。


(って、ロルフさんが売る気満々なんだ……まぁ、ほかの人に任せるより信用できそう、か)


 ウィリアムはデュランの作った貴金属を手に取った。


「デュランさんは今後も貴金属を作り続けたい。そう思っていていいですか?」

「はい。出来ることなら」

「分かりました。技術を学べるように手配もしましょう」

「それは嬉しいです」

「ただ、この材料をクオーツ国内で入手できれば、なおいいんでしょうが……」


 デュランの作った貴金属に高値がつく理由は金属の質と加工があってのもの。

 加工が良くても金属の質が落ちれば値段も落ちると言うことになる。

 それをこれから学ぶ技術で補うというのも手だが、金属の質がそのままで加工技術が上がればより一層の高値がつくということになる。


 ただ、この貴金属の原料となっている鉱石は、『スティグマータの乙女』にとって居心地のいい、魔力の墓場と呼ばれている洞窟の奥で採掘しているもの。

 その洞窟には基本『スティグマータの乙女』のみしか入ることが叶わず、魔力を抑えた術を施されたデュランの村の子どもたちであっても二時間程度しか活動できない。

 デュランの村では近くの鉱山でも鉱石の採掘を行なっていたが、金属の質は魔力の墓場内の方が良く、金属の加工を行えるのがデュランのみになってからは鉱山で鉱石を採ることもなくなっている。


 場所的に国境近くとは言ってもラズにあるので、採掘のために何度も国境を越えるのはクオーツにとって危険だ。


「それ、探してみましょうか?」


 そんな言葉に、一同はタリアを見た。


「探すって、どうやって?」

「やってみなきゃ分かりませんけど、龍脈が魔力を放出していて、この水晶がある場所で魔力を回収しているってことなら、空気中の魔力の流れさえ追えればたどり着けるかなーと」


 その洞窟は、洞窟内がこの世界の中心と繋がっているという話でもあった。

 その洞窟が唯一無二の出入り口だという可能性もあるが、世界の中心と繋がっている洞窟が一つとは限らない可能性もあるのではないか。


 馬車の手配が整うまでの期間であれば、それを探してみてもいいのではないか。

 そんなタリアの提案だった。


「辿れる、のか?」

「それはやってみないことにはなんとも。ちょっと試すだけ試してみます」


 タリアは作業小屋から外に出て、ネックレスを外した。

 空を見上げ、目を凝らす。


「空気中の魔力も視えるのか?」

「いいえ。視えたことはありません。でも……散り際なら」

「散り際?」

「うーん……ウィル、ここに部分障壁、出せます?」


 タリアは自分の目前の空間を指差した。

 ウィリアムはそこに部分障壁を出す。

 ウィリアムには視えないが、タリアには手のひら大の箱型の魔力が視えていた。


「その障壁を消しみてください」


 ウィリアムは言われるがまま、障壁を消した。


「障壁の魔力を視るのは初めてですけど、消した時は弾けるみたいに魔力が散るんだ……こう流れていきましたね」

「西方向か……あの洞窟とは真逆だな」

「おお、じゃ、その方向の先、クオーツ国内にも魔力を回収している場所があるかもしれないってことか!」

「あの洞窟以外にも、同じような場所がある可能性が……」


 探してみる価値は十分にある。

 明日は馬車の手配に行く予定ではあるが、同時進行で魔力の流れを追ってみることにする。


 馬車の手配にはルドルフとデュランが。魔力の流れを追うのはウィリアムとタリアが。

 魔力が集まっている場所を見つけたら、デュランに鉱石の有無を調べてもらうことになった。




  ※ ※




 村にはオリヴァーを残し、四人は一番近くの町で二手に分かれて行動を開始した。

 ルドルフとデュランは馬車の調達ができるまでは荷馬車で村を往復する。やはり中古の馬車はなく、幌馬車を二台、新たに作ってもらうので三週間かかるということだった。


 ウィリアムとタリアは念のため二週間分の食料を持ち、魔力の流れを追って東に向けて出発した。

 二週間以内に見つかればデュランを連れてその場に行けるし、二週間探して見つからないようなら諦めようとなったのだ。

 残りの一週間はデュランを連れて確認してもらって、村に戻れるように空けておいた。


 村の現状は思っていた以上にひっ迫していて、井戸が枯れかけている。

 元々、井戸の水が少なくなったために放棄された村のようで、飲み水と調理用の水を汲むだけで精一杯の井戸だった。

 ナターシャ以外、魔力を使えないし、ナターシャは魔法を使ったことがなかった。使い方を教えてくれる人がいなかった為だ。

 だから飲み水以外に必要な水は川から汲んでくるか、雨水をためて使っていた。

 オリヴァーがいれば水魔法である程度は水を集めることができるが、十四人分の生活用水を集めるには時間がかかりすぎる。

 体を洗ったり、洗濯のためにいちいち川まで出向いていた。


 井戸の水は住み始めてからどんどん少なくなっているようで、オリヴァーの見立てではいつ枯れてもおかしくないとのことでもあったので、出来るだけ早く不便な生活を終わらせてやりたいというのがオリヴァーの意向でもあった。



 最悪はクオーツ国内で魔力を回収している場所を見つけられないことを想定はしていたが、タリアが魔力の流れを追ったことで、出発して二日後にあっさりと発見。

 ラズにあった洞窟のように岩山に囲まれた中に洞窟を発見し、すぐにデュランを連れて中を確認してもらった。

 その洞窟の中にも魔力を吸収する水晶があり、手付かずの鉱山だということもわかった。


 しかし、せっかく見つけた鉱山に、入れる人間はデュランの村の人間に限られてしまう。

 せっかく王都でオリヴァーが保護することになったのに、その洞窟に縛り付けることにもなってしまう。


 聞けば、デュランは魔力を抑える術を継いでいた。人型魔獣が村を襲った日、デュランの父が亡くなったと思われるタイミングで、デュランは魔力を抑える術と、その解除の術を知ったのだという。


 デュランがいれば、洞窟内で採掘をしてもらう人間に術を施せば、村の人間に限らず鉱夫を雇うことも可能になる。

 しかし、鉱夫に「魔力を捨てろ」と言わなければならず、幼い頃から生活魔法が当たり前にあった人間から魔力を奪うことになるので、鉱夫が集まらないことも予想できた。


 そんな懸念も、タリアの疑問で解決する。

『スティグマータの乙女』の魔力を抑えることが出来るネックレスを、生活魔法しか持たない一般の人につけたらどうなるのか。と。

 タリアがそのネックレスをつけることで、常時視えている魔力が視えなくなる。それだけではなく、防御系魔法や回復系魔法もその効果が半減する。それは覚醒する前と同じくらいだった。


 それならば、生活魔法しか持たない人がネックレスを身につければ、持っている魔力が半減するのではないかと仮説を立てたのだ。


 その仮説通り、生活魔法しか使えない人がネックレスをすると生活魔法すら使えなくなり、タリアが魔力を視ると術がかかっているデュランたちと同等の少量の魔力しか循環していないということだった。


 生活魔法しか使えない人は仕事に困ることが多いので、鉱山は国で管理し、鉱夫も国で雇うことにすれば採掘しすぎることもなく、採掘にも、運搬にも、運搬の際の護衛も必要になるので雇用も広がる。


 王都レオに到着したら、デュランにはネックレスの量産をしてもらうこととなり、持ち運べるだけの鉱石を持って王都へ向かうこととなった。




「よし、出発するか」


 二台の真新しい二頭引きの幌馬車と、オリヴァーたちが元々乗ってきた客車付きの馬車の三台に分かれて全員が乗り込み、王都レオに向けて出発したのは、オリヴァー達が村にやってきてから四週間後のことだった。


 旅が初めての村人達。最年少は九歳ということも考慮し、来た時よりも余裕を持って休憩を多く挟みながらの旅路を予定していた。


「オリヴァーさん、みんなに衝撃吸収魔法、かけておいた方がいいんじゃないでしょうか?」

「そういや、タリアも初めての馬車に苦戦してたんだっけ。タリアは女の子を頼む」


 また忘れてたな。そう言って笑うオリヴァーに、魔法が使えない全員に防御系魔法の衝撃吸収魔法を、オリヴァー、ルドルフ、タリアで手分けしてかけることになった。

 ウィリアムは他人に魔法をかけることができないので除外されている。


「その魔法……私にも使えるかしら」


 子供達に衝撃吸収魔法をかけていく三人をみていたナターシャは、先日まで生活魔法ですら使ったことがなく、オリヴァーに教わって生活魔法は使えるようになっていた。

『スティグマータの乙女』であるナターシャは、この世界に転移する際に防御系魔法と回復系魔法の適正が付与されているという話だったので、その話の通りならば使えるはずだった。


 この先、ナターシャも特殊魔法が使えた方がいいだろうと、防御系魔法に関しては移動中にオリヴァーが教えることとなり、回復系魔法に関しては必要になった時、タリアが見せながら教えることになった。



 旅は順調そのもので、子供達が馬車の操縦を率先して覚えてくれたこともあり、先導の一台はオリヴァー、ルドルフ、ウィリアムの三人の誰かが行い、ほかの二台は子供達が交代で行なっていた。

 移動は基本的に日中のみで、町に入る際も、野営の際も、夕方には子供達が寝る準備を整え、先導の馬車の操縦をしていなかった二人が夜間の警備をする。




 翌日には魔獣の出没する地域に入る。野営をするのもこの日が最後だろう。

 見晴らしのいい草原で野営をすることにして、日の出とともに出発することになっている、その夜。


「……この服の山は?」


 一人、テントではなく客車に寝泊まりしているタリアの元に向かったウィリアムは、日が暮れて随分たつというのに明かりの溢れる小窓をみて、またタリアが寝ていないことはわかっていた。

 しかし、客車の中が服で溢れかえっているということまで予想することはできなかった。


「暇つぶしです。みんなの新しい服、直し終わったところで……渡す前の最終確認をしてました」


 村の子供も、大人になった子供も、服は最低限しか持っていなかった。いや、二日分しか持っていないので最低限と言えるのかも微妙だが。

 村にいる分には、洗濯して干している間に着る物があれば事足りたのだろうが、旅の間は毎日洗濯できるわけがない。

 途中の町で服を買い足してはいるものの、中古品なのでサイズが合わなかったり、ほつれや穴の開いたものもあった。

 タリアはそれを直していたのだ。


「へー、刺繍もしたのか」

「最初は穴を隠す当て布にだけの予定だったんですけど、刺繍なしの方が少なくって」


 サイズを直した服は子供用の服なので、刺繍ありとなしで喧嘩になるかもしれないと思ったタリアは、子供用の服に全部刺繍を施していた。

 男の子用は剣と盾。女の子用は花や蝶などの刺繍で分けていた。


「明日、渡すのか?」

「ええ。壁に守られてる町って大きいから、新しい服で気兼ねなく入れるといいなー」

「それで、ここ数日寝ずにいたのか」

「寝てますよ、移動中に」

「少しだけ、な。夜は全く寝てないだろ」

「……作業してる方が楽なので」


 俯いたまま針を進めるタリアに、ウィリアムはため息をついた。

 まだ、大切な人たちを亡くして日が浅い事もあるし、ナターシャの存在を知って明らかになった事もある。色々と思うことは多いのだろうがーー


 それにしても思い詰めすぎだ。とウィリアムは思う。

 いい加減、少しは吐き出せばいいのに。とも思う。


「ん?」


 ウィリアムは思わず、タリアに手を延ばしていた。

 その頭に触れ、顔を寄せる。


「根元が……白くない」


 白くなってしまったタリアの前髪。その根元は、元の栗色で伸び始めていた。


「どういうことだ?」

「さぁ……精神的ショックで白くなってただけってことでしょ。私、転移者じゃないし」


 タリアは自分の変化に気づいていた。ウィリアムに言われるまでもなく。


 ナターシャのように転移でこの世界にやってきたのなら、これまでの『スティグマータの乙女』同様、ずっと髪は色素が抜けた状態だったのだろう。

 しかし、タリアの前髪は伸びた部分が一時的に白くなっただけのようだった。


 前の世界において、科学的に解明されているわけではないが、一晩で髪が白くなるという事例はいくつかある。なんらかの理由で髪の中心部のずいと呼ばれる部分の気泡が多くなり、その気泡が多いほど光の乱反射で白く見えるというものだ。

 白く見える部分の気泡が減ることはないが、ストレスが軽減した後に新しく生えてきた髪は元の髪色と同じになる。


「ほんと……私って、なんなんでしょうね……考えても意味はないって思うのに、考えるのをやめられないんです」


 タリアは転移者ではない。ナターシャとの出逢いでそれがはっきりした。

『スティグマータの乙女』は前の世界で生贄にされた転移者。

 ナターシャと、その次にきて攫われてしまった『スティグマータの乙女』もずっと居ることができた洞窟に、タリアは息苦しくて五分も居られなかった。


 自分が『スティグマータの乙女』なのか、違うのか。

 今、持ち合わせている情報をどんなに繋ごうとも、その答えにたどり着くことはできない。

 それを十分に理解しているタリアではあったが、自分が『スティグマータの乙女』なのか、違うのかを考えずにはいられなかった。


『スティグマータの乙女』ではない。現状、その可能性の方が高い。

 しかし、それならばなぜ、タリアの大切な人たちが殺されなくてはならなかったのか。

 自分が『スティグマータの乙女』ではないと否定をするのであれば、みんなが殺されてしまった理由がなくなってしまう。


「心配かけてすみません。畳んだら寝るので、ウィルも見回りに戻っていいですよ?」


 タリアはウィリアムに視線を向けることはせず、それ以上、言葉を発することもなく作業を続けていた。



 ウィリアムは静かに外に出て、その場に座り込みたくなるのをグッと堪えた。

 これ以上、踏み込んでくるな。というタリアの拒絶を見てしまった気がして。






 第7話 完

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