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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第2章 死の森の魔女
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死の森の魔女 第6話

 


「タリア、こっちの準備はできた」

「こっちも準備できました」


 タリアは携帯食と飲み物を準備し終え、様子を見に来たウィリアムと一緒に移動をする。

 野営のために張ったテントは男性陣用で四、五人が余裕で寝転がれるほどの大きさがあった。

 馬車の客車をタリアが使い、男性陣は交代で見張りをするのがいつもの野営だった。


 しかし龍脈を離れてからは見張りも意味を成さないほどに安全で、ナターシャの村で何かに襲われることも少ないだろうと、話す間だけ全員でテントに入ることになった。


 食事と飲み物が運び込まれ、それに手をつけながら、まずはデュランの話を聞くことにする。


「デュランの村はスティグマータの乙女を保護することが目的の村で、そのために魔法を使えなくする術を使っていると聞いてはいるが、詳しい話を聞かせてくれるか?」


 そんなオリヴァーの問いにデュランはしっかりと頷いた。


「ボクの曽祖父は代々、貴金属や服飾を作り、売ることで生計を立てていたそうです。そして鉱石の採掘のため、とある洞窟へと足を踏み入れました」



 その洞窟に入る際、デュランの曽祖父は何かの『声』を聞いた。

 この先に進みたければ魔力を捨てよ。と。

 そして洞窟の奥に眠っている白銀の髪の少女を見つけた。こんな場所になぜ。そんな疑問を抱くと、それに答えるように『声』は続いた。

 彼女はこことは違う世界からやってきた。この世界で『スティグマータの乙女』と呼ばれる存在である。と。彼女に危害を加えるつもりならば死ぬ。興味本位で近づくだけなら立ち去れ。助けたいと思うのなら魔力を捨て、子孫と共に彼女を保護しろ。

 そんな内容の『声』だった。


 デュランの曽祖父は怖くなり、その場を立ち去った。

 しかしどうしても『声』の言っていたことが気になり、数ヶ月後にその洞窟へと戻った。


 覚悟を決め、彼女を助けるために魔力を捨てるためだった。


 洞窟の中で眠る少女の様子を見に、何度も洞窟へと足を運んだ。

 時々あの『声』が聞こえた。


 その洞窟は魔力の墓場。その洞窟はこの世界の中心と洞窟内で繋がっていて、そこで集められた魔力は地下に潜り、大地の中で力を蓄え、龍脈によって外へと放出されるのだと教えてくれた。


 その洞窟の内部は時間という概念が存在しない空間となっているので、『スティグマータの乙女』以外が長居すれば死んでしまうことも教えてくれた。


 そして、彼女の前に二人の『スティグマータの乙女』が殺されてしまったことも聞いた。

 歴代の『スティグマータの乙女』はその力のせいで、この世界で幸せになることはなかった。

 だからその洞窟にデュランの曽祖父が現れた時、『スティグマータの乙女』を保護する役目を担って貰えれば、悲惨な目に遭わせずに済むのかもしれないと思った。


 その『声』がこの世界を作った何者かの『声』なのではないだろうか。

 そう思ったデュランの曽祖父は数ヶ月かけて近くに小屋を建て、畑を耕し、家族を呼んだ。


 神からの啓示だと強く感じたのだ。



「目覚めたナターシャさんは怯えていたので、声に従って洞窟内の鉱石と水晶でネックレスを作り、言葉が全く通じなかったので当時三歳だった祖母と一緒に言葉を覚えたのだそうです」

「そうそう、言葉が通じなくって大変だったけど、どうしてか小さい子とはなんとなく意思の疏通が出来て」

「ボクが洞窟に出入りするようになってからも、ナターシャさんはカタコトでしたね」

「今はちゃんと話せてるでしょ!」

「はい。よくよく考えてみると、言葉を覚えるのに七十年近くかかっていたんだなーと」

「だって、洞窟の中ではほとんど寝ていたし……」

「もう、ずっと外にいて平気なのか?」


 デュランとナターシャの会話に割り込んだオリヴァーに、ナターシャはニッコリと微笑んで頷いた。


「洞窟へはもう数ヶ月行ってないわ」

「ボクが思うに、外に出れば少し辛い思いはするけど、体が魔力に慣れるのは早いのではないかと」

「それじゃ、村に人型魔獣が出て逃げ出した時に魔力に慣れたのか」

「あの時は辛いとか言ってられない状況だったし、いつのまにか平気になってたわ」

「ボクが話せるのはこの程度なんですが」


 オリヴァーは十分だ、と言って、『クレメントの手記』の内容、力が覚醒したタリアにもたらされたネックレス、ギルバートの存在。

 その全てがあって、ナターシャが橘 雅である可能性が高まり、生存しているなら確認をするための旅をしていたと話した。


「そのギルバートって子がコーキなのですね」

「そう! あの子生きてたのよ!」

「俺が勝手にギルバートと名付けた。名前も年齢も分からなかったもんで」

「ボクらにもコーキの年齢はわかりません。ナターシャさんも年齢不詳なので」


 ナターシャがこの世界にきて百年近く。そのほとんどを洞窟の中で過ごしていた。

 ここ九年は外で生活をしているので少しずつではあるが確実に年齢を重ねている。

 何より、以前はほとんど伸びなかった髪が普通の人と同じ速度で伸びているのがその証拠だった。


「コーキはボクより生まれたのは数年早かったんです。ですが、ボクらより長い時間を洞窟で過ごしていたので、成長はとてもゆっくりでした」


 ナターシャは洞窟の中でギルバートを出産した。

 しかし魔力を持っていたため、すぐに洞窟から出し、魔力を抑える術を施した。

 それでも洞窟に留まれる時間は限られているので、朝と夕方に二時間づつ洞窟の中でナターシャと過ごし、ほかの時間は乳母がギルバートの世話をした。


 そうしているうちに、数年後に産まれたデュランとの成長の差が生じていった。

 産まれた日からの年齢で言えば、ギルバートは二十五、六歳ということになる。

 しかし実際のギルバートは十七歳くらいが妥当と言えた。


「ギルは……そのコーキって名前だったんだな」

「ええ。あっちの世界では『*$#』って発音なんだけど、それをこの世界の発音に直したの。大変だったけど。字は、日の光に、画数多い方の樹。それでコウキ」

「これ、だな」


 オリヴァーは地面に『晃樹』と書いて見せた。


「そう、それよ! 前の世界のことが通じるって素敵。ホッとする」


 ナターシャにとって、前の世界の話が通じる相手が一気に三人に増えた。

 前の世界でのナターシャの世界はとても狭かった。島から出ることも、離れから出て遊ぶことも、友達を作ることさえ許されていなかった。

 ナターシャがどんな環境に置かれていたのかも知っている島の関係者が二人もいる。

 それがとても安心できることだと彼女は語る。


「いくら話してもデュランは信じてくれていなかったようだけど、私が前の世界でどう生きていたかは皆さん、もうご存知なのかしら」

「ああ。ロルフから聞いた」

「そう。実はね、私……どうしてこの世界に来ることになったのか、いまいちよくわかっていないの」

「……ん?」

「どう思い返しても、急に本家に呼ばれて誕生日会が開かれて、なんで急に? って思ってその場にいたんだけど、眠くなって……そこまでは覚えてるの。でも、気がついたら真っ暗で、いま死ぬのと、違う世界で生きるの、どちらがいいか聞かれたのよ」


 四人は顔を見合わせた。

 間違いなく、ナターシャは自分が生贄にされたことを知らない。そう確信できる言動だった。


「それで、約束した人がいるから死ぬのも、違う世界に行くのも嫌だと言ったの。でも、どちらかは選ばなきゃいけないって。だから違う世界ってどういうところなのか聞いてみたら、死後の世界のようなものだって言われたわ。約束している人も、後々はその世界に来るかもしれないって」


 ナターシャには、二つの選択肢しかなかった。

 どちらかしか選べないのなら、再会の可能性のある違う世界で生きることを選ぶしかなかった。


 通常だと魂だけが違う世界へと転移し、そこで新たに生を受ける。

 しかしナターシャの場合、肉体そのまま世界を転移するので、その際の肉体への影響は甚大となる。

 そのため、ナターシャには防御系魔法と回復系魔法の適正を付与された。

 危険な相手を察知するために魔力を視る目を。

 危険を回避するために未来予知魔法を。

 もしもの場合に備え、攻撃系魔法も使えるようにはなっているという話しもされたという。


「でも、魔力をたくさん与えられて、一番強い防御と回復を駆使しても転移の後は体の色素が抜けてしまって。それだけが不満ね」

「それだけ転移には負担がかかるってことなんだろうな」

「そう考えると、ギルバート君が無事に産まれてきたことも、魔力を持っていたことも不思議ですね」

「そう、だな」

「そう、ね。今まで考えたこともなかったけど」


 考え込み始めたオリヴァー、ルドルフ、ナターシャ。


「少し休憩にしましょう」


 ウィリアムが声をかけ、そうしよう、とオリヴァーも立ち上がった。

 タリアはお茶を淹れ直すと言って、テントの外の焚き火の前へと移動した。


「タリア、大丈夫か?」

「ウィル……大丈夫って、何がです?」

「何か、思い詰めてる。そんな顔してる」

「そりゃ、いろいろと思うことはありますよ」

「そうなんだろうが……大丈夫じゃなさそうに見える」


 ウィリアムが休憩をしようと言い出したのは、明らかにタリアの様子がおかしいと感じたからだった。

 表情が硬く、テントに入ってから一言も喋っていないことも、何か思い詰めているとしか思えなかったと話す。


「ほんと、よく見てますね」

「そりゃそうだ。タリアのこと、知りたいからな」


 約一年、二人は研究室でほぼ毎日顔を合わせていた。しかし、ウィリアムはタリアを知っているようで何も知らなかったのだと、オリヴァー邸での事件以降、思い知らされる日々が続いている。


 タリアが何を好み、何を嫌うのか。何を考え、何を思っているのか。できることなら全てを知りたいと思っていた。

 だからこそ、タリアをよく観察し、知ろうとしていた。


「知りたい、か……私も知りたいですね。私のこと」

「自分を、か」

「……なんなんでしょうね、私って」


 タリアは焚き火の炎を見つめながら膝を抱え、膝の上に顎を載せて呟いた。


「ちょっといいか?」


 そこにオリヴァーとルドルフが、デュランを連れてやってきた。

 ナターシャが子供達の様子を見に行ったので、今のうちに相談したいことがあると言って。


 生贄について、ナターシャに話すかどうかだった。

 ナターシャは自分が生贄になったことを知らない。わざわざ教える必要があるのか。前の世界でのことなので何も気にせず話してもいいのか。

 ウィリアムとタリアの意見も聞いておきたいということだった。


「二十年くらい前に、もう一人スティグマータの乙女が来たらしいんだ。ずっと眠ったままで、九年前に攫われたんだと」

「人型の魔獣が現れて避難したり、ナターシャさんと森へ移動したり。多分、あの時に」


 オリヴァーの言葉を補足するように、申し訳なさそうにデュランが説明を加えた。

 ルドルフがデュランに聞いたらしいのだ。『スティグマータの乙女』がもう一人いたのではないかと。

 ナターシャが存命ならば、ナターシャの十年後に生贄にされた娘もこちらの世界に来ていておかしくない。そう思ったルドルフだったが、自分が生贄にされたことを知らないナターシャの前でもう一人の『スティグマータの乙女』がいることを確認すれば、なぜもう一人いると思ったのかを説明する必要が出てくる可能性を考え、デュランに確認を取った。


 デュランは生贄という言葉も意味も知らず、意味を知り、少なからず驚いていた。

 まさか、ナターシャにそんな過去があったとは思っていなかったからだ。


 もう一人の『スティグマータの乙女』は確かにこの世界に来ていて、眠ったままだったので言葉も通じない。

 そんなときに攫われてしまったのでずっと気がかりではあったが、どこに行ったのかも分からず、魔法が使えないデュランたちが追いかけるのは困難で、さらには小さい子供達もいたので動けずにいたと話す。


「何か手がかりさえあれば、オレたちで追えるかもな」

「手がかりになるかはわかりませんが、洞窟内で数人亡くなっていたので、遺品は洞窟のそばに置いたままになってます」


 その洞窟は『スティグマータの乙女』と、魔力を抑える術を施している人間以外が入れば五分ほどしか活動できない。

 それを知らずに入り、何人かが命を落としたらしく、そのままになっていた。

 デュランたちは洞窟のそばに墓を作って遺体を埋葬していた。


「見に行きたいんだが、案内頼めるか?」

「もちろんです。片道二日ほどかかりますが」

「構わない。食料もあるし」

「では、夜が明けたらご案内します」


 ナターシャには今すぐ生贄の話をしなくてもいいのではないか。そう結論づけ、必要に迫られた場合のみ、ナターシャに話すことにした。


「明日、オリヴァーさんはここに残ったらどうです? 報告はしますし、ナターシャさんを連れて行けば生贄の話に触れてしまうかもしれないので」

「そう、だな……子供達の状況も見ておきたいし」

「それがいい。オレたちは洞窟に行くってことでいいかな」


 ウィリアムとタリアはルドルフの意見に賛同し、デュランと共に四人で洞窟に向かうことになった。


 今日のところは聞きたいことも聞けたので、後は聞きたいことができたら聞こうという話になり、就寝することにした。




  ※ ※




  ルドルフ、ウィリアム、タリアの三人はデュランと共に六日分の水と食料を持って、ナターシャの過ごしていた洞窟へと向かった。


 国境を越えてラズへと入ると、川沿いに小さな森がある。その森の西側にデュランたちが暮らしていた村の跡。そして南側に半日ほど進んだ岩山の中に採掘時に使っているという小屋と、そこから更に進んだ場所に洞窟の入り口はあった。


「ラズの紋章だ。しかもこれ、国王直属の部隊のものじゃないか?」

「確かに。しかし、人を拉致しておいて証拠を残しておくなんて……」

「一刻も早く洞窟から立ち去りたかった、とか」

「事情を知らずに入って、急に兵が死んだ。それは怖いですね」


 洞窟の外に作られた簡素な墓。そこには洞窟に侵入し、死亡した四人分の装備品も置かれていた。

 誰の墓かわかるよう、デュランたちは名前や身分がわかりそうな所持品を埋めず、誰かが戻って来た場合に回収したり、弔ったりできるようにしていたのだが、九年間、誰も戻らなかった。


 どうやらもう一人の『スティグマータの乙女』はラズに攫われたらしい。


 確認ができたので、洞窟を見せてもらうために入り口へと向かった。


「少しだけここでお待ちください」


 洞窟の入り口には扉がある。その扉の内部へとデュランが入って行く。扉を開けたまま進む先にはちょうど人一人が通れる大きさの横穴が続いていて、少し先には開けた空間があるようだった。

 更に奥の扉を開けると、光り輝く乳白色の水晶で埋め尽くされていた。

 その水晶の光のお陰で洞窟の中が良く見えた。


「みなさんも中に入ってみますか?」

「五分くらいなら大丈夫って話だよな」

「少し中に興味があります」

「私も五分だけなんでしょうか?」


 三人は興味津々で洞窟の中へと足を踏み入れた。


「あ、息苦しいな」

「本当ですね」

「……」


 ルドルフとウィリアムに続いて中へと入ったタリアは無言でネックレスを外した。


(洞窟の中だと魔力は視えないんだ……でも、私も息苦しいから長居は……多分できない)


 五分は水晶のある空間まで行って、少し観察して、戻ってくる程度。


「空気中にも魔力はあるって聞いたことあるし、普通の人間は呼吸と一緒に魔力も取り込んで生きてるってことなのかもな」

(つまり、この世界の人は魔力なしには生きられない体だってこと、か)


 時計を気にしながら奥へと進む三人は、ナターシャが生活していた空間を通り抜け、水晶のある空間へとたどり着いた。

 思っていた以上に広く、入り口から見えていた水晶の大きな塊の奥には緩やかに下へと向かう洞窟が続いていた。


「そろそろ出ましょう。念のため」

「そうだな。息苦しくてふらついてきた気がする」


 三人は足早に外へと向かい、デュランが扉を締めながら追いかけてきていた。

 外へ出ると息苦しさもなくなり、三人は何度も深く息を吸い込んでは吐き出す。


「下の階層までご案内できれば良かったんですけど……」

「いや、死を覚悟してまで見たいという訳でもないから大丈夫だ」

「もう一人のスティグマータの乙女がいたのは、更に下の階層なんです」


『スティグマータの乙女』一人目であるナターシャは洞窟の入り口から見える水晶のある空間で眠っているところを発見された。

 そして二人目はその下の階層にいて、その階層から鉱石や水晶を発掘していたので、来て間もなくに村人が発見した。

 

 ラズの兵士の遺体は下の階層へと続く洞窟内で発見されていた。


(デュランさんは攻撃系魔法の適正者ではあるんだ……ギルと同じで循環はしてないけど)


 ネックレスを外していたことで、タリアの目には視たくはなくても他三人の魔力が視えていた。

 ルドルフとウィリアムの魔力は強烈に。デュランの魔力は顔が認識できる程度で、首の辺りに魔力を遮る何かがあり、魔力の循環を阻んでいた。


「あの、鉱石を村に持ち帰りさせてはいただけないでしょうか?」


 案内のために同行しているだけではあったが、せっかく来たので鉱石や水晶を持ち帰りたいとデュランは言った。

 現物も見ておいて損はないと、三人はデュランの申し出を受け入れた。


 デュランは再び洞窟の中へと入っていき、三十分も経たずに入り口へと戻ってきた。

 その手には、二種類の水晶があった。タリアのネックレスにもある乳白色のものと、もう一つは夕焼けのような光を放っていた。


「こちらの乳白色の方がスティグマータの乙女用のもので、こちらはその周りを覆っていた水晶です」

「すっごい光だな」

「この光り方、見覚えが」

「ナターシャが言うには、この乳白色の水晶が魔力を貯めて地下の龍脈に送り出す役割で、この光る水晶は魔力を吸い取る役割のようだと」


 持ってみてください。と、デュランに夕焼け色の水晶を差し出され、ルドルフが受け取る。

 すると水晶の光の色が紫色に変換した。


「あ、ルドルフさんは二種持ちなんですね。凄い」

「……これは、特殊魔法を判別する水晶、なんですね?」


 ウィリアムの問いにデュランは頷いた。

 その水晶は攻撃系魔法の適正者が触れると赤系に発光し、防御系魔法の適正者が触れると青系に発光。回復系魔法の適正者が触れると黄緑に発光する。

 攻撃系と防御系の二種持ちであれば赤系と青系が混ざって紫色に。攻撃系と回復系なら赤系と黄緑が混ざって濃い黄色に。防御系と回復系なら青系と黄緑が混ざって濃い緑になる。


「光の三原色と同じなんだな」

「そう、みたいですね。これまでは回復系が黄色だと思ってましたけど、この目になって見える回復系が緑がかった黄色っぽかったのは、黄緑が本来の色だったからなんですね」


 光の三原色を知らないウィリアムとデュランに説明を混ぜつつ、どうしてこの洞窟の水晶が各国に出回っているのか。そんな話になった。


「何十年も前の話です。まだ村に曽祖父とその家族しかいなかった頃、お金に困っている曽祖父たちを見たナターシャさんが売り物にしようと言って、曽祖父が商人に売ったと聞きました」

「……出どころはここでしたか」


 クオーツでも三つ所持している、特別な水晶。龍脈のある大都市で保管され、年に一度、国中の十三歳になった子供達の適性を調べるためだけに使われているものだった。

 しかし、いつ、どのように入手したのか不明で、替えがきかないことから厳重に保管しているものでもあった。


 その水晶をルドルフが地面に置くと、今度は透明に光り出した。


 タリアはネックレスを外してその水晶を観察。

 その水晶は地面に触れている面で魔力を吸収し、他の面から放出していた。


 一方、乳白色の水晶の方は少しも魔力が視えない。

 光る水晶に近づけてみると、光る水晶の魔力は全て乳白色の水晶に引き込まれるように吸い込まれていく様子が視えた。

 しかし乳白色の水晶は魔力を吸い込んでも、依然として魔力を視ることはできなかった。


「魔力が、消えてしまうみたい」

「ナターシャさんも同じことを言ってました。この乳白色の水晶は、削り出しても龍脈に魔力を流し続けているのではないかって」


 乳白色の水晶の魔力がどこに消えているのかは、いくら仮説を立ててみても真実にたどり着くことができるかもわからない。

 それを知っているのは、デュランの曽祖父が聞いた『声』の持ち主だけなのだろうから。


「なー、タリアが触るとどうなるかみたんだけど」

「……そう、ですね。できればナターシャさんと見比べもしたいです」


 タリアが光る水晶を手にすると、眩しさで目が眩む程に水色に強く発光した。

 しかし水晶の中に、赤や黄色、青の粒子が線のように繋がって水晶の外へと向かっている様子も見えた。


 眩しさに水晶を両手の中に収めてみるが、指の隙間から漏れる光も強烈だった。


「タリア、とりあえず地面におけ!」

「希少なものなので、そっと、ですよ?」


 地面に置けと言ったルドルフに、そっと置けと言ったウィリアムに、タリアは眩しさに顔を歪めながらも頷いて、そっと地面に水晶を置いた。

 光がやっと小さくなり、一同はホッとする。


「こんな光り方に違いがあれば、そりゃ『スティグマータの乙女』かもって言われますね」

「……前はこんなに強く光りませんでしたよ。覚醒した、からでしょうね」


 タリアが十三歳の時に受けた適性検査。その際も水色に発光し、水晶の中に複数の色が確認された。

 それ故に『スティグマータの乙女』の可能性があるとされて、王都レオへと向かうことになった。

 しかし、その時は目が眩む程に眩しいと感じるほどの発光はなかった。


「ナターシャさんと見比べるのであれば、もう一つ採ってきますね」

「あ、デュランさん、できることならいくつか持ち帰りたいのです。言い値で買い取らせていただきたい」

「わかりました。まだまだ保管してあるので持ってきます」


 ナターシャに必要な乳白色の水晶を取り出す際、必ず周囲の光る水晶を削るのでそのカケラが山のようにあると言って、デュランは快くウィリアムの申し出を受け入れた。


 再び洞窟の中に入ったデュランは扉を開け放ち、以前、採掘したものの持ちきれずに保管して鉱石を持ち出した。

 デュランが入り口まで運び、そこから先はルドルフとウィリアムが交代で馬車に積み込む。

 小袋が五つ。小袋とはいえ中身は鉱石。一袋だけでもかなりの重さがあり、下の階層から入り口近くまで五往復したデュランは汗だくになっていた。

 その他に光る水晶が入った袋を二つ積み込んで、一行は洞窟を後にした。


 そしてみんなの待っている村へと、また二日かけて移動する。


「……これで五年は生活できそうです」


 馬車の中、お金の詰まった袋を両手に持ち、放心状態のデュランが呟いた。

 それは魔力で光る水晶をウィリアムが買い取ったお金なのだが、デュランが提示した金額があまりにも安価だったので、ウィリアムは「せめてこのくらいは」と渡したものだった。


 デュランの呟きに、馬車の荷台最後尾から後方を警戒していたルドルフが、驚いてデュランを見た。


「それで五年も暮らせるのか? しかも村の十四人分で考えてる、よな?」

「はい。半年に一度、商人がボクらの作った貴金属を買い取りにきてくれるんです。それをやり繰りして、半年生きてくって感じで」


 最初にデュランが提示した金額は、商人に貴金属を売った際に得る金額と同程度だった。

 それでもデュランにとっては多く金額を設定した。

 普段は邪魔にしていた光る水晶ではあったし、手間暇をかけていない。それでも少し生活が楽になればと思い、提示した金額だった。


「多分、その商人、まともな金額で買い取ってないぞ?」

「そうなんでしょうか」

「辺鄙な村の子供相手だから安く買い取っても文句言われないと思ってんだろ」

「……そうかもしれません。でも買い取ってくれるだけでもありがたいんですよ」


 貴金属の加工は最年長のデュランのみが大人から教わっていた。

 しかし、大人がいなくなってしまった当時は十五歳。教わると言っても基本程度で難しいことは教わっていない。見様見真似でなんとか形にしたものだったので、職人でもないデュランが作ったものに値をつけてくれるだけありがたいとデュランは言う。


「あの、その剣を見せていただいてもいいでしょうか?」

「ん? これか……いいぞ」

「ありがとうございます。実はずっと気になっていて」

「良ければ私のもどうぞ」


 ルドルフが玄武を差し出し、馬車を操縦していたウィリアムも青龍を差し出す。


「うわっ、思っていた以上に細工が細かい」

「あ、興味があったのは鞘の装飾の方なんだ」


 てっきり、見たことのない細身の剣に興味があったのかと思いきや、デュランは刀を鞘から抜くこともせず、鞘に施された装飾に魅入っていた。


「それは玄武と青龍。オリヴァーさんが持っているふた振りが白虎。あと、ギルバート……いや、コーキが朱雀を持ってる」


 ルーという刀鍛冶の老人が、人生の集大成に作った刀で、魔力を纏う特別な刀であることをルドルフが説明した。


「そのお爺さんが言うには、この世界は四神という守り神がいるんだそうです。それが刀の名前でもあり、それにちなんだ装飾になっているんですよ?」


 と、タリアが付け加えた。


「本当に凄いです。どうやってこれを作っているのか想像もできません。でも……こんなにも素晴らしいものを目にしてしまうと、どれだけボクらの世界が狭いのかを思い知らされますね」


 眉をひそめて笑い、デュランは刀をルドルフとウィリアムに返し、丁寧にお礼を述べた。

 デュランは自分とナターシャを含めた十四人の生活を一人で支えている。

 貴金属を売るにあたってきちんと勉強したくても、村を離れることは出来ないし、ナターシャという特殊な存在を保護しているので部外者を村に招くことも出来ないでいた。


「ウィル、どうにかしてあげられませんか?」

「そうですね。何か手助けはできるのではないかと」


 デュランの状況を聞いたタリアは居た堪れなくなり、ウィリアムに助けを求めた。

 ウィリアムならば、第二王子ならばこの状況を打破できるのではないかと思ったからだ。


 ウィリアムは最善と思われる策を考えさせて欲しいと言った。

 まずはデュランの作った貴金属を見せてもらい、適正な価格で買い取ってくれる商人を紹介するなり、村を信頼できる貴族に管理させて融資させ、もっと住み心地の良い村にしたりもできるだろう。


 ナターシャを王都レオで保護したいし、それが叶うのならーー

 村に職人を派遣してデュランに金属の加工を教えることもできるだろう。


 時間はかかるだろうが、デュランの村は確実に良くなっていくだろう。

 そう期待が持てるウィリアムの答えに、タリアは心底安心した。





 第6話 完

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