聖痕の乙女 第2話
王都へ向かう旅は順調だった。
オリヴァー達が王都からクレアに向かう際は、急ぎだったので町に立ち寄らず、最短ルートで馬車を走らせ三日でクレアに入った。
しかし帰りはタリアがいる。馬車に慣れていないだろうし、そんな馬車で仮眠を取ることなどできない。夜には町に入ることになるため帰りは二週間をみていた。
道中、休憩の度にタリアとギルバートは魔法の種類と使い方を学んだ。
この国では八歳になると読み書きや算数などと一緒に生活魔法の基礎を勉強する。ギルバートは生活魔法の知識だけは持っていたので、すぐに使いこなせるようになっていた。
特殊魔法適性の有無は水晶を使わなくてもわかるというオリヴァーの指導のもとで確かめてみたところ、タリアには防御系魔法と回復系魔法。ギルバートには攻撃系魔法と防御系魔法の適性があった。
ともあれ、タリアは例外として。
ギルバートにもオリヴァーと同じ二種類の適性があることがわかった。適性を複数持つ人間は国内でも十数人しかいないほど稀で、そんな力がギルバートにあったことにみんなが驚いた。
攻撃系魔法とは、魔力を体外に放出して対象物を操るものと、体内の魔力を部分的に集めてその部分を操作することを指す。
防御系魔法とは、魔力で対象物を覆い、体表面で操る魔法全般を指す。
走る時、攻撃系魔法の身体強化を使えば足の筋力が上がり、踏み込む力が強くなるので一歩がより大きくなる。
走る時、防御系魔法の身体操作を使えば可動速度が上がる。
その二つを組み合わせることで、魔力は消費するが普通の速さで走るのと同じ体力で、他の人間には出せない速度で走ることが可能になる。
また、剣を振るう時も同じ。
身体強化を使って全身を強化し剣を振るい、一撃一撃を強化。身体操作でその一撃を速く行うことが出来る。
以前、オリヴァーがやって見せたことのある水の塊を投げるものは、水の周囲に防御系魔法の『対象物を覆う特性』を生かして球体にして掴み、軽く投げる際、攻撃系魔法の『対象物を放出する力』を加えた。
水が手から離れた瞬間に防御系魔法は解除されるが、攻撃系魔法の特性はそのまま残っているので照準の調整と飛ぶ速さの調整を行なっていた。
その際にリアムが作った障壁は、攻撃系魔法の適性者が使える防御の一つで、ある程度の物理攻撃を弾くことができるものだった。
防御系魔法が体表面での防御に対して、攻撃系魔法の障壁は体から離れた場所に作ることができるため区別されていた。
特殊魔法を二種持っている者の中で、攻撃系魔法と防御系魔法が最強の組み合わせと言われていた。
タリアのような防御系魔法と回復系魔法の組み合わせは、自身を守ることに特化しすぎている。
攻撃系魔法と回復系魔法の組み合わせは、攻撃も出来るし障壁での防御も出来て回復も出来るのだが、身体操作が出来ないので攻撃速度が並だった。
実際にやってみながら魔法を教わり、ギルバートは目まぐるしい速さで成長していった。
そんな様子を、タリアは苦虫を噛んだような顔で見ていた。
「なんだよ、その顔」
クレアを出発して十日目の夕方。町の近くに馬車を隠し、そこで魔法の練習を行っていた。
ここ数日、ギルバートはタリアが変な顔をして自分を見ていることに気づいていた。直接話しをするのを避けていたのだが、この日やっとタリアに話しかけた。
「ずるい……ギルバートはずるい!」
「……何が」
「この世界で一番強くなりたかったのに! これ見てよ!」
タリアはギルバートに飛びついて、腰にあった剣を奪った。それは兵士に配られている量産品の諸刃の剣。
鞘から引き抜いたまでは良かったのだが、剣先が地面に落ち、そこから動かない。タリアは持ち上げようとしているが、動かない。
「身体強化ができればこれくらい持てるはずなのに、なんで私には攻撃系魔法の属性がないんだ! ギルバートにはあるのに!」
それは単なる僻みだった。たまたま同じ時期に特殊魔法の適性を持ち、同じ時期に魔法を学んでいるギルバートだからこそ、タリアが欲しい能力を使い、強くなっていく様を見せつけられて悔しくなっているのだ。
キッとタリアに睨まれ、ギルバートは困ったように頭を掻く。
適性ばかりは選べないし、欲しいといって手に入るものでもない。
とりあえず、タリアに剣を持たせておくのは危なっかしいので、返してもらって鞘に納める。
「お前、防御の他に回復も持ってるんだろ? なんか他にも持ってるかもって話だし、それ以上欲しがるのは」
「私は戦いたいの! 戦う力が欲しいの!」
「そうは言っても、回復持ってりゃ戦わせてもらえないぞ」
「それも気にくわない!」
「気にくわないって言われてもな」
回復系魔法の適性を持つ者は少ない。特殊魔法の適性は三人に一人。
その中の五割が攻撃系魔法で、四割が防御系魔法。
回復系魔法は希少なので、その適性が認められれば王都に召集。使い方を学んだ後は各地に派遣され、有事の際は戦争にも呼ばれるが、基本、一人での行動を禁止されている。必ず攻撃系魔法の使い手と行動を共にすることが義務付けられていた。
旅の道中、ユーゴは決して単独行動を取らず、ギルバートと二人で行動することもなかった。それは攻撃系魔法を持っているオリヴァーとリアムのどちらかが必ず一緒にいなければ、どこにも行けないことを意味していた。ギルバートはまだ正式に適性検査を受けていないので対象外だったのだ。
「守られてるだけのヒロインになんてなりたくないのに、私の能力って」
「守られるだけだな」
「それ! 特殊魔法の適性無い人より厳重に守られる能力なんていらねー! なのに、なに? ギルバートばっかり強い能力持って! 並外れた身体能力とか特殊魔法の最強の組み合わせとか! そういうのチートって言うんだよ! 私がその設定欲しかったわ!」
興奮したタリアはギルバートを睨みつけながら胸ぐらを掴んでいた。捕まれたギルバートはたじろいでいる。
タリアは他の世界から転生してきたことをひた隠しにしてきたが、悔しさを口に出したことで、前の世界の言葉が口から出たことにも気づいていなかった。少々口汚くなっていることにも。
「……ふはっ。へんなやつ。どっかの姫みたいな顔してるから、もっと大人しいやつだと思ってたのに」
いきなりギルバートが笑い出したので、少し冷静さを取り戻したタリアは大きな目を見開き、至近距離でじっとギルバートの顔を見る。
「ギルバートこそ、笑うんだね。初めて見た」
出会ってから、ギルバートは真顔か不機嫌そうな顔しか見せてこなかった。
あどけなさの残る顔立ちとくったくのない笑顔は、十五歳という年齢を改めて感じさせるものだった。
(若いなー。可愛いなー。まだ少年なんだなー)
タリアも肉体は十三歳と若いのだが、中身は二十七歳+《プラス》九年。元の世界で歳を重ねていれば三十六歳。十五歳の息子がいてもおかしくない年齢だ。
(僻む対象なんかじゃ無いじゃん。羨ましい。羨ましいけれども……こんな可愛いと応援したくなっちゃうわ)
タリアはそっと胸倉を掴んでいた手を離す。
ふと、脳裏に映像が浮かんだ。
白銀の鎧に身を包んだ、今より少し大人びた姿のギルバートが跪き、綺麗な装飾が施された剣を受け取っている姿だった。
その光景が何を意味するものなのかわからなかったが、それはきっとギルバートが望む未来に近いものなのだろうと思い、タリアはそれを口にするのをやめた。
「ギルバートが笑ってるのひさびさに見たな」
「前はよく笑ってたのに、捻くれちゃって」
「お前らがからかうからだろ」
「隊長だって面白がってからかうじゃないですか」
「うるせー! 笑ってねーし!」
(わぁー! 思春期バンザイ! 混ざりたいとこだけど……年下の女の子にからかわれるって、思春期の男の子にはタブーよね?)
大人三人にからかわれて嫌がるギルバートに、タリアは癒されていた。
※ ※
王都に近づくにつれ、旅の様子が変わり始めた。
魔獣に遭遇することが多くなり、馬車で逃げ切れる場合は走り抜けるが、囲まれて戦闘を余儀なくされることが多くなっていった。
経由する町の周囲は高い壁が魔獣を阻む。その分、人々の生活は壁の中に制限されていた。逆に言えば、壁の中だけで自給自足の生活ができるようになっていた。
町が壁に囲まれるようになってからは、馬車を人目からかくすことはなくなっていた。魔獣が出現しやすい地域には聖騎士団や騎士団があり、出来るだけ早く現場に駆けつけられるように飼い慣らされたがワイバーンいるため、町の人も見慣れているからだった。
魔獣との戦闘に最初は驚いたタリアだったが、防御系魔法が使えないリアムとユーゴに防御魔法の練習台になってもらえるので、魔獣との戦闘を少し心待ちにしている節があった。
そうしていくうちにわかったのは、タリアが使える防御魔法は三種類あるということだった。
一つ目は『衝撃吸収魔法』と呼ばれているもので、戦闘には向かない、軽度の打撃や衝撃を和らげるものだった。攻撃系魔法を使わない殴り合い程度にしか使わないもので、持続時間は一時間程度。
二つ目は『防御魔法』と呼ばれているもので、戦闘向き。どんな攻撃のダメージを緩和するというものだった。リアムの体感では受けるダメージは半減。持続するのは一時間程度。戦闘が終了し、自身の魔力が平常に戻れば一時間を待たずに切れるということだった。
三つ目はオリヴァーが知る限り使えるのはタリアだけという『完全防御魔法』。命名はオリヴァー。その名の通り、どんなに強力な攻撃を受けても全くダメージを受けない。ただし、持続は百秒程度。タリアが感覚で持続時間を数えたので正確な時間ではないが。
タリアはユーゴに教わりながら回復系魔法を使ってみた。
今のところ使える回復系魔法は三種類。
一つ目は一般的な『回復魔法』と呼ばれるもので、痛みを取り、怪我を治す。直接怪我した箇所に触れて行うのが主で一番時間がかからない。怪我した場所に触れられなくても体の一部に触れていれば、少し時間はかかるものの治療は出来る。ただし、傷の程度によって完治までにかかる時間は様々で、深い傷や骨折は完治までに数週間かかる。
二つ目も一般的な『疲労回復魔法』。体の疲れを取るだけでなく、消費した魔力も回復する魔法だ。
そして三つ目はタリアにしか使えないという『完全回復魔法』。『回復魔法』で完治に数週間かかる傷や骨折であっても、一日程度で完治する。
どの魔法も戦闘において大いに役立つものだったが、一つ大きな弊害があった。
今のところタリア本人にはどれも効果がないと言うことだ。
試しに完全防御魔法をかけて自分の腕を切ってみたが、スッパリと切れてしまった。
試しにその傷に完全回復魔法をかけてみたが治らず。ユーゴに回復魔法をかけてもらって治してもらったが傷は深く、完治までに数日かかった。
他者が魔法をかけてくれれば効くが、自分には何一つ魔法がかけられないと知り「本当にただ守られることしか出来ない!」と嘆き、「まだ使えるようになったばかりなのだから慣れれば使えるようになるかもしれない」とオリヴァーに慰められた。
※ ※
クレアを出発して十四日目。王都が見えた。
「すごい……」
ファンタジーだ! と言いそうになり、タリアは慌てて口を閉じた。
小高い丘から王都が見渡せる。
周囲は山に覆われた広大な盆地。その盆地を囲う壁。その壁の中の半分以上は農地になっている。中心に向かうほどに民家が増えていき、中心には大きな街と碧く輝く大きなもの。
その光景はまるで、元の世界で漫画やアニメで見たことがあるような空想の世界のようだ。
「城下町の中心に碧く光ってるものがあるだろ。あれが王城だ。龍脈の中心に建てられてる」
「龍脈ってなんですか?」
「魔力の源だ。普通、龍脈は大地の中にあるもんなんだが、この世界には十二箇所だけ、水晶化して龍脈が外に出ている場所がある。あの龍脈の周囲の土地は魔力が豊富で土地が豊かになる」
「へー、いいことだらけなんですね」
「そうでもないさ。この世界は十二箇所の龍脈を巡って二千年以上も戦争を繰り返してるし、龍脈の魔力に惹かれて魔獣が集まるし狂暴化するし」
この世界に生きるもの全てに魔力が備わっている。人間はもちろん、動物にも植物にも大地にも、微量ではあるが大気中にも存在していると言われている。その魔力の供給源が大地に流れる龍脈で、生物は魔力を摂取することで消費した魔力を補給する。
魔獣になってもそれは同じ。しかし魔力の暴走状態にあるので、本能的により多くの魔力を求める。生物の中で最も魔力を持っているのが人間で、人間の中でも魔力が多いほど狙われる。
魔力の源である龍脈は、近づくだけで魔獣の力を増大させるので、より暴走する。
だから王都に近くなればなるほど、魔獣の侵入を防ぐために町の周囲を壁で囲っていたのだ。
「龍脈に近づいた魔獣が魔力を増大させるなら、人間にも何か影響が出るんですか?」
「魔獣ほどの影響は確認されてないな。龍脈から離れた場所に比べて特殊魔法の適性を持って生まれる確率が少し上がるから、二種以上の適性を持って生まれる確率も少し上がる。後は魔法の効きが良くなるから、重病人が治療しにくるくらいだな」
龍脈の話を聞き、王都にいれば強くなれるでのではないかと期待したタリアだったが、それはなさそうだと諦める。
もし人間の体に龍脈の影響が大きく出るとしたら、二種以上の特殊魔法の使い手が国に十数人しかいないのは少なすぎるからだ。
一行は日が暮れる前に壁の中に入ることにする。壁から城下町までは朝に出発をして夕方に到着するくらいだと言うので、壁の近くで一泊してから城下町に向かうことになった。
夕暮れ時。広い麦畑の中の道を進み、その先の大きな屋敷が見えてくる。本日の宿泊先だった。
「今日は宿じゃないんですね。すっごく大きなお屋敷」
「ボクらの家だよ」
ユーゴの言葉に、タリアは勢いよくユーゴの顔を見た。一緒に旅をして二週間。すっかり打ち解けていた。
「あの、大きなお屋敷が」
「ボクとリアムの家」
「とっても良い家柄だったんですね」
「あはは、違う違う。ボクら孤児だったし」
「なら、どうしてこんな」
「聖騎士になれたから」
「聖騎士だったんですか!」
タリアには初めて知る事実だった。
聖騎士とはこの国で一番強い兵士の集まりで、国王の命令でのみ動く部隊。
聖騎士になれば貴族の称号と土地と屋敷が与えられるといい、国民すべての憧れの存在だった。
片田舎で育ったタリアとは言え、聖騎士の存在は知っていた。
聖騎士になるためにはまず特殊魔法の適性があることが絶対条件で、特殊魔法の適性があっても強くなければ聖騎士に選ばれることはない。
数年に一度しか聖騎士になれる逸材は現れないと言われている狭き門ではあるが、タリアの周りで育った男の子たちの夢は聖騎士になることだった。
強くなりたいとずっと思っていたタリアは、強いのならば称号や職種はなんでもいいと思ってはいたが、この国で一番強い集団と言われている聖騎士団には少し興味があった。
その、聖騎士が今、目の前にいることに驚きを隠せない。しかも二人も。
「つまり、オリヴァーさんも聖騎士、なんですね」
リアムもユーゴもオリヴァーを隊長と呼んでいた。四人の中で一番強いのはオリヴァーだったことも考えると、オリヴァーが聖騎士ではない、と考えるのは無理だった。
「もちろん。ただの聖騎士ではないけど」
「と、言いますと?」
「ボクらが所属する一番隊の隊長で、聖騎士団長」
言葉も出ないほどに驚くタリアを見て、ユーゴはケラケラと笑った。
「明日、城下町に行ったらもっと驚くと思うよ? 楽しみにしてるといい」
屋敷に近づくと、屋敷の前に人影が見える。近づくほどにはっきりしていくその姿は、二人の女性と四人の子供たちだった。
「あとで紹介するけど、ボクらの奥さんと子供だよ。騒がしいとは思うけど、ゆっくりくつろいでね」
(聖騎士様ともなると美人と結婚できるのか!)
遠目に見ても女性は二人とも美人だし、子供達も可愛い。
(なんか、本当にびっくりした)
国民が憧れる聖騎士が三人と二週間も旅をしていた。しかも聖騎士の中で最も強い聖騎士団長までいたという事実にタリアは驚かずにはいられない。
そして、タリアのために聖騎士団長がクレアに派遣されたことを考えると、『スティグマータの乙女』の候補者でしかないはずのタリアの扱いがどれだけ手厚いのかを知って、また驚いた。
(でも、どう転んでも勇者系にはなれそうにないなー。聖痕ないし、スティグマータの乙女って人ではないにしても、保護される側だし、戦闘スキルないし)
『スティグマータの乙女』は国の最重要保護対象。そこまではいかないまでも、タリアは今のところ回復系魔法の適性が確認されているので、ユーゴのように単独行動の禁止と攻撃系魔法の適性者と行動を共にすることが必須になる。
それに加え、時々未来を見ることもあるので、ユーゴ以上に行動を制限されることが予測された。
(いよいよ明日はお城に入るみたいだし、そこで色々わかるのかな。取り敢えず、スティグマータの乙女じゃないってハッキリしてくれれば最悪の事態は避けられるかな)
『スティグマータの乙女』。それは本当に特殊な存在で、タリアが思うチートの塊のような存在ではあった。しかしタリアは『スティグマータの乙女』ではないことを心底願っていた。
何者にも負けない強さを求めるタリアにとって、国の最重要保護対象になるのが嫌なのだ。戦うことが許されない存在になってしまいそうで、それは絶対に嫌なのだ。
屋敷に到着し、リアムとユーゴの家族を紹介してもらう。
リアムの妻、リリーは綺麗な夕焼けのような髪色に黒い瞳で、子供は五歳の女の子でナタリー。父親似だった。
ユーゴの妻、ジーニアは深いオレンジの髪色に黒い瞳で、子供は五歳の男の子でワイアット。母親似だった。
「この嬢ちゃんはタリア。今晩だけだが、仲良くしてやってくれ」
タリアがどんな経緯で王都に来たのかは開かせないので、オリヴァーは名前のみを紹介した。
その紹介に合わせてお辞儀をし、よろしくお願いします、と笑顔を見せたタリアにリリーが飛びかかって来た。
「かんっわいい! 可愛い可愛い可愛い!」
タリアに抱きついたと思えば、恍惚な表情で顔を撫で回す。
「リリー、可愛いのはよくわかるけど怖がってるじゃない。自重して」
リリーからタリアを引き剥がし、庇うように抱きしめるジーニア。
「ジーニアだって抱きついてるじゃない! ずるい!」
「おい、タリアは人形じゃないんだぞ? 取り合いすんなよ」
オリヴァーが止めるも、リリーとジーニアはタリアを取り合って口論になっている。二人の腕の中を行き来しながら、タリアはどうしていいか分からず、助けを求めてリアムとユーゴを見た。
リアムは面倒臭そうに一つため息をついて、ユーゴは困ったように笑みを浮かべて、それぞれ妻をタリアから引き剥がした。
「久しぶりに旦那が帰って来たんだから、ちゃんとこっちも相手してね」
「お前ら、子供の前ではしゃぎすぎだ」
ユーゴに、リアムに諭され、渋々タリアから離れた二人は、それぞれ夫に抱きつき「おかえりなさい」と言った。
「おじいさま、おかえりなさい!」
「おかえりなさい!」
「ナタリー、ワイアット、いい子にしてたかー?」
(うわっ、オリヴァーさんってばデレデレしちゃって……そっか。お祖父様、か)
孤児だった双子の兄弟、リアムとユーゴを養子に迎えたオリヴァー。その養子の子供は孫ということになる。
タリアは近くに一人佇み、家族の抱擁を見守っているギルバートに視線を向けた。
「なんだよ」
「ギルって、十歳で叔父様になったんだなって思って」
「まーな。あんま関わったことねーから実感もねーけど」
「そうなの?」
「怖がって近寄ってこねーもん」
「……確かに」
見れば、オリヴァーが子供達に「ギルにもおかえりって言ってやれ」と促してはいるものの、怯えた目でイヤイヤと首を振っている。確かに懐かれてはいないようだった。
「だったら、タリアお姉ちゃんを案内してやれ」
「うん!」
「わかった!」
ギルバートがすっと身を引くと子供たちがオリヴァーの手を離れ、タリアの元に駆け寄ってきて手を取った。
「こっち!」
「こっちだよ!」
(……天使かな)
タリアは子供達に手を引かれて屋敷の中へ入り、その後を追うように大人たちも屋敷に入った。
馬車から荷物を降ろし部屋に運び入れ、ワイバーンを馬小屋に連れて行き食事と休息を与えるのは複数いる使用人が全て行う。食事を作る専属の料理人もいる。執事もメイドもいる。
それを見たタリアは、改めてここが貴族の屋敷であることを再認識した。
※ ※
翌朝、屋敷で暮らす全員に見送られ、五人は王城のある城下町へと向かった。
(鎧って……格好良さ三割増し……これはちやほやされるよ!)
馬車の中でタリアは興奮を隠すのに必死だった。
タリアに危険がないよう、面倒ごとが起こらないよう、昨日まではただの旅人を装うため普段着だった四人が、今日は町用の鎧を身につけているのだ。
ギルバートは一般兵が身につけているものと同じ銅製で、これまで立ち寄った町にいた兵士も、王都に入るための城門を守っていた兵士も身につけていたものだった。
しかし他の三人は聖騎士にのみ着用を許されている白銀の鎧で輝きが違う。
(これをギルも着るようになるんだもん、すごいなー)
その白銀の鎧は以前、ギルバートの未来を見た時に、ギルバートが着ていた鎧に近い。もっと装飾品が多かったが。
今着用している鎧は町用ということだったので、正装ともなればもっとすごいのだろうと予想できる。
馬車の前方でワイバーンを操るリアムと、その隣に座るユーゴ。その姿に街行く人々が嬉しそうに手を振る。リアムは我関せず、と言った様子だが、ユーゴはにこやかに手を振り返していた。
昼食はリアムとユーゴの屋敷で用意してくれたサンドウィッチを馬車の中で食べ、休むことなく進んだ。
そして夕方、無事に王城前に到着した。
「荷物まとめたらリアムとユーゴはタリア連れて先に柵の中に走れ。そのあとは馬車を頼む。ギルはリアムたちに馬車を渡したら、養成学校の入学書類貰ってこい」
オリヴァーから命令を受けた三人はしっかりと頷いた。
ギルバートがタリアの荷物をまとめてリアムに手渡す。
「オレはここでお別れだ」
「え?」
「この先は王に直接仕える者しか入れないから」
「……そう、なの? でも、これが最後、じゃないよね?」
強く頷いたギルバートに手を引かれて立ち上げると、馬車の外にはリアムとユーゴが待っていた。
「元気でな。オレが強くなったら、きっと会いに行くから」
背中を押されて馬車を降りると、リアムとユーゴがタリアの両脇に立って腕を抱えるように走り出した。振り返る間も無く柵の中へと入る。
わっと歓声が上がったので振り返ると、馬車の周りに人だかりが出来ていた。
「せっかくギルとも仲良くなったのに、ちゃんとお別れさせてあげられなくてごめんね」
「別れを言うタイミングなんていくらでもあったのにな」
どんどん増えていく人々に隠れ、ギルバートの姿は見えない。
人をかき分けて姿を見せたのはオリヴァーだけだった。
聖騎士長であるオリヴァーはこの国で一番強い。その上、『生きた英雄』とも呼ばれていた。
「ふー、潰されるかと思った」
「お疲れ様でした」
ようやく人混みの中を抜けて柵の中に入ったオリヴァーに、リアムとユーゴが姿勢を正して敬礼をする。
そしてタリアに荷物を返した。
「では、僕らもここで失礼します」
「機会があれば、また屋敷に遊びに来てくれ。皆、喜ぶ」
「一緒に旅が出来て楽しかったですよ? では、また」
「はい。色々とありがとうございました。ギルにもよろしくお伝えください」
頷く二人に見送られ、オリヴァーとタリアは王城へと向かった。
第2話 完