聖痕の乙女 第13話
ギルバートが戦地に赴き、二ヶ月が経とうとしていた。
ギルバートの情報が入ればすぐに教えて欲しいとウィリアムに頼んでいたタリアだったが、なんの情報もないままに時間ばかりが経過している。
ギルバートは他国の傭兵に混ざっているため、基本的に連絡はない。あるとすれば、ギルバートを含めた参加者の誰かに何かがあった場合。もしくは帰還するときのみ。
連絡がないのはいい知らせと同じ意味だとウィリアムは言うが、だた待つことしかできないタリアにとっては苦痛の日々でもあった。
とはいえ、研究もしっかりと進めている。
塗り薬を使った攻撃系魔法の付与は、攻撃系魔法を使えない人間にとって、使用後に極度の疲労をもたらすものだった。
しかし、薬酒を使い、全身に攻撃系魔法の身体強化を施したのちに塗り薬で部分的にさらに身体強化をかけると、使用後の疲労感が軽減されることがわかった。
更に、使い続けるうちに身体強化に体が慣れ、使用者の筋力が上がり、疲労感がまた軽減される。
つまり使用者の身体能力の向上を手伝ってくれる代物となっていた。
残る研究はタリアにしか使うことのできない『完全治癒魔法』と『完全防御魔法』なのだが、実験は『完全治癒魔法』飲みに絞って行っていた。
相変わらず龍脈の小瓶の薬酒でも、塗り薬でも三日間しか魔力を保てず、両方を合わせて使用しても『完全治癒魔法』の効果は半分程度。そこから先に進めないでいた。
「ウィル! 助けてください!」
「何事だ!」
ある日、ウィリアムの研究室に血相を変えたタリアが飛び込んできた。
「これ見て!」
「……短刀?」
「これ、どうなっちゃってるんですか?」
タリアが持っているのはオリヴァー家の紋章が入った短刀だった。
危険な状況にでもなっているのかと警戒したウィリアムだったが、危険はないのだと察し、警戒を解く。
「錆びてる。こんなになるまで手入れしてなかったのか」
「……手入れ? 一回しか使ってないのに?」
「刃物は日々の手入れが重要なんだ。ここまで錆びてちゃ、鍛冶屋に持っていかないと」
オリヴァーに貰ったその短刀は、貰ったその日に使用して以来、タリアは大事に保管していた。
保管していたとは言っても、使わずに飾っておいただけ。酸化して錆びてしまっているだけだった。
「どこの鍛冶屋で作られたものかわかるか?」
「聖騎士団専属の鍛冶屋さんだと思います」
「それなら話は早い。行けば直してくれる」
「行けば……」
タリアはリアムとユーゴの予定を思い返していた。二週間ほど任務で王都レオの外に行くと言っていたのを思い出し、鍛冶屋に行くのは二人が帰還してからか、攻撃系魔法を持っている別の聖騎士団に頼んで連れて行ってもらうしかない。
タリアが外出のたびに護衛をお願いするのが申し訳なく、副団長のぺニナと相談して二週に一度、城下町への護衛をお願いしている。その方が聖騎士団としても休暇等の予定が立てやすいためだ。
次の護衛は十日後。それまでは鍛冶屋に行くのもお預けだった。
「私が連れて行こうか」
「そんな暇、あるんですか?」
「お陰様で、ある程度の成果はあげられてるからな」
ウィリアムの研究の当初の目標は、一般的な特殊魔法の付与をできるようにすること。
すでにその目標は達成し、今、研究しているのはタリアにしか使えない魔法についてだ。それはタリアがいたからこそ生まれた新たな目標ではあるが、おまけのような研究とも言えた。
「考えてみたら一年以上、城下町に行ってない。気晴らしにもなるだろ」
「お願いします!」
その短刀はオリヴァーに貰った大切なもの。一日でも早く元の姿に戻したい。
ウィリアムが護衛としてついてきてくれるのならどこにだって行ける。
タリアはウィリアムの申し出に食いついた。
ウィリアムの仕事がひと段落するのを待ち、二人は聖騎士団の駐屯所を通過して城下町へと降りた。
そしてそこから馬車に乗り、貴族の区画を通り抜けて市場のある繁華街へ。
そこから歩き、目的の鍛冶屋へと向かった。
「誰かと思えば、オリヴァーのとこの嬢ちゃんか」
「お久しぶりです」
「一人で来るとは、どんな用かの」
「これを……」
「オリヴァーのやつ、嬢ちゃんに手入れの方法も教えず出かけちまったのか」
鍛冶屋のルーは前の世界の記憶を持ち、江戸時代と明治時代の狭間に生きた人だ。七十歳近い老人で、この世界ではかなりの長寿ということだった。しかも現在も現役の鍛治職人で、オリヴァーは陰で妖怪ジジイと呼んでいた。
「ルー爺、これ、直りますか?」
「まぁ、任せておけ」
少し日数はかかるが、完全に直してみせると笑顔で豪語したルーに安心し、タリアは店内を見回した。
そこには沢山の剣があり、特に異彩を放っているのは日本刀。ルーが手がけ、オリヴァーが使い方を広めて需要ができた。
(これ、扱えたら格好いいよなー)
木刀ですらいまだ扱いきれないタリアには、日本刀に手を出す勇気はない。しかし、時代劇やアニメの影響で、日本刀というものへの憧れは拭えなかった。
「ねー、ルー爺……これは?」
作業台の上に置かれた何枚もの紙。そこには美しい刀の絵が描かれていた。
「ああ、それは儂の最期の作品にしようと……」
その紙を手にしたルーは、まだデザイン段階の新しい刀について教えてくれた。
前の世界で刀鍛冶だったルーは、時代の流れで刀を打つことが許されなくなってしまい、海を渡ろうとして難破。そしてこの世界にやってきた。
そして現在まで、刀を打ち続けることができた。
この世界への感謝の意味も込めて、この世界にちなんだ刀を造り出そうとしていた。
「これは玄武、これは白虎、これは朱雀、これは青龍」
「その名前、前の世界で聞いた覚えがあります」
「そうじゃろ。この世界はその四神によって護られていると、儂は考えておる」
「守神ってことですか?」
「ここ、クオーツの紋章は白虎。北のオブシディアンの紋章は玄武という顔が龍で尻尾が蛇の亀、東のラズは青龍の名の通り青い龍、南のルーヴィは朱雀という名の不死鳥。前の世界の四龍と同じ」
「四神や四龍なんて知りませんでした」
「そうか、そうか……ただ、装飾は決まったものの、ただの刀ではこの世界で造る意味がない気がしてのー」
「この世界でしか作れない刀、かー」
前の世界にはなく、この世界にしかないもの。そんなものを組み込めたら、ルーも満足できるのだろうとタリアは思った。
「この世界にしかないもの、って言えば、魔法とか、龍脈とか……」
「魔法か。儂もそれは考えたが、鉄の塊に魔法なんぞ」
「龍脈は試しました? この世界にしかないものだし、手に入るのなら他国の龍脈も使ってみてはいかがでしょう」
この世界を象る四国がそれぞれ四神を紋章としているのなら、それぞれの国の龍脈を使った刀ならば、この世界でしか作れない刀だと言える。
「なるほど、龍脈か」
「ガラスにも混ぜられたし、鉄にも混ざってくれるといいんですけど」
ぜひ試してみたいというルーに、クオーツの龍脈が手に入れられるよう、店の外で見張りをしているウィリアムを呼び、手配を頼む。
四神がモチーフの刀にはウィリアムも興味を持ち、龍脈を使って普通の刀ではない何かが出来上がったら面白いと言って、快く協力をしてくれることになった。
しかも、ウィリアムの知人に世界を股にかける商人がいるというので、各国の龍脈も手に入る目処がついた。
オリヴァーに貰った短刀が直るまでは数日。次回の外出の際に取りに寄ることにして、先に修理代を払う。
タリアはオリヴァーから好きに使えるお金を貰っており、足りなくなったらリアムかユーゴに貰うようにと言われていたが、そのお金を使うのはこの日が初めてだった。
用事が済み、二人は店を後にする。
「なんか、街の雰囲気がいつもと違う気がします」
街には所々にクオーツの旗があるのだが、その量がいつもより増えている気がしたタリアは辺りを見回す。
「もうすぐ祭りがあるからだな」
「祭り?」
「二年に一度の……そうか、タリアは初めてか」
二千年ほど前に龍脈がこの世界に登場し、人々は魔法を得た。
そして龍脈の周囲に人が集まり、村を作り、街になり、国となった。
その祭りは王都レオになる以前の、世界にまだ十二カ国あった時のレオ王国が誕生したことを記念するための、二年に一度の祭りだった。
開催は一ヶ月後。三日間に渡って行われるという。
(一ヶ月後……もしかしてギルが帰ってきてるかもしれないし、そしたらみんなで……)
無事に帰ってきたギルバートと、リアムやユーゴ、その家族。そしてジェームズ一家も一緒に祭りに参加したい。
リアムとユーゴが任務から戻り次第、全員の予定を合わせてもらおう。タリアはそう決意した。
その後、ウィリアムが仕事の途中で付き合ってくれていることもあり、寄り道はせずに王城へと帰った。
※ ※
祭りの日、初日。
タリアは部屋にいた。部屋から出る気も起きず、外を眺めてはため息ばかりをついていた。
楽しみにしていた祭り。しかしギルバートは帰っていないどころかまだ連絡すらなく、リアムとユーゴを含めた聖騎士団員は祭り期間中、王城警備と街の警備に分かれて活動しているため、待機組が一人もいないという状況。
それつまり、タリアが祭りに行けないと言うことを意味していた。
それがわかったのはリアムとユーゴが二週間の任務から帰ってきた直後。
それからのタリアは誰かが祭りに行くと耳にするたび、行けない悔しさを募らせていた。
「今頃……サンドラさんは楽しんでるんだろーなー」
遠くを見つめ、呟く。
広い城下町。龍脈のある王城から王都レオを囲う壁まで、馬で一日半もの距離がある。それだけの広さがあるので、祭りの会場は一つや二つどころではない。
子供のいる家族で楽しめる場所や、大人がお酒を楽しむための祭り、そのほかにも各地域ごとにいろいろな種類の祭りが開催されているという話だった。
サンドラは想い人に誘われ、いろいろな祭りを見て歩くと言っていた。
ちなみに、話を聞く限りでは両思い確実なのだが、サンドラは相変わらず前の世界の記憶に悩まされ、好きになることへの不安が付きまとっているようだ。
だからタリアは、サンドラの恋がこの祭りをきっかけに進展することを心の底から願っていた。
祭りに行けない現実から逃げようと、本を読んでみたが長続きせず。
直してもらったばかりの短刀の手入れをしてみても、少ししか時間を稼げず。
不貞寝しようとベッドに寝てみるが、眠れず。ただただ寝返りを打っていた。
部屋の扉を叩く音が聞こえた。
人と会う気になれずにフィオナには下がってもらっている。フィオナならば合鍵を使って入れるのでノックなどしない。
確実にフィオナ以外の来客だった。
しかし今は人と会いたくない。と言うことで、タリアはノックを無視。
すると破壊音が聞こえた。
「まさか……」
続いて、階段を上る足音。
「やっぱり……」
姿を現したウィリアムに、タリアはベッドで寝そべりながら頭を抱えた。以前、鍵を壊された記憶が甦る。
以前よりも強固な鍵にしていたにも関わらず、また壊された。
「大丈夫か? 頭、痛いのか?」
(貴方のせいでね!)
タリアは起き上がり、ベッドに座り直す。
「何かご用ですか?」
「体調でも悪いのかと、様子を見に」
「体調は普通です。ただ、部屋から出たくなかっただけ」
「それならいい」
タリアがウィリアムの研究室に通うようになって約一年が経過しようとしている。
オリヴァーの家に滞在する時以外、タリアは短い時間であってもほぼ毎日ウィリアムの研究室に顔を出していた。
しかし今日は夕方になってもタリアが現れなかった。この一年で初めてのことだったので、体調を崩しているのではないかと心配して様子を見にやってきたのだ。
ウィリアムは以前、鍵を壊したあとの数日間、タリアにネチネチと文句を言われたことがあったので、最初は鍵を壊す気などなかった。
けれどノックに無反応だったことから、タリアが起き上がれないほどに体調を崩しているのではないかと鍵を破壊して入室をした。
「すみません、ご心配をおかけして」
「本当に大丈夫か?」
「大丈夫です」
「タリアがしおらしく謝るなんて、どこか悪いとしか思えないんだが」
「悪かったですね! いつも厚かましくって!」
「いつものことなんで構わない。で、不貞腐れて部屋から出ない理由は?」
「……あれです」
「ああ、なんだ」
タリアは視線も送らず窓の外を指差し、それだけでウィリアムは状況を察した。
「そんなに行きたかったのか」
「ええ。もう、みんなで行けないんだと諦めてはいるんですけど、音が聞こえるたび除け者感が」
聖騎士団が任務でも、オリヴァーがいてくれたら行けたのに。そう思わずにはいられなかった。
「ウィルはこんな日でも研究室に篭っていられるんですね」
「嫌味な言い方するな。外に出られない代わりに事務処理任されてんだから」
「……少し、時間取れたりしません?」
「それは、祭りの誘い、かな」
タリアは頷く。『完全治癒魔法』という進展のない研究は続いているが主な研究は終了しているので、以前鍛冶屋に連れて行ってもらった時のように、少しだけならウィリアムにも時間の余裕があるのではないかと考えたのだ。
「そうですねー。交換条件というのはどうでしょう」
「交換条件?」
「タリアを連れて祭りに行くというのは、色々と問題が」
タリアが外出をするためには聖騎士団の攻撃系魔法の使い手の護衛が必要となる。その面でウィリアムならば何も問題はないのだが、聖騎士団総出で王城の警備と祭りの警備に駆り出されているというのに、聖騎士団副団長のウィリアムだけ遊びに行くというのに問題があった。
「見つからないように王城からの脱出をして、聖騎士団の誰にも見つからないで祭りに行く。私には不利益しかない」
「そうですね。で、条件とは?」
「簡単なことです。サラの相手をして欲しい」
「サラの?」
「あの子もタリアと同じ。祭りに行けずに不貞腐れてるので」
サラはその容姿から、決して王宮から出ることはできない。祭りに行きたいのはタリアと同じだった。
ウィリアムの条件とは、以前タリアがサラと約束した「一緒に演奏したい」という望みを叶えて欲しいということだった。
「それは私も行きたかったので構いませんけど、ウィルになんの得もないんじゃ」
交換条件という割に、ウィリアム自身には何のメリットもない条件を提示され、タリアは戸惑った。
「得はないかもしれませんが……まぁ、面白そうなので」
祭りに行くのに、ウィリアムには副団長という面子もあるので聖騎士団の駐屯所を経由することは出来ない。
ウィリアムは出入りが厳しく制限されている、堅牢な柵に囲まれた王城から脱出を試みるということに面白さを感じていた。
面白そうだから、という理由で王城から脱出。仲間が仕事をしている中で一人遊びに出かけるというのに、面白がって大丈夫なのだろうかとタリアは心配になった。
「仕事が立て込んでるので、決行は最終日の夜でもいいかな」
ウィリアムはそれまでに仕事を片付けるという。
誰にも見つからずに脱出をするためにも夜の方が都合がいい。
「サラのところには明日の午後に。研究室まで来てくれれば部屋まで案内するとして……タリア、町娘のような服装は用意できる?」
「……ない、です」
「では、研究棟に行って、それらしいものを入手しておいて。あと、黒いマントも」
研究棟には服や、生活用品を売っている店舗がいくつか入っている。研究員は貴族がほとんどいない。王城内になるので外出には申請が必要だし、王城の周辺は貴族の区画。買い物に行くにも不便なので、研究員用の店が用意されていた。
そこに行けば、タリアも町娘のような服を入手できる。
明日はサラと過ごし、明後日の夜までに服を入手することになった。
「では、私は仕事に戻る」
「わざわざ来ていただいて、本当にすみませんでした」
「いいえ。面白そうな約束もできたし……あ、鍵のことは」
「それはもういいです。ノックを無視した私が悪いので」
「怒られないとは有難い」
そう言って笑い、ウィリアムは足早に立ち去った。
ウィリアムのいなくなった部屋で、タリアは小さくため息をつく。
「良かった。触られなくて」
以前は何かしら理由をつけてでもタリアに触れたがっていたウィリアムが、最近は全くと言っていいほど触ってくることがなくなった。
タリアが怒るから。触られると殴る蹴るで反発をしてきた成果がやっと現れてくれたのだと、タリアは安心してウィリアムの傍に居られるようになっていた。
ウィリアムがタリアの部屋に来たのが久しぶりだったので、いつもの研究室ではない環境でウィリアムが触ってくるのではないかとも思ったが、それもなく済んで安心した。
そして翌日。
念のため、フィオナには明日一日休んで欲しいと伝えた。行けるのであれば、祭りの最終日に参加して欲しいと。
フィオナは最初それを断ったが、タリアに付き合って祭りに行けないのは心苦しいと言って説得した。
服を買いに行き、町娘の服に着替えるところをフィオナに見られたくない。
突然の休暇に「外出申請が今からで間に合うか」と心配していたあたり、実は祭りに行きたかったのだと思ったタリアは、すぐに申請に行くようにと伝えた。
フィオナの外出申請が無事に通り、安心して昼食を済ませたタリアはウィリアムの研究室へと行った。
「タリア様!」
ウィリアムに連れられて行ったサラの部屋。扉を入った瞬間にサラが飛びついて来て、倒れそうになったのを背後からウィリアムに支えられた。
「サラ! タリアが驚いてるじゃないか!」
「だって、やっとお会いできたんですもん」
(やだっ、超絶美男美女に挟まれてる!)
「だからって、いきなり飛びかかることないだろ」
「先日お会いしてから三ヶ月ですよ! タリア様、聞いてください。おにいさまったら、何度もタリア様にお会いしたいと言っているのに聞き入れてくれなくて」
(サラってば怒ってても超絶可愛いっ! 至近距離最高かっ!)
抱きついたままウィリアムと会話しているサラを慰めるように、タリアは頭を撫でた。
「お部屋も分かったし、お兄様の許可がなくても、こっそり会いに来ますね」
「本当ですか!」
「ええ」
「それ、こっそりって言うのかな」
抱きつくのをやめたサラは代わりにタリアの手を引く。
そしてウィリアムに笑顔で手を振ったので、タリアもそれに倣って笑顔で手を振った。
「おにいさまはもうお仕事にお戻りになってくださって構いませんよ?」
「あ、一人で戻れるので、お迎えも結構です」
「二人して……私をなんだと」
「ささ、タリア様、こちらに」
サラに連れられ部屋の奥へと進むと、ウィリアムは文句を言うのを諦めて仕事へと戻っていった。
サラの部屋は広く、三つの部屋が繋がっていた。廊下からの入り口がある中央の部屋が応接室。左右に寝室と勉強部屋があり、勉強部屋の奥にはお風呂とトイレになっている。
基本的にサラがこの部屋から出ることはない。
聞けば、ウィリアムとサラの両親は王宮内に住んでるものの、サラは六歳からここに一人で住んでいるということだった。
「それは……寂しくない?」
「寂しくはないです。私が一緒だと、両親にも自由がなくなってしまいますし」
(この世界の子供って、私が思うよりも早く大人になっちゃうんだなー)
もうすぐ十三歳になると言っていたサラは、タリアが前にいた世界で言えば中学一年生。永峰 茉莉子のその頃は両親と暮していたし、特殊な事情でもない限りは親と生活していて当然の年頃だ。
(私なんて……家で失くし物しただけで母親のせいにしてたし、ご飯も洗濯も母親がして当然だと思ってたし、母親は病気にならないとさえ思ってた時期なのに)
しかしサラは親と離れて生活し、自分のせいで親も軟禁生活を送らずに済むように気遣いまでしている。
「毎日つまらないし、この先もずっとつまらないことの方が問題です」
サラは銀色の長い髪の毛先を指先でクルクルと弄びながらニッコリと微笑む。
「ですから、さっきタリア様がこっそり遊びに来てくださるとおっしゃってくれて、本当に嬉しいんですよ?」
サラの周りには大人しかいなかった。一番近くてもウィリアムで、それでも七歳の年齢差がある。
だからこそ、歳の近い同姓の知人が出来たことだけでも嬉しかったのだと言った。
(この世界にカツラってないのかな。髪染めとか……それがあれば、サラも普通の子供になれるのに)
サラがここで暮しているのは、サラ自身を守るためだ。
この世界で『スティグマータの乙女』は救世主の名前。その力を求めるのはもちろんだが、銀色の髪と目を持ってさえいれば、たとえ特殊魔法を持っていないサラであっても利用しようと企む輩は現れるだろう。
「そんなことより、アルフーの音を聴かせてください!」
「サラのライアーも聴きたい!」
以前約束をしていたのでタリアはちゃんとアルフーを持って来ていた。
二人は演奏の合間に沢山の話をした。
特にサラの興味を引いたのは、タリアの家族の話だった。
オリヴァーは元聖騎士団長。リアムとユーゴは現役の聖騎士団員。ギルバートは聖騎士養成学校。この国のエリートばかりが集結している一家と言える。
しかも、オリヴァーは養子の能力を知ってて引き取ったのではなく、任務で出会った親のいない子供を引き取っていた。タリアは例外だが、任務で出会った、という点だけは共通している。
「ギルはすごいよ。攻撃系と防御系持ってるし」
「おにいさまと同じ!」
「オリヴァーさんも同じ二種持ちだったし、そのうち聖騎士団長様になっちゃうかも」
「それは本当にすごいですね。どんな方なんですか?」
「ううーん……可愛い感じ? 年上だけど」
「まぁ」
「ギルは、無条件に応援したくなるような人で……」
タリアが『スティグマータの乙女』の可能性を持っていることを知っているサラには、全てを話すことにした。
ギルバートはタリアと出会う十五歳まで特殊魔法の適正がなく、生活魔法も使えなかったこと。
オリヴァーに拾われる以前の記憶を持っていないこと。
それでも、自分の住んでいた村を襲った人型魔獣を倒したいという想いを抱えて、聖騎士になりたいと願った。
けれど特殊魔法を持っていなかったので強引に兵士見習いになっていた。
今は聖騎士になるために戦場へと赴いている。
(改めて考えてみると、ギルこそ主人公って感じ。私の好きなタイプの)
ギルバートにはウィリアムのような華やかさはない。態度も無骨で愛想なし。けれど逆境にも負けずひたむきに頑張っている姿は、タリアにとっての理想の主人公だと思えた。
「無事に、帰って来てくれるといいですね」
「本当に」
陽も落ち始めているのでタリアは部屋に帰ることにした。
サラは毎日、数人の家庭教師が代わる代わる部屋に来るのだが、今日はウィリアムの計らいで午後の予定を全てキャンセルしていた。
ただし、食事の時間とティータイムで一時間半ずつ自由な時間があるというので、今度からはティータイムに訪ねることにした。
一緒に夕食をと誘われたが、フィオナに何も言っていないので待っているはず。それに明日の準備もして欲しいと思ったので、早めに夕食を済ませてフィオナを解放してあげたい。
しかし、サラはいつも一人で食事をしているようで、それも可哀想だと思ったタリアは、またウィリアムにサラの時間を空けてもらい、その時には泊まりに来ると約束をした。
第十三話 完




