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龍の愛し子 ー 聖痕の乙女と魔女 ー  作者: 月城 忍
第1章 聖痕の乙女
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聖痕の乙女 第11話

 

 サンドラの薬酒を入手してから数ヶ月後。


「もっと攻撃魔法の研究に力を入れましょう!」


 回復系魔法と防御系魔法の研究も実験も順調に進んでいたのだが、攻撃系魔法のみ何も進んでないに等しい状態が続いていた。

 思いつく限りの実験は全て終了し結果も出ているので、ここ数日はこれまでの結果を踏まえて今後の研究内容を話し合っていた。


 ウィリアムは日々減っては増える書類の山を片付けながら。

 タリアは特に手伝えることもなく、ソファーで寛ぎリュートの練習をしながら。


「攻撃系魔法はなくてもいい」

「嫌です! 私が欲しい!」

「タリアだけのために研究はしない」

「ウィルは持ってるから必要性を感じてないだけでしょう!」


 こんな口論が日常茶飯事になるほど、二人の意見は分かれていた。

 攻撃系魔法を龍脈の小瓶の薬酒に付加することは出来ても、思うような効果は現れない。

 攻撃系魔法のうち、身体強化魔法は全身にかけた後に体の部位に集中させるもの。

 一時的に足の筋力を強化し速く走ったり、高い場所へ飛び上がったり、高い場所から着地したり。

 腕の筋力を強化し重いものを持ち上げたり、剣を振り下ろす力を強くしたり。

 目に集中させれば視力が上がったり、暗闇でも見通せる。

 耳に集中させればより遠くの音を聞き分ける。


 薬酒に付加した身体強化魔法は身体能力を少し向上させることができるが、その先の細かい操作はできなかった。

 ウィリアムはそれだけでも充分だと考えたのだが、タリアは部分的な身体強化が使いたかった。

 王城に来て半年が経過し、日々のトレーニングに加えて週に二回の聖騎士との訓練もしている。にも関わらず、タリアは未だに長剣を持つことさえやっとだった。

 腕立て伏せは肘を延ばした状態から動けない。その状態でかなりきついので、少しでも肘を曲げたら終わる。腹筋も多少頭が上下する程度。背筋も腹筋同様。握力もない。

 だからこそ、身体強化魔法を欲してやまない。


「私以外にも攻撃系魔法を使いた人はたくさんいるはずです!」

「そんなことより、完全治癒魔法だ。どうにかしないと」

「うっ……」

「完全防御魔法も」

「……やっぱり、サンドラさんに相談したいです」

「だからそれは」

「何ヶ月も二人で考えて、何も変わらなかったじゃないですか。もう中身を替えるしかないと思います。ウィルだって限界を感じてるんでしょう?」

「限界、か……」


 完全治癒魔法と完全防御魔法。ウィリアムはタリアにしか使えないこの二つの魔法の凄さを目の当たりにし、是非とも保存し持ち歩きたいと言った。

 しかし、龍脈の小瓶の薬酒にこの二つの魔法をかけて観察したところ、その魔力は三日も経たずにただの治癒魔法、ただの防御魔法と同じものになってしまった。

 タリアの目で視る違いは色の濃さ、というか粒子の光の強さ。それが三日と持たずに薄れてしまうのだ。

 しかも、効果も完全治癒魔法とは言えない程度。普通の治癒魔法よりは強力だが、完全治癒魔法なら一日で完治するはずの骨折が完治するのに二週間かかる。それでも治癒魔法より早く完治はするのだが、治るまで飲み続けなければならない。

 持ち歩くにはもっと保存期間を長くしなければならないし、効き目も完全治癒魔法に近いものにしたい。


「一度、サンドラさんと話してみませんか? 私の目のことを話すかは、必要に応じて考えるってことで」


 タリアの提案にウィリアムはやっと了承をした。

 ただし、タリアにしか使えない魔法に関しては伏せておく、というのが条件だった。

 世間的にタリアの能力は防御系魔法と回復系魔法の二種持ちだとなっている。そのことを踏まえ、完全治癒魔法や完全防御魔法を持ち歩くための研究ではなく、現状の回復魔法をかけた薬酒の効果をさらに上げるための研究だということにして、その中身の相談ということにする。


 タリアはやることもないので帰ることにして、その足でサンドラの元へ行き、ウィリアムを交えて相談したいことがあるので都合のいい日にウィリアムの研究室に来て欲しい旨を伝えに行った。

 するとサンドラも相談したいことがあるというし、そのための準備もあるというので翌日に時間を作ることになった。


「ちなみに、ウィリアムさんってどんな人?」

「どんなって?」

「タリアさんと一緒に研究してるっていうのは知ってるけど、身分とか、役職とか」

「あー、その辺は気にしなくて大丈夫なんですけど」


 そう前置きしつつ、タリアはウィリアムの身分や役職を言えば、サンドラはきっと萎縮するだろうと思った。


「身分は本人に直接聞いたことないのではっきりとは知りませんが、どこかの貴族の出だとか」

「え? 半年も一緒に研究してて知らないの?」

「身分に興味ないですもん。で、研究室にいる時間は長いですけど、本職は聖騎士団の副団長で」

「は? 聖騎士団? 聖騎士団って、あの?」

「攻撃系魔法と防御系魔法の二種持ちで」

「二種持ち!」

「史上最年少で聖騎士団に入ったとか」

「なにそのハイスペック!」

「それだけじゃなく、楽器と名のつくものは嗜む程度に一通りできるって言ってますけど、あれは遠慮しての表現で、たぶん半端なレベルじゃないです」

「しかも研究者? 文武両道ってレベルじゃないでしょう!」

「それに、初めて会った時はびっくりしました。綺麗で」

「格好いいって意味?」

「はい。私の中では、こっちの世界に来て一番です」

「なにそれ! なんか、タリアさんよりも異世界転生物語の主人公って感じじゃない?」

「あははっ、私は主人公ってキャラじゃないですよ。それにウィルはこの世界の人です」


 サンドラとの出逢いから、タリアは度々サンドラを訪ねていた。

 それは薬酒を分けてもらうこともそうだし、個人的にも会いに来ていた。一緒に城下町へ出て、同じく前の世界の記憶を持つ人たちにも会いに行った。

 城下町に出る際にはタリアには必ず護衛がつくので、特殊魔法の二種持ちで、貴族の里子になり、第二王子の婚約者になったとは説明している。


「転生者よりもこの世界の人の方がスペック高いのかー」


 そう。ウィリアムは確かに、こことは違う世界の記憶を持っている転生者よりも優れた面を持っている。

 タリアの知る限り、転生者は十六人。そのうち、特殊魔法の二種持ちは三人。タリアとオリヴァー、そして元聖騎士で怪我をして引退してから開いたという喫茶店の店長。一種のみを保持しているのが七人で、他は特殊魔法を持っていない。


 なんの特殊魔法の適正も持っていない転生者がウィリアムの存在を聞いてどう思うのか。

 タリアはこの世界に来た意味は何かあるはずだと思っている。なんらかの特殊能力を持って異世界に来たのだと信じていた頃もあった。

 しかしサンドラのようになんの特殊魔法も持っていない転生者はなにを思うのかと、タリアは思った。


「あ、私は今の私で十分満足してるよ!」


 そんなタリアの心を読んだかのように、サンドラは続けた。


「変に特殊魔法の適正持ってなくってよかったって、本気で思ってるもん」

「そう、なんですか?」

「だって、特殊魔法持ってたら、なにも選べないでしょう。攻撃系魔法なんて兵士一択。まー、研究者の道があるにせよ、かなり狭い門だし。私みたいに薬師目指してたら、治癒系魔法だって邪魔だったと思う」


 もしサンドラに特殊魔法の一つでもあったら、薬師にはなれなかっただろう。

 人口の三割にしかいないと言われている特殊系魔法の適正者。攻撃系魔法も防御系魔法も確かに兵士になるのがほとんどだった。治癒系魔法の適正者は希少なので、常に攻撃系魔法の適正者と行動を共にしなければならない。

 サンドラのように、特殊魔法の適正があると足枷になる場合があるのだ。


「考えたこともなかったけど、確かに足枷ですね」

「私から見れば、一番重い足枷をつけてるのはタリアさんだと思うよ?」

「私?」

「この世界でやりたいことがあったら、ね」

「この世界で、やりたいこと……」


 タリアは強くなりたいと願っている。しかし戦争に行って武功をあげたいとは思っていない。殺し合いの場に行きたいとも思っていない。

 戦いには向かない力は持っている。けれどそれを活用する場が少なく歯がゆい思いはしてきたし、望んでもいない『スティグマータの乙女の可能性』と『第二王子の婚約者』という立場は本当に足枷でしかないとも思う。

 しかし、タリアにはサンドラのように明確にやりたいことがない。だからこそ、状況に流されるまま。現状を「仕方ない」と受け止めてしまっている。現状を打破してまでやりたいことなど、タリアにはなかった。


「私はさ、薬剤の研究に携わりたくて薬剤師になろうと思って大学行って、在学中に死んじゃったからこの世界に来た。前の世界でやりたくてもできなかったことに携われてるから、本当に良かったと思ってるんだ。それに……」


 言葉の続きを待っていたタリア。サンドラはかしこまった様子でタリアの正面に座り直した。


「まだタリアさんに言ってなかったことがあるの。聞いてくれます?」

「もちろん」


 タリアも姿勢を正し、真っ直ぐにサンドラを見返した。


「あのね、今更言うのも変なんだけど、中々言い出せなくて」


 言葉にするのさえ躊躇うような大切なことなんだ。そう思ったタリアは黙ってサンドラの言葉を待った。


「私、前の世界で……男だったんだよね」

「……ん?」

「びっくりするよねー。体は男で、心は女、みたいな?」

「……そんなことって」

「タリアさんの紹介で何人かに会わせてもらって、なんとなく……体の性別が変わったのは私だけかなーとは思ってる。なんなんだろうね。転生者の性別って、心とか魂? とかの性別と一致してるのかなって勝手に解釈しちゃってるんだけど」


 サンドラはこの世界に来たことを心から喜んでいた。それは前の世界で果たせなかった夢を追い続けることができることもそうだが、同性を好きになってしまうことがなくなったことも大きな要因になっていた。


「タリアさんに元男ですーって言って引かれるのが怖くて」

「そんなことじゃ引きませんよ!」

「うん。ありがとう。言わなくてもいいのかなーとも思ってはいたんだけど、最近、好きな人ができて」

「えっ!」

「前はね、好きだなーって自覚した瞬間から、失恋する準備を始めてて……今はそんなことする必要もないのに、癖なのか……なんだかもう、どうしていいか分からなくなりそうで、相談したくて」


 ウィリアムの研究にサンドラの薬酒を使わせてもらうことになり、サンドラの周囲にも変化があった。

 今までは治療の現場に納品していた薬酒を治癒魔法の研究棟に納品するようになったことが一番の変化で、サンドラが恋している相手は治癒魔法の研究者だった。


「とにかくもう、全部が好みなの。背が低くてベビーフェイスな感じも、すっごく好青年で、私を見かけると笑顔で駆け寄ってくれて」

(サンドラさん、めっちゃ乙女! すっごい可愛い!)


 恥ずかしそうに視線を散らし、気持ちを話すことが落ち着かないのかずっと指を弄っている姿も、好きな人を思い浮かべてはにかむ顔も、その全てで恋する乙女を体現しているようだった。


「今度食事に行きましょうって誘われて」

「ぎゃー! もう両思いなんじゃ!」

「いやー! 変に期待して撃沈するのいやー!」


 タリアは思いがけず知ることになったサンドラの恋心と両思いの可能性に、聞いていて恥ずかしくもなり、心底嬉しくもあって両手で頬を抑える。ニヤニヤが止まらない。

 一方サンドラも両手で顔を覆っているが、タリアとは違い顔を強張らせている。


「なんかね……癖なんて軽いものじゃなく、もっと強い何かで男の人を好きになっちゃダメだって心に制御がかかるの」

「制御なんて、いらないじゃないですか」

「うん、頭ではよく理解してる。だけど……前の世界の記憶と、この世界の記憶って、別物なのかもしれないって思い始めたんだよね」

「別物?」

「うん。記憶されてる場所が違うっていうか……前の記憶って色褪せない気がする」

「……確かに、そうかも」


 サンドラに言われて、タリアも気づいた。前の世界の記憶と、この世界の記憶の種類が違うのかもしれないと。


 この世界の人体構造は前の世界の変わらない。変わるのは魔力の有無だけだ。

 それを踏まえると、脳の構造も変わらない。記憶のメカニズムも変わらない。

 記憶には短期記憶、中期記憶、長期記憶があると言われている。一日程度で忘れるもの、一ヶ月程度で忘れるもの、それ以上忘れないもの。

 記憶したものを繰り返し反復することで長期記憶になっていく。逆を言えば、反復しなければ忘れていく、ということだ。


 しかし、この世界で思い出す前の世界での記憶は、ずっと鮮明なまま、忘れてしまうことがない。

 この世界で得た体での記憶は忘れることが多くても、この体にある前の世界の記憶は鮮明なままだった。


「魂に焼いついてる記憶って感じしない?」

「魂か……そんな感じします。この頭で思い出してるんじゃない感じ。サンドラさん、前の世界の音って思い出せます?」

「音?」

「私、前の世界で好きだった曲を演奏しようとしたんです。でも、メロディーのイメージはあるのに、それを音にしても耳に馴染みがないし、正解かどうかも不明で」

「音、か。ちなみに、どんな曲?」

「うっ……アニソン」

「おお! 私、アニヲタ!」


 秘密にはして来たが、仲間を見つけたタリアはそのアニメのタイトルと曲名を初めて口に出した。

 しかもサンドラはそれを知っていて、それを好きだった。

 サンドラがその曲を聴きたいというので、同士を見つけて気を良くしていたタリアは快く、持っていたリュートで演奏をする。


「……音って、本当に曖昧なんだね。雰囲気は合ってる気がする。けど正解なのか別物なのかも判断できない」


 サンドラもタリア同様、前の記憶の音の記憶は曖昧で、好きだった曲ですらしっかりと思い出せなかった。


「私もいろいろ試してはみたんです。音階を覚えてるもの、例えばきらきら星とかは弾けるんですよ」


 タリアが弾いたそれは、間違いなくきらきら星だった。


「目で覚えたことはしっかり記憶にあるけど、耳の記憶がこんなにも曖昧だったとはねー」

「話逸れちゃってすみません。そんなことより恋バナですよ!」

「あ、そうだった。でも、やっとタリアさんに話せてすっきりしちゃった。また悶々としちゃったら相談していい?」

「はい! あ、今度の食事の報告もお願いします!」

「うん! 話、聞いてくれてありがとう。聞いてくれる相手がいるってだけで、すっごく気持ちが軽くなったよ」


 前の世界では誰にも相談できなかった恋心。それを今は話せる。それがまた嬉しいと、サンドラは笑った。


「とりあえず、明日はウィリアムさんに会うの楽しみにしてるよ。タリアさんがこの世界で一番格好いいって思う人だしね! でも、そんな人なら恋が生まれたりしない?」

「しませんよー」

「あ、タリアさん、婚約者いるんだった」

「それもあるけど……どうも苦手なタイプで。駅の、反対側のホームで毎日見かける、とかだったら好きになってたかも」

「あっはは! なにそれ!」

「遠くに見かけてトキメクだけでいい」


 ますますウィリアムに会うのが楽しみだと言って大笑いするサンドラと笑顔で別れ、タリアはサンドラの研究室を後にした。




  ※ ※




「初めましてウィリアムと申します。薬酒をご提供いただいているのに、ご挨拶が遅れて申し訳ありまません」

「い、いえ! こちらこそ、薬酒を使っていただいてるのにご挨拶もなく……あ、サンドラです!」

「はい。お会いするのは初めてですが、タリアからよく話に聞いておりました。これからもよろしくお願いします」

「こっ、こちらこそ!」

(ぷふっ、ウィルってば猫被ってる)


 初対面で年上のサンドラに、ウィリアムは通常運航。

 想像していたより遥かにウィリアムが美麗だったことに驚き、緊張を隠せないサンドラ。

 タリアの前で敬語をすっかり使わなくなったウィリアムを面白く見ているタリアとい三者三様の反応で、その日は始まった。


 まずはサンドラへの相談。

 龍脈の小瓶の薬酒を使った防御魔法と治癒魔法に関して、もっと効果を出すために中身の改良はできないかというものから始まった。


 サンドラの意見としては、単純に量を増やしてみてはどうかというのが一つ。

 しかし、それはすでに試していた。瓶を大きくし、薬酒の量を増やしてはみたが、効果は変わらなかった。

 それならば、中身の成分を増やせるように何か考えてみるということになった。


「すみません、とても初歩的な質問なんですが……私には特殊魔法の適性がないので、例えば治癒魔法がどういう仕組みなのか、教えていただけませんか?」


 そのサンドラの質問にはタリアが答えた。回復系魔法の使い手の基礎的なもののみに留めはしたが。

 回復系魔法の基本は、元々人間の体に備わっている自己回復を手助けするものであること。全身にかける魔法ではあるが、怪我などの場合、その近くに触れた方が治癒が早いことなどだ。


「特殊魔法に必要なのは想像力だって、オリヴァーさんも言ってたし……治癒魔法で言うなら、ここを治したいって思いながら魔法を使う方が治りが早いかもしれません」

「んんーー……薬酒だと、その、ここを治したいって意思が含まれないんだろうね」

「そうだと思います。だから攻撃系魔法の身体操作もできないんだと」


 今度はウィリアムが攻撃系魔法の身体操作について補足する。


「それなら……こういうものを使ってみるのはどうでしょう」


 サンドラが取り出したのは小さな木の箱だった。


「これは私の方の相談事にも関わっているんですけど……傷薬なんです」


 それは塗り薬。木ノ実から抽出した油に数種類の薬草を入れて湯煎し、濾した液体に蜜蝋を加えて固めた軟膏だった。


「これの容器を龍脈を使って作れないかと思いまして。それに魔力を付加したらどうかなーと」

「あ、いいかもしれない。ウィル!」

「……試したいんですね」


 薬酒は全身に効くので、本当に治したいところに直接働くわけではない。

 しかしその軟膏が使えれば、全身の回復魔法に加えて部分的な治癒も同時に行うことができる。


 それは完全治癒魔法も然り。薬酒では完全治癒魔法を再現はできなかったが、内側と外側から治癒魔法をかけることでより早い治癒が見込める可能性がある。


「わかりました。その傷薬を入れる容器はこちらで手配しましょう。タリア、試すのはその容器が出来てから、ですよ?」

「分かってます! サンドラさん! なにか、筋肉を増強できるような薬草ってないですかね!」

「タリア、優先順位は治癒魔法が先でしょう」

「だってー」

「だってじゃありません。それでなくてもサンドラさんには薬酒に変わる子供用のものもお願いしているんですよ?」

「……はーい」

「あの、攻撃系魔法もこの軟膏で十分では?」

「え? 傷薬でいいんですか?」

「軟膏に攻撃系魔法を付与さえできれば、塗った周辺に効くんじゃないですかね」

「ウィル! 聞いた?」

「……わかりました。それも試してみましょう」

「やったー! サンドラさん、ありがとう!」


 身体強化魔法の付与ができるかもしれない。その可能性に喜び、タリアは嬉しさのあまりにサンドラに抱きつく。

 サンドラは抱きつかれて戸惑う。サンドラからすれば、タリアとウィリアムが数ヶ月悩んでいたことも知らないので、こんなにもタリアが喜んでいる理由がわからなかった。


「随分と懐いているんですね」


 ウィリアムはサンドラに抱きついてグリグリと頬を寄せているタリアを、サンドラから引き剥がした。


「うわっ! いきなりなんです?」

「サンドラさんが困っているでしょう」

「……すみません、興奮しすぎました。ウィル、もう下ろしてください」


 サンドラから引き剥がされたタリアは、ウィリアムの小脇に抱えられていた。不満げにウィリアムを見上げるタリアを、ウィリアムは何か言いたげに見下ろしている。


「タリアは、いつになったら私に懐くんでしょうかね」

「懐くって……私を物かペットみたいに扱っている人には懐きませんよ」

「私がいつ、物やペットのように扱いました?」

「今まさに。普通、人を小脇に抱えますか? 馬鹿力の自慢ですか?」

「〜〜っ、どうしてこの口は悪態ばかりを言うんですかねっ!」


 タリアを小脇に抱えたまま、ウィリアムはもう片方の手でタリアの頬を挟んだ。


「なにすうんれすか」

「あ、その顔も可愛らしいですね」


 ウィリアムのその言葉に、タリアは大暴れ。殴り、蹴りを入れ、それでもウィリアムが離さないので、最終的にはタリアが思いっきりウィリアムの手を噛んだ。


「タリア……顎の力はあるんですね……骨が噛み砕かれたかと」


 くっきりとタリアの歯型がついた手を摩るウィリアムに、タリアはニッコリと笑って龍脈の小瓶を差し出した。


「……これを飲んで治せ、と?」


 タリアは笑みを深める。

 タリアが直に完全治癒魔法を使った方が治りも早いが、あえて龍脈の小瓶の普通の治癒魔法をかけたものを差し出していた。

 サンドラの前で完全治癒魔法を使うことも、その名前を口にすることもできないという理由もあるが、治るまでしばらく痛みに苦しめばいい。というタリアの意図も含まれていた。


「ふふっ、ウィリアムさんとタリアさんって、飼い主と懐かない猫みたい」

「……懐かない猫、確かに。餌の時だけ寄ってくる感じです。そのくせ、懐いている相手には子犬のようなんですよ」

「子犬! わかります!」


 ウィリアムから見ると、同じ部屋にいたとしても実験の時にしか寄ってこないのがタリアだった。

 しかし一緒に聖騎士団の駐屯所に行くようになって、リアムやユーゴへの懐きようをみると、タリアのウィリアムへの態度は酷いものだと気付かされた。

 実験の最中は肘おき付きの座椅子扱い。笑顔を向けるのは不味いものを飲ませるなど、有無を言わせない時に限られている。


「二人とも、私を動物に例えて盛り上がるのやめてくれませんか?」


 そこに、ノックが聞こえた。


「あ! きっとフィオナさんだ!」


 今日はサンドラが来るので早めにお茶とお菓子を持ってくるように頼んでおいたのだと言って、タリアは跳ねるように扉に向かう。

 その様子がまた子犬っぽいと、ウィリアムとサンドラは顔を見合わせて笑った。




 その後、サンドラは度々ウィリアムの研究室を尋ねるようになった。

 サンドラの傷薬には殺菌、止血、皮膚の保護と保湿の作用があるのだが、怪我によって塗り薬を変えた方が効果が出るのではないかと提案のためだ。

 例えば骨折の場合、骨が折れているのはもちろんだが、周辺は腫れ上がり、かなりの痛みを伴う。だから骨折に対しては痛み止めと抗炎症作用を加えた塗り薬を使う。などだ。


 治療魔法をかけた薬酒と治癒魔法をかけた塗り薬。その相乗効果は思っていた以上の結果をもたらした。

 塗り薬は皮膚から浸透し、周辺組織に働きかける。治癒魔法もそれと同様に塗った周辺に作用するので、塗った場所周辺に魔力が留まる。

 それがわかったので、本格的に使用が可能になるよう、サンドラは師匠と共に塗り薬の量産を。ウィリアムは塗り薬用の容器の量産を指示しながら、タリアと共に保存期間や効き目の持続時間を調べた。





 第11話 完

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