四章 終 清算、そしてこれからのこと
エピローグです。
さて。女王の亜空間を出て一件落着――というわけにはいかない。
女王にとっての本題は、全く終わっていないのだ。
「もう、せっかくの機会だったのだから、もっと味わったらどうなの? せっかく回復した魔力も使っちゃうし……」
女王は少し不服そうだが、シェスティは彼女のことをよくよくわかっていた。シェスティは曲がりなりとも娘であり、成体になるまでは共に過ごしてきたのだ。女王は、少なくともシェスティが知る限りでは最強の魔力を有し多属性の魔術を操るサキュバスであり――その魔力に比例して性欲も物凄く強い。
おそらく、あの空間内で言われるがままにし始めていたらなんとなくその気になって乱入してきていたに違いない。断固拒否である。
隣でエーレリアが苦笑していた。
「あなた、そんなに魔術が得意だったのね。簡単にといちゃうなんて。わたくし、結構丁寧に編んだと思うのだけど?」
「……うう。秘密です」
魔術の編み目が見えるのは、かなり特殊な技能だ。もしも魔術師として知識のある者がこの技術を持っていれば、他人の魔術を奪うことも容易になってしまう。皆、秘匿のために必死になって魔術の構成を隠しているのだから、ばれるとどんな問題に巻き込まれるかわかったものではない。
「まあ、いいわ。ね、シェスティ。ちゃんと魔力回復もできたことだし、『懲らしめる』のにはついて来てくれるわよね?」
にっこりと笑って彼女は言った。
まあ、確かに『食堂』に突っ込まれることなく魔力は得られたのだから別にいいと言えばいいのだけれど、どことなく腑に落ちず、シェスティはつい渋ってしまった。なんとなく、言う通りにするのが癪、という程度のことであるが。
そうすると、ゼルギウスが代わりに一歩前へ出た。
「聞いていいだろうか。『懲らしめる』というのは、どういうことなんだ?」
「あら……知らないでここまで来たの?」
女王が呆れたように言った後、さらさらと事情を語った。
「ベルグシュタットのコたちってば、ほんと加減を知らないんだから」
そう呟く女王も、おそらく今から加減を知らないレベルで殴り込みに行くのだが。
ゼルギウスがふむ、と納得したうえで、口を開いた。
「そうだな。俺を連れていくのならば、お前がシェスティを戦力として使うのを俺も止めない」
え、とシェスティが驚いているうちに、ゼルギウスが話を進める。
「お前の言う、ベルグシュタットのサキュバスは俺も世話になった。本拠地を叩ける機会はそう多くない。幸い俺は魔術が効かない体質だから、足手まといになることもないだろう」
「そう、ねぇ。……飛んでいけないのがネックだけれど、まあ、それ以外は別に問題ないかしら」
「ちょ……っと、ゼルギウスさんっ、そんな……」
またしても、シェスティを一人置いてけぼりで話を進められて慌てるが、ゼルギウスはシェスティに笑顔を向けた。
「シェスティが否定しないということは、嘘の話ではないのだろう。それに――」
と言葉を切って。
「――あれは、あの時のことは、許される所業では、なかった」
静かにそう言われて。その瞳が遠く、何かを思い出すようにシェスティの目を覗き込む。
――テンベルクでのこと、途中で立ち寄った村のこと。そのことだけでは決してない。きっともっと昔の――ふたりが、こうして出会う前のこと。
その背中に、ぼんやりとした記憶が重なった。
シェスティが言葉を返せずにいると、そのままゼルギウスは向き直って話を続けた。
「何かこちら側に攻撃しようとしたり、シェスティに無理をさせようとしたら確実に殺す」
「……ふふ、まあ、二人が揃ってたらこっちには有効打がないもの。そんな無駄なことはしないわ」
女王が面白そうに笑ってそう返して、一時的な共同戦線が組まれることが決まった。
その後、朝になってから二人で急いでフェルトシュテルンへと戻った。期日までに戻れるか曖昧だったため、少し話し合ってから少し早めに引き上げることに決めた。
まだ夜明けまで時間がある。流石にギルドも営業時間を過ぎていたので、ギルドが開いたタイミングですぐに手続きをしよう――などと話し合いながら宿舎に戻ると、鍵が開いている。
「ノルベール。まだいたのか」
「…………客を家に放置していくのはどうかと思うんだよ」
憮然とした表情で謝罪を求めてくるノルベールに、流石に悪いと思いつつも、妙に偉そうに振る舞ってきたので「約束破ったくせに」と言っておいた。高貴で高潔なるエルフ貴族は、その文句に押し黙ったのだった。
結局問題はなかったのでは、と言い訳しようとするノルベールを追い出して、やるべきことを進めていく。幸いにして、普段から掃除を怠っていなかったおかげで、片付けは大した手間もかからずに済みそうだ。
朝になり、ゼルギウスに手続きをしてもらっている間、急いで勤めていた喫茶店に出向く。こちらはまだ勤務日が残っていた。「急ぎの用事で町を離れることになった」と伝えた。すっかり辞めるつもりだったけれど、とりあえず数日休みという扱いにしてくれた。残った日数は、戻ってこれそうなら穴埋めをしてくれたらいい――そう言われて、胸があたたかくなった。
道中はゼルギウスが馬を借りて、乗せてもらうことになった。テンベルクから来たときは数日かけて歩いてきた道のりも、馬に早駆けすれば丸一日で到着する。
特に待ち合わせたわけではない。だいたいの時間が告げられていて、サキュバスたちが戦いだしたら適当に参戦してくれ、とのことだった。
――戦いは一方的だった。ベルグシュタットのサキュバスたちはフェルトシュテルンの者よりも全体的に若く、戦いなれていなかったらしい。
ベルグシュタットの山の中、その城は破壊的に荒らされた。シェスティの母よりも随分若い女王は、しばらく責め苦を浴びせられた挙句、自らの所業を吐かされた。町の領主たち――特にブルーメンガルデン地区の者たちを取り込み、彼女らが好き放題やっても咎められぬよう洗脳していたらしい。
フェルトシュテルン側で一人適当な役人を捕まえて、事情を全てのみこませておいた。領主たちは解任され、また選任されなおすことになるだろう。女王の魔術があれば、洗脳を無理矢理解除することだってできる。ベルグシュタットのサキュバスたちも、しばらくは動けなくなるはずだ。
また、シェスティが二年前――あの村の惨劇のことを問うたところ、これもベルグシュタットのサキュバスたちのやったことだとわかった。魔獣を使ってどのくらいの力が発揮できるのか、試していたと彼女らは語った。
当時はテンベルクの領主しか支配下に入れられていなかった。老人だけの、取り立てた特産品もない村だったため、なんとかもみ消したが、やりすぎて目をつけられたことで反省したらしい。しばらくは動けず、ほとぼりが冷めるのを待っていた。
再始動してからも、あれほどの惨劇は起こさないように気をつけていたのだという。地方の違うサキュバスであるシェスティがいたことは知らなかったようだ。
――領域侵犯に対する報復だったのであれば、自責の念を抱きながらも納得することができたのかもしれない。けれど、そんなことはなかったのだ。『試したかった』などという軽い理由で、あの場所は奪われた。
シェスティはそのことを語った女王を燃やして、燃やして、燃やし尽くしてやりたい衝動に駆られた。――けれど、ゼルギウスがその手を止めた。
「貴女の手を、汚す必要はない。それに、彼女は生かしておいて、二度と同じことを繰り返さぬよう監視をしておいた方がいい。この敗北を覚えている者を頭に据えておけば、馬鹿なことはしないだろう」
そう、彼は言った。たくさんの血に濡れた大剣が、ほんのわずか、震えていた。
――二度と動きたくなくなるよう、心胆寒からしめておくことにした。
おしおき――という名の蹂躙が終わった後、二人は一度、テンベルクへ向かった。
一方的な戦いだったとはいえ疲れていたし、近場にある町で休むことにしたのだ。ギルドに所属する者として、ベルグシュタット地方にも事態の報告を行うためでもある。
昼前で、モニカはまだ仕事中だ。薬屋を訪ねてみれば、驚かれはしたものの、事情を説明すると歓迎してくれた。
「休みたいなら、自由に部屋を使ってくれていいよ」
鍵を渡されて、頭を下げる。
ゼルギウスと共に、連れだって道を歩いて行った。時々話しかけられたりしながらも、かつて居候していた家へ向かった。
あまり長くは住んでいなかったけれど、シェスティにとっては故郷のひとつのようなものになっていた。
「……この町は、やはり道がわかりづらいな」
「大通りだけならまだマシですが、住宅街はもっと入り組んでいますしね……」
いくつかの道を曲がってから、モニカの家にたどり着く。
「シェスティ、すまないが、一度離れてギルドに向かっていいだろうか。諸々の報告をしておきたい」
そう問われて、手ぶらになったシェスティはきょとんとした。
「え、っと、構いません。むしろすみません、付き合わせてしまって」
「……? 依頼主を待つのは当然だろう」
しかしゼルギウスは何を言っているのか、といった調子でそう返してくる。
「え、えっと……その、私、……サキュバス、ですよ? その……いやだな、やめたいな、と思って、ないんですか?」
シェスティはなんとなく、ゼルギウスとはもう契約が切れているのだと思い込んでいた。自分はサキュバスで、大きな問題にも巻き込んでしまった。沢山迷惑をかけたし、サキュバスだということがバレたら、契約の解除は当然だと思い込んでいたのだ。
「……ああ――。いや、そんなことはない。言っただろう、たとえ貴女が何であったとしても、俺は貴女を護る」
彼は――柔らかく微笑んだ。
「だから、貴女が良ければ、まだ旅を続けるつもりだ」
そうしてさらりとシェスティの手を取って。
手の甲に、そっと額が当てられる。
「まだ、契約は有効だろうか」
みるみるうちに頬へと熱が集まった。
「は、……はい……」
情けない声で返事をしたシェスティを、ゼルギウスは満足げに見ていた。
ゼルギウスはシェスティに、よく家で休んでおくようにと言い含め、彼女が戸を閉めるのを待った。後でまた戻ってきて、今後の細かいことを話そうと約束する。
まだ海を見ていない。まだ行くところはたくさんある。――旅は終わっていない。少し帰ってきただけで、まだ続くのだ。
シェスティの部屋だった場所に入ってみれば、ほとんど変わり映えのない状態で掃除がなれていた。
シェスティが食料として育てていた花は、手入れされて美しく咲いていた。モニカが丁寧に世話をしてくれていたらしい。きっとシェスティがいる時よりも長く咲き続けるに違いない。
ここにはしばらく戻ってこない。この花はもう、シェスティの手で枯らされることはないのかもしれない。すくすくと育つその花が、妙に可憐なような気がした。
そうして。次の日から、また旅は再開される。
契約を結んでから、まだひと月だ。これからたくさんの時が残されている。
この契約が終わった時。どうなるかわからないけれど。
――まだまだ、世界はきっと美しいもので溢れているのだ。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました!
途中でブクマ・評価等くださった方、本当にありがとうございました。当初想像していたよりも、遥かに凄い原動力になりました。
はじめてのまともに書いた長編小説で、色々とおかしなところもあるかと思いますが……。少しでも楽しんでくださった方がいらっしゃれば、幸いです。
できたら番外編としてゼルギウス視点の閑話や、ゾフィとの話なんかを追加できたらいいなと思っています。
(あとできれば第二部のようなものも書きたいんですが……それはムーンライトノベルズさんに投稿するかもしれません、ごにょごにょ)
では、改めてここまでお読みいただき、誠にありがとうございました。
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2026/02 改稿版後書き
ずっと改稿したり続編を書いたりしたいと思いながら頭の中にいた二人を、ようやくまず改稿させてあげられました。当時感想をくださった方々、本当にありがとうございました。
改稿にあたって、元々あった個人技能というゲーム的過ぎた設定を削っております。世界を広げたり話を展開する妨げになっている気がしましたので……。
続編のプロットもゆっくりですが作っています。現状、ムーンライトさんではなくこちらで投稿できそうな内容におさまりそうだと思っています。
見てくださる方がいらっしゃることを祈って。




