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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
四章 サキュバスであるということ
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四章 六 はじめての

「そ、その、ゼルギウスさん」


「……なんだろうか」


「出る手段は、あります。あるんですけど、問題があって」


 どう言ったものか、悩み悩み、口を開く。


「ええと……その。要するに、私の魔力不足、なんです。それがどうにかなれば」


 目を閉じる。ゼルギウスは無言で次の言葉を待っていた。真っ暗な視界の中、数度の深呼吸を行った。

 出るためには、術者による開放が必要となる。普通なら。


 けれどシェスティは特別だ。〈魔力構造解析〉――その〈個人技能(アビリティ)〉によって、この空間をほどく(・・・)ことが可能なのははっきりわかっていた。

 ただ――ただ。致命的に、魔力が足りない。普段はしない遠出をして、普段以上にかつかつで。

 こんなところで花を探すことなんてできなくて。そもそも花の一本や二本、ほんのわずかの芝生程度で得られるような魔力では、ほどくことはできない。


 仕方ない、どうしようもない。――それに、ここに来られてしまった時点で、もはや今更隠し通すことはできない。


「その――」


 勇気を出して、口を開く。


「わ、私、ずっと隠していて、申し訳ないんですが……〈トールマン〉じゃなくて、〈淫魔〉――サキュバス、なんです」


 その告白は最後の方は消え入るような声になってしまって、目を閉じ、俯いたまま、彼の返答を、待つ。


「……ああ、知っていた」


 ――。


「え……え!?」


 弾けるように顔を上げて見返すと、ゼルギウスはなんともないような普段通りの顔をして、


「知っていた。貴女が、サキュバスであることは。……貴女が隠したがっているようだったから、黙っていた」


 思わずぱくぱくと口が動いたけれど、言葉が出てこない。


 ――その目を見つめても、感情が読み取れない。ただ、拒絶のようなものは、感じなかった。


「い、いつから……」


 茫然として問うシェスティに、いつものように、淡々とした声で。


「……なんとなくおかしいとは思ってはいたが、はっきりしたのは少し前だ。……ノルベールに、告げられた」


「あ……あのひとっ……約束っ……!」


 どうやら約束は違えられたらしい。……あんなに恥ずかしい思いをしたというのに。絶対――今度、なにかしら物申さないと気が済まない。


「……すまない。ここに俺が来ることを、貴女が嫌がるのはわかっていた」


 そう言われて、顔を上げる。謝られることではなかった。むしろ自分が謝らなくてはならないとシェスティは思っていた。黙って出てきてしまったこと。騙していたこと。こうしてここまで追いかけさせてしまったこと。巻き込んでしまったこと。――これから頼まねばならぬこと。


「そんな、」


 違います、と言おうとしたシェスティを、ゼルギウスが首を振って制する。


「貴女のせいではない。俺がここにきたのは、俺の意志だ」


 彼はそこで言葉を切った。そうして一歩、シェスティの方へ踏み出して、その手を取る。


「たとえ貴女が何であったとしても、俺はここに来ていた。――現に、俺はわかっていてここにいる」


 引きかけていた熱が、また顔へ集まる。


「貴女に悪意がないのも、ただ純粋に旅をしたかっただけなことも、その魔力が引き起こす事態を好ましく捉えていなかったのも、今までの旅の中でわかっている。俺は貴女を信頼している」


「……そんな」


 そんな綺麗な気持ちじゃない。悪意――は確かになかったかもしれないけれど、ほんとうに純粋に旅をしてみたかっただけではない、少しばかり邪な気持ちがそこにはあった。襲われかけたのは嫌だったけれど、同じことをゼルギウスにされていたら別に拒まなかったのかもしれない。

 けれどそうは言えなかった。この期に及んで――とも言えたのかもしれない。それでも。恥ずかしさとかそういうものじゃなくて、単純なうしろめたさで。


 シェスティの沈黙をどう受け取ったのか、ゼルギウスは続ける。


「だから、気に病むことはない。……それより、護衛なのにも関わらず、こうなることを防げなかった」


「違うんです、そんな……」


 女王の魔術展開は非常に早い。それにゼルギウスには空間干渉系の魔術は防げないのだ。致し方ない。


「いや。……すまないが、俺にはこの状況を打開することはできない。シェスティに頼ることしかできない」


 彼は手を放し、本当に申し訳なさげにシェスティを見ていた。


「魔力不足――というのは、何か俺にできることはあるだろうか?」


 そう問われ。ちらりと顔色を伺う。――涼しげな表情。思わず恨めしい気持ちが沸き上がってくる。

 この人、本当にわかっていないのか、それともわからないふりをして言わせようとしているのか、どっちなんだろう。

 相手はサキュバス、なのに。そう思うと顔が熱くなる。


「……は、い。というか、ゼルギウスさんに協力していただかないと、どうしようも……なくて」


 もうほとんど彼の顔は見れなかった。


「俺に? ……ああ、」


 サキュバス、ということと、自分の存在が、ようやく結びついたらしい。


「それは……その、ここで、か? ……床とか、痛くないか?」


 感情が言葉に乗らないゼルギウスが、珍しいことに、微妙な焦りのようなものを端々ににおわせている。物凄く妙な心配まで添えて。


「ちっ……ちがう、違うんですっ! その、た、体液、ならっ! なんでも、構わないのでっ!」


 慌てて、ぶんぶん、と首を振る。何が悲しくて――本当に、何が悲しくてはじめてをこんなロマンもへったくれもない場所で母親に見られているとわかりながら捨てなくてはいけないのか。ここまでこんなに必死に護ってきたというのに。

 嫌だ。絶対に嫌だ。死ぬよりも嫌だ。ゼルギウスさえ巻き込まなくて済むならここで舌を噛み切って死にたい。


「そういうものか」


 ゼルギウスは幾分ほっとしたような声を出した。それに――若干、なんとも言えない気持ちになりつつも、


「そうなんです、本当に、巻き込んでしまってすみませんが……」


「いや、俺は構わない」


 そう返されてほんの少しだけほっとする。

 シェスティは、血を分けてもらうつもりだった。幸いにしてゼルギウスは刃物を持っている。申し訳ないけれど、腕を少し切ってもらって、それをなめさせてもらえばいい。……それだってかなり恥ずかしいけれど、多分、一番ましだ。


「ありがとうございます、なので、その――」


 申し訳ないんですが、腕のあたりから、血を。顔を上げて。そう言おうとしていた。

 けれど言えなかった。何かに口を塞がれて。


 ――やわらかいなにかが。唇に。当たって。


 物凄く長い時間だったような気がしたけれど、実際には一瞬のことだった。背中から暖かい感触が離れていって、それでいつの間にか一瞬でも抱き留められていたことに気が付く。

 がくん、と膝から力が抜けた。そのままへなへなと座り込む。


「……シェスティ?」


 ゼルギウスがそれに合わせてしゃがみこむ。逃げ出したくなったけれど、どこにも逃げられなくてただ俯く。


 たった一瞬のことだったのに、それだけで異様なまでに心臓の音がうるさい。久しぶりにほんの少しだけ余裕のある魔力が、信じがたい出来事が本当にあったことを伝えている。


(――う、そでしょ嘘でしょ嘘でしょ!?)


 ぶるぶるとへたりこんだまま体を震わせるシェスティの顔を、ゼルギウスが覗き込んでくる。見られないようにするにも限界があった。


「すまない、不快だったか?」


 自分の頬はこんなにも熱いのに、ちらりと伺ったゼルギウスの顔はひどく涼しいものだった。気づかわしげに見つめられて、――ああ、このひとにとっては、なんでもないことなんだとわかる。


 ――私は、はじめてだったのに。


「い、いえ……だ、だいじょうぶです」


 気が動転していた。……顔が近い。息が当たりそうな距離で、今は触れられていないのに、体のどこも熱いような気がした。


「そうか」


 彼はやはり淡々とそう返した。しかし動いてはくれない。シェスティが立ち直るまで待つつもりなのだろうか。離れてくださいと言いたい。


 けれど――わかっている。その空間を構成する魔術を『見て』、これだけの空間をほどくためには、――いまの魔力では、足りていない。悲しいことに、全く。


「やれるか?」


 そう至近距離で問われ、恥ずかしさで泣きそうになる。けれど言わなくてはならない。そうしなくては何も始まらない。


「も……うすこし、だけ」


 震える声で、小さく。けれど何もない空間で、それははっきりと伝わったようだった。

正直この設定でこれが書きたかったのでこの話を作ったと言って過言ではありません。初期プロットから話は変わりましたがこうなることは確定させてました。〇〇しないと出られない部屋!(ごめんなさい)

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