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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
三章 町での滞在、お仕事
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三章 二 お仕事さがし

 翌日。


 タオルや石鹸といった日用品の買い出しを終え、部屋に運び終えると、ギルドへ向かうゼルギウスとはいったん別れることになった。滞在中は、だいたい一日で終わる簡単な討伐依頼を受けて金を稼ぐのだという。


 ギルドに預けてある貯蓄でもある程度は暮らせるのだが、それを食いつぶすのもどうかということだそうだ。


「夜には必ず帰る」


 と本人は言っていたので、シェスティは少し安心した。


 とりあえず商店街を歩く。昼時だったので、とりあえず自分の食事のために店を探した。表の大通りにもたくさん店はあったのだが、昼から酒を飲む人の姿も見えたためそこは避ける。

 そうして、大通りから一本小さい通りを入ったところに、こぢんまりとした喫茶を発見した。


 ――なんか、いいな。


 なんとなく惹かれて、ここにしよう、と決めた。


「いらっしゃいませーっ!」


 中に入ると、元気のいい少女が料理の乗った皿を運びながら声をかけてくる。


「……えっと、おひとり? カウンターしか、空いてないけど、それでよかったら」


「ええ、はい、構いません」


 示された席に座ってメニューを見ると、どうやら麺類が中心の店のようだった。細かく見ていってしまうと悩んで永遠に頼めないような気がしてきたため、『本日のおすすめ・お昼のセット』を頼む。


 あまり大きな店ではないけれど、席はほとんど埋まっていた。お昼時だからというのもあるだろうけれど、それなりに繁盛しているようだ。

 大人数で来るところではなくて、多くても四人席。それも机を二つくっつける形になる。


「お嬢ちゃん、パスタまだかい?」


「待ってー、すぐだからッ!」


 お嬢ちゃん、と呼ばれた店員は、笑顔で振り返って客に返す。奥の厨房には別の人がいるようだが、表で動いているのはこの女性だけのようだった。


 テンベルクにいたナータ――友人のことを思い出して、知らず顔がほころぶ。どこか元気のよさや雰囲気が、彼女を思い起こさせた。


 それなりに待ちはしたが、出てきた料理は美味しかった。テンベルクではあまり見ない、トマトという野菜を使ったパスタは少し新鮮だった。ここはフェルトシュテルン地方の中でも、山がちなベルグシュタット地方に近い地域だから、あまりベルグシュタットと大きな違いはないらしいけれど、もっと北――海の方へ向かうと、全然違う食事が出るのだとゼルギウスが言っていた。


(そこまで、行けるのかな……)


 とにかくまずは、仕事を得なければ。お金が足りなくなってしまったら、すぐに履行遅滞で契約破棄となってしまう。どうにか仕事を得なくてはならない。


 お昼を食べるために入った店だったけれど、雰囲気がどこか好みだった。ここで働くことができたらいいな、と思える雰囲気。それに――こういうとなんだが、おそらく手が足りていないようにも思える。

 声をかけたら、どうにか働かせてもらえないだろうか。


 食事をすっかり食べ終わり、人も減ってきたところで、決心して配膳をしていた女性に声をかける。


「……あの……」


「ん? 何でしょ。追加?」


「あ、えっと、そうじゃなくて……その。恥ずかしながら、私、お仕事を探しているんですけど……」


 そう言って、かいつまんで事情を説明した。女性は片付けを片手間にしながらも話を聞いてくれた。


「そういうわけで、こちらで配膳の仕事を手伝わせていただけないかと……思ったのですが」


「うー……ん。待ってね。シェフに聞いてみる。多分、いけると思うけど……うち、人手足りてなかったから」


 彼女はささっと空いた食器を片付けながら、奥へ引っ込んでいった。しばらくして戻ってきた彼女は、「ごめん、他のお客さんがだいたいはけるまで、待っててもらっていい?」と声をかけてから仕事に戻った。


 言われるがままに席についたまま、迷惑にならない程度に店員の女性の動きを観察する。とりあえず言ってはみたものの、少し不安が出てきた。立ち仕事で結構な体力がいるかもしれない。魔力、足りるだろうか。


 やがて客足も落ち着いた頃、奥から出てきたのは、恰幅のいい熟年の女性だった。


「あなたが働きたいって言ってた子?」


「あっ、はい、そうです」


 席を立って一礼する。内心少し安心した。店員が女性ばかりなら少し気楽だ。そちらに魔力を割かなくてよくなるから。


「名前は?」


「シェスティです」


 シェフはじっとシェスティの瞳を覗き込んだ。そうしてしばらく、沈黙。なんだか落ち着かなくて、体が硬くなる。そうと知ってか知らずか、シェフは「うん」と一人、頷いた。


「ここじゃなんだから、奥に来てもらってもいい?」


「はい、構いません」


 まだ残っている客の対応を店員の女性に任せると、シェフはシェスティを奥へ招いた。

 キッチンの更に奥、こぢんまりとした事務室にシェスティは招かれた。小さなテーブルと椅子、それに書類類が並んだ棚が並べられていて、最低限の事務仕事をここでやっているらしい。座って、と促されるままに、椅子に腰かける。


「自己紹介がまだだったわね。私はヴェロッテ。よろしくね、シェスティ」


 人の好さそうな笑みで、シェスティの体から緊張が抜ける。こちらこそ、と言うと、彼女は笑みを深めた。


「いやあ、助かるわ。前まで勤めてた子がいなくなっちゃってね、猫の手も借りたいって状態だったの」


「……えっと、彼女にはお話したのですが、私、ひと月ほどしか、いられないとは思うのですが、構いませんか?」


「大丈夫よ、聞いてる聞いてる。ちょっとの間でも嬉しいわ」


 何らかの面接のようなものが行われるかと思っていたシェスティは拍子抜けした。そのことに気が付いたのか、ヴェロッテがにこりと笑う。


「見たらわかるわ。あなたの目――変な下心がなさそうだもの」


 そんなことでいいのだろうか――と思いつつも、勤務先が決まりそうなのはありがたい。ただ、まだ、先に確認しておかないといけないことがある。


「あの、あと、私……その、昔夜道で、……怖い目にあったことがありまして、それで、できれば、夕方ごろには帰りたいのですが、構いませんか……?」


 これはあながち早めに帰りたいがための嘘ではなくて、テンベルクにいた頃に実際ちょっと嫌な目にあったことがあったのだ。あの時はモニカが助けてくれたけれど、ここではそうもいかない。

 さすがに図々しいだろうかとも思ったが、彼女は笑みを崩さずに、


「ああ、そこは気にしないで。もともとうちは、夕の鐘の頃には閉めるのよ。そのころにはお客さんも少なくなってるから、ちょっとくらい早く抜けてもらっても構わないわ」


 と返してきた。それでシェスティもほっとした。どうやら仕事は、思ったよりも順調に決まりそうだ。――シェスティが早々にへまをしない限り。


「もちろん、早めに抜けるぶんは給料から引かせてもらうけどね?」


「……ふふっ、はいっ、わかっています」


 おどけた口調で言ってくるヴェロッテに、シェスティも笑顔で返した。


 軽い面接のようなものはすぐ終わり、勤務の時間や休みの日について、それからいくらかの注意事項の説明を受けた。

 仕事は朝から夕まで。少しはやめに上がることになる。具体的には夕前の鐘が鳴った時だ。その頃にはお昼ご飯を食べる客もいなくなり、のんびりとお茶を楽しみに来る数人の客が来るばかりになるのだという。


 給料は短期間だということ、シェスティがほとんど所持金がなくなりつつあることから、はじめ一廻(五日間)は日給で、それ以降は週給での支払いということにしてもらった。町にきちんとした住居を構えていない者でも仕事で給料が発生した場合は町を治めているギルドへ納税の必要が出てくるのだが、その分は給料から天引きされる。そこはテンベルクにいた頃と同じだった。


 勤務内容については、シェスティが何に向いていそうか見ながらおいおい固めていくということになった。とりあえずは片付けが中心だ。


 もう一人の店員――ヴェロッテいわく、ゾフィというのだそうだ――はひとりで調理以外のすべての仕事を担っていたので、雑用的な仕事を引き受けるだけでもかなり店としては楽になるのだという。


 勤務は明日以降からということになり、シェスティは一度帰ることになった。まだ片付けをしていたゾフィに、すっかり払うタイミングを失っていた代金を支払う。


「あの、明日から働かせていただくことになりました。よろしくお願いします」


「ん? あ、大丈夫だったんだ。よかったね」


 硬貨を渡しながら言うと、ゾフィはにっこりと笑った。


「こっちこそ、よろしくね。……あ、あたしはゾフィっていうんだ」


「ええ、ヴェロッテさんから伺っています。……えっと、シェスティです」


「うん、シェスティ。……覚えた。改めて、明日からよろしくね」


 店にいた客の一人が、ゾフィに声をかける。この時間からは喫茶として利用する客が増えるのだという。


 「じゃあね」と慌ただしく彼女はカウンターを離れていった。


 明日からは彼女の負担を減らせるように頑張ろう――と思うのだった。

おそらくギルドの斡旋とかもあると思うのですが、ちょっと世間知らずのシェスティはダイレクトにいくことしか知らないのです。テンベルクにいた時も斡旋があって働きだしたのではなく、モニカに直接拾ってもらった形だったのです。


その辺の過去については軽くでも後ほど触れるつもりです。

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