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恋する淫魔と大剣使いの傭兵  作者: 上原のあ
二章 魔獣被害と依頼
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二章 五 苦手な宴の時間

 ゼルギウスが村に戻ってきたのは、日もすっかり暮れてしばらくした頃だった。


 村の入り口で立ち尽くすシェスティに、村の男が代わる代わる寄ってきては声をかけてくる。


「シェスティちゃん、もう戻ったら?」


 どこで名前を聞いたのか、若い男が言う。それをあしらって彼女は待っていた。


 順調に〔催淫(チャーム)〕がかかってしまっているのはわかっていたし、部屋に引きこもっているべきとも思ったが、それでも不安だった。


 森のほうから光が出てきて、こちらに近づいているのがわかった時、心底ほっとした。やがてそれが足早にこちらへ向かってきて、長身の男の影を認めたとき、漏れた息でようやく自分が随分息をつめていたことを自覚した。


 良かったね、などと傍にいた二人の男のうち片方がシェスティの肩を叩いた。生返事のままゼルギウスに手を振る。そんなシェスティに気が付いたのだろうか、彼は少しだけ歩を速めた。


「お帰りなさい」


 村へとたどり着いたゼルギウスにそう声をかけると、彼はまとっていた緊張をようやく解いて、


「――ああ。討伐は問題なく終わった」


 と言った。


 魔石の確認をしてから、村は宴を始めた。報酬は受け取れないとゼルギウスは固辞したが、たまたま村がやる宴に巻き込まれただけだと村人たちが屁理屈をこね、とうとうゼルギウスも折れた。ただ、普段夕食代で出している分だけの金を出すということにしておいた。


 ギルドの規定に引っかからないぎりぎりの範囲での、せめてもの礼だ。村の中央にある広場で焚火をしながら、随分な騒ぎようだ。


「夜に怯えなくていいのが随分久しぶりに感じるよ!」


 と、村に入った時に声をかけてきた男が言った。先ほどからシェスティにかなりすり寄ってきている。彼だけではない。村には若い男が数人いたが、その誰もがシェスティに絡もうとして、そのたびにシェスティは逃げていた。中には宿の女将の息子もいて、昼間に見たときには真面目に食堂の掃除をしたりしていたのだが、今は赤ら顔でシェスティに近寄ろうとしてくる。


 何度も酒を飲まされかけるが、そのたびに首を振ってそれを拒否する。


「……その、私、お酒はとても弱いので」


 その言い訳は嘘ではなかった。テンベルクに住んでいた頃、十五で酒を飲めるようになってすぐに誘われて飲んだことがあるが、その時も確かに他の者より早く酔っていた。


 だがシェスティが酒を断るのはそれだけが理由ではない。少しでも酔うと体から放出する〔催淫(チャーム)〕の効果が強まってしまうようなのだ。というより、普段は意識的にその効果を絞っているのだが、そのストッパーが無くなってしまうといったところらしい。


 それに酔っている者は、〔催淫〕に限らず精神汚染系の魔術への抵抗力がぐっと落ちる。だから余計に危険なのだ。それであまりシェスティは酒を飲みたくなかった。


 少しだけ手をつけた料理はとても美味しかったが、どうにも男たちに追いかけられていて落ち着かない。所帯持ちはさすがに寄ってきていなかったが、下卑た視線は感じていた。抜け出そうとしても「まあまあ」と腕を引かれそうになるので、体に触れられないようにするので精一杯だ。


 すでに〔催淫〕が効きすぎているのは明らかだったけれど、今〔解呪(リリース)〕したところでまた同じだけの〔催淫〕がかかってしまうからきりがない。


 不安で辺りを見渡すと、ゼルギウスは少し離れたところで老人らに囲まれていた。どうやら酒をかなり勧められているらしいが、ちっとも酔った風がない。それでまた更に飲まされているらしい。


 あれでは助けを求めようにも、とシェスティが諦めかけた時、不意にゼルギウスと目が合った。彼は勧められていた酒を断ると、シェスティに近寄ってきた。


「……こういった宴は苦手か?」


 小さな声でそう聞いてくる。彼はさりげなく他の男とシェスティの間に入った。少し酒の匂いがしたが、酔っている様子は微塵もない。


「ええ、はい、少し……疲れてしまって。すみません」


「いや。部屋まで送ろう」


 そう申し出られてシェスティは思わず笑顔を浮かべた。


「あっ……ありがとうございます」


 感謝の気持ちゆえにやってくれていることだとわかってはいたけど、正直早めに部屋に戻ってしまいたかった。ゼルギウスがいれば、抜け出しやすい。


「……食事は十分にとったか?」


「あ、えっと、……あと少しだけ食べてもいいですか?」


「ああ。待っているから食べてこい」


 そう言われて急いで机の上に並んだ食事の中から、いくつか――柔らかく煮られた肉とか、そういった食べやすいものを胃に収めた。


「お水はいる?」


 いつの間にか女将が近寄ってきていて、グラスを手渡された。それをぐっと飲み干して。


(――っ! こ、これ、お水じゃ……ない!)


 一瞬ぐらりと体が揺れかけて、慌てて地を踏みしめる。香りを確認せずに飲んだのが悪かったのだが、水割りされた米酒だった。


「あ、……ありがとうございます」


 苦笑いするが、女将のミスなのか、それとも誰かがわざと水と偽って酒を入れたのかわからない。


 とにかく早く部屋に戻ろう、そう思ってゼルギウスのもとへと走る。


「もういいのか?」


「はい」


「女将にはシェスティが疲れたようだから先に戻ると言っておいた。……行くぞ」


 そのままシェスティはつられて宿の部屋へと戻った。




 部屋にたどり着いて、ゼルギウスは宴に戻ると言った。


「わざわざ抜け出してもらってすみません」


 と頭を下げると、ゼルギウスは首を振った。


「……俺もああいった空気は好きなわけではない。だが、俺がいなくては興ざめだろう」


「そう、ですね。主役ですから」


 シェスティは少し笑った。


 その背中を見送ろうとしたところで、ゼルギウスが不意に振り返る。


「ああ、回復薬だが、役に立った。……感謝する」


「あっ、えっと、……その、ちゃんと効きましたか?」


 テンベルクにいた頃は薬屋で働いていたとはいえ、直接使用者から効き目を聞く機会はあまりなかった。モニカの太鼓判があったとはいえ、少しドキドキしてしまう。

 シェスティの問いかけに対して、ゼルギウスは左手を上げて応えた。篭手に穴が空いているが、軽く手をひらひらと振ってみせる。


「噛まれたが、もう塞がって痛みもない。明日には傷跡もなくなるだろう」


「よかった、お役に立てたんですね」


 安心して笑顔を向けると、ゼルギウスも微笑み返してくれた。


「では戻ってくる。……戸締りをしておけよ」


 そう彼は付け加えて、今度こそ宿を出て行った。


(……戸締り?)


 村の人々を信頼していないわけではないが、それでも盗難などがあったりすると困るから、寝るときは言われなくても施錠している。


 どうしてわざわざ……? いぶかしみつつも、ドアに鍵をかけた。そして肌着に着替えてから、寝台へ飛び込むようにして寝転がる。


 明日からまた旅を再開するのだ。目指すのはフィールファルベという町だと聞いている。テンベルクよりも大きくて華やかな町だというけれど、シェスティには想像がついていなかった。


 酔いも手伝ってか、寝転がるとすぐに眠気がやってくる。村の人の対応をすべてゼルギウスに任せたことが少しだけ申し訳ないな、と思いつつ、シェスティは意識を手放した。

もうそろそろ二章終わりです。

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