第5話
どうしてあんなことを言ってしまったのだろうか。
この結婚の意味も、あんな風にツェザーリを拒むことがゆくゆくは争いの火種になるかもしれないことも正しく理解していたはずなのに。
それでも、母のようになるくらいならお飾りの王妃でいいとでも思ったのだろうか。
角を曲がったところで遠くにツェザーリを見つけた。こちらに向かってきているようだ。
しまったと思ったが、さすがにここで引き返すというような、あからさまに避けることは出来ない。
あれから、なんとなくツェザーリを避けていた。ツェザーリの方も、あれ以来私の部屋に来ることはなかった。
しかし、同じ王宮で、それも仮にも夫婦として暮らしている以上、こうして鉢合わせすることもあるし、立場上公式の場に同行するということもあるのは当然だった。
廊下の端により、歩みを止めて頭を下げる。
颯爽とした足音が目の前で止まるが、それでも顔をあげなかった。
「王妃、変わりはないか。」
ゆっくりと顔を上げる。
「はい、おかげさまで。陛下はお変わりございませんか?」
「ああ、こちらも変わりない。何か不自由があればなんでも侍女に言うがいい。」
「ありがとうございます。」
そうしてまた元の態勢に戻った。
ツェザーリは暫く動かなかったが、連れ立っていたイーニアスに声をかけられ去って行った。
それからも時々会うことがあると気遣っているかのような言葉をかけられた。
しかし繰り返されるやり取りに虚しさを覚えずにはいられなかった。
そういえば結婚したにも関わらずこれまでたったの一度も食事を一緒に取ったことがない。そのことに違和感を抱いた。
季節が秋から冬に差し掛かった頃。
部屋で黙々と編み物をするのも、侍女の気遣わし気な視線やさりげない励ましの言葉も、1人寂しく過ごす夜も、冷たいベットも。
私はもう耐えかねていたのかもしれない。
これまでずっとそうだったのにもかかわらず。
そんなあるとき、廊下でツェザーリと遭遇した。
いつものやり取りの後。
「あの、陛下。急なんですが、もしご都合がよろしければ今晩の食事をご一緒したいのですが。」
「…ああ。問題ない。ではまた後ほど。」
不躾なのは百も承知で、断られても仕方がないと思っていたのだが、拍子抜けなほどあっさりと了承された。
ツェザーリ主導で何気ない会話をポツリポツリとかわす。
給仕が一通り終わると使用人たちは皆部屋を後にした。
あらかじめ指示されていたのだろう。
緊張しているのか、デザートを食べる手がうまく動かない。
諦めてスプーンを置き、ツェザーリに向き合うと、予想外に真剣な眼差しと対峙することになった。
「何か言いたいことがあるのだろう?」
ああ、この人はどこまで…。
青の眼はどこまでも私を見透かしているような気さえした。