第1話
離宮から見える景色はいつもと変わりはない。
ただ今日は一段と風が強く、森がざわざわとしていた。
王女はその様をじっと見つめていた。
背に流した艶やかなダークブラウンの髪が風に攫われるのも気にも留めず。
ほっそりとした体に暗い色のドレスを纏い窓辺に立ち尽くす王女の姿はいやに儚げである。
暫くして、王女は長らく使うことのなかったベルを手に取って、おもむろに鳴らした。
侍女は程なくして現れた。
「お呼びでしょうか?」
「ええ。心してお聞きなさい。この国は隣国の手に落ちようとしています。時間がありません。こちらにもそのうち兵が来るでしょう。あなたは離宮にいる者たちを連れてここを離れなさい。城下まで行けば追手は来ないでしょう。」
「っ」
「今までありがとう。あなた達がいてくれて助かりました。」
「殿下は、どうされるのですか?」
「私はこちらに。」
「なりません!どうかご一緒に…!」
「私には帰る場所などありません。」
「それでも…!」
「私の居場所はここなのです。」
穏やかに微笑む王女の、グリーングレーの目は確固たる意志を宿していて説得は不可能であることを侍女は悟る。
「お行きなさい。」
侍女はじっと王女を見つめていたが、暫くして深々と一礼をするとその場を後にした。
「報告します。国王は既に他界しておりました。王妃は捕縛しておりますが、いかがいたしますか?」
「そうか。王妃は始末しろ。」
「はっ。」
「良かったのですか?」
「ああ。状況的に王妃を生かしておくことは出来まい。」
「まあそうですな。」
「相変わらず食えぬ奴だ。」
「ほっほっ。滅相もございません。さて、こちらも片付きましたし、これで制圧完了ですかな、総指揮官殿。」
「いや、まだだ。」
そう言って、総指揮官と呼ばれた男は、血塗れのマントをはためかせ踵を返した。
「こちらは王宮とはまた少し違う趣がありますな。」
「ああ。」
「しかし、誰も居りませんな。」
「静かなものだな。あれが最後の部屋か。」
「そのようですな。」
男らは部屋の前まで来て立ち止まった。
いつの間にか二人の眼光は鋭くなっている。
総指揮官の男の目配せを合図にもう1人の男が取っ手に手をかけた。