奇妙な外国人
木島邸に、芦沢のコロナが静かに2つの門と生い茂る樹木の間を縫うようにして入ってきた。助手席には白人男性が身を屈めるように座っている。
車から降りた男は、その教会堂のような豪邸と、芦沢も初めて見る、少し離れた大きな扉の開いたガレージに並ぶ高級車の数に驚いて、
「ワオーッ!!!」
という歓声を上げた。
「ね、大金持ちでしょ? 車の数だけ見てもおわかりでしょう」
外国人らしき男性は日本語にまったく不自由はなかった。
「オーナーのお仕事は、いったいナニなのですか?」
「さあ・・・・?私も良く知りませんが、名刺にはキジマ・リンタロウとアドレスしか書いてありません」
「なるほど・・・」
「それで、今日は金額など具体的なことはお話しにならずに、とにかく飛行船の製作が可能であることだけをお話しいただきたい。値段を聞かれたら、(さまざまです)とおっしゃってください」
「Sure・・・・I see」
チャイムを鳴らすと、瑞穂の
「開いてますわ・・・」
と言うインターホーンを介さぬ大きめな肉声が聞こえてきた。
芦沢は例によって両開きの大きな扉を開き、外国人と共に中に入った。
30畳とも50畳とも思えるようなリビングでは、木島倫太郎と瑞穂が2人向かい合い、豪勢なソファーでコーヒーを飲んでいた。テーブルにはサイフォンが2セット用意されている。
「まあ、おかけください」
倫太郎は、芦沢と外国人に座ったまま、着席を促した。
「まあ、そんな・・・失礼ですわよ!座ったままで・・・」
瑞穂は席を立って、
「瑞穂です。どうぞ宜しくお願い致します」
と、外国人に握手を求めた。
「リチャード・キンブル・・・デス。はじめまして」
「アハハハハ~~~」
キンブルも
「ワッハハハハ~~その通りです。逃亡者ではナイデスよ、ワッハハハ」
と、瑞穂以上に喜んで大笑いをした。
「瑞穂!失礼は君の方だよ。そんな笑い方をして」
倫太郎が立ち上がってキンブルに握手を求めながら頭を下げた。
「ノーノー・・・そうではなく、テレビドラマの主人公と同じ名前ですから、たいてい皆さん、初めての方は私の名前、冗談だと思われるのです」
「テレビドラマ・・・・・・??」
「逃亡者ですわよ・・・ご存じないの?」
瑞穂はキンブルの反応をうかがうようにしながら、倫太郎に聞いた。
「知らんよ・・・・テレビジョンはめったに観ないから」
倫太郎はほっとしたように、再びソファに腰を下ろした。
芦沢とキンブルも並んで瑞穂側のソファに腰を下ろした。
「リチャード・キンブル、職業医師・・・正しかるべき正義も時としてめしいることがある・・・」
芦沢とキンブルのコーヒーを立てながら、瑞穂はテレビドラマの冒頭で必ず流れるナレーションを真似てみた。
「・・・彼は身に覚えのない妻殺しの罪で死刑を宣告され、護送の途中、列車事故に遭ってからくも脱走する・・・デシタね???」
キンブルが流暢な日本語で続けた。
「素晴らしいわ!!日本にはどのくらい・・・・・・・」
「そうですね?・・・・20年、もう20年になります」
キンブルは今更ながら、と言った感じでしみじみと言った。
「私は、主人公の妻を殺したのは、あの男ではなく、追い続けるジェラード警部ではないかと思っていたのですが・・・意外に平凡な終わり方でしたわね」
「確かに・・・・アメリカでも最終回までそんな風に推理していた人はがっかりしたことでしょう」
キンブルと瑞穂はまるで旧友のように溶け合った会話で盛り上がり、倫太郎も芦沢も話しの中に入り込む余地がないほどではあった。しかし、
「それで・・・・・」
倫太郎が2人の話に割り込む形で一言発した。
「それで、この空で飛ばすことは可能ですか?」
瑞穂は(イケナイ)と言うようにぺロっと舌を出して、サイフォンのコーヒーを芦沢とキンブルのカップに注いだ。
「作ることは可能です。私の会社はその制作では世界一です。日本での飛行許可やライセンスなど、調べなければならないことは山ほどありますが」
「それらも含めて、すべてお願いしたいのですが・・・・・・お金はいくらかかってもかまいません。およそ1億?2億?・・・どうでしょう?」
「キンからピリ、デスね・・・・」
「キンから・・・・・・ピリ???」
倫太郎はキンブルの言葉に初めて理解できないものを感じた。
「ピンから、キリではないでしょうか?ククク」
瑞穂が必死に笑いをこらえて倫太郎に告げた。
今度は倫太郎が、飲みかけていたコーヒーを噴出しそうになった。
帰りの車の中で芦沢は、考えていた。
(いい話になってきた。しかし、飛行船が仮に飛ばなくてもいい。作ることに重要な意味がある。飛行許可はまず下りない。なぜなら飛行ルートの近くには米軍のI沢駐屯地がある。上空を飛行することは、まず機密保持の観点からも不可能だ。しかし、飛行船が完成するだけでも、おそらく木島倫太郎は妻の思い出を具現化させる過程を踏んだことによる満足を得られるに違いない。5000万の借金はあっという間に消え行くはずだ)
しかし、木島倫太郎の考えていたことは、そのようなことではまったくなかった。
芦沢には木島倫太郎の思惑を推し量る余裕が、この時点ではなかった。
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