海岸線
木島倫太郎は10台の大小さまざまな自家用車を所有する車好きであり、雑誌にもそのコレクションが幾度となく紹介されたほどであった。その中には、先日港で芦沢を拾った軽トラックも含まれている。
軽トラックには、たいてい手漕ぎのボートを載せて出かけ、ノベル・アロー号の就航するS浦岬の防波堤脇にそのボートを浮かべ、釣りを楽しんでいた。
しかし、その日はシトロエンDSを運転してO岬までの道のりをゆっくり走っていた。ペンションから帰った翌日のことであった。
O岬は、夏場の海水浴シーズン以外ほとんど訪れる観光客もなく、伊豆のI高原に向かう道と違って、行き交う車のほとんどが地元の漁師の運転する軽トラックか、みかん農家のオート三輪ばかりであった。
倫太郎はあることに気づいて、一足先にペンションから引き上げてきた。
それは、芦沢が気づいたことと、方向性においては同じことであった。
(これからは、船も要らなくなる・・・)
倫太郎はシトロエンを滑らせながら、なぜか顔を綻ばせていた。
いつものようにS浦岬の防波堤に着くと、馴染みの漁師がやってきて、
「珍しい車で来たな、じいさん。今日は何だい?」
「うん、今日は仕事だよ。何か珍しい魚、上がったかい? まとうダイかホウボウの小ぶりなのがあったらクーラーに入れて持ってきてくれ」
「その格好じゃ釣ゃあ無理だな。わかったよじいさん。今ウチのに用意させるよ」
木島はこの界隈でも大金持ちの名士で知られてはいるが、漁師にとっては釣好きの老人以外の何者でもない、といったその応対振りを、倫太郎は気に入っている。
倫太郎は空を仰いでいた。
空中に浮遊する物体の丸い小窓から、下を見下ろす少女の顔が見えた気がした。
それは、妻朝子が幼い頃の顔に違いなかった。見下ろす幼子の遠い目は例えようのない好奇に満ちていた。
芦沢啓二は、I高原から戻ると新幹線ですぐに東京へ向かった。
新宿にある輸入家具の仕入れ元を訪れ、家具以外の輸入品の中に飛行船がないか、そのリストの中身をくまなく調べていた。
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