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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
7/30

トロイメライ

「お好きですか? 蓄音機」

 オーナーの大川がそんな瑞穂の様子に相好を崩す。

「鳴りますの?」

「もちろんですよ。お聴きになりますか?」

「ええ!・・・ぜひ!!」

 瑞穂は子供のように丸い瞳を輝かせた。

「では・・・これなど。」

 大川は一枚のレコードを茶色い紙の袋から取り出しターンテーブルに乗せると、機械の横に付いた大きなクランクを回し、ねじを巻いた。レコードがくるくると回り始める。大川は丁寧にその盤の上に針を落とした。

「竹の針・・・」

 独り言を呟く瑞穂。

「良くご存知ですね」

 大川は瑞穂が竹針に気づいたことを意外に思ったが、嬉しかった。

「本当に彼女は物知りです」

 芦沢は以前、自分が瑞穂に竹針の話をしたことがあったので、少し皮肉を込めてそんな風に言った。

 瑞穂は(まあ!・・・)というような顔を芦沢に向けてニヤリとした。


 おとなしい旋律のピアノの音が部屋の空気を一変させる。

「シューマンですか」

 芦沢が大川にそれとなく聞いた。

「ルービンシュタインのSPです。お客様にはこれが一番人気です」

「トロイメライ・・・・・」

 瑞穂がやはり独り言を言った。

「(子供の情景)の中の1曲ですが、これが一番ポピュラーでして、リクエストが多いのです」

 大川が嬉しそうに答えた。


 瑞穂はバッグから風変わりな小さいカメラを取り出すと、馴れた手つきで胴体に沈み込んでいたレンズを引き上げ、カチッと撮影状態にセットした。

「おお、ローライじゃありませんか!」

 芦沢が驚きの声を上げた。

「失礼、お嬢さん・・・私にそのローライ、観せていただけませんか?」

 大川が興味津々、瑞穂に申し出た。

「ええ、どうぞ」

 ローライを瑞穂から受け取ると大川は、

「ローライ35Tですねぇ。レンズはT(テッサ―)ですね」

「ええ、35ゾナーの描写より、シャープですもの。芦沢さん、こちらにいらして」

 瑞穂はピアノを奏でる蓄音機の前に芦沢を誘った。

「トロイメライを聴きながら、ローライでお写真撮っていただきましょうよ。ご主人お願いできますか? 操作はご存知でしょうから」

「もちろん。ではお二人、EMジーンの前で」

 芦沢は、瑞穂に言われるまま蓄音機の前に立って、寄り添いくる瑞穂の細身の体を少し引き寄せ、

「では、そのまま・・・自然光で撮りますから、少し動かないで」

 という大川の言葉で、チャー、というローライ独特のレンズシャッターが切れる音が余韻を引くまで、じっと体を硬直させていた。

「ドイツのカメラは本当にユニークですね。目測で約何m・・そんなピントの合わせ方なんですからね・・・」

 写真を撮り終わった大川がつくづく、といった感じで言った。

 木島はそんな様子の中、大型タクシーで帰って行った。



 芦沢と瑞穂はクラウン8で翌朝、9時にペンションを出発した。

「芦沢さん、運転お上手ね。トヨグライド(オートマチック)は楽でしょ?」

 帰りの車は芦沢が運転した。

「私のコロナもトヨグライドですから・・・慣れているのです。しかし・・・乗り心地は雲泥の差ですね」

「あら、私はシトロエンの方がいいわ」

「木島さんはシトロエンも持っているのですか?!」

「ベンツも、ロールス・ロイスも。でも、私はシトロエンが好きなの。あのフワフワが宇宙船みたい」

「宇宙船ですか」


 芦沢は瑞穂のそんな言葉に幼さを感じたが、次の瞬間

「宇宙船!!」

 と叫んだ。

 驚いた瑞穂が、

「宇宙船がどうかなさったの?!」

 これも意外に大きな声で聞き返した。


 芦沢の脳裏に、いつか自分が死ぬために行った港で、少年が誤って空に放してしまった宇宙船の形をした風船のことを思い出した。

「そうか・・・そうだったんだ。ドイツのカメラといい、宇宙船といい・・・そうか、ドイツなんだ」

 瑞穂は芦沢の意味不明な独りごとを呆気にとられて聞いているだけだった。 


「ヒンデンブル ・・・ 第8話(海岸線)」へ

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