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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
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サファイア針

「もう少し高度を上げてください。人が米粒ぐらいに見えるような高度に」

 木島倫太郎は、チャーターしたヘリコプターの中から、O岬を見下ろしていた。

 上空でホバーリングしていたヘリは、木島の要望する高度に機体を引き上げた。

「人は米粒くらいに見えるかね?」

 木島はパイロットに聞いた。

「ほぼそれくらいに見えますね。」

「それでね、君には、その米粒が手を振る様子が見えるかね?」

「そうですね・・・私はパイロットですから目は良い方ですので、おそらく・・・・」

 木島は老化で視力が衰えていた。

「つまり・・・・・やっと見える、その程度かね?」

「そうです。」

「君には子供さんがおられるかね?」

「はあ、11歳と6歳の娘が」

「その娘さんたちは、このオートジャイロ(ヘリコプター)に乗せたことは?」

「ありますよ。そうそう、ちょうどこの高度まで来たときに、地上に居る人の服装が水玉模様であるところまで判別しました。子供の視力は3.0くらいありますね」

「何!・・・そんなところまで?」

 木島倫太郎は、かねてから、妻がおそらく5歳から7歳当時に、何らかの飛行物体からO岬の海水浴客を観たのではないかと思っていたが、その確信を得られた気がした。


 ヘリポートは木島邸から車で30分ほどの、マリーナに隣接したエリア内にあった。

「またO岬かい?何度目だ?」

 木島を降ろしたパイロットに仲間が聞いた。

「10回・・・もっとかな?」

「まあ、よほどのマニアかイカレちまっているか、どちらかだな」

「いいんだよ、お客だ。頼まれれば飛ぶさ。仕事だしな」

 パイロットは感情を表に出さずにそんな風に言って事務所に入っていった。



               ※


 瑞穂は、駅前に建つ6階建てビルの前に立っていた。コンクリートは剥き出しで塗装はなされていないが斬新である。 

 その目は一階ショールームの中の一点を、じっと観察している風であった。

 芦沢のインテリア・ショップ「ティアルク」はもはや閉店寸前、すでに事実上の営業は止まっていた。


「こんにちは・・・お探しの品物はございましたか」

 そこへ戻った芦沢は、背後から瑞穂に声をかけた。振り返りざまに瑞穂は、

「ハロー・・・良いお店ね」

 そう言うと、芦沢に屈託のない笑顔を見せた。その様子は、いつか木島邸で見た瑞穂とは別人である。


「き、恐縮です・・・」

 そんな言葉しか芦沢には思い浮かばなかった。

「・・・とにかく、中へどうぞ・・・」

 鍵を開け瑞穂を中に招き入れた芦沢は、ガラスの開き戸の下に挟み込まれた数枚の督促状を急いで拾い上げポケットに突っ込んだ。


「私、家具が大好きですの。アールデコが一番好き」

「そうでしたか・・・・嬉しいです」

「まあ・・・・・・」

 瑞穂は薄笑いを浮かべた。

「私のお部屋にお入りになったくせに。見ませんでしたの? あのスーツケース・・・」

「いや、あの時はその、失礼かと思いましたがレコードが・・・」

「レコード、止めてくださってありがとうございました。針が減ってしまいますものね、あのままですと。サファイア針ですからすぐに減ってしまいます」

「ダイヤモンド針になされば良いでしょう。サファイアの5倍はもちます」

「そうね。でも、サファイア針を早めに変えたほうがレコードのためにもよろしいんですの」

「良くご存知ですね。その通りです。昔のレコードは一回演奏するたびに竹の針を交換していましたからね」

「まあ、そんな古いお話し、私は知りませんわ」

「そうでした、失礼しました。20代の女性に」

「30です、私」

「見えません、とても」

 実際に瑞穂は20代前半に見えることもあるほどであった。


「今日は、わざわざおいでくださって嬉しいです。何かお気に入りがございましたら先日過分にお支払いいただきましたから、どれでもお好きなものをおっしゃってください。お届けいたします。それにお邪魔してご報告申し上げなくてはならないこともありますから」

「そうですねぇ。でも、今日は遠慮します。私、敵城視察に来ましたの」

「敵城? 私は敵ですか?」

「さあ?どうなのでしょう」

 瑞穂はやはり、薄笑いを浮かべた。

「参りましたなぁ」

 芦沢はどのような顔をして良いかわからなかった。

「また、お伺いしますわ」

「はあ・・・私もお邪魔する予定でおりますが」

 瑞穂は、それには答えず

「バーイ」

 そう言い残して、店を出て行った。


 キツネにつままれたような、そんな気持ちのまま芦沢は、腰の辺りで小さく手を振り突然の珍客を見送るしかなかった。


「ヒンデンブル ・・・ 第6話(気球にのって・・・・・)」へ


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