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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
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抑止力

 ユーラシア大陸の大国、(ソバリア連邦)は気分が良くなかった。

 日本、アメリカ、そして自国と思想を同じくするアジアの大国その関係が、なんとなく円滑になろうとしている。

 孤立するのを特に嫌うこの大国は、しかし、今それよりも第一に優先すべきは、月着陸・・・

 1969年、アポル11号に先を越された感のある宇宙開発事業。

 1950年代にはスプートニカ号でアメリカを圧倒的にリードしていた宇宙開発が、今完全にアメリカの月着陸の陰に隠れて、地味な、しかも、技術的後進国のレッテルまで貼られている。


 この国の戦闘機がアメリカ国内に不時着した際、中学生でさえトランジスターを使ってラジオを組み立てている時代にもかかわらず、そのコックピットの電気回路には真空管が使われていたという噂がそれに拍車をかけることとなってしまった。


 人工衛星から、飛行船の動きは一部始終監視していたが、その真の目的は、おそらく軍事目的であろうと、その大国は予想しており、ことによってはその巨大飛行船に搭載された危険な物体が、大手を振って空を行き来するに違いないとの懸念もないではなかった。


 黄河がだめなら、メソポタミアあたりへでも進出すればよいとも考えてはいた、ユーラシアの大国だったが、しかし、アメリカは軍事的な脅威を、飛行船の日本国内就航によってその大国に与えることが目的であり、計画は大成功であった。


 それはさておき・・・・・・・・

 日本国内では国会の会期中であった。


(坂部くん・・・・・・・)

 議長の声が議場に響いた。

「核の持込につきましては、100%ございません」


(藤代くん・・・・・・)

「嘘はいけませんよ大臣・・・・・原子力潜水艦は一体どうやって動いているのですか?佐世保、横須賀・・・・・あそこに入港しているのは手漕ぎボートでしょうか」


(坂部くん・・・・・)

・・・・・うるせい野郎だ。手漕ぎであんなデケェ船、動くかよぉ!!・・・・


「ご指摘の通りだと思います」


(藤代くん・・・・・・)


「真面目にお答え願いたい」


(坂部くん・・・・・・)


・・・・ぶっ殺させるか、あの若造!抑止力も知らねえで・・・・


「潜水艦は武器として核燃料を使用しているのではなく、航行に必要な動力を得るためにやむなく使用しているわけで、平和利用です」


(藤代くん・・・・・・)


「潜水艦自体が、戦争目的で造られておりますから、平和利用ではありえません」


(坂部くん・・・・・・)


・・・・あの野郎、俺たちが守ってやったガキのくせしやがって、そうか・・・よし、わかった!・・・・


「戦争に行けばわかるがなあ、小僧、てめえらが鼻水たらしてべそべそ泣いている時に、俺様たちは貴様らを助けるために命を捨てようとしていたんでえ・・・アメリカさんだって命がけだあ、このご苦労なし野郎!!!!・・・・・

などというような、ことをおっしゃる戦争体験者の方もおられますが、今は時代が違います。私も戦争では修羅場をくぐってまいりましたが、この原子力潜水艦は核弾頭を搭載しているわけではございませんので、これ以上のお答えはしかねます」


(藤代くん・・・・・・)


「総理にお伺いします・・・・・」


(藤代くん・・・質問は一人ひとつに願います)


 議長の制止で野党藤代陽一の質問は中断された。


 総理は扇子で始終顔を仰いでいたが、その実、精神は半分眠っていた。目を開けたまま半分寝るのが得意技の総理吉岡であった。しかし残り半分は聞いている。


 質疑応答の終えた坂部に、吉岡は質問した若手議員に睨みをきかせながら

「飛行船の話しは出なかったがなあ、あの小僧は知ってるぞ。押さえ込んでおけ。あいつは野党でも○○の息がかかっているから、金には目がねえ・・・・少し包めば口が開かなくなる」

「了解しました・・・・・・・・・」

「そんなことよりだなあ、アメリカさんからの要望は、危ないアレは載せなくてもいいから大きいやつを空に浮かべて、定期的に全国の駐屯地を回ってくれっちゅう話しだ。とりあえずは(米軍基地見学ツアー・・・)とか何とかってことで・・・・・・」

「それも了解しました」

「経費は向こうで持つそうだ・・・・・・」

 若手野党議員に威嚇の目を向けながら、総理吉岡は隣の坂部にボソッと言った。


             *


 夏が過ぎ木島邸の広大な敷地の木々が秋色に染まり始めていた。

 10月に入ると、20を数えるノベル・アロー号寄港地には、飛行船の離着陸設備を屋上に設置した巨大なステーションが次々に完成していった。


 木島は、自宅近くに完成したばかりのステーションへ出かけ、キンブルの操縦する巨大飛行船の到着を待った。

 8階建てのメインステーションは、土産物店、レストラン、喫茶店、書店、ブティック、その他ホテルも稼動しており、ノベル・アローの乗船客や、開設を聞きつけた市民たちで、すでに施設内は人で溢れ返り、飽和状況であった。


 木島がステーションに到着後、1時間ほどしたとき、港の魚市場上空に飛行船の先端部分が見え始めた。それはゆっくり空の面積を侵食し始め、ほとんど無音で湾内に浮遊している感じだったが、そのうち、空の青が飛行船体のグレーとそれに描かれた(NOVEL ARROW ?)の真っ赤な太く大きなアルファベッドのロゴで埋め尽くされ、まるで晴れていた空が通り過ぎる雲によって一瞬地上を暗くするように、港に陰りの瞬間を作った。

 ステーション内や港に集まっていたおよそ2000人ほどの人々の歓声が、町中に轟いた、木島はそんな風に思った。


「ヒンデンブル ・・・ 第28話(涙の爆発炎上事故中継)」へ

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