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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
25/30

逮捕

 その後飛行船は、木島の住むN市、I沢駐屯地上空に到着。ヘリ、ジェット機などがその周りを爆音やエンジン音を響かせて旋回していた。

 I沢駐屯地近隣の住人は、日常的に行われているヘリの離着陸訓練で、そうした騒音には一応の慣れはあったものの、空に浮かぶ見たこともない巨大な飛行船には、さすがに驚きと好奇心からか、普段は人出のない海岸に、この日ばかりは天を仰ぐ野次馬がひしめいていた。


 芦沢、瑞穂それに木島は、大臣坂部の関係者として、駐屯地内でキンブルの操縦する巨大飛行船の着陸を待っていた。

 飛行船は周りの喧騒などまるで、お構いなし、というように悠然と降下し始め、およそ10分後、降ろされた着陸用ロープがアメリカ兵によって受け取られ、戦車数台に巻きつけられた。

 なるほど、その手際は、以前港で水面に投げ出された木島の部下たちとは比べようのない、長けたプロの技であり、いまだ兵役を義務化しているアメリカの強靭な国防観念を、芦沢も木島もあらためて思い知った。


 着陸した飛行船の扉が開くと、10人ほどの自動小銃を背負った兵士が中に走りこんで行ったかと思うと、数分後に、後ろ手に手錠をかけられたキンブルが、サングラスをして表に出てきた。

「へ~イ、アシザワ~・・・・カミカゼサイコウ!!ミズホ~、ハウ アー ユー・・・・」

 その様子には、自分の逮捕された状況などまったく関知せずといった、キンブル特有の余裕というか、人間の大きさが色濃く表れていた。

「キンブルさ~ん・・・・・・これからどうなるのぉ~?」

 瑞穂が心配そうに遠くから護送されるキンブルに聞いた。

「ドン・ウォリー・・・・独房1年~~~」

「独房ってナ~ニ?」

 瑞穂は芦沢に聞いた。

「まあ、刑務所みたいなところですよ」

「まあ!!何とかならないの・・・・?」

 瑞穂は泣きそうな顔で坂部に懇願した。

「軍法会議ものですからね~。軍の公共物を勝手に国外に持ち出し、しかも拿捕だほまでされていますから」


 しかし・・・・・・・・

 キンブルは、その事情聴取などに3時間ほど拘束された後、いとも簡単に釈放された。

 これには芦沢の義理兄である大臣の坂部も驚いた。


「君!!どうやって釈放されたんだね?!無罪かね」

「ノーノー・・・・・執行猶予100年ネ~・・・・・」

 アメリカには懲役5000年という刑罰があると聞いてはいた坂部だが、まさか執行猶予1000年など、そのようなものが存在するとは思わなかった。

「・・・ジョーク、ジョーク・・・ハハハ~~」

 そんな風に言ったがしかし・・・キンブルは軍とある密約を交わしていた。

 それは、日本にとってもアメリカにとっても決してこの状況下の世界情勢において、損になる話ではなかった。

 もちろんキンブルはこの巨大飛行船に恐ろしいものを載せないために、アメリカン・カミカゼになった。そしてアメリカを空飛ぶ巨大な船と共に脱走したのだが、その間に、自分では大失態を犯したとばかり思っていたアジアの大国による飛行船拿捕騒動が、実はアメリカ本国としては、日本の国交回復に乗じてその国との輸出入を伸ばす、絶好のチャンスとなったのであった。


「言っておくがね、キンブルさん・・・・アレは絶対に載せんからね、わしも男、武士に二言はない。危険なアレは載せんよ」

「オー・・・ワタシもカミカゼ!!命は一つデス」

「では、釈放されたのはなぜかね?」

「sorry・・・・・今は言えませんね~。しかし、総理も大統領も喜ばれる平和なお話デス」

「大臣のわしにも言えん、というのですか?」

「いいえ、今はあなたの国の総理にも言えません。まず、私の親分が先です。それが仁義です」

義理兄にいさん、キンブル氏にお任せしましょう。きっと義理兄さんにとっても良いお話になるように思います」


芦沢は、キンブルが真の神風になったと、この時実感した。


            *


 朝子はベッドから降り、窓際まで歩いて行くと、そこから空を眺めていた。上空を行き交うヘリやジェット機のけたたましい爆音やエンジン音と共に、木島邸の斜め上空を飛行しI沢駐屯地へ向かう超大型飛行船を長時間眺めていた。

 その表情は、木島や瑞穂、芦沢には決して見せたことのない凛々しく、また教養高いものであった。


「ヒンデンブル ・・・ 第26話(朝子と総理吉岡)」へ


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