日本・・・神風
解散に伴う総選挙で、芦沢の義理兄坂部純一は衆議院に桁違いな得票数で当選した。そこには総理の兄吉岡が回した膨大な票が流れ込んでいたことは間違いない。
キンブルは本国のどの機関との話しをまとめているのかはよくわからなかったが、着々と日本国内への危険物持込を正当化する準備を始めていた。
キンブルは、芦沢に出会ったことによりアメリカ全土の権力者の口を封じ込める野心を持った。
芦沢の義理兄坂部は入閣し自衛省省官となったわけだが、もちろん坂部自身に国防の知識はまったくなく、その学習に日夜追いまくられていた。
学歴のない坂部には読めない漢字も多く、英文にいたっては泣き言が出るほど困惑していたため、芦沢やキンブルは度々坂部の学習に付き合わされた。
あるとき坂部から連絡が入り、芦沢はキンブルを伴い総理官邸に出向いた。
キンブルにとって日本の総理大臣などは、緊張の対象ではまったくなく、また芦沢という男も権威主義に媚びたり屈服する男ではなかったので、坂部だけが異常な緊張に足を震わせながら、応接室で総理を待った。
20分ほどして、総理が秘書2名を伴い「お待たせした」と、分厚く背の高い木製扉を自分で押し開いて入ってきた。
「自動ドアに直せ・・・・・・」
秘書の一人が、後輩の秘書らしき若い方に言った。
「構わん・・・・もったいない」
総理がすかさずその要請を却下した。
「何でも自動にしたら、手が退化する!」
総理吉岡弼は兄清信と違って、言葉は江戸前であったが、顔と背丈は兄と瓜二つ・・・どこかに成り上がり独特な逞しさ、と言うよりも貪欲さが見え隠れしていた。
「それで・・・その(船)にデッカイやつを載せて来るのい?」
総理はショート・ピースにジッポで火を付けながら聞いた。
誰が答えて良いものか、芦沢と坂部は互いに顔を見合わせた。
「ノー・・・総理。そんなに今のアレは大きくありません。魚雷2つほどです」
キンブルが答えた。
「坂部、君はどう考えている?」
坂部は何を思ったのか
「総理、失礼ですが、そのショート・ピースを1本頂けませんでしょうか?」
総理の質問には答えずに言った。
「ああ?・・・ああ好きにしろ・・・」
総理はタバコの箱をテーブルにポンと置いた。
坂部が箱から取り出した1本をくわえると、総理はジッポで火を付けた。
「恐れ入ります、光栄です・・・」
「わしはな、これしか吸わん」
「私もです。このタバコを初めて吸えたときの喜びは忘れません。総理・・・私は小学校までで勉強はおしまいでした。字もまともに読めません。政治の世界が奇麗事では通らないこともわかっております。しかし、このキンブル氏のお話はお断りになってください」
「オーノー!!ちょっと待ってください。どうしてですあ??」
キンブルの嘆きに総理が
「まあ聞きましょう・・・」
「国は本来、国民の手で守るべきです。私は戦後の日本がここまで立ち直ったのはアメリカのお陰だけではないと思います。朝鮮戦争の特需景気がなければ、いまだにアメリカの植民地であったはずです」
「イエ~ス・・・・・オフ・コース」
キンブルも頷いた。
「確かに、目には目を、歯には歯を持って挑む・・・それは正当でしょう。しかし、日本の国がいつまでもアメリカに対して、そんな及び腰では、いずれ世界の笑いものになると私は思います」
芦沢は、強欲で野心家でしかない義理兄であるとばかり思っていた坂部を、姉がいつも自慢していた理由に、まさか総理官邸で初めて気づくなどとは・・・自分の人を見る目の無さを痛感した。
「自衛省の見解は、そういうことだ。キンブル氏よ、諦めてくれ」
「な、何ですって??!!ゴッド!!・・・アシザワ~!」
キンブルは芦沢に向かって助けを求めた。
「だから言ったでしょ・・・日本人は神風になるんですよ。たとえこのことを、あなたが本国に報告して、圧力をかけようとしても無駄です。おやめなさい」
キンブルは何か言いたそうにしたが、右手のパーを左手のグーでパンチするのが精一杯だった。
「・・・その代わりといってはナンだが・・・・その飛行船とやら・・・日本国内で独占販売させてやるよ。どうだい?100億単位になるし、発着のステーションビル建設にも関われば、アンタ、軍の危ない橋渡るよりいいんじゃないかね?」
キンブルはしばらく考えていたが
「OK・・・私もカミカゼの一員になりましょう。なにしろ、日本に住んで20年・・・もう日本人も同然ですから・・・・・」「調子のいい男だ・・・」
総理は話が終わると、
「じゃ、失敬・・・・・・」
と、足早に3人のもとから秘書2人と共に去って行った。
*
瑞穂は伊豆のI高原にある、大川のペンション「ユニティ」にいた。
シトロエンを運転してくるつもりったが、急遽木島邸の大型モーターボートを自ら操ってI高原の港までやってきた。
昼下がり、瑞穂はペンションの目玉となっている大型蓄音機EMジーンで、シナトラを聞いていた。
Day by day
I'm falling more in love with you・・・・・・
(日ごと日ごと・・あなたにのめり込んで行く私・・・・)
「S浦に、ARTANIS・・・というレストランがありますのよ」
「ありますね・・・SINATRAを逆にスペルしてありますね」
「やはり、ご存知でしたわね。素敵なお店ですわ」
「素敵な方と行かれるのが、最高でしょうね」
「私にはそのような方、おりませんもの・・・・」
瑞穂は自分で自分に言い聞かせるように呟いた。
芦沢を成功に導きたい気持ちの他に、その成功の規模が大きすぎた場合に、果たして芦沢は自分から離れていかないものであろうか・・・・
瑞穂の思いは複雑だった。
・・・・・・・・・・・次回に続く
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