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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
18/30

着陸そして離陸

「・・・・船着場のブイに船体を固定しますので、アナタのスタッフ10名ほど来ていただいて機から降ろすロープ2本を受け取ってください。その場合、間違っても機体を引き寄せるようなことはしないでください。危険ですから。ロープはたるませるくらいにブイに巻き付けて固定してください」

 キンブルが無線電話で木島に連絡をした。

 飛行船の周りを旋回していたヘリが、風圧がかからぬように一時飛行船のはるか上空に上昇した。

 港にいた人々は、空から迫り来る巨大な物体を、口を開けたまま無言で見つめていた。

「米軍か?」

「I沢駐屯地から来たんだよ。故障だぞ。爆弾積んでるからな、離れろ離れろ!」

 そのうち、漁師たちがそんなことを口走り始めた。


 飛行船は徐々に降下をはじめ、10名以上の伊豆登山鉄道社員が、軍手をしてその着陸を待ち構える。

 そこへ、木島のシトロエンが到着。中から木島と坂部県議が飛び出してきた。

その様子は、何か欲しいものを手に入れた胸弾む少年のように、純真無垢、そしていち早くその欲しかったものを手にしたい・・・・そんな大人気ない姿だった。

 それが良い歳をした初老の男2人であることが、周囲からなおも実に滑稽に見えたに違いない。

 機が上空20mほどに降下し、巨大化した物体に空の青色が消え、その両端から直径10cmほどのロープが電動装置により、地上にスルスルと滑り落ちてきた。

 見守っていた多くの野次馬は、皆、土産物売り場に逃げ込んだ。


 木島からの連絡を受けていたスタッフは、キンブルからの注意を守り、ロープをたるませ気味に引き寄せブイに幾重にも巻きつけた。

 すると、そこに港特有の風が一瞬吹き、機体の後部を少しお押し上げ、全体が斜めになった。慌てたスタッフたちは注意を忘れてロープを引いてしまった。

 いったん機体は水平に戻ったが、すぐにまた斜めになり、次の瞬間ロープを引いていたスタッフ数人を上空に引き上げてしまったのである。


 土産物売り場の中から、

「海に・・・海に飛び込め~!!!」

 一人の漁師が叫んだ。

 空中のロープにしがみついていたスタッフは、しがみつく手を離し、幸いなことに真下が水面であったため、その中に次々と落下した。

 叫んだ漁師が飛び出し、浮き輪を数本、海の中に投げ、自分も海の中に飛び込んだ。


「ワッハッハハ~~・・・だから言ったのに。この事故が一番多いんだ」

 キンブルがさもおかしそうに、海に落ちたスタッフを見下ろす。

「あら、笑ったらいけませんわ・・・・死んでしまったらどうしましょう・・・」

「だから港に着陸させることにしたのですよ。かつて似た事故で仲間がたくさん死んでいるんです。下が海だから・・・ハハハ・・・なのですよ・・・・・最近の日本人は緊張感が足りません。今のような失敗を犯したら、アメリカなら全員独房10日間ですよ・・・・・ハハハ」

 キンブルの冗談交じりではあったが、厳しい言葉に瑞穂はその通りかもしれないと思った。


 数人が水の中になり、足りなくなったスタッフの代わりは、木島と坂部がかって出た。

 機体は、キンブルの巧みな操舵によってその全長を水面と平行に並べた。

 たるませ気味に固定したロープは、機体の中のウインチに巻かれる音を立て始め次第にたるみを短くしていった。

 そして、20mの高さの機体は徐々にその高度を下げて、ついに岸壁に接岸した。


 機体の全長に比して、その数分の一、20人ほど乗れば満席となりそうな客室の電動でせり出してきたタラップから降りてきたのは、フレアスカートに、絹地の白いブラウスを着たほっそりとした20代ほどの若い女性、瑞穂であったため、土産物店に避難していた人々は一斉にその巨大な物体に向かって走りよって来た。


「皆さんこんにちは。驚かせてしまって申しわけありません」

 瑞穂を知らぬ者など、港関係者の中にはいなかった。

「買ったのかいな~、このお化け??」

 土産物売り場の老婦人が聞いた。

「いいえ、よろしかったら中にどうぞ」

 倫太郎と坂部はすでに中に乗り込んでいた。

「いいんかいな?」

 老婦人が聞いた。

「もちろんですよ」

 そう言われると、老婦人は(やめときなよ・・・)(また飛んじまうよ・・・)などの外野の声には耳を貸さずにどんどん飛行船の中に入って行った。瑞穂も再度飛行船の中に入った。それに数人が続いた。

「いつだっけねえ??・・・わっちが子供の頃に見たことがあるんだよ、こんなの」

 老婦人は懐かしそうに言った。

「どこで見られたのかしら???」

「ほらO岬の上のほうでさ・・・・・だけど、新聞でもラジオでも何にも言わなかったねえ」


 機体の周りには早速地方テレビ局が数社、カメラを担いで取材に来ていた。

キンブルは機体を離れることが許されないため、倫太郎と坂部、それに見学者の様子を眺めながら、火のついていないパイプを加えていた。

 一通りの騒ぎがおさまると、機体はそのままタラップを引き戻し、倫太郎と坂部だけを乗せて、再び上空に浮かび上がって行った。


 行き先は長野方面であった。



「ヒンデンブル ・・・ 第19話(箱庭)」へ

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