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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
17/30

旋回

「無免許で大丈夫ですか??」

 瑞穂はキンブルに聞いてみた。何しろ無茶な外国人である。

「ノーノーお嬢さん・・・・私は兵役でパイロットだったのですよ。この飛行船の操縦ライセンスももちろん持っています。」

「あら、ゴメンナサイ。なんか私とんでもなく失礼なこと申し上げてしまったわね」

「ノーノー、私は戦闘機のライセンスしか持っていませんですから・・・ボーイングもセスナも操縦はできません。ライセンスが違います。旅客機でも機種によってライセンスが変わります。

この飛行船も急いでライセンスを取ったわけです。・・・・・・・出口で」

「出口???」

「つまり、早い話が、マネーで・・・その・・・・」

「あ、ああ・・・・それは(裏口)のことですわねククク」

 瑞穂は笑いをこらえるのに必死だった。


 キンブルの操る飛行船は、窓が人間の背丈ほどの大きさがあり、視界が開けすぎていたため瑞穂は少なからぬ恐怖感を覚えた。

 飛行船の周りをヘリコプターが旋回しながら飛行の様子をカメラで撮影している。その様子は、現実からはまったくかけ離れた、選ばれた者たちだけの知りえる優越を満足させるファンタジーの世界であった。


 当初の予定より30分ほど早く、木島邸上空にヘリのプロペラ音が響いてきた。

 そのうち朝子の部屋に差し込む外の陽射しが一瞬陰り、音なき微妙な空気感が漂い始めた。

 朝子の部屋で飛行船を待っていた倫太郎は、戦前からまったく変わらぬ、観音開きの大きな窓を全開にし、身を乗り出すようにして上空を眺めた。

「あなた・・・・一体どこをご覧になられておられるの?ほら、あそこに・・・・・」

 朝子に言われて窓から斜め20度ほどの水平線方向を見ると、そこには、なるほど日没近くの太陽光を遮るほどの巨体が悠然と浮かんでいた。


「どうかね・・・懐かしいですか?」

「はい、とても・・・・けれども」

「けれども?」

「もっともっと大きく、窓もあれよりずっとずっと、たくさんありましたもの」

「そんなに大きかったのかね??!!」

「さあ・・・どうでしょう・・・内緒ですから」

 倫太郎は(やはりな・・・)と思った。

 確かに朝子はとんでもないものに乗って伊豆の海を見下ろしていたのだ。そして、その中は日本国の行く末を左右するような人物で埋め尽くされていたに違いない。

 飛行船の中から瑞穂がこちらに向かって窓越しに手を振っているのがはっきりと見えた。


 

 久々に木島邸を訪れた、県議で芦沢の義理兄坂部は、木島邸の近くに浮かぶ、かつて見たこともない物体に目が釘付けになったまま、降りたクラウンの横に棒立ちとなっていた。

「なんだ??ありゃ・・・・・・」

 横に立っている運転手に、坂部はポカンと開いたままの口を一旦閉じて聞いた。

「ヘリコプターではないでしょうか?」

「ばかたり~~!・・・あのデカイのは何だ?と聞いているんダ二~」

「・・・・・・・・・・・」

「もういいわいネ」

 気付いた瑞穂が、今度は坂部にも手を振った。

 坂部は、その物体に乗り、窓越しに手を振る人物を遠目ながら確認するも、それが瑞穂であることが分からず、それでも一応は大きく手を振って最敬礼をした、政治家特有の笑顔と共に。

悲しい習性であった。


「ヒンデンブル ・・・ 第18話(着陸そして離陸)」へ

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