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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
15/30

逆転

「・・・ですからですね、期日の問題ではなく、もうすでにこのビルもお店も明け渡していただくことはご承知の通りで、今更このようなものを受け取ってもですね・・」

 七三分けの銀行マンが2人、まったく異なることのない背広姿で芦沢と対峙し、うんざりした顔と、芦沢の件とは直接関係なさそうな仕事疲れからくる疲労感漂う気だるい声で、芦沢が返済のカタに提示した死亡時1500万の生命保険証書を、一応事務的に観ていた。

「アンタのところの借金は2000くらいだろう?少しは温情をかけてくれよ。上の階からは家賃も入るんだぜ。このままにして、もう少し俺を生かしておけば倍にして返すから」

「そういうお話はですね、支店長なり、頭取などにお話いただけますか?我々は命令で、一刻も早く・・・・・・・」


 銀行マンが言いかけたところへ、瑞穂がショウルームの入り口から入ってきた。

 瑞穂にこの様子を見られたくない。

 芦沢は瑞穂から目線を外した。

 入り口に背を向けて座っていた銀行マンたちが、何気なく振り返り入ってきた瑞穂に目を当てた。その途端、

「あっ!どうも・・・・・」

 と、やはり二人同時に立ち上がり、瑞穂に最敬礼のごとく深々と頭を下げた。

 芦沢は一体何が起こったのか、いや、起ころうとしているのか様子を見守るよりほかなかった。


「こんにちわ?。妙なところでお会いしますわ。森沢さんもアンティーク家具がお好きなの?知らなかったわ?」


 瑞穂が年配の銀行マンの方に空々しく聞いた。

「いえ、その・・・商用で・・・・・・・・」

「あら、そうでしたの?お邪魔してしまったかしら?」

「いえいえとんでもございません。いつもご贔屓いただきまして、先日会長様にお届け物をさせていただきましたが、お口に合いましたでしょうか?」

「あら、何をでしたっけ?私はいただいておりませんので、きっとまだ冷蔵庫に入っているのでしょう」

「いえ、外国製クッキーの類ですので・・・・・もう、いつものご挨拶、タオル代わりのような、そんな物です。お気になさらずに・・・・・」

「ありがとう・・・・・」

「では我々は、これで。芦沢さん、そんなわけですので、今後とも宜しくお願いいたします」

「・・・・もう帰るのかね?もう少しお話しが聞きたかったんだがなあ」

芦沢はからかい半分に言った。


 家具を見ている瑞穂を店内に残し、芦沢は銀行マン2人を見送るようなフリをして外に出た。

「・・・森沢さん、それで結局このビル取られるわけですね?では、木島氏のビルには、いつ移っても良いことに話はついていますので、残念ですが・・・・・さようなら。あ、そうそう、お宅の銀行のものになった報告もしておきますよ、ハハハ」

 芦沢は森沢に静かに言って背を向けた。

「ちょ、ちょっと、お待ちください。木島さんとはどのような?」

「それはお宅には関係ない。億の取引ですから、どうぞお構いなく。米軍、衆議院など幾重にも絡み合った話しを地方の信金あたりにはお話できませんよ。では、このビルの件はどうぞご自由に」


 芦沢は振り返りもせずにさっさとショウルームの方へ歩き始めた。

 追いかけてきた森沢は

「ビルの件、待ちましょう。」

「待つ?何をいつまで待つんだい??ん??」

 芦沢は凄みをきかせた。

「2000をですよ。嫌だなあ。ビルはその2000とは関係なくこのままで・・・・」

 森沢はもみ手こそしないものの、立場は完全に芦沢の支配下にあった。

「まあ、木島さんには一応相談してみますがね」

「うちの銀行のことは、その、ご内密にできれば嬉しいですが・・・・」

「ああ、いいよ・・・・言う必要ないしね・・・・・」

 森沢と部下は芦沢に頭を下げて、そのまま黒いセドリックに乗って帰っていった。


「お話しはよろしいんですの?」

 ショウルームに戻ると瑞穂がランプシェードを見ながら、軽い調子で聞いてきた。

「ええ、商売をしていますとね、借金もするのですよ。借金コンクリートです。ハハハ」

「古いです・・・・・」

「そうですか?それは・・・アンティークではないですが・・・」

「違いますよ、ランプシェードではなく、借金コンクリート・・・・・」

「ああ、なるほど。今時小学生でも言わない最低のシャレですね、(駄)がつきますね」

「おいくらくらい」

「差し上げますよ。プレゼントします、ランプシェード。・・他にも・・・・」

「馬鹿ねえ・・・」

瑞穂はまったくトンチンカンな受け答えの芦沢が、可愛く思えた。

「はあ・・・・・・・・」

「銀行にお返しになるお金のお話・・・・・・」

「そのことですか?ハハハ。それは、あなたには・・・・・」

「関係ない?」

「いや、そういうことではなく・・・解決しましたから・・・・」

 芦沢は平然とした顔で答えた。

「本当にぃ?・・・・・?」

 瑞穂はいたずらっぽい目つきで芦沢に聞いた。

「いよいよ・・・となったら頼んでもいいですか?お金・・・」

「はい。私が何とかしますわ」

「本当にぃ?・・・・・?」

 芦沢は瑞穂を真似て切り返した。

 知らぬ間に、瑞穂の体が芦沢の胸の中にいた。

 芦沢の薄汚れた野望が浄化されてゆく。

 その後、2人を取り巻く多くの人間が、大きな夢に向かって、知らず知らずのうちに不思議な力で動かされてゆくのであった。


「ヒンデンブル ・・・ 第16話(飛行)」へ



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