瑞穂の苦悩
瑞穂の苦悩
フレアのスカートにブラウス・・・3月の下旬はまだ肌寒い。
しかし、瑞穂はそれ以外の衣装をほとんど身に着けない。
四季を通じてどのように寒暖の差があろうとも、外出時に上着は持つが、車での移動中、そして部屋の中ではその姿であった。特別な理由はない。その姿が一番好きであると言う理由だけだったのだ。
しかし、瑞穂はあの日を境に、これからもずっとその姿でいよう、硬くそう心に決めた。
倫太郎、その妻朝子、そして瑞穂の3人暮らしが長く続いてきた木島の家に、ある日、不思議な影をもつ男を伴って帰ってきた倫太郎・・・倫太郎は人を疑わない。疑わないことでこそ他人からも裏切られず、現在の莫大な財を成した。
初対面の人間には人見知りの瑞穂。
しかし、その男には一瞬にして女が大切にしている肝の部分が吸い込まれるほどの思いが生まれてしまった。思わずその場で「奪って!」そんな過激な言葉を叫びそうになるのをこらえる自分は、必死で相手の目から自分の目をそらし、平静を装った。だが・・・
瑞穂の思いはおさまらず、とうとう男の仕事場にまで出向いてしまった。
その男は、明らかに倫太郎の夢の部分を利用して、自らの復活を企てている。
木島の家は莫大な資産で覆われている。瑞穂自身その資産が一体どれほどのものなのか、想像もつかないし、また調べたりする気持ちもそれまではなかった。
その日が一日安泰であれば良い。自分が貧しくならなければ他人の貧しさなど推し量る必要もないのである。しかし・・・気持ちを奪われた男のために、瑞穂の心は大きく変化した。
おそらく借金で身動きの取れない状況にあるその身を楽にさせたい。
瑞穂は、木島の資産を自分なりに調べてみた。
土地建物、所有する法人を合わせると、推定1000億。
(借金は一体どのくらい有るのかしら?せいぜい1億・・・。どうにでもなるわ・・・)
しかし、だからといって、瑞穂には1000万の現金すら手元にあるわけではない。木島はヘリポートの建設と、そのヘリを旅客船ノベル・アロー号に代わる伊豆就航の目玉にしようとしている。
「何を考えているの・・・・?」
瑞穂は朝子の部屋で傍らにうつらうつらする朝子を看ながら、そんなことを考えていたが、その朝子の声でハッと我に返った。
「飛行船からご覧になったO岬は、さぞお美しかったでしょう・・・」
瑞穂は極自然に朝子に聞いた。
「綺麗でしたよ、でも・・・・・内緒のお話。特別ですもの」
「その中でいただいたスパゲティは、美味しかったでしょうね」
「いいえ、冷めておりましたの。お客様は皆寒がっておりましたわよ」
「そうでしたの・・・・・お客様はたくさん?」
「30人くらいかしら。ご親戚のほか、軍人さんと貴族省の方」
朝子の口から明かされた初めての言葉は真実以外の何物でもなく、瑞穂はその言葉を聞いて、なぜか恋しい男の野望がいくらか正当化された気がした。
*
キンブルはその後一時帰国。
芦沢の見積もりを持ちかえり、すでに飛行船の製作に取り掛かっていたが、芦沢の思惑とは異なり、この飛行船を日本に持ち込み、是が非でもその無数の機体で空を埋め尽くすつもりでいた。
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