衆議院
「仕事の方は順調かね?」
会社が左前であることを承知で、坂部は自分に嫌味を言っている。
鬼瓦のように大きな顔の義理兄、坂部純一県議を見るたび芦沢は、この男のどこに魅力を感じて姉は結婚したのか不思議でならなかった。
「200万円の件ですが、目処が立ち次第お返しにあがります」
「200や300のことで、俺に恩義を感じることはない。そんな端金返さんでもいいよ、身内なんだから。一応俺にも県議と言う肩書きがある。そんなチンケなことは言わんよ、ハハハ・・・ところで、そちらの紳士は?」
坂部は芦沢の横に座るキンブルの存在がえらく気になっている様子で、足を細かく揺すりながら、大物にしてはどこかに、やはり成り上がり者の品格の薄さが拭い切れていない、その一方、キンブルは大国アメリカの商社マンであるという堂々とした品格を備えており、完全にその雰囲気に飲まれていた。
「キンブル氏です。アメリカの商社マンですが、駐屯地とのパイプのある方です」
キンブルは、裏面に英語のぎっしりと書き込まれた名刺のような紙片を坂部に提示して、
「こういう者です。How do you do?はじめまして」
坂部は英語の「A」の字もまともに読めない男であったため、その名刺のようなものに目をやり、読んだような顔をして、
「いや?、素晴らしい方とお知り合いになれて嬉しい。今後とも宜しくお願い致しますよ」
と、満面に政治家特有の見え透いた作り笑顔で、立ち上がり一礼をした。
「それで、今日はどのような御用向きで・・・・・?」
「義理兄さん、伊豆登山鉄道の木島倫太郎氏をご存知ですね?」
「ん?・・・ああ、知ってはいるが、そう深い付き合いはないなあ」
「義理兄さん、ここのところは、ざっくばらんに行きましょうよ。キンブル氏の調べによりますと、木島氏は義理兄さんの後援会会長であるということですね。付き合いは深いでしょう。今回はヘリの飛行許可とI沢駐屯地の件で義理兄さんの、ご意見をうかがいたいと思いまして・・・」
「I沢?・・・駐屯地?」
坂部はキンブルの顔色をうかがいながら、とぼけた顔で呟いた。
「君、ちょっと来てくれ」
坂部は芦沢をキンブルから見えない場所に連れて行った。
「木島氏はなんと言ってる?」
「義理兄さんが伊豆登山鉄道が観光ヘリを飛ばすにあたり、I沢駐屯地に、その飛行許可を願い出て、いいようにしてくれる・・・・そんな内容でした」
「・・・違う違う・・・あんなモン、飛行許可など要るのかどうかも、俺は知らん。木島に恩を売ったに過ぎん。第一駐屯地の人間など誰にも会ったことなどないよ。あの外国人は何と言っているんだね?」
「彼は実際に米軍や大使館にパイプがあります。兵役にも行っているわけですから。彼は、日本人がどう逆立ちしても、飛行許可など下りないが、自分ならどうとでもなる・・・・そう言っています」
「そうか・・・・・・」
「この件で木島氏から幾らか受け取っているのですね」
「・・・いや・・・その、後援会費としていくらかは・・・・」
坂部は蚊の鳴くような声で芦沢の耳元に囁いた。
「別にそれはそれで良いでしょう。それで今後のことですが・・・・あちらで」
芦沢は坂部と共にキンブルのところへ戻りながら
「キンブルさんにすべてお任せするとして・・・」
そんな風にキンキンブルに聞こえるような声で坂部に言った。
「そうですな・・・・その線で」
坂部は話を合わせるための何の意味もない言葉を呟いた。
キンブルはその間、通された応接室の壁に掛かる、角の付いたシカの首を不思議そうに観ていたが、2人が戻るとすぐにソファに戻り芦沢に一言二言、英語で質問した。
坂部はその様子を心配そうに見ていた。
「義理兄さんは保守か革新か、中道か聞いています」
芦沢が坂部に、そう伝えると
「保守、保守で頼む」
「義理兄さん、衆議院には・・・??」
「衆議院!!」
「キンブルさんと私、それに義理兄さんの3人で、この伊豆登山 鉄道の一件を踏み台にして、少し、いや大規模な躍進を遂げませんか?」
「そんなことができるのか? 実際。・・・衆議院から入閣とか!」
坂部が疑心暗鬼の眼差しを芦沢に向けた。
「possible・・・・easily」
「何だって???」
「義理兄さん、キンブルさんには、簡単なことのようです」
坂部は完全に芦沢とキンブルの話で舞い上がりそうになっていた。
「私はどうすればいいんだ?具体的にどう動けば・・・・・・・」
興奮気味に問う坂部に、
「義理兄さんは、とにかくI沢の米軍駐屯地に交渉していると言うことにして、伊豆登山鉄道にヘリポートを作らせてしまいましょう。その後、飛行許可に問題が生じるシナリオを。しかし、それを義理兄さんが、キンブル氏を通して解決し・・・」
話しはそんな風に続いていったが、芦沢にとっては、ヘリが飛ぼうが飛行船が浮かぼうが、それがすべてお流れになろうが、そんなことはどうでも良いことであった。まして、義理兄が入閣するなど、あり得ないと思っていた。
飛行船1機を作る・・・それだけで目的は終わる予定であった。
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