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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
12/30

浜名湖

 芦沢はキンブルを乗せてそのまま港に向かった。

「Great!・・・・やはり、やることが早い!!」

 キンブルが声高に言った。外国人の声は地を這うように威勢がいい。

 車を止めて芦沢が聞いた。

「やることが早い?」

 キンブルがアタッシュ・ケースを開いて、綴じられた数枚のレポート用紙を芦沢にわたした。

「わが社のコンピューターという機械で調べました」

 レポートにはすべてカタカナで

『キジマリンタロウ・・・・1904ネン4ガツ6ニチ SケンNシIムラ156(カブシキカイシャ/イズトザンテツドウ カイトウ・・・・・・・・』

 その他総資産、家族構成などが実に読みにくい記号のような書体で印字されていた。

 芦沢は驚きのあまり声を失った。

 ただの金持ちのじいさんではないと思ってはいたが、伊豆の海岸線を就航する何艘もの遊覧船ノベル・アローをはじめとする鉄道、バス、タクシー、それにO岬までの間にある水族館や遊戯施設のある公園は、すべて伊豆登山鉄道、つまり木島倫太郎のものだったわけである。そのことを芦沢はキンブルの調査によって初めて知った。


「驚きましたでしょう?」

 キンブルが、急ピッチで解体の進む伊豆登山鉄道の看板がはずされた、ノベル・アロー乗船切符売り場のビルをながめながら芦沢に言った。

「驚きました、正直なところ・・・木島にも、あなたにも・・・・」

「日本という国は東京オリンピックや大阪万博も立派にやってのけましたね。しかし、アメリカの力に対抗しようとしても、まったくそれは叶わない。失礼なことを申し上げますが、まだまだ私の国の足元にも及びません。しかしいずれ、それも立場が逆転するときが来ます。私は日本が好きです。そして、この話も私にお任せください。ここにヘリポートを作るつもりならまず作らせましょう。私に考えがあります・・・・・・」


 芦沢は黙ってキンブルの話を聞いていたが、おもむろに車のシフトをDに入れ岸壁に向かって急発進した。一瞬キンブルの顔が青ざめた。

 岸壁すれすれで急ブレーキをかけ、コロナはあわやと言うところで止まった。

「神風です・・・・・・・日本人は神風になります」

 芦沢にも日本人としての意地があった。

「Great!・・・・・・」

 引きつった顔のままキンブルはそんな風に言ったが、その声はまったくか細かった。



 2時間後、開通して間もない東名高速道路を走って、芦沢とキンブルは浜名湖に着いた。

 潮干狩りを楽しむ親子連れや観光客らしき人々が、砂の上を埋め尽くしている。

 芦沢には、弁天島の競艇練習場に近い小道沿いで小さな旅館を営む姉、勝子がいた。

 姉のところへ顔を出し、自分とキンブルの宿泊を頼んだ後、キンブルを伴いそこから沿道に立ち並ぶホテル群の中にある坂部純一の事務所へ向かった。

 坂部は旅館を営む姉の夫だった。


「ヒンデンブル ・・・ 第13話(衆議院)」へ

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