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ヒンデンブル  作者: 中矢良一
11/30

爆弾

 芦沢は、木島林太郎が妻朝子の見た上空からの風景を、飛行船によってもう一度愛する妻に見せたい、そう考えているものだとばかり思っていた。しかし、それは芦沢の勘違いであった。


「この型のジャイロ、あなたの会社か、関係筋で扱っていないでしょうか?」

 後日、倫太郎は、芦沢と共に自宅を訪れたキンブルに聞いた。

 そのカラー図鑑には、さまざまなヘリコプターのイラストが(これぞ夢の乗り物)と言わんばかりにカラフルに彩られ、そのイラストの下には、最高速度、搭乗定員、生産国、飛行航続距離などが事細かに書かれていた。

 その中のひとつに倫太郎は注目していた。

 双発(プロペラが2機)で機体は「く」の字に折れ、その「く」の字の両サイドには丸いガラス窓が10ほど開いていた。

 キンブルはじっくりその機体を観察していたが

「このヘリは・・・日本で飛ばすことはできません、多分」

 そう、きっぱりと倫太郎に向かって言った。

「なぜですか?」

「この類のヘリは、一応、飛行機のライセンスが必要になるのです。それで・・こちらですが・・・・」

 と双発ではあるが、もうひとつの大型ヘリを指差し、

「007、ご存知ですか?」

「いや、なんですか?それは」

「スパイ映画です。日本ロケで数年前にこのヘリと同型を飛ばしています。この型ならOK・・・わが社でも扱えます。しかし、飛行ルートによっては難しいでしょう。007の映画では、東京湾にそのヘリから自動車を落とすシーンがありました。それはその近辺に軍事関係の施設がなかったからです。この近くには、I沢米軍駐屯地があります。常時飛ばすことは不可能でしょう」

 キンブルの日本語は実に流暢かつ的確にその核心を倫太郎に告げていた。

 倫太郎は

「しかし、県議のある男に相談したところ、I沢駐屯地の問題は、自分が押さえ込むと、言っていたのですが・・・」

「それは坂部純一のことですか」

 芦沢が倫太郎に聞いた。

「ん?・・・まあ・・・そういうことは」

 倫太郎は口ごもったが、芦沢は念をおした。

「坂部さんですね!」

「そうです。彼は米軍とのパイプは確かなんだがな」

 キンブルは終始笑顔を崩さずに、

「よろしいでしょう。このヘリについては、私が何とか交渉をしてみましょう。こう申しては失礼ですが、アメリカ人の私は、このあたりの田舎県議とは、まったく異なる米軍とのつながりがあります」

「そうですか!お願いします」

 倫太郎は目を輝かせた。


「・・・それと、話しは変わりますが・・・・」

 芦沢は、自分のはじき出した飛行船の製作見積もりを出して、

「ヘリの件は、一応キンブルさんにお任せするとして・・・先日の飛行船のお話ですが、この程度の費用ということに」

 倫太郎はそれに目を通していたが、

「しかし、ヘリポートの建設に取り掛かってしまったんだがなあ・・確かに飛行船も捨てがたいんですが」

「とりあえず、飛行許可などについて、もう一度確実な線を確かめて見ます」

 芦沢は、倫太郎にそう言うと、飛行船の見積もりに目を通す瑞穂の方をちらりと見た。瑞穂はその内容に何ら不信な様子を示してはいなかったが

「何か、ご不明な点はありますか?」

 芦沢は言った後、(余計なことを・・・)と自分の言葉に後悔した。

 瑞穂は「いえ・・・」と言って、その見積もり書を芦沢に返し、

「私は飛行船の方が、絶対にいいですわ?、ちょっと失礼します」

 そう言言い残し、芦沢にウインクして2階の自分の部屋へ戻って行った。


 芦沢とキンブルは木島邸を後にすると、その足で県議坂部純一の事務所へ向かった。

「飛行許可というのは簡単におりないものなんですね?」

 芦沢はキンブルに言った。

「デタラメに決まってるでしょ・・・・・ハハ」

「え!!」

「そんなモン・・・・私ならどうにでもしてみせます」


 リチャード・キンブルという男のしたたかな底力のようなものを芦沢は、頼もしくもあり、また恐ろしくもなった。


「ヒンデンブル ・・・ 第12話(浜名湖)」へ

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