05-03 白狼
「話は済んだか? では、我の用を済ませるとしよう」
くそ、どうする?
俺の攻撃――心や魔力を削る方法じゃ効果が見込めない。
となれば物理攻撃しかないが、恐らくレニアもそれを見越して黒狼族を乗っ取ったんだろう。それも全身獣の、潜在能力からして最高峰の素体を。
「ふっ!」
鋭い呼気と共にレニアが動く。
「しまっ――」
慌てて振り向くが、レニアは既に俺の手の届かない位置にいた。
「なんの!」
レニアの爪をフォルダンの戦斧が受けた。だが、その勢いは止まらず押し込まれてしまう。
「シッ!」
「はっ!」
そこへカーティスの竿状武器とルダイバーの放った矢が襲いかかった。
背中に目でも付いているのかと言うほど見事なタイミングでフォルダンが下がる。
味方を巻き込んだかに見えた攻撃だったが、これも連携か。
俺達のいない間に、どこまで腕を上げたんだよ、お前ら。
「中々やるな。少々驚いたよ」
しかしレニアは、それらを全て巨大な円形盾で受け止めていた。
盾には傷一つ付いていない。
「ふむ…この身体に慣れるためにも少し本気を出すか」
ィィィイイイィィィ
レニアがそう言うのと、羽虫のような微かな音を耳にするのは同時だった。
「これは――ダグラスと同じ…?」
「これは我がダグラスに与えた能力だ」
思わず出た誰かの呟きに、律儀に答えを返すレニア。
ち、余裕を見せつけやがって。
「ふん!」
その余裕を隙と見たフォルダンが戦斧を振り回す。狙いは勿論レニアだ。
ガィン!
しかし、あの円形盾で受けられてしまう。
まじか、あの攻撃を真面に受けたら手が痺れてもよさそうなもんだが。
「主に攻撃を通せるのは自分だけだ!」
そう叫びながらダグラスが前に出てくる。
「ゼン! 自分らに連携こそが上へ行く道だと諭したのは君だぞ! その君がこんな作戦を取るなんて――失望させてくれるな!」
「――っ!」
くそ、今のは刺さった。めちゃくちゃ心に突き刺さったぞ。
ああ、そうかい、分かったよ!
「そこまで言うなら使ってやる! その代わり絶対に死ぬなよ!」
「もちろんだとも!」
いい笑顔しやがって。ちくしょう、やってやるよ!
「全員に告ぐ! フォーメーションS2!」
『応!』
『はい!』
「ええっ!? なんでS1じゃないんだよ!」
ワイルドが文句を言ってるが無視だ。
フォーメーションSとは“ビースト”“調教師”“夜に咲く花”、三つのパーティー全員で戦うスタイルの総称だ。
中でもS2はアリスを盾役に据え、回復役のラウを後方に置き、他の全員が攻撃に回るという非常に前のめりなフォーメーションである。但し、ワイルドはラウの護衛。(ちなみにS1はワイルドも攻撃に参加だ)
「くくく、楽しませてくれよ?」
「言ってろ」
こうして異界の神レニアとの戦闘が始まった。
「アリス、奴に“惑わせし宝玉”は効果が無い。よく見て盾を合わせろ」
「了解よ、チロ」
それじゃあ、始めるとしますか。
「フォルダン、カーティス、ダグラス、行けっ」
『応!』
レニアとの距離を潰すようにフォルダンが戦斧を振りながら真っ直ぐ突っ込む。
僅かな時間差でカーティスとダグラスも前に出た。
さあ、どうするレニア?
フォルダンを避けても引いても後ろの二人は逃がさないぜ?
それとも受けるか?
それこそ悪手だ。このフォーメーションは足を止めた相手にこそ最大の効果を発揮する。
「貴様は我の能力を忘れているのか?」
フォルダンの戦斧がレニアに当たる瞬間――
「消えた!?」
「慌てるな、主の得意技だ、転移したんだ!」
――奴の姿が消えた。
もちろん、読んでいたよ。当然、そうくるよな!
「ルダイバー! L-4! 撃て!」
「はっ!」
俺から見て左手奥、ダグラスの後ろ、何もないその空間にルダイバーが矢を放つ。
ガィン!
無駄撃ちと思われたその矢は、突如現れた巨大な円形盾に当たる。
「なるほど、敢えて転移させておいて、再出現場所を読んだのか。中々やるな、化身」
「お前が相手でも、戦いようはあるってことさ」
とは言え、遠距離攻撃手段がルダイバーの弓しかない現状はキツい。
ここに来てサエとクミという二大術者がいないのが痛手となった。
だけど、それは自分のせいだから文句も言えない。
「いいだろう。では、もう一度だ」
その言葉と供に再びレニアがその姿を消した。
――拙い!
「ワイルド! ラウを守れ! ルダイバー、B-6!」
例え俺の攻撃は効果がなくても、能力が消えた訳じゃない。
魔力の僅かな揺らぎが俺にレニアの居場所を教えてくれる。
今度の再出現ポイントは俺達の背後。ラウの後ろだった。
「先生?」
「ラウ、こっちに来い!」
「ワイルド?」
俺の指示した場所はラウも分かっている。しかし、それが何を意味しているかまでは理解できていない。
だからワイルドが動いた。子供でも男だ。自分の女が狙われた事をいち早く察知した。
ルダイバーから援護の矢が飛ぶ。しかし、突然現れた円形盾がその矢を打ち落とした。
そんな物は些細な事だとばかりに、まるで意に介さず、そのまま攻撃モーションに移るレニア。
「ワイルドっ!?」
ラウの手を引き、その身体を入れ替えたワイルド。
振り翳された盾は、躊躇無くそのまま振り下ろされた。
間に合えっ!
ワイルドを庇うべく、この身を走らせる。しかし、攻める気に逸った俺は、前線のすぐ後ろに位置してしまった。
レニアの狙いがダグラスに、ハッキリ言えばその槍にあると踏んだ俺は、ダグラスの斜め後ろにいたのだ。そして、それを察したアリスまでが前に出てしまっていた。
「“自在盾”!」
それでも何とか自在盾を割り込ませるアリス。
オリハルコン製の自在盾をすらひしゃげさせる攻撃は、辛うじてワイルドを掠めるだけで済んだ。
「うわあああぁぁぁ!」
だと言うのに――ほんの僅か掠めただけだというのに、その攻撃はワイルドの右腕を奪ってしまった。
「ワイルド! ――ひ、“ヒール!”“ ヒールぅ!”」
「バ、カやろう、に、げろ」
「やだぁ! ワイルド! ワイルド! “ヒール!”“ヒール!”――何で治んないのぉ」
ラウは必死にワイルドを治そうとするが、怪我が酷すぎて治せない。力が及ばないのだ。
「治す必要などないぞ、小娘。どうせ皆死ぬ。少々早いか遅いかの違いだ」
「やめろ!」
漸くレニアの前に立ち、ラウとワイルドをその視界から外す事に成功する。
レニアは俺を殺せない。自殺がどうとか関係ない。俺に死なれて困るのはヤツの方だ。
だからレニアは俺を攻撃できないはず。そんな打算の上での行動だった。
「ふっ!」
しかし、そんな俺を意に介さず、レニアは円形盾をフリスビーのように放り投げた。
それも、自らの背後に向かって。
ィィィイイイィィィ
例の音を鳴らし、盾は空を滑る。その先には――ダグラス。
「しまっ――」
俺はバカか! ヤツの狙いはダグラスだって気付いていたはずだろうに!
「“自在盾!”――“二重唱っ!”」
「アリス!」
間一髪、アリスの自在盾が間に合った。アリスがダグラスを守ってくれた。
しかし、それすらもレニアの思惑の内だったのか。
軌道を変えた円形盾は、そのまま空を滑り続け……ラウを襲った。
「避けろっ!」
「え?」
円形盾は、スローモーションのようにゆっくりと、ラウに吸い込まれ――
ガアアアアァァァァッ!
その円形盾がラウの身体を分断する寸前、突然現れた白い虎の巨体にぶつかる。
ラウを守るべく、白虎がワイルドの中から飛び出し、その身を使って自らの巫女を守ったのだ。
「バイウー!」
しかしその代償は高く、バイウーの体躯が円形盾の餌食となる。
円形盾は神の肉体すら物ともせず、バイウーの前脚を二本とも切り飛ばしてしまった。
「よくもワイルドとバイウー様を!」
逆上したカーティスとフォルダンが背後からレニアに襲いかかる。
「お前達では役不足だ」
普通に歩いているようにしか見えないのに、二人の攻撃はレニアに当たらない。
「油断だぞ、主よ」
それこそが狙いか、フォルダンの影からダグラスが迫る。
「お前がな」
その声と同時に、槍を振りかぶったダグラスを円形盾が襲った。
誰もがその盾を見失っていた。
バイウーの前脚を切り裂いた盾は床に落ちたと思い込んでいた。
だが、盾はまだ生きていた。
……カラン
ダグラスの槍が迷宮の床に転がった。
「ぐああああああ!」
その右腕と供に。
「チロ!」
アリスの眼が訴える。潮時だと。
撤退するべきだ。俺達に勝ち目は無い。それは俺にも分かっている。
だが、一歩遅かった。今、撤退する訳にはいかない。
今逃げれば、俺達はレニアとの決戦に勝利するための重要なピースを失う事になる。
「おのれ!」
「よくもダグラスまで!」
カーティスとフォルダンが再びレニアに襲いかかろうと構えた。
「やめろ、二人とも!」
「しかし、ゼン様!」
「せめて一矢報いなければ気が済まんのです」
「落ち着け! ここでお前達まで失えば、それこそ取り返しがつかなくなる」
「く…」
とは言え、もう手詰まりだ。逃げるしか方法はない。
だがどうする。全員が無事に逃げ延びて、なおかつ勝利のための鍵を失わない方法とは何だ。
「どうした、もう遊びは終わりか? いいや、まだだ。もっと楽しませろ」
勝ち誇りながらも、レニアは慎重に歩を進める。
ゆっくり、ダグラスの槍へと。
やはりそうだ。アイツには、あの槍が脅威なんだ。
ヤツと同じ能力、同じ力を宿した武器故に。
このままだと拙い。あの槍がヤツの手に渡ってしまえば万事休すだ。
――ピシュッ
それは、僅かな音。昼の街中なら雑踏に紛れてしまいそうな、そんな微かな音だった。
「ぬ」
それは、ルダイバーが放った矢。
戦闘開始直後とワイルドを庇って以来、ルダイバーは息を殺して身を潜めていた。
俺が教えた通りに、窮地に活を拓くべく影に徹していたのだ。
だからこそ、ヤツもその意図に気付くのが一歩遅れた。
ルダイバーの放った矢には紐が括り付けられており、その矢は腕に突き刺ささる。
槍を掴んだまま、床に転がっていたダグラスの腕に。
レニアが矢に気付くのが遅れた理由がもう一つある。
その矢はレニアに向かっていなかったのだ。
「はあっ!」
ルダイバーは、その紐を力一杯引っ張った。
「でかした! ルダイバー、絶対に離すなよ!」
「はいっ!」
「帰還!」
次の瞬間、俺達の姿は迷宮から消えていた。
お久しぶりです。
まだ長時間PCに向かうのは厳しく、暫くは不定期更新となります。
※追記
驚異 → 脅威