05-01 強襲
――“陽の迷宮” そこに目指す敵がいる
そう聞いても、俺に驚きはなかった。
そもそも絶対神となったユスティスの目の届かないところなど、そう多くはないだろう。
その最たるものと言って差し支えないだろう場所こそが各種族の本迷宮だ。
中でも“陽の迷宮”は、戦争に感けて本業を怠っている人間の攻略対象であり、そのせいで弱体化したセレ姉が守護神なのである。
奴にとって難易度が低く、その上で他者が入り込まず自由にできる場所としては最適だろう。
もっとも、そうするためには迷宮の魔物を物ともしない強さが必要なのだが、仮にも神と名の付くモノなら問題にもならないだろうさ。
それよりも問題なのは、
「セレ姉は無事なのか?」
それが一番の懸念事項だ。
異界の神なんてモノを、自らの体内とも言うべき迷宮に棲まわせていて無事でいられるのか。
「無事です」
そんな俺の心配を余所に、ヘンリエッタはキッパリと言い切った。
「なぜ、そう言い切れる」
世界樹の巫女に対して愚問かもしれないが、そう聞かずにはいられない。
これは俺のエゴだな。自分が納得できる理由が欲しいんだ。
「こう言ってはなんですけど、あの方は弱体化していますから…」
「あぁ――そういう…」
聞かなきゃよかったかもしれない。
かつて絶対神として君臨していたであろうセレ姉だが、眷属である人間が迷宮攻略を全くしてこなかったせいで、今となっては最弱なのだ。
「それに攻略者の訪れない迷宮は隠れ住むには好都合だもんな」
人間だけじゃない。
奴にとって天敵であるユスティスまでもが勝手には入り込めない他神の迷宮。
中でもセレ姉の“陽の迷宮”となれば安心度はダントツである。奴がその機微について知っているかどうかは置いといて。
「後は深度だよな。“陽の迷宮”は全く攻略されていないと言っていい訳だし、まっさらな迷宮を最初から攻略するのと変わらない。もし奥深くに篭もられていたら、そこまで進むのもひと仕事だ」
「そうね、後は攻略のためのメンバーも考えないといけないわよね」
「そうだな…」
それも頭の痛い問題だ。
多すぎれば足が鈍るし、少ないと戦力に不安が残る。
迷宮攻略メンバーは、そのまま奴の討伐メンバーとなるのだから生半可な実力では加えられない。
実に悩ましい。
「ええと、その事なんですがぁ」
そんな問題に頭を悩ませる俺達にヘンリエッタが声を掛ける。
「何かあるのか?」
「はいぃ」
それは助かる。
世界樹からの助言となれば心強いなんてもんじゃないからな。
「あまり詳しい助言をしてはいけない決まりなのですが…」
ヘンリエッタは、そう釘を刺すと言葉を続ける。
「未来には一つの童話があります」
「童話?」
「“九人の英雄と異界の神”。今回の事件が後世に伝わった物ですぅ」
ほほう、それはまた興味をそそる話だな。是非とも詳しく読みたい物だ。
でもダメだろうな。
さっきのあの口ぶりは、未来を知ってもその通りになるとは限らないって事だろう。
むしろ未来を知り、その通りになるように意識して行動すると、却って同じ結果にはならないのかもしれない。
知らない方が上手くいく事ってあるもんな。
「そこには勇者を筆頭に、太陽と月、そして星々、全ての種族が力を合わせて彼の神に立ち向かったとあります」
「全ての種族ねぇ」
勇者はヒデで確定だろ。
それと今まで俺達が関わった人達かな。俺達が中心になって力を合わせる以上、そこは外せない筈だ。
人間と魔族、そして獣人か…
まず頭に浮かぶのは、これまでパーティーを組んだ事のある面子だ。
ヒデに俺、サエとクミ、アルフにテア、カーティス達三人にダグラス、それにアリスか。
いや、ベル母様達まで加えるともっと増えるな。いやいや、それを言ったらワイルドとラウまで候補に挙がるぞ。
「今だけで十六人もの候補がいることになるな…」
「うわぁ~」
「多いわね」
実に悩ましいな。これを九人まで減らさないといけないのか。
確定しているのは俺とヒデだけとか、参考にはなったが悩みは減ってないな。
「お悩みのところ、申し訳ないのですけれどぉ」
「なんだ?」
「そろそろお帰りになられた方がよろしいのではぁ?」
「あー、長居しすぎたか。邪魔したな」
普段人が訪れる事のない場所だし、わざわざ入り口を浄化して来たくらいだ。巫女以外が長居するのは、あまりいい事ではないのだろう。
「いえ~、それは構わないのですぅ。むしろ、あなた様にはぜひぜひまた遊びにいらして欲しいのですけれどぉ」
ヘンリエッタの言葉に、俺より先にサエとクミが反応した。
「なんですって?」
「むむ、聞き捨てならないよ~?」
そう睨んでやるなよ、二人とも。ヘンリエッタが怯えちゃうだろ。
「あら」
アリスだけはにこやかだ。それはそれで違うからね!?
「ふーん、なんでだ?」
視線でサエとクミを牽制しつつ、ヘンリエッタに応える。
「あなた様だけは、普段でもここにいる事が禁忌にならないからですぅ」
「え、そうなのか?」
「はいぃ~」
これには思い当たる節がないでもない。
ユスティスが言っていた道化の属性だ。その真意は“自由”だったか。
それがこんなところにも影響を与えているとは、つくづく何があるか判らないもんだなぁ。
「ま、ここまでの道程は把握したし、そういう事ならまた来るよ。要は話し相手が欲しいんだろ?」
「はい~、一人は寂しいのですぅ」
そういう事なら、と脇で聞いていたサエとクミも矛を収めた。やれやれ。
ついでに、
「わたし達も付いて来ちゃだめなの~?」
という、クミの問いには
「今が特別なのですぅ」
との事。
つまり今回は、世界の存亡をかけた事情故に例外的に認められたらしい。
「そういう事なら仕方ないか~」
と、サエとクミは引き下がった。
これ以上食い下がっても結果は変えられそうにないしな。
「あの体格差じゃ恋愛感情は生まれそうにないもんね~」
おいぃ!? 何の話をしている!?
「ああぁ、もう本当に時間がありません~、早く帰ってくださぁい!」
ヘンリエッタが痺れを切らした、その瞬間だった。
俺の脳裏にその映像が閃いたのは。
――重装鎧ごと腹を切り裂かれて倒れるフォルダン
――両腕を切り飛ばされ、のたうち回るルダイバー
――その脇には首を失ったカーティスの亡骸が倒れている
なんだ、今のは…
そう思ったのも束の間、すぐに映像は再開された。
――ラウを庇うワイルド
――庇ったワイルドごと二人を叩き潰す巨大な円形盾
――その円形盾を受け止め、しかし耐えきれず砕けるダグラスの槍
――為す術もなく殺された三人、いや六人
――彼らを一方的に虐殺した円形盾を持つ人影
その円形盾の表面には魔法陣が描かれており、魔法陣の中央には大きな目が据えられている。こんな魔法陣、見たことがない。
「俺の知らない魔法陣だと…」
そして、明確に敵対しているとなると、もう心当たりは一つしかない。
「早く帰って下さい」
真剣な表情で繰り返すヘンリエッタ。
つまり、今すぐ帰らないとこれが現実になると言うことか。
「ありがとう、ヘンリエッタ。すまないレディパンサー、後で迎えに行くから彼女たちを預かっていてくれ」
「え!?」
「ちょ、ちょっと、カミ君!?」
一方的に告げて、俺はアリス一人を伴い帰還を起動した。
サエとクミは慌てているが、文句は後で聞いてやる。
一瞬で緩衝地帯の迷宮最深部に着くと、俺はすぐに迷宮内を探査する。
ギルドには「そのまま」と伝えたが、実はこの迷宮はあれから俺の手が加えられていた。
別に意地悪でそうした訳じゃない。むしろ逆だ。
実は迷宮が俺の支配下に入った事で、クルーガンの実力が初級迷宮の護り手の枠を大きく越えてしまったのだ。
そのまま放置すると冒険者達は誰一人踏破できない難攻不落の迷宮となってしまう。
初級なのが売りの迷宮なのに、だ。
それに、俺が解除した罠や扉の鍵なんかも元に戻さないとならなかった。
そんな事情もあり、地下二十階以降は俺が新たに設定した新型となっている。
ちなみに新たな護り手は大蛇だったりする。
閑話休題。
そんな新生階層の地下二十三階に彼らはいた。
カーティス達“ビースト”とラウ達“夜に咲く花”が揃っている。
「ふう、間に合ったか」
六人とも無事だ、本気で安堵した。
ほっと息を吐いた、その瞬間――
大地が揺れた。
明らかに、この迷宮が原因だ。迷宮に異変が起きた。
「ギリギリだったか! すぐ合流するぞ!」
言うが早いか最下層の転移陣を起動する。
アリスの返事は待たなかった。
「ゼン様!?」
突然目の前に現れた俺にカーティスが目を剥いた。
「ゼン!」
「兄ちゃん!?」
「先生!」
それぞれが驚いた声を上げたが、ラウの嬉しそうな声が一番心に触れたな。
「ただいま、みんな」
とりあえず、戻った挨拶をする。だが、土産話をしている余裕はない。
「戻ってすぐで悪いが、全員戦闘準備だ。敵が来るぞ」
「敵!?」
俺の言葉にカーティス達が周囲を警戒する。
するとルダイバーが声を上げた。
「レニアの兄貴?」
そちらに注意を向けると、一人のオオカミ男が立っていた。
オオカミ男は、その手に巨大な円形盾を携えていた。
現在、体調崩してます。(夏風邪ではありません)
申し訳ありませんが、治るまで不定期更新とさせて下さい。