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閑話 密室の会話

その部屋には窓がなかった。


明かりを取り入れるには窓を大きく取るのが当然のこの世界において異質と言えよう。

部屋自体は大きくはない。そして質素だ。

飾りはなく、部屋内を照らせるだけの燭台が数本立っているだけだ。


彼らが席に着いているテーブルも同じで、質実剛健といった重厚さこそあるが、華美な装飾は皆無だった。

詰めれば十人は座れそうだが、そのテーブルには現在三人しか席に着いていない。

数ヶ月前までは五人が席に着いていたのだが、今は三人となっていた。

本音を言えば人数を増やしたいのだが、人選は難航している。減った原因が原因だけに安易には決められないのだ。


「いよいよですな。明日、王の…いや、我々の悲願が叶う」


この場に座る事を許された()()の内の一人、オズワルド・ハイアットが口を開いた。

飛ぶ鳥を落とす勢いで躍進を続けるペッテル国の外務大臣である。


「そうですね、明日の交渉次第ではそうなるでしょう」


オズワルド外務大臣の発言に応じたのは、この場にいる事を許されたもう一人――ロベルト・アシュトン内務大臣だ。


「交渉次第とは内務大臣も異な事を仰いますな。奴らは我らに経済を牛耳られ、武力においても勇者一人に手も足も出ない。彼らの選択肢は二つ――即ち服従か、滅亡か。であれば、どちらを選ぶかは決まっている」


そんな単純な話ではないと言いたかったのだが、実際その通りではあるので今度はロベルト内務大臣もその発言に反論しなかった。


「唯一人で万の軍勢を圧倒し、また伝説の宝石種ルビードラゴンを駆る機動性とカリスマ。考えようによっては獅子身中の虫になりかねない危険な人物だが……それを御するのもまた王の徳故ですかな」


勇者の危険性についても把握しているのなら文句もない。

ロベルト内務大臣とて意識して浮かれないように抑えているだけで、本音を言えばオズワルド外務大臣同様両手を挙げて万歳したいくらいなのだ。


「勇者か、確かにあの力は敵に回せば驚異だが……あれは内面がまだまだ子供だ。御する事は容易い」


この場の三人目。ロベルト内務大臣とオズワルド外務大臣をこの場のメンバーに選んだ人物が二人に応えた。


「さすがは我らの王ですな」


「さよう。実に頼もしい」


「だが」


ここで、自分が応えたことで更に浮かれる二人に釘を刺す。


「だからと言って決して勇者を侮るな。勇者の――その後ろにいる人物から見れば、我がペッテルも他国と変わらん。機嫌を損ねれば、ひねり潰されて終わりだ」


真に驚異なのは勇者本人ではなく、その背後にいる人物の方だ。


いや、()物と言っていいものか。

最後に口を開いた、この場の三人目――ウィルベルト・ガウデスエイス・ペッテル国王は、そんな事を考える。


異世界から召喚した勇者ショージの背後にいる人物こそ、今回のペッテル国躍進の道筋を描いた男だ。

即ち、ゼン=イチロー・カミン・クー。魔国の王子にして月の神の化身である。


「確かに魔国の王子ともなると軽率には扱えませんが、王がそこまで恐れるほどの人物なのですか?」


「発表こそまだですが、彼はシーラ王女とご婚約なされているとか。であれば、味方ではないのですかな?」


「婿殿の逆鱗に触れれば、この国など一日で滅ぶ。前回はシーラのお陰で事なきを得たが、我らとて婿殿からみれば他国と変わらぬ価値しかないのだ。努々忘れるな」


動乱を起こしたのは異界の神の使徒だったが、それをあっさりと片付けたのはゼン=イチローだ。

彼は使徒と使徒に操られた者たち数百人を一瞬で倒した。

それも殺したのは使徒のみ。操られた者は傷一つ付けずに昏睡させてだ。

それはつまり、彼は殺す相手を自由に選別できると言うことだ。

そんな事ができる者を敵に回したくはない。

王がそう考えるのも無理のない事であった。


「「なんと!?」」


自分達の掲げる王が、これほど恐れるとは信じられないと言った体の大臣二人。

王の言に疑問を持つなど、普段なら叱責するところだが、今回ばかりはそれも仕方なしとして、お咎めは無しとするウィルベルト国王。


しかし、ウィルベルトとしてはそうもいかない。件の人物が恐ろしいのは、その武力だけではないのだ。


(この経済戦争が、我がペッテルに向けられるところだったとは、今考えても身震いするわ)


つくづく和解できてよかったと胸をなで下ろさずにはいられない。

娘のシーラには、どれだけ感謝してもしたりないくらいだ。シーラがいなければ真っ先に潰されていたのは他ならぬペッテル国なのだから。


それだけではない。シーラが彼をこちらに引き込んでくれた。

勇者の後ろ盾となり保護するという要望を飲む必要があったが、それくらい何ほどのこともない。むしろ、あそこまで成長した彼らを味方にできるのなら願ったり叶ったりだ。


何より、彼がこちらに付いてくれたからこその今回の躍進なのである。


(この俺が十年掛けて手にできなかった覇権を、婿殿は半年足らずで成して見せた)


経済戦争だけで充分だった。

それだけで数年もすれば覇権が手の内に転がり込んできた筈だ。

だが、彼はそれに満足せず更なる一手を打ってきた。

それも遙か遠方の地から。


「――迷宮の意思か」


思わず口から零れた。


「フォーサイス国が遠征に失敗した件ですか」


そのウィルベルトの言葉にロベルトが応えた。更にオズワルドが加わる。


「獣人の領域に攻め入っただけに飽き足らず、魔物に追い返されたとかいう眉唾物の噂でしたな」


経済戦争により困窮したフォーサイス国が、攻略しやすい迷宮を求めて獣人の領域を攻めたが追い返されたという話だ。

しかも、獣人ではなく魔物に追い返されたという。それも犠牲者を出さずに。

魔物と戦って犠牲者なしとは考え難い。怖じ気づいて、戦わずに逃げ出したのだろうという噂で持ちきりだった。


「眉唾かどうかはこの際問題ではない」


兵士では迷宮は攻略できない。

この一点が重要だった。


ペッテル国が仕掛けた経済戦争により、迷宮の素材の需要が増えた。

国によっては兵力の大半を割き、攻略に注力するほどに国家の方針が大きくシフトした。

しかし、攻略は思うように進まない。


何故か?


迷宮とは魔物と戦うだけの場ではない。

迷宮と言うからには迷路でもあるのだ。戦争のようにはいかない。


しかし、それくらいならば人海戦術でもどうにかなる。

一番の問題は先に進めない事だった。


先に進めない。

即ち、罠や施錠された扉が彼らを阻むのだ。


罠は犠牲者を厭わなければ進めない事もないが、それを繰り返すと士気が下がる。

施錠された扉に至っては物理的に進めないのだ。成果が出ない上に士気も下がるし、散々な結果となった。

更に言えば、兵力を迷宮に割いた事により軍事力が低下した。

どの国も戦争をする余裕がなくなっていった。


そんな中、ペッテル国だけが結果を出している。

経済戦争を仕掛ける側だから当然と言えば当然と言える。

しかし、元を辿ればその仕掛け人は魔国の王子なのだ。本来ならペッテル国も同様の弊害を受けて然るべきなのだ。


しかし、先だって冒険者ギルドを優遇する告知を出していたペッテル国には、大勢の優秀な――或いは有望な――冒険者が集まっていた。

しかも、迷宮の攻略だけで生活していけるのもペッテル国だけだ。


冒険者ギルドはどの国にもあるが、素材を加工する技術や素材の組み合わせによる魔道具作成ができるのもペッテル国支部だけとくれば、集まらない方がどうかしている。

ペッテル国には、兵力を割かなくとも迷宮攻略が可能な下地ができあがっていた。


ペッテル国には迷宮が四つ存在するが、しかし冒険者達から盛んに攻略されているのは初級迷宮だけである。

それを知った他国は、挙って初級迷宮を求め始めた。

その一つがフォーサイス国による緩衝地帯侵攻だったのだが、結果は散々である。

その原因が、冒険者でなければ迷宮攻略ができないせいだと言うのだから、益々冒険者の需要が増えるのも当然だろう。


ちなみに、ペッテル国で初級迷宮だけが攻略される理由は単純である。

ゼン=イチローがギルドに、暫くは初級迷宮だけを解放するべきと忠告した事と、彼を含めた勇者のパーティーザヴィアによる踏破によって閉ざされた扉が全て解放されたため、後進が攻めやすいと言う事情だ。


とはいえ、それは公開されていない情報であり、他国が知らないのも無理はない。







ウィルベルトには、全てがゼン=イチローの意のままに動いているとしか思えなかった。

そして、神でなくとも可能な作戦である点こそがもっとも恐ろしい。


確かに、かつてのウィルベルトは勇者と魔国という今回の作戦の肝になる二つの要素を持っていなかった。

しかし、ゼン=イチローならばその二つがなくとも別の方法で成してしまうのではないか。

彼には、そう思わせるモノが確かにあった。

そして、そのやり口がウィルベルトと重なるのだ。


いくら愛娘の選んだ婿とは言え、それだけではウィルベルトも彼を認めたりはしない。

確かに彼が神の一柱であった事には驚いた。だが、神であればいいという話でもない。


彼は武力一辺倒の他国の王達とは違う。

武力は必要な要素だが、普段それは使わず匂わせるだけに留め、交渉による根回しとそれを支える知力こそが彼の本流なのである。

そのやり方にこそ、ウィルベルトは惚れた。


彼は自分と同じ考え方ができる人物なのだ。これを手放す理由はない。むしろ、是が非でも取り込まなければならない人物だった。


(そして、取り込んだ結果がこれだ)


悲願であった覇権。首長国が、すぐ目の前にあった。


「――とは言え、アークランドは手も足も出せまい。明日、我がペッテルが首長国となる」


王の言葉に二人の忠臣が頭を垂れた。

その様子を見下ろしながらウィルベルトは思う。


これで終わりではない。

悲願ではあったが、それは手段であり目標ではないのだ。

ウィルベルトの野望は、ここから始まるのだ。







 

こそっと投稿。

五章は、もう少し待って下さい。

途中まで書いたのをやめて書き直してます。


※追記

 忠信 → 忠臣 に修正。

 

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