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04-16 世界樹の巫女

岩戸の穴をくぐると、その先は洞窟が続いていた。

ちなみにシャドウは外でお留守番だ。この先は安全と考えていいって事か。


しかし、洞窟と聞いてイメージするごつごつした感じは全くなく、しっかりと整備されていた。

もう通路だな、これは。


十分も歩いたろうか、やがて先に光が見えると、すぐに深い森の中の陽だまりのような場所に出る。


「おー、これが世界樹か」


そこには、先ほどの岩戸も凌ぐ巨大な樹が聳え立っていた。


「ようこそお出で下さいました、ムーンジェスターさまぁ。歓迎いたします~」


これ以上曲がらないところまで首を曲げてもてっぺんが見えない樹を見上げている俺に幼げな声がかかる。


「む、世界樹の巫女か」


心当たりは一人しかいない。

そしてそれは正解だった。


「はい~。私はヘンリエッタと申します~。今代の巫女をしています、よろしくお願いしますねぇ」


「ああ、こちらこそよろしく。――と、それはいいんだが」


「はい~、どうかしましたか~?」


「君、どこにいんの?」


「ええ~っ!?」


そうなのだ。声はすれども姿は見えず。

声は聞こえるので会話は成立するのだが、姿が見えないとどうにも落ち着かない。


「ここです~っ」


「だから、どこ?」


俺だけに見えないって訳でもないだろう。事実、アリス達もきょろきょろしている。

するとレディパンサーが笑いを堪えているのに気が付いた。

そうか、彼女は一度来た事があるから事情を知っているんだな。


クイクイッ


俺の視線に気付いたレディパンサーが足下を示す。


「ん?」


指示通り、足下を見ると掌サイズの美少女フィギュアのような少女が()の影にいた。

もう一度言う。草の影だ。樹の影ではない。


「ちっさ!」


「わぁ~、コロポックル?」


「私はノームですぅ~」


てことはコロポックルもいるのか、この世界。


「うわぁ、うわぁ~、かわいい~」


「ちょっとクミ、失礼でしょ」


騒ぐクミをサエが窘めると、クミは漸く自分の態度に気が付いたようだ。


「あ、ごめんなさい、つい」


「いいえ~、悪気がないのは分かっていますから~。むしろ好意的に感じて下さっていて嬉しいです~」


世界樹の巫女――ヘンリエッタと言ったか――は特に気を悪くした風もなく、ニコニコと笑顔で対応してくれた。

こんな扱いに慣れてるのかな。


「その姿勢だと首が疲れるだろ、こっちとしても話し辛いから目線を合わせて欲しいんだが」


さっき世界樹を見上げていたからこそ分かる、その辛さよ。


「ええっと、でもでも~、丁度いい高さに枝はありませんし~」


あうあう、と悩むヘンリエッタ。

親切心からの提案だったんだが、どうやら丁度いい高さの物がないらしい。

世界樹は大樹だけあって下の方に枝はない。その上、陽だまりができるくらいに森の木々はぽっかりと穴が開いた状態なのだ。


「失礼じゃなければの提案なんだが、手の上でもいいか?」


そっと手を差し出してみる。


「ありがとうございます~」


ヘンリエッタは、全く躊躇う素振りも見せず、ひょいっと掌に乗って来た。

やはり慣れているのか。


「重くありませんかぁ?」


「いや、まったく」


「よかったですぅ」


全く重さがないとは言わないが、体重百グラム切ってるだろ。負担は全くと言っていいほどにない。


「話を戻すけど、待っていたって事は俺達が来るのを知っていたんだな?」


「はいぃ~。そちらのレディさんが以前来る、その前から分かっていましたぁ」


随分と舌足らずな喋り方だが、ヘンリエッタは大きさを別とすると、まだまだ子供の容姿であり、その外見に似合っているとも言えた。


「それはやはり、世界樹からの情報なのかな?」


何となく、こちらの対応も子供に対する物と同じになってしまう。


「はい、そうですぅ」


が、その答えを聞いてちょっと気を引き締める。

初めから分かっていたとなると腑に落ちない点が出てくるからだ。


「では聞くが、俺達がこの妖精の地に来てからしてきた事に、どんな意味があったんだ?」


ヘンリエッタは黙って俺を見詰めている。

その目には憤りも戸惑いも呆れもない。ただ黙って見詰めてくるだけだ。

その佇まいに俺も再度認識を改める。

子供のような容姿をしていても、ヘンリエッタは巫女だった。


あの時、あの口ぶりから言って、ユスティスはこの場所を知っていた。

岩戸の入り口を開く術は確かに知らなかったが、場を清浄にするなら俺にだってできる。

だいたい、世界樹の巫女が妖精族から選出され、それが昔話に出てくるほど浸透しているなら、巫女から妖精族へ協力要請を通達して貰えばよかったのだ。

それだけでドワーフはおろか、全ての妖精族から協力を得られたに違いない。


「わざわざこんな手間をかけた理由はどこにある?」


俺は再度問いかける。

すると、ヘンリエッタは漸くその重い口を開いた。


「この場だけの会話とし、ここを出たら秘する事を約束して下さいますか?」


そこには、先ほどまでの舌足らずな口調は(なり)を潜め、神々しさすら漂わせ始めたヘンリエッタがいた。


「元から、そのつもりだ」


俺はそんなヘンリエッタに臆する事なく、即答する。


「チロがそう言うなら、私は誰にも言わないわ」


「あたしも同じく」


「わたしも~」


アリス達も俺と同じ答えを返す。

が、一人レディパンサーは逡巡していた。


「この場所を口外したアタシが言っても信用ないだろうねぇ」


そんなレディパンサーにヘンリエッタは言う。


「いいえ。あなたはムーンジェスターさまをここへと誘う役目を負っていました。それは正しい選択をしたという事ですよ」


「――そうかい。ならアタシにも聞かせておくれ」


「はい~」


ちょっとだけ神々しさを纏っていたヘンリエッタが、また舌っ足らずな口調へと戻した。

切り替え可能なのかよ!? だったら、ずっとそのままでいようよ!


「必要な()()でした」


心の中でツッコミを入れていたら会話が進んでいる。

遊んでないで集中しよう。


「何のための手順だい」


俺の代わりにレディパンサーが問い返してくれた。

やっぱ気になるよな。


「来たるべき戦いのための」


おや、また切り替わってる?


「それは外界の神(アウターゴッド)との戦いの事だな?」


「はい、そうです~」


ガクッ

こいつ切り替えてるんじゃなくて、これが素なのか!


「外界の神か……そりゃ、アタシの手には負えない話だねぇ」


レディパンサーは自分の関われる話ではないと判断したようだ。

が、俺はそうもいかない。


「必要な手順ね。つまり、それをしなければ勝てないって事だな?」


「はい。負けはしなくとも、勝利を手にする事はできない。彼の神はそんな相手なのです」


「なら、これで勝てると?」


「そのために必要な要素を手にした、というところでしょうか~」


つまり勝利は確実ではない。勝つためのピースが揃っただけ、か。


「と言うことは、今後の行動次第では負けもあり得るのか…」


「はい~、未来は常に揺れ動いていますぅ」


それは、むしろありがたいけどな。

運命が決まっているなんてぞっとしない話だ。

そんな事になったら生きていく楽しみがなくなっちまうよ。


「常に最善の手を考えて、そうなるよう努力する……ムーンジェスターさまがいつもしていらっしゃる事ですよね?」


「…まぁな」


「ですから、私は皆様方の勝利を信じています」


言葉にすると実に胡散臭いし、人に言われると照れくさい。

でも、確かに俺はそう考えて実行してきたという自負がある。

常に、というのは大袈裟だけどな。

結果にしても、それが最善だなんてうぬぼれる事はできないものばかりだ。


「だからこそ、結果なんて知らない方が努力できるってのは分かる話だ」


「確かに、勝てる可能性があるって分かっただけで充分よね」


「そうだね~」


やる事は変わらず、いつも通り。それでいい。


「聞いてくださいぃ~!」


俺達が決意を新たにしているとヘンリエッタが俺の手の上でドタバタと暴れていた。

駄々っ子か、お前は!?


「どうしたよ?」


「私を無視して話を進めないで下さいぃ~!」


「なんだよ、無視なんてしてないだろ。人聞きの悪い事言うなよな」


「しましたぁ! 私の決め台詞をスルーしましたぁ!」


子供かっ! 駄々捏ねやがって!

――ああ、子供か、しょうがないなぁ。


「分かった、分かった。もう一度聞いてやる。やってみな」


「はいぃ!」


俺がやり直しを勧めると、ヘンリエッタは輝くような笑顔を向けた。ちょろい。


「いいですかぁ、いきますよぅ? ――私は皆様方の勝利を信じています(キリッ)」


ドヤッ!


うん、ドヤ顔だ。これ以上ないくらいの。


「満足したか?」


「はい~」


「よかったな」


「ありがとうございますぅ」


うん、ポンコツだ。紛れもない、本物のポンコツ。


あ、そうか!

こいつ誰かに似てると思ったら、シュルヴィに似てるんだ! ポンコツ具合とかそっくりだ!


「お手軽ね。最初に感じた神々しさが微塵もなくなっちゃったわ」


「可愛くていいよ~」


そこ、気付いても黙っててやれよ。




――しかし、皆様方と来たか


やはり、戦うのは俺だけじゃないんだな。

ここまでの経緯からそんな気はしていたが、面子を考えると頭が痛い。

けどまぁ、それは後で悩めばいい話だ。


「ウホン! ま、必要な手間だったのは理解した。今度は本来の目的の方だ」


元々ここには、その外界の神の居場所を探りに来たんだ。それを忘れちゃ本末転倒も甚だしい。


「はい~、それなら問題ありません~」


ヘンリエッタは分かっています、と言った感じで胸を張った。




とは言え。

こうして尋ねてはいるが、実は俺にはある程度の推測ができていた。


奴がこの世界にとって異物だから感知できていたというユスティス。

奴がこの世界の一部になったから感知できなくなったというユスティス。


よく考えれば、それは矛盾している。

この世界の一部になったのならば、絶対神となったユスティスに感知できないのは、むしろおかしいのではないか?


推測だが、この世界において絶対神に感知できない場所が確かにある。

それは例えば――






「人間の領域――“陽の迷宮”内です」






――神の体内とも言うべき、本迷宮の中だとか。







 

四章終わり。

五章“陽の迷宮”にて、に続く。


…なんですが、五章開始まで少し時間を下さい。

 

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