04-14 不治
レディパンサーの言う、あの子――真の制作者ウィルデカットは世界樹とアクセスし、気が触れた。
彼女はそう言ったのだ。
「だけど、それじゃあの作品群は? あれは、それ以前の作品って訳じゃないんだろ?」
「無論さね。あれらは世界樹との接触以降、あの子の手で作られた物さ」
「ならどうやって……?」
「あの時、気が触れたあの子を落ち着かせようとしたけど叶わなくてね。あの子は真面な言葉を口にせず、もっぱら唸りながら只管作品を作り続けるようになっちまったのさ」
「作品を?」
「ただただ作り続け、限界を迎えると気絶するように眠るのさ。そして起きると、また作り続ける。それを繰り返す毎日だ」
言葉も通じず、ただ物を作り続けるだけの狂人か…
「帰ってきたあの子を見たポンテールは怒り狂ったよ。ポンテールは世界樹との接触に反対していたからねぇ。それ見た事かと叱られたもんさ」
姉と慕っていたと言うなら、然もありなんって感じだな。
「アタシは一方的に絶縁され、それっきりさ。ポンテールは、あの子を引き取って養っている。アタシは世間に理解できる程度に抑えた作品作りで、すっかり評判になっちまった。左団扇の生活だよ。でも、ポンテールは売れないままだ。仕方ないよ、彼女は世界樹に触れない事を選んだからねぇ」
なるほど、解ってきた。
「そうか、それでポンテールはウィルデカットを真似た作品を作り始めた」
「そうさ。だけど、それだけでは売れないよ。あの子の作品はこの時代にはそぐわないからねぇ」
「そこであんたが手を貸したんだな? ウィルデカットの作品を買い取る事を提案した」
「その通りだよ。あの子の作品なら、あの子の子供も同然だ。会えないあの子の代わりに身近に置いておきたいと思うのは自然な事だろう?」
自嘲気味に笑うレディパンサー。だが、その目は笑っていない。
ウィルデカットが心配で心配で仕方ないと訴えている。
「だけど、ポンテールはそれをよしとしなかった。ウィルデカットを養うために渋々従ってはいるが、隙あらば他の収入を得ようと模索している」
「そうみたいだねぇ」
そうしているうちに、あの村にウィーラーが現れた。
幸い? ウィーラーは辛うじてポンテールの作品に価値を見いだせる程度には鑑識眼を持っていた。
ポンテールは自分の作品を売るついでに、ウィルデカットの作品も一緒に売っていたんだ。
比較的大人しい、一般人にも解るかもしれない程度の作品を選んで。
恐らくは新規の顧客を開拓するために。
「アタシが知っているのは、そこまでだよ」
長い長い話を終えて、レディパンサーが終わりを告げた。
おい、ちょっと待て。
「まだだ。俺が一番知りたいのは、その世界樹への道筋なんだよ!」
「アンタ、アタシの話を聞いていなかったのかい!? あれは触れてはいけないモノなんだよ!」
俺の要望を聞いたレディパンサーはクワッと目を見開いて威嚇する。
聞いてたけど、問題ないと思うぞ?
だって、
「俺が知りたいのは未来じゃない。現在だ」
厳密には少々過去から現在だな。
「何だって!?」
「ここまで話してくれたんだ。礼の意味を込めて俺の正体を教えよう。ついでに俺が抱える事情もな」
「アンタの、正体…? 魔国の王子ってだけじゃなかったのかい?」
「俺のもう一つの名はムーンジェスター。“月の神”…いや、今では“夜の神”になった魔神ユスティスの化身だ」
「神の化身だって…? アンタ正気かい?」
「いたって正気だよ。世界樹への道は妖精族にしか開けず、その場所も極秘なんだろ?」
だからこそ、こんな手間を掛けてまで調べているんだ。
「いいのかい、そんな事まで言っちまって? アタシが拒否したらアンタは道を失うんだろうに」
脅しのつもりか? その手には乗らんよ。
「狂人なら気後れせずに支配できるからなぁ」
「アンタ!?」
効果は覿面だった。
レディパンサーは酷く憤慨しているが、同じくらい動揺もしている。
無論、そんなつもりは毛の先ほどもないけどね。
この期に及んで心理戦を仕掛けようとしてきたから一蹴しただけだ。
「なんて奴だい、まったく……分かった分かった。アタシには勝ち目がないと思い知ったよ。――だから、あの子には手を出さないでおくれよ」
「お前が協力するというなら、いいだろう」
「まったく、なんて神だろうね」
「世界がかかっているんだ。お前の事情など知った事か」
別に、これも本気で言ってる訳じゃないんだけれども。
こいつに下手に出ると尻の毛まで抜かれそうで油断できないんだよな。
「この世界がかかっているって? 何の話だい?」
「あー、つまりだな――」
そのつもりだった事だし、丁度いいからこちらの事情を話してやるとしよう。
「それを先にお言いよ! そういう事なら話は別さ。いくらでも協力してやろうじゃないかね」
いや、先に言っても、たぶんお前さん信じなかったよね?
この手の自分に絶大な自信を持つ輩は、一度そのプライドを折ってやらないと人の話は聞かないと、相場は決まっているものなんだ。
「でも、そうかい。アンタは月の神の化身か……」
「どうした?」
「もしかしたら、アンタならあの子を救えるんじゃないのかい?」
「あー、うん。それは俺も考えた」
「なら――」
「だが、まだ判らない。一度直接会ってみない事には判断できないな」
「なら、会えば判るんだね?」
「そうだな」
治るのか、治らないのか。
または――治していいのか、悪いのか。
「待ちなよ、それはどういう意味だい!?」
「落ち着けって――気が狂うってのはさ、悪い事ばかりじゃないんだよ」
これは本当だ。
でも、中々理解されないんだよな。
「バカをお言いでないよ! 気が触れていい事なんてありゃしないだろうさ! 現にあの子は一人じゃ暮らせないんだよ!」
ほら、こんな風にね。
「今回、ウィルデカットの気が触れた原因は何だった?」
「さっき話しただろう、未来の知識を詰め込んだからさ」
「詰め込み過ぎたんだろ? なら、その負荷を和らげるために気が触れた可能性がある」
「――そ、れは…」
理解できない知識を詰め込まれて発狂したのか、それともそれを回避するために気が触れたのか。
結果的に同じに見えても、意味が全く逆の場合がある。
治療するなら、そこをハッキリさせておかないと逆効果になるかもしれない。
「まずは会ってみてからだな。ウィルデカットにとって一番いい方法を探ろう」
「――そうだね、そうしておくれ」
レディパンサーは唇を噛んでいる。
思いもよらなかったって顔だな。
「シャドウ、お聞きだね? 彼らに協力しておやり」
「畏まりました、レディ」
相変わらず上から物を言うレディパンサーだが、それに応えるシャドウは粛々としている。
取りあえず、こいつらと協力関係を持てたのは間違いないようだ。
せっかくなので、その晩はレディパンサーの家――『レディパンサーデザイン事務所』と言うらしい。ちなみに場所は王都だった――にお泊まりし、シャドウの操る馬車に同乗してポンテールの屋敷に向かった。
馬車とは言え、半日足らずで到着するからには随分近いと思ったのだが…
「ずいぶん飛ばすなぁ」
「凄く速いねー。それなのに全然揺れないよ?」
「サスが利いているんだな。揺れを吸収する機能があるんだ」
「いいなー。ね、チロ、これ欲しい。きっとお姉ちゃん達も欲しがるよ」
確かにいいな、これ。アリスもこう言っているし、今度個人的に発注しようかなぁ。
王家専用とかにすれば高性能過ぎる事もバレないだろうし、ベル母様や姉達も喜んでくれるだろう。前向きに検討しよう。
「まぁ、飛ばしているのは確かだけど、それで着くんだから、村との距離はそんなにないんだな」
「そうだねー」
アリスは大分リラックスしてるな。口調が素に戻ってる。
でも、油断はしていない証拠にサテライトは絶賛稼働中だ。
しかし、そんな心配は要らなかったようで、道中何事もなくサエとクミの待つ村へと戻る事ができた。
「あ、サエとクミがいるよ」
「どれどれ。あ、本当だ」
村に着き、ポンテールの屋敷に近付くとアリスがサエとクミを発見した。
真面目な二人の事だ。頼んでおいた監視をやってくれているんだろう。
せっかくなので一緒に行こうと誘ってみる。
と言うか、ここで誘わないとバレた時が怖い。
「シャドウ、馬車を停めてくれ。――おーい! サエ、クミ-!」
サエとクミはすぐに気付いてこちらへと駆けてくる。
「はーい、サエ、クミ。ただいま」
アリスが陽気に挨拶した。
浮かれてるな。そんなに馬車の旅――半日だけど――が楽しかったのか?
「カミ君! 戻ってきたんだね。アリスちゃんも無事でよかったよ~」
「って言うか、これって例のエルフの馬車じゃないの…?」
サエが馬車と御者の正体に気付き、恐る恐る質問してきた。
「大丈夫だ、和解したから。さあ、乗った、乗った」
「もう! 心配してたのよ?」
サエは安心半分、呆れ半分といった様子だ。
「分かってるよ。だから無事に戻ってきたろ?」
そう言って俺はサエを馬車に上げると、そのまま抱きしめた。
「きゃぁ! 何なに? どうしたの?」
サエは慌てている。
これは、あれだ。出掛ける際に決めていた俺の決意だ。
出がけのサエが可愛かったので帰ったら抱き締めようと決めていたんだ。
「はいはい、暴れない」
ぎゅう
「はうぅ」
サエらしからぬ呻き声だが、それがまたそそる。
観念したのか静かになった。抱きやすくなっていい。
「あ~! サエちゃんばっかり~」
こっちに気付いたクミが声を上げる。
「はいはい、クミもな」
ぎゅう
「はぅん」
クミも抱いてやると鼻から抜けた変な声を出していた。
うん、平和だ。
ポンテールの屋敷に着くまでに――さすがに村に近付いてから、馬車は速度を落としている――その時間を利用して、サエとクミに夕べからの出来事を話して聞かせる。
「未知の知識を得たがための発狂か…」
「なんだか教訓めいた話だねぇ」
確かに、過ぎたモノを求めると手痛いしっぺ返しを喰らうってのは、昔話なんかによくあるよな。本好きなクミらしい感想だ。
「着いたぞ、降りろ」
そうしている内にどうやら着いたようだ。
それにしても、
「愛想を振りまけとは言わないが、もう少し何とかならないのか、その物言い」
「む、そうか……そうだな。善処する」
「へ?」
自分から振っておいて何だが、そう返されるとは思わなかった。
間抜けな反応を返してしまったぜ。
「私のこれは、ただの病気だとお前は言った。それは本当だったのだな……お前の仲間は、私を警戒はしても気味悪がらない」
「ま、事実だからな」
サエやクミのような優等生は差別を嫌う傾向にある。病気だと分かっていれば尚のことだ。
今回はそれが上手く働いたようだった。
そんなシャドウを先頭に、俺達はポンテールの屋敷へと訪れた。
「昨日の今日で何の用だい。だいたいそっちの連中は出禁だよ」
「レディの命により、彼らをダーマ・ウィルデカットに面会させる。通して貰うぞ」
「勝手な事をお言いでないよ! 誰があんな女の頼みを聞くものかね!」
「頼みではない、命令だ」
おいおい、俺が言うのも何だけど、それじゃ絶対聞いて貰えないと思うぞ。
とは言え、出禁を喰らった俺が口を出しても事態は好転しないだろう。
大人しく見守るしかない。
「なおさら通せないね!」
「お前はダーマ・ウィルデカットが治るかもしれないと知ってもそう言うのか?」
「何だって!?」
「彼なら治せるかもしれない可能性がある。レディはそれに賭けた。お前はどうする」
「くっ…それが真実だという証拠は――」
「レディが信じた。お前とて、このままいつまでもいられるとは思っていないのだろう」
「それは…」
「だからこそ、外部に求めたのではないのか」
「っ!?」
ああ、ポンテールは獣人に商機を開拓したことを内緒にしていたんだな。
実際はバレバレだったみたいだけども。
外部に求めたのはウィルデカットの治療ではなく生活費だが、それはシャドウも理解している。
その上で敢えてそんな言い方をしたのだ。
結局、どんなに強気に出ていても、レディパンサーに作品を買い取って貰わなければ生活は成り立たないという現実は動かない。
元々立場はハッキリしていたって事だ。
屋敷の地下に連れられて行くと、そこには作品作りに没頭する一人の女性ドワーフがいた。
見た目の印象はレディパンサーより少し小さい。ポンテールと同じくらいか。
髪は結構長い。背中まである。
が、揃えられてはいない。伸ばし放題なのだろう。
「ぃぃいいいぁぁぁあああああ!」
初めて見たウィルデカットは奇声を上げながら石を削っている。彫刻だろうか。
一心不乱とは、これをいうのだろう。
そう思わせるほど、ウィルデカットはただただ集中して石を削っていた。
「どうだ?」
そんなウィルデカットを慎重に観察していると、シャドウが声を掛けて来た。
ポンテールもそれに気付き、こちらを窺っている。
俺は先ほどから入念にウィルデカットの精神状態を調べていた。
何度も何度も確認した。読み違いはない。
「ダメだな」
その上で告げる。
「これは治せない」
「っ!?」
ポンテールが息を飲んだ。
「そうか」
シャドウが落胆した。
でも、話はこれで終わりではない。
「彼女は狂ってなどいない。これでは治しようがない」
俺は真実を暴露した。