04-13 真の制作者
「付いといで」
敗北を認めたレディパンサーは席を立つと、俺達に付いてくるよう伝えた。勿論、彼女の背後には俺達を遮るようにシャドウが付いている。
誘われるままに部屋を出て廊下を歩いて行くと、そのまま階段を降りていく。
――三階だったのか
直に転移してきたんで、あの部屋がどこかよく判っていなかったのだ。
窓から見える景色では二階かなって思ってたんだよな。ま、それも仕方ないか。
一階に着くと、また別の部屋に入る。
「ここは……店舗か?」
先ほどの部屋ほどではないが、そこには様々な品が並べられていた。
小物や花瓶だけではない。ドレスやスーツなんかの服飾品も並んでいる。
「そうだよ、アタシの店さ」
「ふぅん」
それを俺に見せてどうしようと言うのか。彼女の言いたい事がイマイチ分からない。
そう思いつつも店内を眺めていると、
「――ん?」
すぐに違和感を覚えた。最近、馴染みになった違和感だ。
言葉にすると矛盾しているが、ここ最近――ハッキリ言ってしまえば、この妖精の国に来てから何度も感じているものと同じだった。
「気付いたかい?」
「ああ」
ここの品は違う。
俺が追って来た、緩衝地帯の出店で見たモノとは別物だ。
ポンテールの屋敷で見た物と同類だった。
「いや、それともまた違うな。あっちは贋作だが、ここにあるのは真作だ。ただ、俺が見たモノに届いていないだけで」
「凄いねぇ、一目でそれに気付けるのかい」
レディパンサーが感心している。
「むう」
アリスが唸る。
「アンタのツレは判っていないようだよ。やはり、アンタが特別なのかい?」
言われてみれば、そうかもしれない。
日本の実家には、この手の美術品や芸術品が沢山あった。主に爺ちゃんや母さんの趣味でな。
爺ちゃんの伝手で大物芸術家との繋がりも有り、和洋問わず多くの芸術と身近に触れ合ってきたのは確かだ。
「ここにある物は全てアタシが作ったモノだ」
ふむ。
では、さっきの部屋にあったモノは違うと?
いや、そう決めつけるのは早急だ。何故なら俺は、先ほどから違う違和感も覚えているからだ。
「もしかして、手を抜いているのか?」
そうだ。俺には、ここに並べられている物は、どれも本気で作られた物とは思えなかったのだ。
「ここにある物からは熱意を感じない。本物ではあっても、極みを追求した――己の限界に挑んだ凄みがない」
「見事なもんだね。その慧眼、恐れ入るよ」
こいつ、あっさり認めやがった。
「アタシが限界を追求するとねぇ、周囲が追いつけないのさ。世間に認めて貰えなきゃ物は売れないからね」
「だから、世間が理解できるレベルまで質を落としていると?」
「理解が早くて助かるよ。その通りさね」
「では上の部屋にあった物こそが本気で作った数々という事か」
先ほどの部屋にあった品々は、どれも本物の凄みがあった。
自らの魂までも削り、その作品に込めたような、制作者の本気が見て取れた。
そう、緩衝地帯で見た品と同じモノを感じたのだ。
「――バカな事をお言いじゃないよ。あれらは違う」
「は?」
予想外の答えに間抜けな声を出してしまった。きっと顔も間抜けだったに違いない。
くそ、この国は本当に油断ならないな。
「アタシの作品じゃないと言ったんだよ。あれらはアタシが本気を出しても届かない領域に到達しているんだよ。残念ながらね」
どういう事だよ。
漸く届いたと思っていたのに、また別人だったってのか!?
いや待て。
それにしたっておかしい。だったら、個人で発展した人物は二人いたって言うのか!?
とても信じられない。が、仮にそうだとしたら、いったい何処にいるんだよ!?
『買い込む食材の量がね、多いんだって』
突如、俺の脳裏にサエのセリフが蘇った。
サエが頑張って調査した結果を報告した時の言葉だ。
「そうか、ポンテールの屋敷……二人分の食料……」
「凄いもんだね、もうそこまで調べが付いていたのかい?」
俺の呟きにレディパンサーが驚いていた。
「その通りだよ、アンタの望む人物はポンテールの屋敷にいる」
「――そうだったのか」
しかし、それならそれで新たな疑問が生じる。
「俺達が追っていた人物がポンテールの屋敷にいるなら、お前の役割は何だ?」
真の制作者がポンテールの屋敷にいるなら、事はあの屋敷だけで完結していた筈だ。
だが、結果的に俺達はここで真実に迫ろうとしている。
「俺達が追っている人物とお前の関係は何だ。無関係って事は無いんだろう?」
「簡単だよ、あの子とアタシは親友なのさ。同じような価値観に似たような境遇。同じ目的に邁進した仲さね」
「では、ポンテールは……」
「ポンテールは、あの子を姉と慕っていたからねぇ。……アタシにはライバル心を燃やしているようだがね」
漸く関係性が見えてきた。
ずっと一人を追って来たつもりだったが、実は三人のドワーフが関わっていたのか。
「混乱する訳だなぁ」
「そうだね、チロ」
アリスの笑顔も心なしか疲れているな。
ま、状況は納得した。
本題はここからだ。一番重要な問いが残っている。
「で、アンタとその親友が種族に拠らず、個人で発展した理由は何だ」
「それは――」
ここまでスラスラと質問に答えていたレディパンサーが口篭もる。
「言え」
だがそれを許す事はできない。
恐らく、それこそが俺達が追っている核心なのだろうから。
さすがに俺にも解ってきた。
ユスティスは世界樹が世界の全てを記録していると言った。
そう、全てだ。
それはつまり、記録されているのは過去だけではなく、未来の事も含まれているのではないかという事。
全てとは本当の意味を以て“全て”なのではないか。
「世界樹にアクセスしたんだよ。アタシとウィルデカットの二人でね」
斯くして、レディパンサーの答えは俺の推測を証明するものだった。
ウィルデカットとはポンテールの屋敷にいるという、真の制作者の名だろう。
「世界樹ってのは、この世の全てを記録していると言われる大樹の事さ」
それは知っている。
が、ここで口を挟むのは野暮ってもんだろう。俺は頷くに留めた。
「アタシとあの子は自分達の境遇に不満だった。アタシ達の作品はどれも評価されず燻っているだけの毎日だった」
レディパンサーの顔が歪む。初めて見せる悔しそうな表情だ。
「そもそもの価値観が周囲とアタシ達とでは違うのだから、当たり前の事かもしれないねぇ。今でこそ、そう思えるようになったけどね。でも当時のアタシ達にはそうは思えなかったのさ」
レディパンサーの述懐は続いた。
思い悩んだ二人はついに禁断の行為に手を出す事を決意する。
妖精族には一つの言い伝えがあった。
世界樹。
それは、世界の全てを識る樹。
ドワーフを含めた妖精族は、代々その樹に幼い子を差し出していると言う。
世界樹の巫女。
世界樹の意思を妖精族に伝え発展の手助けとする一方で禁忌を伝え、越えてはならない一線を教示する。
そんな言い伝えだ。
だが、二人は禁忌など聞いた事がなかった。
世界樹の巫女など昔語りで聞かされるだけのお伽噺。そんな認識だった。
それでも、二人はそれに賭けた。
「未来を識り、それを活かした作品作りをする」
そして、それを以て世間に認めさせる。
――周囲と違う。ただそれだけ。
けれども、その疎外感による失意と、恐らくそれに数倍する確執があったのだろう。
容易に想像できる。二人は、そうしなければならないほどに追い詰められていたのだ。
二人は各地に伝わる昔語りを調べ、情報を集めた。
集めた情報を精査し、僅かな真実を繋げていく。
それを只管繰り返し、細い細い繋がりを辿って、数年をかけて世界樹へと辿り着く。
そんな二人を出迎えたのは今代の巫女。年端もいかない少女であった。
「ようこそお出で下さいました」
少女は二人を歓迎した。
二人がここへ来た目的を告げても、少女の態度は変わらなかった。
いや、恐らく目的など先刻承知だったのだろう。
世界樹の言い伝えが本当なら、それは容易く想像できた。
「その行為は本来禁忌なのですけど、必要な事ですから…」
巫女の少女がそんな呟きを漏らしたが、二人はそれどころではなかった。
願いが漸く叶うところまで来たのだから。
「それは想像を絶する苦痛だったよ」
何となく分かる。
それはもしかしたら、俺がこの世界に来た時に味わった苦痛と同じ類いの物ではないか。
生命体としての格を越えるとは、つまりそういう事ではないのだろうか。
その苦痛の先にこそ、一つ上の存在となるステージが広がっているのだ。
「知らない知識を無理矢理識らされるんだからね。気が狂うんじゃないかと思ったものさ」
真に迫る解説は止めて欲しい。
忘れていたあの苦痛を思い出してしまうじゃないか。
「それに、耐えて、耐えて、もう限界だ――ってところで戻ってきたのさ」
なるほど、それが個人で発展した真実か。
つまり未来の知識を先取りしたんだな。知識だけでなく理解も得られるなら、それは確かに発展と言えるのかもしれない。
「――だけどね、帰ってきたのはアタシだけだったのさ」
レディパンサーは言葉を続けた。
もう終わりだと思っていたので意外だったが、話には続きがあるようだ。
「あの子は戻ってこなかった。限界を超えちまったんだよ。――まだ大丈夫、もっと先へ――そう思っちまったんだろうねぇ」
この口ぶりは、更なる発展を遂げたって訳じゃなさそうだな。
「戻ってきたあの子は唸り声を上げるばかりだった。キョロキョロと怯えるように周囲を警戒してね。会話は成り立たなかったよ。あの子は気が触れちまった。
――心が壊れちまったんだよ」