04-12 レディ
「――わかった。アタシの負けだよ。そこまでにしちゃくれないかね」
そう言ったのは女ドワーフだ。
よく見れば、髪を赤、白、青の三色に染めている。
派手だな、おい! どっかの国旗かよ!
内心でツッコミつつも俺は安堵の息を吐いていた。
殺す殺すと何度も口にしていたが、別に本気で殺したい訳ではないのだ。
かと言って、こちらを殺そうとしてくる相手に殺す気はないと口にしても嘗められるだけである。彼女が強情を張るようなら、殺して見せなければならないところだった。
そうならずに済んで、本気でほっとした。やっぱり、こういうのは俺には合わない。
ちなみに、この女はこの部屋に転移した時から確認できていた。
逃げられないように、アリスに牽制して貰っていたのだ。
「いけません、レディ!」
先ほどまでの無表情をあっさりと破り捨てて叫ぶエルフ。余程この女が大事なのか、素が出ている。
状況からして分かっちゃいたけど、コイツの背後にいたのはこの女ドワーフで間違いないようだ。
「アンタはアタシに話を聞きたいんだろう? なら、シャドウは離してやってくれないかね」
その場限りの言い逃れではなさそうだ。その声音には真実の響きがあった。
「そういう事ならいいぜ。俺だって別に快楽殺人鬼って訳じゃないんだ」
そう言って、俺は指を鳴らす。
パチン
「!」
パン
チュイン!
「チロ!」
サテライトが銃弾を防ぎ、アリスが叫ぶ。
この野郎。
身体が自由になったと理解した瞬間拳銃を撃ってきやがった。
ま、そうなってもアリスのサテライトが防いでくれると信じていたからこそ解除したんだけど。
とはいえ、嘗められたままではこの後の交渉に響く。少し脅しを掛けておくか。
「“位相転移”――“生命奪取”」
短距離転移でエルフの背後に跳ぶと、生命力をごっそりと奪い取ってやった。
「シャドウ、およし!」
「し、しかし、レディ――」
「そこまでにおしよ。アンタは負けたんだ。潔くしな」
「―――畏まりました、レディ」
そう言ったエルフ――シャドウと言ったか――は、その曲がった背を抜きにすれば、見事と言う他ない姿勢と仕草で恭しく恭順の意を見せた。
生命力を削られ、今にも倒れそうな筈なのに大した精神力である。
「すまないね。もう手出しさせないから許しておくれ」
「了解だ」
「チロがそれでいいなら」
アリスも俺に倣い、矛を収める。
「アタシが言うのも何だが、ずいぶんと肝が据わっているねぇ、普通は疑うもんだ」
「疑いはしないが罰は必要だよな。だから奪った生命力は話が終わるまで戻してやらん」
「なるほど、そういう事かい。ふふ、だが気に入ったよ。アタシはレディパンサー。しがないデザイナーさ」
ふん、デザイナーね。
「俺の名はゼン=イチロー。魔国の王子だ。こっちは俺の嫁でクリスティーナ」
「よろしく」
俺の紹介にアリスはにこりと笑顔を見せる。
レディパンサーは頷いて話を始めた。
「なるほど、魔族かい。この世界で一番発展を遂げた種族だったね?」
「よく知っているな。その通りだ」
「それにしたって、アンタは別格に見えるね。いったい、どうなってんだい?」
話は始まったばかりだというのに、いつの間にか主導権を握っている。
やはり油断できないな。
「勘違いするな。話を聞くのはこちらだ」
釘を刺すとレディパンサーはニヤリと口角を上げた。
「いいねぇ、益々気に入ったよ。いきなり襲撃する度胸もあれば頭も切れる。それを裏打ちする実力と英知。ふふ、アンタの期待に沿える話を聞かせてやれればいいんだけどねぇ」
何でもお聞き――目がそう語っていた。
「まずは確認だ。ドワーフという種は芸術を解するほど発展を遂げていない。――そうだな?」
俺は周囲に置かれた芸術品の数々を眺めながらレディパンサーに問うた。
「ああ、そうだよ。アンタの言う通りだ。みな頑張っちゃいるんだけどねぇ、残念ながらそこまでは到達していないねぇ。見たところ、魔族はそこに至っているようだね。羨ましい事だよ」
ここまでは予想通りの答え。だからこそ聞かねばならない。
「ならば、それを理解できるお前は何者だ」
そこまで発展していないのならば、その種族にはそこに隔たる違いすら理解できない筈なのだ。
だが、この目の前の女ドワーフはその違いが解るという。
この国に来てから散々俺を悩ませたそれを放置して話は進められない。
何より、それこそが目的への近道なのだと俺の勘が告げていた。
「アタシはねぇ、小さい頃から異質だったよ。子供だから大人とは違う……幼いが故といったモノとも違う。周囲の大人達とは違う思考、違う行動原理。その一例が、そこのシャドウさ」
そう言ってレディパンサーは背後に立つエルフの男を流し見た。
シャドウはレディパンサーの執事、またはボディガード然としている。もしかしたら双方を兼ねているのかもしれない。
「続きを話す前に一つだけ聞かせておくれよ。アンタはこの男をどう見る?」
質問の意図が判らない。だが、無言という訳にもいかない。
レディパンサーは自らの立場を踏まえた上で聞いてきたんだ。この質問に答えなければ死んでも話さないという覚悟が窺える。
ターニングポイント――そんな言葉が頭を過ぎるが、恐らくレディパンサーが知りたいのは俺の為人だろう。
なら本心を告げるのが一番か。
「エルフの男。超一流の狙撃手。影の精霊憑き」
俺の返答にレディパンサーは落胆を隠さなかった。むしろ苛立ちすら感じる。
むう、外したか。他に何かあったっけ?
「アンタわざと言ってんのかい? そうじゃないだろう? シャドウの見た目さ。この異様な姿を初めて見た際に、アンタはどう思ったんだい?」
「特に何も。そもそも、ただの病気だろ。気の毒とは思うがな」
確かに見た目のインパクトはあるだろう。気味悪がられる事も多いに違いない。
しかし、その本質はただの病気だ。
病気には自分で気をつければ避けられる物と、自分ではどうやっても避けようがない物がある。
シャドウの場合は明らかに後者だ。
生まれる場所を自分では選べないように、人生においては自ら選べないモノが多い。
極論だが、言ってみれば俺が虐められた背景とシャドウの病気は同じって事だ。
どうしようもなかったって意味でな。
俺の言葉に、レディパンサーより彼女の背後にいるシャドウが動揺した。
明らかに気配が乱れたな。
「本気で言ってるのかい!? ――しかし、そうか……それこそが発展の恩恵なんだね」
レディパンサーは一人で何やら納得しているが、たぶんそれは違うと思うぞ。
隣のアリスはよく分かっていないし、地球にだって差別する奴はいる。
俺は、たまたま“くる病”の事を知っていたのと、自分が差別される側にいた経験があっただけだ。
「シャドウはね、エルフの中でも精霊使いとして特に抜きん出た才能を持ちながら、その容姿から種族を追放されたのさ」
あー、ありがちだな。
――ん?
「待て。今、種族って言ったか?」
集落とか村とか一族じゃなくて?
「そうだよ。エルフという種からも見放されたのが、このシャドウさ」
「それはまた、何と言うか……壮絶だな」
田舎の閉鎖的な村とか言うならまだ分かるが、種族全体から拒絶されるってのは……俺の中のエルフ像が音を立てて崩れていく。
「アタシはシャドウを気持ち悪いとは思わなかった。ただの個性と感じたのさ」
なるほど、そう繋がるのか。
「アタシはね、見た目こそ同じだけど他のドワーフとは違うのさ。それこそ、そこのシャドウと同じように種族から追放されてもおかしくないほどにね」
今の話に嘘は見えない。この女は本当の事を話している。
だからこそ、この女ドワーフの性格が分かってきた。
「――で?」
そんな戯言で俺が納得するとでも思ってんのか、この狸が!
「で、とは?」
「とぼけんな。俺はそんな話を聞きたい訳じゃない。お前が種を越えた発展を遂げた理由を聞いたんだ」
「アタシは嘘なんか言っちゃいないよ」
ああ、そうだろうさ。そんな事は分かっている。
俺に嘘は通じない。安易な嘘はすぐバレる。
「そうだな。決して嘘ではない」
だが、俺は知っている。
この真偽を見抜く能力も万能では無い事を。
――レディパンサー、こいつは俺と同じだ
「だが、真実でもないだろう?」
決して偽らず、しかし決して本心は教えない。
慎重に慎重を重ね偽らず、しかし真実を隠し通す術を知っているのだ。
「!?」
「お前が今話したのは、お前がその道に進む切欠になっただろう過去にすぎない。俺が知りたいのは、お前個人が発展した理由だ」
レディパンサーは黙って俺を見ている。
その目の光は強い。睨み付けていると言ってもいい程だ。
「他の奴なら引っかかったかもしれない」
いや、この世界の奴なら間違いなく引っかかっただろう。
「だが、これは俺の得意分野だ。運がなかったな」
諦めろ。
暗にそう伝える。
「二度もルール違反を犯すのはアタシのポリシーに反する。それでも聞かずにはいられないよ。アンタこそ何者だい?」
「一度は認めた。だがそれを続けるのは、お前も言った通りルール違反が過ぎる」
別に教えてやってもいいとは思ったが、コイツに対してそれは悪手な気がした。
今後も踏まえて、厳しい対応を選択する。
「ふぅー」
長い溜息の後で、
「――――――分かったよ。今度こそ本当にアタシの負けさね」
更に更に長い間を空け、今度こそレディパンサーは自らの敗北を認めた。
※追記
もう手出しさせなから → もう手出しさせないから 脱字修正。