04-11 逆襲
今後の見通しにそこそこ納得した俺は、アリスと共にポンテールの屋敷を後にした。
宿へと帰りながら今夜の襲撃について打ち合わせをする。
そう、今度はこちらから仕掛けるつもりだ。
ポンテールの記憶は弄っていない。そのまま放置だ。
彼女がどう感じて、どう動くかも調査の対象になると思ったからだが、そっちはサエとクミに任せようと思う。
宿に帰ると、サエとクミは先に戻っていた。
「カミ君、今までどこに行っていたの――!?」
「ああ~! またアリスちゃんばっかり贔屓して~」
部屋に入るとサエは絶句し、クミは文句を言ってきた。
宿に戻るまでの間――と言うか今もだけど、俺はアリスの肩を抱いていた。そして、アリスの腕は俺の腰に回っている。
これは別にアリスに強請られたからじゃなく、必死に俺を守ってくれた彼女を愛おしく感じたのでそうした。で、その状態のまま部屋に戻っただけだ。
「あ、あたしは、まだそんな…肩を抱いて貰った事なんてないのに……」
サエはなにやら悔しそうだ。
あれ、そうだっけ? うーん、確かに外ではしてなかったかも。
「カミ君、なんだか機嫌良さそう……何かいい事でもあったの~?」
「ああ、確実に前に進めるだろうネタを仕入れたよ」
「え、そうなの?」
「うん、ちょっと――いや、だいぶヤバかったけど、アリスのおかげで何とかなった」
「だからなのね――部屋に戻ってきたんだし、いい加減離れたら?」
セリフの後半を、少し恨めしそうな目で俺とアリスの肩を眺めながらサエが言った。
おっと、まだ肩を抱いたままだったか。
「あーあ、終わっちゃった。サエ、嫉妬も程ほどにしないとチロに逃げられちゃうよ?」
「え……ええっ!?」
俺が肩に回していた腕を外すとアリスが残念そうな声をあげ、サエが焦っていた。
「あのね、サエ。こういう場合は嫉妬するより自分も一緒に甘えちゃうのがコツなの。そうしたらチロはきっとサエの肩も優しく抱いてくれるからね」
「そ、そうなの!?」
俺の目の前でそういう会話をしないで欲しい。聞こえている以上、しないという選択肢は選べないだろうに。
「いいね~。それは是非わたしもお願いするよ」
ついにクミまで混ざってきた。
「はいはい…」
俺はもう頷くしかない。とほほ。
夕飯後に部屋に戻ると、俺はサエとクミに昼の件を詳しく話して聞かせる。
「ふーん、時代を先取りした衣装に身を包んだ狙撃手か。なんで狙撃なのかしら?」
「俺みたいに探ろうとちょっかい出してくる奴を闇に葬ってるのかもな」
明らかに手慣れていたし、何より数キロも先の標的を正確に撃ち抜ける狙撃ライフルなんて魔国ですら作れはしない。
そんなモノを堂々と使ってくるような奴だ。確実に事情を知っている。
「それにしたって白地よね」
「ま、それも含めて今後の調査だな。早速、今夜アリスと行ってくるから、二人は留守番よろしく」
昼は醜態を晒したが、月さえ出ていればどんな状況だろうが遅れは取らない。
これからは俺の時間だ。例え相手が狙撃手だろうが、暗殺者だろうが、夜は俺に味方する。
「ちょっと、アリスばっかり贔屓しないでよ」
「仕方ないだろ、アリスは俺と一緒じゃないと威圧をバラ蒔いちゃうんだから」
前にも言ったが、サエとクミにはアリスの威圧の事は説明済みだ。今後、魔国の家族と会う事もあるだろうし、身内に秘密にする意味もない。
「一緒に連れて行ってくれてもいいじゃない」
やっぱりそう来るか。ま、予想通りだ。
ここで俺は予め用意しておいた言葉を告げる。
「狙撃手と俺達が争っているところをポンテールも見ている。それに、その直前の狙撃についても知っているはずだ」
あいつは屋敷から撃っていたんだろうしな。
「戦闘を見られた事で、その狙撃のターゲットが俺達だった事も知れた訳だ」
「そうでしょうね」
「だからさ。それを知った上でポンテールがどう動くか、それをサエとクミで調査して欲しいんだよ」
俺達がただの買い付け客ではない事は初日にバレた。というか自らバラした。
その俺達が強硬手段も問わない危険人物だという事も昼の一件でバレた訳だ。
それを踏まえて、ポンテールはどう動く?
警備を強化して屋敷に篭もるのか? それとも、商売の障害として排除に動くか?
だが俺達は、あの狙撃手と渡り合うほどの相手だ。なら、誰かに協力を仰ぐか?
その対応方法一つ取っても、それは俺達にとって情報となる。判断材料の一つになる。
放置するには惜しい状況だ。是非とも二人にはポンテールを追って欲しい。
「それにな、これは隠密行動なんだよ。人数は少ないほどいいんだ。本当は一人で行きたかったところなんだ」
これは嘘だ。
俺に有利な条件が揃う夜の襲撃だが、あいつの手札が不明な点は変わらない。ならば守りを完全に任せられるアリスは絶対に欲しい。
そうすれば俺は攻撃に専念できる。
そして、アリスもそれを理解している。
「ごめんね、二人とも。でもチロは私が必ず守るから、任せて」
「むぅ」
文句を言ってくるのは、もっぱらサエだ。クミはさっきのアリスの助言に従っているのか甘えるタイミングを探している気がする。
相変わらず努力家だね。ちょっと違うか。
「だけど、そこってエルフ男の本拠地なのよね…?」
「あ! 女性もいるかも!?」
おい、なんの心配をしている!?
でも、心配や不満の中身がソレなら、あんまり気にしなくてもいいよな。
「ま、そういう事だから――“夜との同化”」
「ちょっと、カミ君!?」
「わ!?」
この際、サエの苦情はスルーだ。
その向こうではクミが吃驚している。別に俺の魔神モードを初めて見た訳じゃないだろ。
「じゃ、行ってくる。“位相転移制御:月光”」
「いってらっしゃい~」
「もう!……行ってらっしゃい、無事に戻って来てね」
文句は言っても引き摺らないのがサエの良いところだ。
最後の恥ずかしげな「無事に~」のセリフには萌えた。帰ってきたら抱き締めよう。
俺はステルスモードで魔神化するとエルフ男の魔力を追って、アリスを伴い転移した。
そこはどこかの建物の二階。窓から月明かりが差し込んでいた。
――ツイてる
カーテンでも閉められていたら内部には跳べないところだった。
エルフ男――狙撃手のすぐ背後に出るのが理想だったが、外から窓を蹴破って来るより遙かにマシだ。文句は言えまい。
「!?」
が、それでも意表を付く事はできたようだ。
さあ、戦闘開始だ。第二ラウンドと行こうじゃないか。
「“衛星・月”――“二重唱”!」
狙撃手が行動を起こすより早くアリスが守りを構築する。
俺とアリスに一個ずつだ。急いだからな、こんなもんだろう。
それよりも――
「アリス! そいつを逃がすな!」
サテライトを展開したアリスに俺は追加で指示を飛ばした。
「うん!」
アリスは俺の狙いを正しく把握した。素早く四人目を牽制する行動に移る。
そう、この部屋には狙撃手とは別に、もう一人いたのだ。
やけに着飾ったドワーフの女。
それに、よく見ればこの部屋には様々な小物や花瓶が所狭しと並べられている。それは明らかにこの世界にそぐわないモノ。
ウィーラーの出店で見たあの品々と同じ凄みを持つ本物の芸術品だ。
さて、部屋の様子を眺めてばかりもいられない――
パン
チュイン!
――エルフの狙撃手が撃ってきたからだ。
この狭い部屋の内で撃ってくるとは、よほど自分の腕に自信があるようだ。
が、こちらも防御には自信がある。信頼するアリスの構築した守りなのだから当然だ。
「“位相転移”」
だから、俺は攻めに専念する。短距離転移で奴の背後を取る。
パン
チュイン!
すぐさま反応してみせるエルフだが、それは先ほどの焼き直しだ。ただの銃ではアリスの守りは破れない。
「“位相転移”」
パン
チュイン!
再び同じ事を繰り返す。全く動じない辺りはさすがと言えた。
普通は同じ事が繰り返されると欲が出て先手を打ちたくなるものなんだがな。
だが、これで終わりだ。
「“操られる道化”」
相も変わらずの“操られる道化”だ。新技を期待していた人にはすまんね。
だが、これは俺の切り札だ。破られたままでいられるものか。
「――また、か」
エルフが声を発した。そこには蔑みが感じられる。
「懲りぬ奴。――“何者も影を縛ること能わず”」
当然そう来るよな。だが、そのタネは既に割れている。
「“操られる道化”――裏」
俺が繰り出したのは、二つの“操られる道化”。
表と裏。
他者の肉体を支配する表と精神を支配する裏。俺の禁じ手だ。
「なんと!?」
ところが、精神を支配したにも関わらず自身の意思を保つエルフ。
だが、これでいい。これも想定通りだ。
「動けまい。タネの知れた手品など見世物にもなりはしない。影は潜んでこそ影。表に出た影の末路を見よ。――“魔力分解”!」
「ぐあぁっ!?」
エルフが悲鳴を上げた。
個々に動けても別々って訳じゃないのか、エルフもダメージを受けている。どうやら深い部分で繋がっているようだな。
「自然の魔力が属性を持つに至り、更に自我が芽生えたものを精霊と呼ぶ」
「―――っ」
狙撃手はギリッと音が聞こえそうな程歯を食いしばっている。
「そしてエルフが精霊と親密な関係にあるのは、この世界でも定番だ」
「あっ」
アリスが小さく声を上げた。さすがに、ここまで言えば気付くよな。
「お前、影の精霊憑きだろ?」
精霊憑き。
ただの精霊使いではなく、精霊と一心同体になった者をそう呼ぶ。
――と以前魔国でフィン姉に習った覚えがあった。
魔族もエルフほどではないが精霊との親和性が高い種族だ。まれにそんな者が出る事があるらしい。
「精霊とは肉体を持たず、魔力と自我だけの存在だ。それが人に憑いた時、それは精神と呼べるのではないか」
つまり、こいつは一人の肉体に二人分の精神を持っていた訳だ。
あの時、俺の“操られる道化”に自由を奪われたこいつは、影の精霊に肉体を操作させて馬車に乗り込んだ。
威圧を放ったのも精霊だ。
影の精霊は闇の精霊の眷属。恐怖を放出する事も可能だろう。
「精神ならば、俺は“操られる道化”により支配する事ができる」
そして、精霊が魔力で出来ている存在だと言うのならば――
「“魔力分解”」
「ぐあぁっ!?」
「――ならば、俺には精霊を殺す事も可能だ」
エルフは悔しそうに俺を睨むが、生殺与奪の権利は既に俺の手の内にある。
「どうした? 抵抗しないのか? このままだとお前もただでは済まないぞ?」
根っこで繋がっているんだ。精霊への攻撃はこいつにも効いている。悲鳴を上げるのが何よりの証拠だろう。
まだこいつに奥の手があるのなら、ここで出さねば死ぬ事になる。
「どうした? 手は尽きたか? ならば、知っている事を話して貰おうか」
俺は定番のセリフを吐き、ソイツの様子を窺う。この部屋の四人目を。
「――――」
返答はなく、無言。
「それともコイツを殺されないと吐く気になれないか?」
「………」
再びの俺の追求に、エルフは悔しそうな表情を顔から消した。完全に無表情、無感情だ。
見事なもんだな、やはりプロだったか。
だが、それが却って二人の関係性を裏付ける。
俺は構わず続ける。
「別に俺はどっちでも構わないぞ。お前達の意思に関わらず情報を抜き出す方法はあるんだ。ただなぁ、自主的に吐いた方がコイツにとっては楽だぞ?」
再び俺はソイツの様子を窺う。
「――――」
狙撃手の表情は消えたままだ。そこには覚悟が窺えた。
「――そうか、分かった」
できれば素直に吐いて貰いたかったが仕方がない。
「“操られる道化”」
再び“操られる道化”の裏バージョンが発動する、その瞬間――
「――わかった。アタシの負けだよ。そこまでにしちゃくれないかね」
――この場の四人目が、ついに我慢しきれなくなり声を発した。
ようやく、音を上げてくれたか。
心の中で、俺はそっと息を吐いた。
※追記
サエの肩も優しく肩を抱いてくれるからね → サエの肩も優しく抱いてくれるからね 重複を修正。
間違えて前書きに書いてしまったので後書きに修正。
ぁぁあああああぁぁぁぁ!! ← 悶えている