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01-05 勉強

俺が魔王の息子――つまり王子だ――になった事は、すぐに魔国中に通達された。

魔国だけなのは、他国との関りが余り無いからだ。厳密には無い訳ではないのだが、国対国としての付き合いではない水面下のものなので、こう言った内情は表立って教えないのだそうだ。


家族との面通しも終わったし、翌日から早速お勉強が始まった。

正直言えば有難い。俺はこの世界について知らなさ過ぎる。

十年掛けて強くなるのは勿論だが、だからと言って無知では何の役にも立たないだろう。十年後にやってくる彼らを守り、導けなくてはならない。


と言う訳で、一般常識や歴史等を学ぶ傍ら、姉達にもそれぞれ得意な分野を教わる事が決まっていた。

姉達とは言っているが母親の姉妹な訳で、本来ならば叔母に当たるのだが、それを言おうものなら――


「チロちゃん? 何か言ったかな?」


俺の心の声を読んだ訳でも無いのだろうが、フィン姉が俺を問い質す。問い質す、と言ったのは、その背後のプレッシャーが凄まじいからだ。正直言って怖い。


「何でもないよ。こんな美人で可愛いお姉ちゃんに教えて貰えて嬉しいなって思ったんだ」


「まああ! 嬉しいわ、チロちゃん!」


ぎゅうう


天国よ、こんにちは。双球に包まれた顔が幸せ過ぎる。


「わたしも、こんな可愛い弟に教える事が出来て幸せよ」


ぎゅうう


フィン姉は抱き締める癖がある。勿論、何でも誰でもって訳じゃないが、家族が姉妹ばかりだったので、どうやら弟が欲しかったようなのだ。

もっぱらフィン姉に抱き締められるのは俺の役目である。ああ、幸せだ…


「あ、いけないわ。お勉強の時間が無くなっちゃう」


たっぷり十分は俺を抱き締めてから、そんな事を口にした。そう、今はフィン姉に魔法を教えて貰っているのだ。


「――と言う訳でね、魔法とは自らの神と契約して行う奇跡の事なの」


「へえ~」


「天の三宝を属性とした魔術や錬金術と言ってもいいかもしれないわ」


「なるほど~」


契約する神は、当然だが自らの種族の神と言う事になる。俺ならユスティスだな。


「主に治癒を得意とするのだけれど、各々の神によって更に得意な分野があるの」


「例えば?」


「我らが魔神ユスティス様だと『精神』ね」


「具体的には?」


「そうねえ、パニックに陥り難くなる“恐慌耐性”とか、恐怖に怯えなくなる“恐怖無効”とか」


ユスティスは月の神だ。月は精神を象徴している。

だから、そういった属性の魔法に強いって事か。精神防御系が多いみたいだな。


「同様に人の神、バーセレミは『肉体』よ。“肉体強化”などが得意ね」


バーセレミは太陽の神だ。太陽は肉体を象徴しているので、そうなるんだな。


「じゃあ、星の神は?」


「星の神々は大勢いるの。だから、一律にコレと言うのは無いのよ」


ああ、そりゃそうか。大勢いるのに効果が同じとか無いよな。


「それじゃあ早速だけど、ユスティス様と契約しましょうね」


何ですと!?


「え、今から?」


アイツと?


「そうよ、こう言うのは早い方がいいもの」


ぐ、何故だろう、嫌な予感しかしない…







「――じゃあ、その魔法陣の中心に立ってね」


「はーい」


「そしたら、立ってても座っててもいいから、ユスティス様に契約して下さいってお祈りしてね」


気が向かないが、やるしか無さそうだ。精神を集中する。

自慢じゃないが精神集中は得意だ。引き籠もりって言うのは、世俗を断って生活しているからな。必然的に内面に潜るのが得意になるんだ。ま、個人差はあるだろうけどな。


(と言う訳で俺と契約しやがれ、こんちくしょう!)


集中した思念で、やけくそ気味にユスティスに語りかけた。無論、返事など期待していない。


『無理だよ、ごめんね?』


だと言うのに返事があった。

しかも内容は拒絶だ。まずい、怒らせた。


(ごめんなさい! 態度が悪かったのは謝ります!)


俺は即座に謝罪する。


『そんな事で怒ったりしないよ。理由は別にあるんだ』


(そうなのか? じゃあ何で?)


『…眠いから、また今度ね』


(ちょま!眠いからって、それはあんまりじゃ――)


『…………』


反応が無い、ただの屍のようだ、俺が。

俺は呆然と立ち尽くした。







「チロ、ユスティス様との契約に失敗したんですって?」


俺の部屋に来たケイト姉が、開口一番そう言った。


「…うん」


正直、落ち込んだ。俺の軽率な行動が招いた結果だ。自業自得とは思うが、どれだけ後悔しても足りない。

アイツは怒ってないと言ったが、他に理由が浮かばない。他の心当たりが全く無いのだ。


「まあまあ、そんなに落ち込まない」


「だって…」


俺には目的があると言うのに、こんな初っ端から失敗するなんて。

ここに来て、上手く行き過ぎて、舐めてたのかもしれない。

まだまだ真剣味が足りなかったんだ。覚悟が足りないと言い替えてもいい。


「あのね、いくら魔族だからって、みんながみんな魔法師になれる訳じゃないのよ?」


「え?」


そうなの?


「あたしが魔術師なのは、魔法師になれなかったからよ」


「ええ!?」


魔族の人気No.1職業は魔法師なのだそうだ。だから魔族の子は、みんな魔法師になるべく努力する。だけども、実際に魔法師になれるのは、ほんの一握りしかいない。現実を目の当たりにした彼らは、そこで漸く外へ目を向けるのだ。

「こう言うのは早い方がいい」と言ったフィン姉の真意は、そこにあったらしい。


「魔神様はね、あたしには魔術師の才能があるから、魔法師になれなくして下さったの」


はあ!?何そのポジティブシンキング。


「だから、チロにも他に才能がある筈なのよ」


ああ、なるほど。これが、魔法師の夢に破れた子供に掛ける言葉なんだな。


「――うん、そうだね」


「そうそう! だから、あたしと一緒に魔術の勉強してみよう?」


ああ、いい子だなあ。つくづく、キツそうなんて言ってごめんね、ケイト姉。




「――と言う訳で魔術とは、地の四宝のうち質量を持たない、或いは軽微な、火と風を操る技術の事を指すのよ」


地の四宝とは、ファンタジーによくある地水火風の四属性の事だ。

で、その内の火と風が魔術。その理由は質量が無い、または軽微だからだと言う。

火と風と言ってはいるが、雷などもここに含まれる。要は、質量の無い属性は全て魔術のカテゴリーだ。


見えて来たな。

残りの水と地は質量がある属性だ。つまり、それを操るのが錬金術だろう。無論、他にも質量のある属性は錬金術の範疇だ。


俺が思っていたのとは少し違うが、別に構わない。それがこの世界の法則だと言うなら従うしか無いんだからな。


「――じゃあ、理解できたところでやってみましょう」


え!?もうやるの?


「理屈だけ知ったって、使えなきゃ意味無いじゃない」


「ごもっとも」


…うん、嫌な予感しかしねえ。




「ま、まあ、いきなり出来る子なんて早々いないわよ。もう暫く続けてみよう?」


「……ぐすっ」


二時間後、俺は半べそ掻いていた。

ケイト姉は、ずっと俺の頭を撫でて慰めてくれている。


もう聞かなくても分かるな?

そう、使えなかったのだ。魔法だけでなく、俺には魔術の才能も無かった。何度も何度もトライしたが、小指の先ほども変化が無かった。


ケイト姉に慰められ続けた俺が復活したのは、それから更に一時間経ってからだった。







「――と言う訳で、錬金術とは地の四宝のうち、質量を持つ水と地の属性を操る技術の事だ。そうだな?」


「なんで、チロが講義しているの!?」


魔術の講義で至った推論を披露したら、アリスが憤慨した。


「え、違ったか?」


「合ってるけど…合っているけど!」


ああ、吃驚した。間違っていたかと思ったじゃないか。


「すー、はー、ふう――何で知っていたの?」


深呼吸して落ち着いたアリスが聞いてきた。


「ケイト姉の講義を聞いてて思い至った」


ありのままに答える俺。


「う…頭良いのね、チロは」


まあ、中身は十五歳だからな。アリスの倍は人生経験を積んでいるはずだ。


「じゃあ、やってみる?」


「…ぎく!?」


俺は、アリスの言葉に背筋を震わせた。い、嫌な予感が…


だが、やらないと言う選択肢は無い。自分に何が出来て、何が出来ないのか、把握するのは必要な事だと思う。…たぶん。




二時間後、俺は泣いていた。


「うわぁぁあああん」


「ち、チロ…(おろおろ)」


そんな俺にアリスは狼狽えていた。


「俺は何もできないダメな奴なんだぁああああ」


「ち、チロ、そんな事ない。全然、そんな事ないから(おろおろ)」


姉達と違って人生経験が足りないせいか、俺を慰める方法を知らないのだ。




結局一時間後にベル母様が部屋に来るまで、その光景は続いた。


結局、この世界の法則に従ったら、俺には何も残らなかったと言う落ちだ。

とほほ。







 

主人公は肉体に引っ張られて、感情面において年齢低下しています。

…と言う設定です。

 

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