04-09 見張りと聞き込み
翌日は、アリスが新妻のごとく甲斐甲斐しいお世話をしてくれた。
だが、別にじっとしてなきゃ見張れない訳じゃないのだ。お茶を煎れたり、軽く摘まむ物を作るくらいなら、観察しながらでも問題なく自分でできる。だからこそ俺一人でいいって言ったのだし。
けど、嬉しそうに俺の世話をするアリスを見ると、そんな事は口に出せず、素直に礼を言うに留めた。
その時に見せたアリスの幸せそうな顔を見て、これで正解なのだと知った。
「さすがに、見張りを始めた初日から何か動きがあるようなご都合主義は起こらなかったな」
分かってはいるものの、どうしても俺の言葉には不満が乗ってしまう。
「しばらく起こらなくていいかも」
そんな俺と比べて、アリスは嬉しそうだ。
うん、大丈夫。俺はこれも初めから分かっている。アリスに八つ当たりするような事はしない。
むしろ、俺の世話したくらいで幸せになれるアリスをお手軽と感じてしまいそうだ。
「代わって欲しいわ」
「全くだよ~」
君達は無茶を言うんじゃありません。
「そっちは何か新しいネタは見つかったか?」
全く期待はしていないが建前として聞いておく。
二人には、ただ観光を楽しんで貰った訳じゃない。
いや、別にそれでも全く構わなかったのだが、それだと緊張感が途切れた時が怖かった。
その際、宥める役が間違いなく俺になるだろう事は想像に難くない。
「予想はしていたけど、やっぱり彼女以外に外部と接触している人はいないわね」
「そうか」
この結果にも落胆はしない。サエも言っていたが、予想通りだからだ。
そもそもドワーフを初めとした妖精族が排他主義だというなら、ポンテールこそが異端なのだから。
この村が外部の者に慣れているのも、だからこそなんだろうしな。
「ま、初日だし、こんなもんか」
「そうね」
今日のミーティングはここまでかな。
「じゃあ今日は誰が一番活躍した事になるのかしら」
と思ったらアリスが余計な一言を口にした。
「そもそも判定は誰がするのよ」
「公平にと言うなら、やっぱりチロじゃない?」
嫌だ! 誰が見ても活躍したって分かるネタがあるならともかく、こんな日に誰を選んだって角が立つだけじゃないか!
「ふふっ、ふっふっふ~」
「クミ?」
「まだだよ、まだ早いよアリスちゃん。わたしのターンが残っているよ~」
そう言えば、クミは何も話してなかったな。
ネタがないだけかと思っていたが違ったらしい。
「え? クミ、何か仕入れたの? いったい、どうやって?」
「わたしは錬金術師だからね~。職人のおじさん達の精錬のお手伝いとかしながらお話ししてきたんだよ~」
「なっ!?」
「おお、凄いな。狙い所もいい」
「でしょ、でしょ~」
クミは得意満面だが、そもそもドワーフに限らず職人とは気難しいものだ。彼らの心理的ハードルを下げているのは、間違いなくクミのその容姿だろう。
――子供なのに偉いね~って感じのノリなんだろうな
決して本人には言えないが。
「それで、その仕入れた話って何よ」
サエは自分が何も話を聞けなかったので不満そうだ。
「うんあのね、例の行商人――ウィーラーさんって言ったっけ。あの人がこの村に来たのって二、三年前からなんだって」
「へぇ、思っていたより付き合いは浅いのね」
「でね、ここからが本番なんだけど、ポンテールさんは十年くらい前に一度王都に出たんだけど、全く売れなくて戻ってきたらしいんだよ」
「ほう」
「四、五年前までは時々王都へ行き来してたみたいだね~」
「って事は、それ以降は行ってないのか?」
「そうみたい」
「なら、その後から行商人と取引が始まったために王都に行く必要がなくなったと見ていいのかしら」
あ、なるほど。
「つまりサエは、ポンテールが王都へ行き来してたのは作品を売って生活費を稼いでいたからって言いたいんだな?」
「ええ、そうよ。一、二年ズレが出るけど、そもそも曖昧な噂話だしね」
その線は確かにありそうだ。そもそも種の発展がない状況では、あの作品群は売れないだろう。前衛的過ぎる。
実用性重視の機能美なら少しは受け入れて貰えるかもしれないが、芸術性を前面に出したものは絶望的だ。
そう考えるとウィーラーはよく買い付ける気になったもんだな。案外商人の勘だけでなく、実は密かに芸術性に目覚めつつあるのかも。
だとすると、単純にポンテールも芸術に目覚めつつあるだけとも考えられるが…
『……アンタにはそれが解るのかい?』
あの一言が引っかかるんだよな。
アレはつまり、自分の作品にはそれがないと認めているようなものだ。
それとはつまり、ウィーラーが売っていた作品には有り、ポンテールの屋敷で見た作品には無かったモノ。
本物だけが持つ凄みの事だ。
本物だけが持つ凄み。
つまり、贋作はそれのないポンテールの作った方って事だ。
一度王都に足を伸ばさないとダメかもな。ハードル高いけど。
「しかし、十年前に王都ねぇ…」
「それがどうかしたの、チロ?」
思わず出た俺の呟きにアリスが反応した。
「いやな? ポンテールは若いドワーフだと思ってたんだが、やっぱり妖精族の若作りだったのかとがっかりしたところだ」
きっとあれだな。一部の話にある、ドワーフは女でも髭があるって説。その髭の剃り跡を消すために厚化粧しているに違いない。
「もうっ! 黙って考え込んでいるからどうしたのかと思えばっ!」
「そんなこと考えてたのぉ~!?」
「いや、重要だろっ!? やっぱり歳相応な外見って大切だと思うんだ!」
ロリBBAとか、俺には絶対無理!
合法ロリ? 違うね、あれは詐欺って言うんだ!
精神も外見同様若いならいい。だけど、あのBBA口調はダメだ。外見だけ若くても内面がアレじゃあ俺には恋愛対象とは受け入れられない。
俺だけじゃない、真性ロリがロリBBAに引っかかったら却って本物を求めて犯罪に走らないとも限らないのではないかと常々――
「もう…何の話よ」
「え? ロリBBAは合法どころか犯罪幇助って話だろ?」
「違うわよっ!」
「それで、チロは誰が一番活躍したって考えてるの?」
くそう、誤魔化せなかったか。
「そりゃあ、クミだろ」
サエもアリスも文句はない筈だ。何より俺がそれを認めてしまっている。
全く期待していなかっただけに、この結果には驚きを禁じ得ない。
もう今後は情報収集がダメだなんて言えない働きぶりだ。
「ま、妥当かしらね」
「うん」
「やったぁ~!」
「よしよし。頑張ったな、クミ」
そそくさと俺の隣に来たクミの頭を撫でてやる。
「えへへぇ、カミくぅん」
こうして、予想外に進展のあった初日が終わった。
翌日、またしても見張りは何も進展せず。
観光組はどうかというと――
「あんまり自信は無いんだけど…」
――というサエの言葉から報告が始まった。
「買い込む食材の量がね、多いんだって」
「買い貯めしてるんじゃないのか?」
外に出る回数を極力減らして作品作りに没頭するなんてのはよくある事だろう。
かくいう俺も模型作りや鍵開けにのめり込んでいた時期はそんなもんだった。
「ううん…頻度は普通よりは少ないけど、それにしても量が多いみたいなのよ」
「具体的には?」
「一般家庭の半分の量、つまり二、三人分かしら。言っておくけど一人頭の分量は平均的なドワーフだからね? 人間とドワーフの違いとかじゃないからね?」
むぅ。こっちの反論根拠を潰してくる辺り、実にサエらしい。聞き違いや勘違いじゃなさそうだな。
しかし、二、三人分か…
「あとね、それに関連するのかも分からないんだけど――」
おっと、まだあるのか?
「たまに見慣れない馬車が停まっている事があるんだって」
「ウィーラーさんじゃなくて?」
「ウィーラーさんはこの村に来た時は宿に泊まるから」
「ああ、ここの女将さんなら知ってるのか」
「うん。それも不思議な事に、見かけるのは決まって屋敷に停めている時だけで、行き来している姿を見た人がいないのよ」
それはつまり、
「つまり、御者を見た人がいない?」
「うん」
なにソレ。めっちゃ怪しいじゃないか。ますます見張る理由が増えたな。
でも張り込む理由が増えただけで、見張りをするしかない事態の改善にはならないか。
「以上なんだけど。これじゃ活躍した事にはならないかな…?」
自信なさげにそんな事を言うサエ。
やけに突っ込んだ情報を仕入れてきたと思ったら、クミに対抗心燃やしたのか。
とはいえ、それでダメだなんて言える訳もない。
クミだけでなく、サエに関しても情報収集能力の項目に訂正が必要だった。
「いや、充分な活躍だと思うよ。張り込むしかないにしても、その理由が増えたのは心理的にも助かるし」
「ほんとう!?」
「もちろん」
「やった…」
ありゃ。小さくガッツポーズまでしている。
いつだって何だってできて当たり前のサエ。そのサエがガッツポーズとはねぇ…
それを見たクミは苦笑いだ。
「サエちゃんの本気を見たよ」
アリスはいつも通りニコニコしている。
「サエはかわいいね」
その後は特に進展は無かった。
そりゃそうだ。こんな小さな田舎の村に、そんなに幾つも隠された事実など転がってはいない。クミとサエの仕入れたネタすら予想外の収穫だったのだから。
とは言うものの、長期戦だと覚悟を決めていても、何もないまま十日も過ぎればさすがに焦りが生まれてくる。
そんな頃、そいつは現れた。
「どうしたの、チロ?」
俺の微妙な変化に気付いたのか、アリスが声を掛けて来た。
「ポンテールの屋敷に来訪者だ」
とうとう事態が動いた。
待ちに待った時が来たのだ。