04-08 真贋
ポンテールの屋敷を追い出された俺達は宿へと戻った。
「それで? 説明して貰えるのよね?」
「うん」
するよ。するからそんな睨まないでくれないかなぁ。
「みんなは見てないから解らないかもしれないけど、俺が緩衝地帯で見た作品と、さっきポンテールの屋敷で見た作品は別物だ」
「それは違う作品なんだから当たり前、って事じゃないんだよね?」
「当たり前だ」
言葉遊びじゃないんだぞ。
「別の人の作品って事ね?」
「そういう事」
「贋作って事?」
うーん、どうだろう。この場合はどっちが真作でどっちが贋作になるのかね。
「俺が調べた限り、あの行商人のところで見たのはポンテールの作品って事だった」
少なくとも行商人ウィーラーはそう認識していた。
そして、その情報を追って来た以上、実際にさっき会ったポンテールが行商人の指す制作者――造形美術家ポンテールで間違いない筈だ。村人からもポンテールと呼ばれていたし。
「でも、その彼女に見せて貰った作品は贋物というか、別物だったのよね?」
「そこがよく分からないんだよな」
行商人が言うポンテールが彼女で合っているなら作品の違いはどこから来た?
「単純に行商人と取引した制作者とポンテールが別人って線はないの?」
「作風自体は似てるんだよな。名前も同じだしさ。それで別人って、そんな事あるのか? でも、調べるなら確かにそこからかな」
ポンテールという名前はここに来る前からウィーラーに聞いていた。だから別人という線は薄いと思う。が、同名という可能性も確かにあるんだ。
「その行商人から壺なり小物入れなり買ってこなかったの? 実物があれば見比べるなりして判断もしやすいと思うけど」
「あれはなぁ……俺の風情やら機能美やらの話を聞いたラウが買っちゃったんだよ。止めろとも言えずにそのままな……」
「あらら~」
「それになぁ、そもそもドワーフの発展に関わらないのなら、種族の発展とは別に芸術性に至るなんて、そんな人物がそう何人もいるもんかね?」
「そこも含めて調べるしかないわね」
「だなぁ」
ヒントだと思って飛びついたら、更なる謎が広がったとか、罠としか思えない。
幸いなのは、余所者だからと村から追い出される心配はなさそうって事か――あ!
「あれ? 出禁喰らったけど、あれってポンテールの屋敷だけだよな? この村の事じゃないよな?」
「――あ」
ええっ!? これって、もしかしてマズい状況!?
別に、そんな事はなかった。
宿で食事する際に『ポンテールを怒らせてしまった』とそれとなく伝えたところ、女将さんに『あんたらもやっちまったんね』と笑って言われたのだ。
どうやらポンテールに出禁を喰らったのは俺達を含め大勢いるらしい。日常茶飯事は言い過ぎにしても、珍しくはないというくらいには何度もあったようだ。
幸いにも、ポンテールは根に持つタイプではないようで、時間をおけば機嫌は直るらしい。どれくらいで直るのかは彼女のみぞ知るって事らしいがな。短く済む事を祈ろう。
「ところで女将さん、ポンテールの機嫌が直るまで他の街や村も見て回りたいんだけど、どこかお薦めの所ってあるかな?」
「いやぁ、やめた方がええんね。ここは洞穴があるんで多少なりと余所モンとも関わるんでマシだけんども、この先はだめだんべ。口も聞かねぇようなとこ、山ほどあるだんべ」
「あー、そういうのあるんだ?」
「あるある。だから止めとけばええんよ。悪い事は言わん」
「そっかー、残念だなぁ」
「そうね、せっかく来たのに」
「この村は余所モンに慣れとるんだべ。ここで我慢するとええんよ」
「じゃあ、まだ暫くご厄介になろうかしら。ね、みんな?」
「さんせい~」
「そうだな」
ここが暢気なんで忘れそうになるが、ユスティスの言っていた事に間違いはないようだ。
やはり妖精族は余所者には厳しいらしい。ここが特別で、あの行商人がヒントであり切欠で合ってたんだな。
となると益々ポンテールがキーマンになるぞ。
女将さんから詳しく話を聞けば、どうも彼女は普段から変わり者で、この村に住んではいるものの村人とは馴染みがないようだ。馴れ合わない一匹狼とでも言えばいいのか。
そんな彼女の所に時折現れては訪れる行商人としてウィーラーは有名なのだとか。だから最初に会ったおばさんもすぐに気付いたんだな。
「つまり、緩衝地帯で見た作品は、やはりというかポンテールの作品で合っている――という事の裏が実にあっさりと取れてしまった訳だ」
「ますます判らなくなったわね」
「困ったね~」
「どうするの、チロ?」
うーん、そうだなぁ。
「長期戦を覚悟で張り込むしかないかな」
ヒントというか情報が少なすぎるんだよ。
「でもさ、その行商人は緩衝地帯にいたんだよね? もし、そこにヒントがあったら当分ここには来ないよね?」
「さすがにそこまでは待てないから、ある程度見張っても何も掴めなかったら強硬手段に出るしかないかもな」
「強硬手段って?」
「彼女の精神を操って直接情報を抜き出す」
「そんなことできるんだ!?」
「“操られる道化”の裏だ。俺が操れるのは肉体だけじゃない。できれば使いたくないから今までは禁じ手にしてたんだけどな」
俺に心を開いてくれる相手と違って、ただ心を覘いたって記憶は見えない。だから強引に引き出す事になる。だから後遺症が残らないとも限らない、非常に危険な手段なのだ。
そのまま俺の傀儡にしてしまえばいいのかもしれないが、それができるくらいなら初めから禁じ手になんかしないって話だよ。
「それは、ダメね。そのまま封印しなさい」
「やっぱり、そう思うか?」
「当たり前でしょ」
「でも世界樹に辿り着くためにはポンテールの知っている事を聞き出すしかないぞ?」
「そもそもの話なんだけど、彼女に関われば本当に世界樹に辿り着けるの?」
「この牧歌的な村にいて一人突き抜けてるからなぁ。可能性は充分有ると思うんだ」
異質なんだよ、彼女はな。だからこそ糸口が見つかるんじゃないかって期待値が高い。
絶対神になったユスティスが頼るくらいだ、世界樹ってのは世界から隔離されているんだと思う。行けば判るような場所にあるなら、それこそシュルヴィで飛んでいけばいいのだから。
「はぁ――じゃあ暫くは見張るって事でいいのね?」
「そうなる」
俺だって“操られる道化”の裏Verなんて進んで使いたくはないのだ。
「順番はどうするの~?」
「監視するのは俺一人だ。もうムーンジェスター人形を置いてきてあるから、二人は普通に観光してていいぞ」
「えっ?」
こんな村で見張りなんてしてたら、あっという間に不審人物として認定されるわ。
かといって――
「宿に籠もりっぱなしってのもよくない。何しに来たのかって疑われるからな。マイナス条件はできるだけ潰しておきたい」
「だから観光客みたいに行動していろって言うのね?」
「そういう事」
アリスが入ってないのは、勿論俺が威圧を抑えないといけないからだ。
「言うまでもないと思うけど、サエとクミの二人でな」
この二人に情報収集なんてできるとは思えないけど。
正直、もの凄く不本意だけどっ。
「なんかズルい…」
「いつも無条件でカミ君と二人きりなんて…」
「えっと、あの……ごめんね?」
なぜかアリスが謝っている。二人の迫力に押されたか?
「二人は念のためポンテール以外にも外部と接触している人間がいないか調べて来てくれ。分かってると思うけど、飽くまでもそれとなくな」
「は~い」
「分かってるわ」
これでいい。仕事を与えれば余計な事を考える暇も無くなるだろ。
と、気を抜いたらクミが余計な一言を付け加えた。
「じゃあ一番活躍した人がその晩のカミ君優先権を貰えるって事でいいよね?」
「あら、いいわね。その話、乗ったわ」
「でも、それだと私が一方的に不利な条件じゃない?」
「アリスちゃんは昼間カミ君と二人きりを満喫できるんだから、そこはハンデだよ~」
「――なるほど。なら、仕方ないわね」
いったい何の話だよ!?