04-07 疑惑
余りの事態に頭が追いつかない。
「チロ、ぼうっと立ってると危ないよ、ちょっと木陰で休もう?」
呆然と立ち竦む俺をアリスが気遣ってくれる。
そこで漸く先ほどから他にもドワーフ達が遠目に俺達を眺めている事に気が付いた。
「あ、ああ、そうだな、ちょっと休むか」
今更だが初めて気が付いた。どうやら俺は予想外の出来事に弱いらしい。
多少のハプニングくらいなら誤差の範疇だからどうにでもなる。というか、それも想定して予想する。
だが、今回は全てが予想外の事ばかりで思考が追いついていかない。
「参ったな、意外なところで自分の弱点が露呈した」
凹むわー。
「ま、まぁまぁ。今のカミ君、あたしはちょっと懐かしく感じたわよ」
「そうだね~、かっこよくて頼りになる最近のカミ君より、ちょっと危なっかしくて頼りない方が昔のカミ君みたいで懐かしいよ」
「へぇ、そうなんだ。その話、詳しく聞かせて?」
「やめい! 人の傷口を突いて広げるな!」
人を玩具にしやがって。
だけど、いつものやり取りをしたお陰か少し落ち着く事ができた。
ちょっとここに来てからの出来事を整理しよう。
この街並みからして想像と違っていたのは確かだが、それ以上に不可解なのが種の発展度合いだ。
さっきのおばさんドワーフは明らかに風情やデザインと言った言葉を知らなかった。種族が芸術性を理解するまでに発展していたなら、そんな事はあり得ない。
そうだ、これが一番の間違いだった。
「ドワーフは芸術を理解するほど発展していない」
そう考えると、この村の風景――もう村って言っちゃう――にもおばさんの態度にも納得できる。
が、そうなると今度はあの壺や小物入れなんかの制作者であるポンテールに疑問が湧く。種族が発展していないのなら、ポンテールはどうやってそこに至った?
そこをハッキリさせないと迂闊な事は言えないぞ。敵か味方かも分からない状況でこちらの手札は切れない。
「飽くまでも目的は世界樹。そこへ至る道筋を見つける事だ」
よし、落ち着いた。リセット完了。
「もう大丈夫?」
サエの声に振り向くと心配そうな三人の顔が目に入った。
「ああ、心配掛けたみたいだな。もう平気だ」
ちょっと取り乱した所を見られたせいか気恥ずかしい。
「チロ、一人で抱え込む事ないからね。私たちをもっと頼ってね?」
「そうよ。三本の矢とか文殊の知恵とか色々諺にもあるでしょう?」
「わたしじゃ頼りないかも知れないけど、もっと相談して欲しいな~」
口調は冗談めかしているが、三人とも目がマジだ。余程心配かけたらしい。
「そうだな、悪かった。これからはそうする」
サエ達が情報収集とかまるでダメなのは相変わらずだけど、だからって相談しないのは違うよな。反省しよう。
「――と俺は思うんだが、みんなはどうかな?」
とりあえず、俺の思い至った事を告げて三人の意見を伺う。
「それでいいと思うわ。だから問題になるのはそのポンテールって人の為人よね」
「それと、どうやって芸術を理解するに至ったか、かな」
「だとすると、いきなり『こんにちは~』って会いに行くのはダメかなぁ?」
三人とも概ね俺と同じ意見らしい。問題点も俺の考えと同じだ。
「行商人経由でポンテールに会いに来たって設定だから、会わないって手段は取れないな」
「家の場所も聞いちゃったものね」
「そっか~」
「でも長丁場になりそうよ、チロ?」
「うん、だからまずは拠点を作ろう。具体的には宿を見つけたいな」
「そうね。じゃあ、まずは宿を探しましょう」
話し合いの結果、方針が決まった。
まずは宿を探す。その後でポンテールとやらに会いに行く。こちらの手札は極力控える。
分かっていた事もあるけど、皆で話し合うと、するべき事がよりハッキリするな。話し合う事は大事だ。それが身に染みた。
幸い、宿はすぐに見つかった。
村の規模が小さいから、もしかしたら宿自体がないかもしれないと思っていたので、これには助かった。
宿を探すのに村人とも何度か会話をしたが、想像していたような排他主義って事もなさそうだ。ごく普通に対応して貰えた。
さすがに獣人の行商人が顔を出すくらいなので慣れているのか、もしくは多種族にも寛容な村なのかもしれない。
「さて、行くか」
「そうね」
「なんだかドキドキするね~」
あっさり宿が取れたので、ポンテールに会いに行く事にする。
警戒は必要だが、おばさんに家の場所を教えて貰ってしまったので後に回すとバレた時に『何で?』って事になるからだ。いや、この小さな村だと確実にそうなる。
余所者が来たって話はすぐに村中に広まるだろうし、隠れて様子を窺うにしても、まずは一度会ってからだ。会えばリスクは高まるが、この手順は外せない。
本人だけに警戒されるのと村中を敵に回すのとを考えたら、秤に乗せるまでもないだろう。
コンコン
おばさんに聞いたポンテールの屋敷の扉をノック――呼び鈴はおろかドアノッカーすらなかった――する。
「出て来ないわね」
コンコン
仕方ないので、もう一度ノックしてみる。
「反応ないね~」
「中で動く物音もないわね」
ゴンゴン
今度は気持ち強めにノックしてみた。
すると――
ガタガタガタン、ガサガサガサッ
屋敷の中でそんな音が聞こえてきた。
「不在って訳じゃなかったのね」
「そうだな」
では、もう一回。
ゴンゴン
再度強めにノックした。
ガラガラガラッ
「誰だい! 音を立てるんじゃないよ! 創作活動の邪魔するな!」
窓を開けて顔を出したのは、まだ若い女性のドワーフだ。
「ええっと、初めまして。あなたがポンテールさんですか?」
「そうさ! アタシが人呼んでセニョール・ポンテールだよ! そういうアンタは何者だい!?」
なんか、またしても思ってたのと違うのが出てきたぞ。
が、そんな事は噫気にも出さず会話を続ける。
「これは申し遅れました。私はゼン=イチローと申します。実は行商人のウィーラーさんのところでポンテール先生の作品を拝見しまして、何と素晴らしい品だろうと感銘を受けたのです。ぜひ制作者のポンテール様と直接会ってお話を伺いたいと思い、はるばるやって参った次第です」
「なんだって!? それは本当かい!?」
「勿論です!」
「なんだい、そうならそうと早くお言いよ。さぁさぁお入り、茶でも出そうかね」
(お調子者ね)ぼそ
(しっ)
それは言わないお約束だ。
かく言う俺も、楽なミッションになりそうだと思っていたのは内緒だ。
「ささ、茶でもお飲みよ」
「ありがとうございます。いただきます」
ずずーっ
――あ、音立てていいんだ
一緒になってお茶をすするポンテールの飲み方にほっとする。
前もってマナーの違いとか調べたかったのだが、どうにも調べられなかったので『いただきます』と言いつつも彼女が飲むのを待っていたのだ。
「それで、なんだい? ウィーラーの紹介だって? アイツは芸術を解さないボンクラだったが、いい仕事をするじゃないか! 見直したよ!」
「そうなんですか? ウィーラーさんは風情のある作品だと褒めていましたよ」
「ははっ! そうだね、アイツはボンクラだが他の商人よりずっとマシだった。だからアタシの作品を売ってやったのさ!」
「なるほど。私は本当に細い細い繋がりを手繰って来たのですね」
「ああ、そうだね! だからこそ歓迎しよう! わざわざこんな僻地までアタシに会いに来てくれたんだ。アンタはアタシのファン第一号さ!」
―― 一号なんだ…
やっぱりドワーフという種が発展したんじゃなかったんだな。
なら、このポンテールはどうやってそれを手に入れた?
「さあさあ、こっちへ来なよ! アタシの子供達を紹介しようじゃないか!」
テンション高いなー。
血管切れたりしないかな、心配になってきた。ていうか子供!? この人子持ちなの!?
と思ったら違った。
「これがアタシの作品達。どれもアタシの可愛い子供達さ!」
そういう事ね。あー、びっくりした。
ドワーフの年齢は見た目じゃ分からないが、最初に会ったおばさんと比べても明らかにこのポンテールは若い。
背は俺の肩辺りまでしかないのはドワーフだからとしても、肌も若々しく、見た目だけなら十代前半にしか見えないのだ。
「さあさあ、好きなだけ見ていいよ! そして気に入った子がいたら売る事も吝かではないさ! なんと言ってもアタシのファン第一号だ!」
「では、お言葉に甘えて」
別にこれらが欲しい訳でもファンでもないのだが、今後のためにもポンテールに気に入られておくのは悪い事じゃない。
そう思い、改めて彼女の作品群を眺めてみる。
すると程なく違和感を覚えた。何がどうと言う訳でもないのだが、緩衝地帯で見た壺や小物入れと比べると何かが――けれど決定的に違うのだ。
「どうしたんだい、首を傾げて」
そんな違和感が挙動に出てしまっていたのか、ポンテールに不審に思われたらしい。
マズったか。いや、ここは――
「いえ、何と言うか……ここにある作品には、どれも私が見た壺や小物入れのような凄みが足りないなと思いまして」
俺の言葉を聞いたポンテールの表情は劇的だった。劇的に変化したのだ。
驚愕、次いで無念、そして憤り。
「……アンタにはそれが解るのかい?」
「なんとなくですが…」
「そうかい、ならアンタ達は出禁だ。さあ、今すぐ出てっとくれ!」
「え!? ちょ、ちょっと」
「いいかい、二度と来るんじゃないよ!」
けんもほろろとはこの事か。先ほどまでの歓待はどこへやら。とりつく島もなく俺達は屋敷を追い出されてしまった。
「あ~あ、途中まではいい調子だったのに~」
そうだな、打ち合わせもなくアドリブでやっちゃったよ。ごめん。
「どうやら言ってはいけない一言を言っちゃったみたいね?」
「もちろん、わざとだよね、チロ」
「うん、まぁね」
どうやら、ここに来てからの違和感の正体が、おぼろげながら見えてきた。