04-06 思ってたのと違う
出発する前からすっかりテンション下がりまくった――と言うか、上がったテンションをポッキリ折られた俺だが、皆から盛大にお見送りして貰った手前、出発しない訳にもいかない。
「シュルヴィ、上空に転移したら出発だ。いいな」
《了解でぇす》
シュルヴィの返事を聞き、三人に指示を出す。
「三人ともシュルヴィの背中に乗ってくれ」
「うわ…こうして見ると本当に大きいね~」
「ねえ、乗るのはいいんだけど、どこにいればいいの?」
「え? そこら辺に好きに座ればいいよ」
当たり前だが、座席なんて物はないので場所は適当でいい。
「乗り手はシュルヴィの方で保護してくれるから落ちたりしないし、はしゃいで動き回ったりしなければ大丈夫だ」
「へ~、そうなんだ~」
「ずいぶん至れり尽くせりなのね」
「さすがはドラゴンなのかしら…」
そう言いながらも三人は俺にしがみつくようにしている。大丈夫だって言ってるのに。
「ま、いいか。じゃあ転移するぞ。――シュルヴィ」
《はぁい、出発しまぁす》
俺の合図と共に視界が変わり、地底から遙か上空へと転移した。
「うわぁ!」
「凄い…」
「わ、わ」
三人は俺にしがみつきながらもそれぞれの反応を返す。
クミは興奮した様子できょろきょろと見渡し、サエはその絶景に感動しているようだ。
アリスだけは、何やら落ち着かない様子である。怖いのかな?
「アリス、もしかして高いところが怖い?」
「え!? あ、怖くはないんだけど、なんだかソワソワするの」
単に慣れていないだけかな。サエとクミは飛行機とか乗っている気分なのかもしれない。
ま、たまにはいいか。
『シュルヴィ、少し速度を落としてくれ』
《はぁい》
思い出作りって訳でもないが、この絶景を多少楽しむくらいは許されるだろう。
暫し、そんな景色を堪能する事にする。
緩衝地帯の北にある樹海を越えると目の前に広がるのは大平原だ。ここを収める種族の最大手は例に漏れず獅子族らしい。サバンナか。
緩衝地帯は密林の脇だったから虎族が(過去に)幅を利かせていたが、要は棲み分けされている訳だな。バイウーが復帰したから獣神のリーダーはまた奴になるみたいだけど。
大平原が終わると今度は目の前に壮大な山脈が聳え立っている。
ここが獣人族と妖精族の境界で、どちら側も麓から中腹辺りまでしか人は生活していない。山頂辺りは種族の空白地帯なのだそうだ。まぁ、あんな場所に生物がいるとも思えないが。いや、思えないだけで、いない訳じゃないのかもしれない。ただ獣人や妖精族はいないってだけで。
ちなみに中腹には向こう側とこっち側を繋ぐトンネルがあって、例の行商人はそれを使って行き来しているそうだ。
「ね~、ドワーフの国ってどんな感じかなぁ?」
「俺のイメージ的には鋼鉄の街かな」
RPGなんかによくある設定だ。工業の発達した機械的な街。
ドワーフの発展というと、これが鉄板だろう。
「魔族並みに発展してるのよね? アリスはどう思う?」
「そうね。緩衝地帯と比べると、魔国の方が暮らしは便利で楽だと思う。自然は緩衝地帯の方が多いかな」
「暮らしが便利で自然は少ないのか。近代的になっているのかしら」
「となると、カミ君の予想が正しい気がしてくるね~」
そうだろ、そうだろ。
そんな会話をしていると、もう大平原を渡りきっていた。
「さて、どこにするかね」
ここまで来たら空の旅ももう終わりだ。
「え~、もう終わりなの~?」
「乗っていたいなら別にそれでも構わないぞ。但し、全てが終わるまで迷宮で過ごす事になるが」
「わ~嘘々、一緒に降りるよ~」
「まあまあ。チロ、早く降りる場所を決めた方がいいんじゃない? 目的地の手前から歩かないといけないんでしょ?」
「そうだった」
シュルヴィでどーんと着陸すると、よそ者全開で拒絶されるだけだ。だから手前から歩いて、こそっと入国して、秘密裏にあれらの制作者と接触すると言うのが今回のミッションなのだ。
そこで制作者に認められれば正式に入国を許可される可能性が出てくるという考えである。
「いいな? それまでは極力目立たず隠密行動だ」
注意事項なので全員に念を押す。
「ねぇ、それなんだけど、緩衝地帯の時みたいにカミ君の幻影で見た目を誤魔化せば済むんじゃないの?」
「あ、そうだよ~。そうしよう?」
ちっ、気付いたか。
「それは俺も考えたんだけどな。バレた時のリスクを考えると止めた方がいいって思ったんだよ」
ドワーフは芸術性を持つに至るほど発展した種族だ。それはつまり魔族に近いか、或いは同じと言う事でもある。
ならば油断は禁物だ。なにかしらの見破る技術があるかもしれない。
言霊と組み合わせれば何とかなるかも知れないが、出会うドワーフ、出会うドワーフ、全てに掛けて回る訳にもゆくまい。
それに、そんな事をしていたのが後でバレたら信頼なんてされる訳がない。緩衝地帯では、飽くまで結果オーライだっただけなのだ。
「手間と労力と確実性を考えて、今回は“物真似ピエロ”は無しだ」
緩衝地帯では狐族からの聞き取りで、獣人族の鼻さえ誤魔化せればいけると判断したからこその手段だったんだよ。
「ちゃんと考えていたのね」
「当然だろ」
と言うか、まるで俺が普段考え無しみたいな物言いは止めて欲しい。
結局、見つかったら元の木阿弥なので念には念を入れた結果、例のトンネルの一つ手前――トンネルは長い一本で繋がっている訳ではなく、幾つかに分かれている――から進入する事に決めた。何度か野営を挟まなければならないが、ここまで徒歩で来なくて済んだ事を思えば大した事ではない。
「シュルヴィ、ここまでありがとな」
「とても助かったわ」
「また乗せてね~」
「ありがとう」
《いえいえ、どういたしましてぇ》
シュルヴィも帰るのは簡単だ。迷宮の帰還を使えば一瞬である。
皆に礼を言われてシュルヴィもご機嫌だ。また何かあったら呼ぶからよろしくな。
「ねぇ、トンネルって獣人族の商人だけが使ってる訳じゃないんでしょ?」
「だろうな。恐らく掘ったのはドワーフだろうし」
獣人がトンネル掘るとは思えないよな。いや、土竜族ならあり得るのか? そんな獣人がいるのか知らんけども。
「かち合っちゃったら逃げ場はないんじゃない?」
「そこはそれ、もうミッションは始まっているって事だ」
「どういう事かな?」
「全力で仲良くなれ」
上手くいけば向こうでの難易度が下がる。
「え~!? 失敗しちゃったらどうするの~?」
「最悪、彼らの記憶を誤魔化すとかやりようはあるけどな。できれば、そんな強引な手は使いたくないな」
信頼を得るのにそんな手は悪手だと言わざるを得ないだろう。
「まぁ、行商人が言うにはここで人と会う事は殆どないって話だから、そこまで心配する事はないと思うけどね」
念のためムーンジェスター人形を先行させるしな。
等々、あらゆるパターンは言い過ぎとしても、結構な数の状況を想定しての移動が始まった。
トンネルの手前の開けた場所で最初の野営を行う。当然のように俺の料理を強請られた。まぁ、それは予想できたので素直に従った。飯で苦情がなくなるなら安いもんだ。
朝を待ち、トンネルを抜けるべく移動を開始する。皆慎重になったので進む速度は遅かったが、幸いにも他者と魔物も含め出会う事はなく、無事にトンネルを抜けた。
「まずは最初の難関を無事に抜けたな」
「そうね」
トンネルで出会うとすれ違うしかないので誤魔化しが利かないのだ。ここさえ抜けてしまえば難易度はノーマルに戻る。
その後も周囲には細心の気を配り、慎重に慎重を重ねて目的地を目指した。
――のだが。
「なんだこれ?」
途中ドワーフと出会す事はなく、行商人に聞いていた目的の場所に着いた。そこまではいい。
だが、そんな俺達の目の前に広がっていたのは魔族もかくやと言う発展を遂げたドワーフの街――鋼鉄の街――を示す光景ではなかった。
「なんだか話を聞いて想像していたのと違うわね」
俺もそれには同意する。違和感しかない。
「アニメに出てくる欧州の田舎みたいだね~」
皆まで言うな、クミ。それ以上は危険だ。色々な意味で。
「クミの言っている事はよく分からないけど、この光景に違和感はあるわ」
そうなのだ。覚えるのは違和感。
だって、想像していたのは鉄鋼の街だ。石炭が焚かれ、黒い煙がもくもくと立ち上り、蒸気の音と鉄を叩く音が響く――そんな街並みだったのだが…
「なんて長閑なんだ…」
言うなれば牧歌的?
例えるなら、ドワーフと聞いて頭に思い浮かべるようなゲーム的鍛冶職人ではなく、ハイホーハイホーな童話の方のドワーフ。まさにそんな光景が目の前にあった。
「発展の方向性が違う? いや、それにしたってこれは……」
「だいたい芸術のゲの字も見当たらないんだけど。…素朴さばかりが目に付くわ」
「チロの推測が間違っているとは思えないし、どういうことかしらね」
「う~ん、場所を間違えたって事はないんだよね?」
「――――」
この時、俺は放心していた。
余りのイメージの違いに呆然としていたのだ。
ムーンジェスター人形を周囲に配置するどころか、警戒すらしていなかった。
有り体に言ってしまえば油断していた。周囲に全く注意が向いていなかった。
他者の接近をここまで許してしまうとは、痛恨の極みだ。
「あんれ~、珍しいんね。こんな田舎にお客さんだべか?」
あっさりとここの住人に見つかってしまったのだ。
お、落ち着け、俺。強硬手段は後回し。まずは交渉だ。
だいたい、向こうから話しかけてきたんだ、普通に会話することすら拒絶されるなんて事はない筈だ。でなければ行商だって成り立たない。
すー、はー。よし、やるぞ。
「こんにちは、初めまして。俺はゼン=イチローと言います」
「あんれまぁ、ご丁寧に。わたすはカルロータ言うだべ」
よしよし、順調だ。カルロータと名乗ったおばさんドワーフ――だよな?――は特に警戒もせず会話に応じてくれている。ここまではOKだ。
ちなみに女性陣には俺が交渉している間は口を挟むなと厳命してある。
ニコニコと営業スマイルしながら見守っているだけだ。
「だけんども、こんな田舎にどげな用があって来たんだべ?」
来た!
ここを上手く乗り切るのが第一関門だ。ここさえ乗り切れれば一気に楽になる筈。
「えっと、実はここに斬新な壺や小物入れを作る職人さんがいると行商人のウィーラーさんに教えて貰ったんですけど、ご存じないですか?」
「ああ、あの鼬族の商人さんの知り合いだべか」
よしっ! あの店主の名前を憶えておいてよかったぜ。知ってる名前を聞くと人は警戒心が一気に下がるものだからな。詐欺なんかでもよく使われる手――げふんげふん、良い子はマネしちゃダメだぞ、お兄さんとの約束だ。
「そうです、そうです! ウィーラーさんの扱う商品に漂う風情に感動してしまいまして、ぜひ制作者の方と直接お会いしてお話してみたいと思いやって来た次第でして」
畳みかけるようにここへやって来た訳を告げる。ここへ来た事に他意はないのだと伝えてしまうのだ。
(よくあれだけ咄嗟に言い訳できるよね~)ぼそ
(ここに来るまでにずっと考えていたんでしょうね)ぼそぼそ
(嘘は言っていないからいいんじゃない?)ぼそぼそぼそ
君達、ぼそぼそうるさいよ!?
「ふぜー……? なんだべ?」
「え!? 風情とは見た者の心に訴えるデザインなんですが、分かりませんか?」
「でぜーん? ああ! あんたら、ポンテールの客だんべか! あんなの欲しがるなんて変わっとるべな!」
え、ええっ!?
「ポンテールならこの先の村外れにある屋敷におるんね。川沿いの庭に大きな木がある赤い屋根の屋敷がそうだべ」
「あ、ありがとうございます」
俺が礼を言うとカルロータさんは「んだばなぁ」と言って去って行った。訳が分からない…
「ど、どういう事だ…?」
全ての予想を覆す事態に混乱するしかない俺だった。