04-05 妖精の地へ
さて、ここで今後の事を確認しておこう。
手に入れた情報は妖精の国がどこにあるかという事と、あの作品の制作者が誰かって事だ。
「まず場所だが、この緩衝地帯の北に広がる樹海を越えた先に大平原がある。その更に北一帯にある山脈の向こうが妖精族の収める地という話だ」
そう考えるとあの商人は相当遠くから来たんだな。もしかして売れないからってどんどん南下して来ちゃったとか、そんな落ちだったのだろうか。なんかすげぇな、行商人。ウィーラーって言ったっけか、憶えておこう。
「長い旅になりそうね」
「色々準備しないとだね~」
サエとクミがそんな事を言っている。何か勘違いしているな。
「何を暢気な事言ってんだ。そんな時間をかける暇なんてある訳ないだろ」
奴がこの世界に馴染んだって事は、以前とは違って自然回復するって事だ。それはつまり時間を掛ければ掛けるほど奴が力を蓄えるって事で、のんびり旅を楽しんでいる場合ではないのだ。
「じゃあ、どうするのよ」
「何かいい手でもあるの~?」
「もちろん、シュルヴィ――LSDに乗ってくに決まっている」
目印になる物が無いので“位相転移制御:月光”は使えない。あの作品達に魔力が込められていれば制作者の魔力を追って跳べたんだけどな。あの作品達には魔力の欠片も込められてはいなかった。あれらは純粋に技術のみで作られたモノだったのだ。
「え、ドラゴンに乗れるの!?」
「あの上級迷宮のドラゴンさんだよね!?」
ドラゴンに乗ると聞いた二人は過剰に反応した。
「そうだけど。え、どうした、そのテンション?」
そりゃもう、もの凄い勢いで二人に迫られて、俺も吃驚だ。
「だって! カミ君に付いてきたから結局アップルには乗れないままだったじゃない!」
「そうだよ~! 楽しみにしてたんだよ、ドラゴンに乗るの!」
「ならペッテルに残ってればよかったんじゃ――ごめん、俺が悪かったからそんなに睨まないで下さい」
途中でキッ!と二人に睨まれた俺はすごすごと引き下がった。うん、今のは俺が悪かった。例え冗談でも言っちゃダメだったな。
「アリスは静かだな。特に感慨はないか」
自分で招いた事とはいえ分が悪いので、ちょっと間を開けようとアリスに話題を振る。
「ううん、驚いてるだけ。チロがドラゴンを支配しているのは聞いてたし、この前の一件で分かっていたつもりだけど、自分がそのドラゴンに乗るなんて考えてもいなかったもん」
余程驚いているのか口調が素に戻っているアリス。
この世界ではドラゴンと言えば絶対強者の象徴だ。物語に出てくる英雄くらいしかその背に乗る事などできない。況してや千年ドラゴンともなると、その英雄ですら会話するのが精々なのだ。物語の中でもそれである。ぶっちゃけると宝石種のドラゴンであるアップルに乗れるヒデは、そんな英雄すら凌ぐ大英雄なのだ。今頃はペッテルで人気を不動のものにしているに違いない。
「楽しみね」
「そうだね~」
サエとクミはすっかり緊張感をなくしてしまった。ドラゴンに乗ると言うその一点に意識が向いてしまっている。
未知の場所に行く事に変わりはないんだけどな。言わなきゃよかったかもしれない。
「それで、妖精族って言っても色々いるけど、どこの国に行くの?」
「ああ、それを言ってなかったな。ドワーフだよ」
魔力も使わずにあの造形。然もありなん、あれはドワーフの作品だったのだ。それを店主から聞き出した時、俺は驚くより納得してしまったくらいだ。
「ドワーフかぁ、エルフに会ってみたかったな~」
「ダメよ、そんなの。よく考えて、クミ。エルフと言えば美男美女なのよ?」
「そうだよ~、だから見てみたいんじゃない。なに言ってるのサエちゃんは」
サエこそ何を考えているのかと言いたげなクミ。だがサエの態度は変わらない。俺にもよく分からない。何でだろ?
「だからこそよ。これ以上増えたらたまらないわ」
「はっ!? そうだったよ!」
おい、何の話をしている。
俺は別に女好きって訳じゃないぞ。嫌いでもないけどさ。
だからって見境なく手を出してる訳じゃないんだ。その言われ方は心外である。
確かに俺もエルフは見てみたいけど――どうせ見るなら女のエルフを見たいけど! それとこれとは全くの別物だ!
「大丈夫よ、チロ。私は分かってるから」
「アリス」
ありがとう。俺を分かってくれるのはアリスだけだよ。
「良い子がいたら応援するから安心して」
「ちがーう!」
そっちじゃなーい!
やっぱりアリスとは一度じっくり話をしないといけないようだな!
「先生、早く帰ってきて下さいね」
ラウは俺に抱きつき、頭をぐりぐりと擦りつけるようにしている。なんか凄く動物っぽい仕草だ。
ワイルドから出てきているバイウーは実に苦々しい顔をしている。ざまぁみろ。
ここは初級迷宮の最下層。シュルヴィをそのまま呼んだら大騒動なのでここから出発するのだ。
皆は見送りしたいと言うので連れてきた。義理堅い事である。
「ゼン様。ゼン様が不在の間は我々が子供達を守ります。安心して行ってきて下さい」
「この身に代えても」
「任せてくれ、ください」
「修行の方も自分達が見てるから大丈夫だよ」
「にーちゃん、戻った時にはにーちゃんがびっくりするくらい強くなっててやるからな!期待してろよ!」
「ワイルド! また先生にそんな口聞いて!」
俺に抱きついていたラウが顔を剥がしてワイルドを叱る。いつもの光景。
でも、うん。素直に嬉しいな。また大切な場所と仲間ができた。
日本ではボッチだった俺がこの世界に来てからどんどん大切なモノが増えていく。
「ああ、心配はしていないよ。みんなを信頼している。後の事はみんなに任せる」
「ゼン様…その信頼を裏切らぬよう全力を尽くします」
俺の言葉にカーティスが応え、フォルダンとルダイバーが頷いた。
「さあ二人とも、それくらいにしないとゼン達が出発できないよ。こっちにおいで」
「あ、ごめんなさい、兄さん。ほら、ワイルドも!」
「最近のラウは婆ちゃんみたいになってきたよな」
「なんですって!」
「こらこら」
「はは。じゃあ地上に転送するから転移陣に乗ってくれ」
相変わらずの子供達に苦笑しながら皆を転移陣に促す。皆を地上に帰してから俺達は出発する手筈なのだ。
「じゃあ、見送りありがとうな」
「はい! いってらっしゃい、先生!」
「おみやげよろしくな、にーちゃん」
「頑張れ」
「いってらっしゃませ、ゼン様。姐さん方」
「ご武運を」
「お戻りをお待ちしている、ます」
一人一人に頷いて返し、
「すぐ戻る」
――転送陣を起動させる。
すると皆が消えた後にバイウーだけが残っていた。
「なんでお前がまだいるんだよ。とっとと帰れ」
俺の憎まれ口にバイウーはふんと鼻を鳴らすと口を開いた。
『あの者達は我が護る。後顧の憂い無く自身の役目を全うしてくるがよい』
それだけ言ってバイウーは消えた。
なんだ、激励のつもりか? 似合わない事をしやがって。
バイウーも消えた後でサエが口を開いた。
「ここに来て三月も経ってないとは思えないわね」
「ね~、仲良くなったよね。最初会った時は、あの人達とこんな仲になるなんて思わなかったよ」
クミが言っているのはカーティス達の事だろうか。それとも両方か。
そう考えると本当だな。ここでの時間は実に充実していた。
予想とも予定とも違う結果ばかりだったけど、振り返れば楽しい時間だった。
「これもチロの人徳ね」
「それは違うよ、アリス。みんなが良い奴だったからこその結果だ」
実際、仲が壊れるような分岐はいくつもあった。それを乗り越えたのは俺じゃない。皆が皆、俺との繋がりを無くさないように選択肢を選んでくれた結果でしかない。
「そう考えると次の場所も楽しみになるよな。今度はどんな出会いが待っているんだろうってさ」
妖精族の地にしてドワーフの国。そして世界樹とその巫女。うん、楽しみだ。
かつて引き篭もりでボッチだった俺が人との出会いにワクワクするなんてなぁ。人生どう転ぶか分からないもんだ。
「楽しみなのは同意だけど、これ以上お嫁さんが増えるのは勘弁して欲しいわ」
「そうだよ~、順番待ちの時間は凄く寂しいんだよ?」
「そうなのよね。みんなで一緒にすれば順番待ちの寂しさは紛れるけど、自分一人だけを愛して貰いたいって気持ちもあるし…」
「何の話だよ!? てか、不満なのかよ!? 俺、結構頑張ってるつもりなんだけど!?」
「それは分かるんだけど、まだ足りないって言うか…ね」
「そうそう、もっと頑張ってって話だよ~」
簡単に言ってくれるな! 俺の最近の睡眠時間知ってて言ってるのか、こら!?
お前らは自分が満足すれば寝ちゃうけど、俺は全員が満足するまで寝られないんだぞ!?
「あのなぁ――」
「チロ? そろそろ出発した方がよくない?」
「ぐっ!?」
くそう、アリスの正論に返す言葉がない。
「そうね。早く出発しましょ」
「そうだね~、楽しみだなぁ」
ああ、どんどん俺の立場が弱くなる…