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04-04 泡 ~あぶく~

事態は急を要する。

妖精の雫(フェアリードロップ)”の事だけなら、この地での用件が終わってからのんびり出掛ければ済む話だったが、()を野放しにはしておけない。

しかし、俺は未だ決心が付かずにいた。


「“ビースト”はもう仕上げの段階に来ているからまだいい。だけどワイルドとラウはダメだ。まだまだ指導が必要だと思う」


宿の部屋で、俺はサエとクミ、それにアリスを前に悩みを打ち明けた。


「相談があるって言うから何かと思えば」


「妖精の国に急いで行かなきゃならない理由があるんだから行くしかないよね~?」


「ワイルドはダグラスが教えているから問題ないよね。チロが気にしているのはラウでしょ?」


その通りだ。

あれだけ周囲の大人に対して不信感を持っていたラウから得た信頼を失いたくない。俺の心情だけならまだしも、今度こそラウが大人への不信感から心を閉ざしてしまうかもしれないのだ。


「大丈夫だと思うけど」


「ね~? 平気だよね~」


「私も問題ないと思うよ、チロ」


だと言うのに、この三人は揃いも揃って平気だという。


「なんでそう思うんだよ」


そう聞き返さずにはいられない。


「あの子は、年齢こそ幼いけど大人だもの」


「事情を説明すれば、ちゃんと分かってくれると思うよ」


「ラウはチロを信頼してるもの。あの子はチロが自分を見捨てたりしないって分かってるよ」


その信頼を壊したくないと思って相談したのに、三人とも大丈夫の一点張りだ。


「まぁまぁ、案ずるより産むが易し、よ。明日みんなで話し合って決めましょ」


サエの意見「全部暴露しちゃえば?」にクミとアリスが賛成し、翌日()()で話し合う事になった。

うん、相談した甲斐がねぇ。







「世界樹ですか?」


ラウに限らず、俺達の事情を聞いた彼らの反応は皆同じだった。つまり呆気に取られているのだ。


先ほどのラウの言葉を意訳すると「世界樹って何ですか?」となるだろう。

事情を説明しても、彼らの知らない話ばかりなのだから当然だ。こうなるのが判っていたから相談したというのに…


「先日迷宮で言っていた、外界の神とやらの居所を突き止めたいと言うんだね?」


――あれ、通じた?


「昨晩バイウー様から聞かされたんだよ。ゼンは世界樹という樹の元へ行かなければならなくなったとね」


ユスティスだな。そういや、あいつは絶対神になったんだったか。なんとなく他の神々とは仲が悪そうなイメージがあったけど、今は明確にアイツの方が上なんだ。予め手を回しておいてくれたって事か。


「先生」


でもラウの表情は晴れない。とても納得しているとは言い難い。


「先生に大切なお仕事がある事は分かりました」


「うん」


「でも、わたしはまだまだで、先生に教わりたい事がもっともっとたくさんあります」


「うん」


「だけど、先生が頑張らないと、この世界が無くなってしまうかもしれないんですよね?」


「ああ、そうだな」


そうだ、この子は変に大人びていて物分りが良すぎる。だからキチンと説明すれば納得するだろうっていうアリス達の意見は尤もだし間違っていない。

だけど――


「先生は……そのお仕事が終わったら、ぐす……また、わたしの先生になってくれますかっ?」


ラウの顔はくしゃくしゃに歪み、次第に嗚咽を漏らしながらの言葉となっていく。


――俺が本心で心配していたのはきっとこれだ


物分りがいいから全て納得するかと言えばそんな事はない。いくら大人びていると言ってもラウはまだまだ子供だ。大人以上に多くを我慢しているに違いないんだ。


「ラウ」


俺がラウの名を呼ぶとその小さな体がびくりと震えた。

必死に涙を我慢しているその顔が、今にも決壊してしまいそうになっている。


「そう心配するな」


「え?」


「誰がなんと言おうと……具体的にはバカ虎が何て文句を言おうと、ラウは俺の弟子だ。そうだな?」


「は、はい!」


うん、いい返事だ。


「ラウの修行はまだ終わっていない。俺はラウを魔法師にすると約束した。それは一人前にするという意味であり、これは俺の誓いだ」


ずっと俯き気味だったラウの顔が上向き、俺の目を捉えた。


「じゃ、じゃあ…」


「すぐ終わらせて戻ってくるよ。それまで教えた事をちゃんと復習しておけよ。俺がいないからってサボるんじゃないぞ?」


「はいっ!」


今日初めて見せたラウの晴れやかな顔は、一番の笑顔だった。







ラウに笑顔が戻った事で、漸く落ち着いて話ができるようになった。主に俺の心情的に。


「結局、にーちゃん達の仕事って何なんだ? 大神(バイウー)様の言う事は難しくてよく分からなかったんだよな」


色々台無しなセリフだな、おい。だが、本心をよく表してもいる。

初めからそのつもりだった事だし、ちょっと説明しよう。


「この世界が他の世界の神に狙われている事は前に説明したよな。それは覚えているか?」


「世界ってなんだ?」


「そこからか」


周りを見渡せば異世界組はみんな頷いていた。アリスも含めて。

まぁ、そうだよな。そんなの分からない方が普通だ。


「サエとクミは分かるのか?」


そこで、そんなの分かっていますという澄まし顔の二人に聞いてみる。


「だから異世界でしょ、日本から見たこの世界みたいな」


「日本…地球ではないどこかだよね~」


やっぱり認識としてはそんなもんだよな。


「じゃあ、世界ってなんだって言われて説明できるか?」


「ちゃんと定義してよ。そんな曖昧な質問、後から何とでも言えるでしょ」


「日本で暮らしていたころなら地球って答えるところだけど…」


そう、実は世界って言葉は案外曖昧なものなんだよ。クミの答えが正解なら、じゃあこの世界は異星なのか? では異世界の神が攻めてきたって事は異星人(神)襲来なのか?


「答えは全てノーだ」


例えるなら“世界”とは宙に浮かぶシャボン玉のようなものだ。水の中の泡玉(あぶくだま)でもいいけどさ。

地球を含めた銀河やそれを取り巻く宇宙自体が一つの(あぶく)なのだ。

だから、異世界とはまさに俺達がいた世界とは“異なる世界”なのだ。

それぞれの世界にそれぞれの法則があり、その法則に従って世界は成り立っている。


「向こうにはない魔法や魔術、錬金術がこっちにあるのはそういう事だ」


なんて偉そうに言っているが、俺もつい先日ユスティスに聞いたばっかりだったりする。

そのユスティスも絶対神になって知ったそうだ。格が上がると情報量が増えるらしい。

と言うか、神って言っても世界に関する情報は開示されていないんだな。せいぜいが自分に関する属性や眷属の事くらいで、それ以外あんまりよく分かってないんじゃないの?

例外は絶対神から格を落としたセレ姉か。格を落としても知識に欠落は無いのかね? 今度聞いてみようか。


「もしかしてあたし達の召喚って凄く危険な事だったんじゃ…」


「そうだよ! 空気が合わなくて呼吸できないとかあったかも!」


「いや、召喚陣自体にその辺りをアジャストする機能があったから、それは大丈夫だったはずだ。元々この世界に適応できる世界からの召喚になっているんだ」


むしろ危険だったのは途中で落っことされた俺の方だよ。世界の狭間なんて生物が生きていけるような空間じゃないからな。まじで死ぬとこだった。


「つまり俺を含めてヒデやサエとクミは他の泡からこの世界に来た訳だ。ここまでは解るか?」


「世界って泡の事なのか?」


「そうだよ。ワイルドやラウにダグラスや緩衝地帯のその他ひっくるめた全部が詰まった泡がこの世界だ」


「すげぇでっかい泡なんだな! 割れたりしないのか?」


「丈夫だから割れないんだ」


「そうか!」


ま、ワイルドはこんなもんだろう。


「ゼン様、それで更に別の泡?から来た神がこの世界を狙っていると言う話でしたよね」


「そうそう、その話だ」


カーティスが上手く話を戻してくれたので、それに乗っかる事にする。


「それにいち早く気付いたユスティス、つまり魔神がそいつを瀕死に追い込んだ。また、そいつが引き連れてきた使徒共は俺と勇者で倒した」


ちゃんと話に付いてきてるか確認するために皆を見渡す。


「他の泡から強引に入り込んできた神は、この世界に馴染めない。世話をする使徒がいなくなれば、そのまま朽ちていくはずだったんだ。全て終わったはずだった」


「でも、そうはならなかったのね」


「ああ。違う泡から来た奴はこの世界にとって異物だ。だからユスティスには奴の居場所が追えていたんだが、それが突然見失ったと言うんだ」


「それはどういう事なんですか、先生?」


「どんな手を使ったか解らないが、どうやらこの世界に馴染んだようなんだ」


奴はこの世界の一部になった。しかもカムフラージュしているらしい。だからユスティスにも追えなくなった。


「それで先生が探しに行くんですね?」


「そうだ。厳密には知ってる人に会いに行くんだけどな」


人って言うか、樹だけど。しかも探すだけじゃなくて倒さないといけないんだけど。

ユスティスには絶対神になった反動というかデメリットがあって、気軽に動けなくなってしまったのだ。迂闊に動けば、と言うか戦えば、世界が半壊してしまうらしい。強くなりすぎたんだな。


だから奴とは俺が戦わないといけない。嫌だけど、本気で嫌だけど仕方がない。今日ここに来てそれを実感した。

ユスティスは絶対神になって他の神々に協力要請できる立場になった。もっとハッキリ言ってしまえば、恐らく命令できるのだ。

にも関わらず俺に依頼してきたって事は、俺じゃなきゃ奴を倒せないのだろうと思う。


「そのヒントをラウと出掛けた時に見つけたからさ。そんなに時間は掛からないと思うんだよな」


「あ、この前の…?」


「そそ」


「ふーん、出掛けたんだ。二人で?」


「そんなはずないだろう。アリスも一緒だ」


その辺りの事情はサエとクミに話してある。威圧のせいで他者を寄せ付けない例のアレだ。

だからこそ、この一言で一件落着の筈だった。


「あれ? あの日は先生と二人でしたよね」


ラウが暴露してしまうまでは。


「ち、違うんだ! 実はラウに見えないところにアリスもいたんだよ!」


必死な上にしどろもどろで色々台無しだ。かっこわるい俺。


「それについては今夜ゆっくり聞かせて貰うとして」


「今の話だと目星はついてるんだね~?」


「お、おう。ラウのお陰でな」


「え、わたしですか?」


「ラウが見つけた出店の店主が知ってたんだよ。ヒントになりそうな事をね」


店主とは時間を掛けて親密になる余裕がなかったので言霊を使って聞き出している。

と言っても強引に抜き取った訳ではなく、適当な会話をして制作者についての記憶が表層に出てきたところを見計らって軽く質問しただけだ。


「種族が発展したんだろうな。明らかに獣人族(ここ)にはない芸術性を持った作品を扱っていたんだ。店主が魔国や狐族のエリアで見かけない種族である以上、間違いなく妖精の国と関わりがある」


妖精の国に行き、排他種族っぽい妖精族とコネを作って世界樹にさえ辿り着ければ今回のミッションは終わりだ。

また今度“妖精の雫(フェアリードロップ)”を探しに行かなきゃだけど、それは急がなくていい。


「って事だから、すぐ済むと思うんだよね。だから行くのは俺とアリスで充分――」


「却下よ」


「当然、付いていくからね~」


「諦めた方がいいわよ、チロ」


「そうよ。どうせまた行く事になるんだし、顔を覚えて貰った方がいいでしょ」


「む。それは確かにそうかも」


「ね? だから一緒に連れて行ってね~」


こうなってしまっては俺一人が反対したところでもう覆らない。仕方ないので釘だけは刺しておく事にする。


「フットワークの軽さが求められるんだ。泣き言言ったら強制送還するからな」


「分かったわ」


「う。が、頑張るよ」


体力に自信のあるサエは即頷き、自信のないクミは答えに詰まった。

緩衝地帯(ここ)に来る際もクミは苦しそうだったからな。


「心にもないくせに」


うるさいな!

口には出せずにアリスの突っ込みに内心で反論する俺だった。俺弱ぇ。







 

※追記

 一箇所「、(読点)」が多かったので削除。

 

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