04-03 ヒント
全く進展がないのは変わらないが、心理的な余裕ができた。
ユスティスにはまたメタだと言われるかも知れないが、的を得ているのは間違いないと思う。
と言うのも、そもそも全く交流がないのに違和感を探せって点からして矛盾してるだろって話だ。
ここにいて違和感を覚えるって事は、多少なりと妖精族に関わる何かが獣人族に入り込んでいるって意味だからな。
つまりユスティスのヒントは、その僅かな繋がりを手繰り寄せろってアドバイスな訳だ。
その僅かな繋がりを見付けるまでは普段通り過ごすしかないんだよ。
「じゃあ、魔力操作の練習な。魔法師になった事で魔力操作能力自体は格段に上がった事と思う」
「はい、先生。先日までの苦労が嘘のように楽にできるようになりました」
そうなんだよな。不思議なんだが、魔法師は他の術師と比べても魔力操作に長けているんだ。
まぁ、それこそが魔法師の才能だと言われれば納得するしかない。
実際、アリスやケイト姉は魔力操作上手いしな。案外的を得ているのかもしれない。
「と言う訳で、今日からは難易度を上げるぞ」
「は、はい」
俺の難しくなる宣言に、ラウは緊張した声で返事をする。
「魔法師は他の術師と違う特別なシチュエーションがあるんだ。何だか分かるか?」
「え? 分かりません…ごめんなさい」
何故謝る。
「謝る事はないよ。今のは経験の浅いラウには意地悪な質問だったからな」
「そうなんですか?」
「うん。答えは、自分または他者の肉体を介して敵と戦う場合があるって事だ」
「肉体を介して?」
「そう」
魔術師や錬金術師は敵の術師と戦う際に直接魔力同士でぶつかり合う事はない。
魔術師は現象を起こすため、その空間の支配力を争う事になり、錬金術師の場合は対象となる物質に対して支配力を競う事になる。
「そして、魔術師と錬金術師は他者と競った場合、注ぎ込む魔力の過多で勝負が決まる。簡単に言うと、魔力を多く注ぎ込んだ方が勝つんだ。単純なパワー勝負になるって訳だな」
「魔力量の勝負であって、魔力操作ではないんですね」
「その通り」
やっぱり頭のいい子だな、この子は。
「対して魔法師だ。魔法師は基本的に癒す事に主眼が置かれているから争う事自体が珍しい。が、珍しいだけで無い訳ではないんだ」
「でも、争うってどうやってですか?」
「裏呪文」
癒すための魔法を逆に唱えると、傷を与える呪文に変化する。これを裏呪文、又は反転詠唱と言う。
神によっては禁呪に指定して、自らの使徒たる魔法師に使わせない事もあるようだけどな。
だが禁止するという事は、言い換えれば使おうと思えば使えるって事だ。使えるなら、対峙する機会がないとは言えない。
「自分は使わなくても、相手が使ってくる場合があると覚えておけ」
「は、はい」
「で、これが何で魔力操作の勝負になるかと言うと、魔法とは基本的に対象とする身体に効果を及ぼすものだからだ」
術師のように魔力をたくさん込めればいいというものじゃない。多過ぎる魔力を込めれば魔法が効果を発揮しないどころか、場合によっては身体が魔力の圧に耐え切れず崩壊を始めてしまう。
勿論、種族によって耐えられる魔力量は異なるが、結果は同じだ。
裏呪文によって込められた敵の魔力を往なし、時には弾いて自らの魔力だけを対象に沁み込ませる。
腕のいい魔法師は、そうやって対象の身体を守りながら行使するものなのだ。
そして、その対象とは多くの場合味方であり、時には家族かもしれないし、また自分かもしれない。
そんな自分を含めた味方の身体を守りつつ癒すには繊細な魔力操作が必要となる。
「つまり、魔法師は力技ではダメって事だ。相応の技術がなければ勤まらない、それが魔法師だ。分かったか?」
「はい!」
「という事で前置きが長くなったが、ようやく本題だ。と言ってもやる事はこれまでと一緒だよ。この水を掻き混ぜるだけ」
バケツ大の透明なカップに入った例の水溶液。魔力でそれを掻き混ぜる。但し――
「但し、俺の妨害を掻い潜って行う事」
「ええっ!?」
「俺が逆回転させたり、ぐっちゃぐちゃに波立てたりする中で、今まで通りに綺麗に掻き混ぜる事ができたら合格だ」
「そんなぁ! 先生は魔力操作に長けた“月の神”の化身じゃないですか!」
「もちろん、手加減はするよ。段階的に難易度を上げていくだけだ」
「はうぅ…」
「敵との勝負に限らず、魔力操作に長けると言う事は取りも直さず魔力運用に長けるという事だ。今後魔法師をやって行く上で絶対に役に立つ事は間違いない」
「ううっ……はい、頑張ります…」
いや、何もそんな泣きそうな顔で言わなくても。
そんなに嫌かなぁ。ちょっとショックだわ。
そんな訳で、ラウの修行は次の段階へと移行した。
だからと言って、ラウとの親睦を図る時間がなくなる訳ではない。
魔力操作の修行はとてもとても地味なのだ。
従って気分転換が必要になる訳で、ちょくちょく二人でお出かけするつもりだ。今も、こうやって二人でお出かけしている。
いや、実はちょっと離れた所にアリスもいるのだが、気を利かせたつもりなのか目に映る場所に出てこようとしない。なんだかなぁ。
これまではルダイバーも一緒だったのだが――解除師の修行も負けないくらい地味できついのだ――今“ビースト”の面々は揃って迷宮に篭もっている。
以前のアレ――“調教師”による迷宮の踏破――で心が折れたかと思ったが、むしろ早く自力で踏破できるようになりたいと頑張っているようだ。
どうやら、俺達は例外と受け取ったらしい。
ちょっと複雑だが、まぁそれでやる気が保てるなら構わないさ。
閑話休題。
サエとクミには、バレたら「ラウちゃんばっかりデートしてずるい」と言われそうなので、お出かけの事は内緒である。
ちなみにアリスは全く気にせずニコニコしている。さっき言ったようにラウの懐柔に積極的なくらいだ。
曰く、
「あの子はチロの事、ちゃんと好きだからいいよ」
だそうだ。
――いや、ちょっと待て
まさかあいつ、ラウを八番目とか考えてないだろうな!?
ラウにはワイルドがいるだろ!?
大体、ラウが俺に向ける好意は親愛の情であって、恋愛のそれではないぞ。
アリスは割と真面だと思ってたけど、一度ハッキリ話を付けておいた方がよさそうな気がしてきた。
「どうしたんですか、先生?」
気が付けばラウが俺の袖を掴んで引っ張っている。
「いや、どうもしてないよ? どうかしてるように見えたか?」
めちゃくちゃ動揺していたが素っ惚けてみる。
「顔が面白い事になってました。ぷぷっ」
がーん!
ホントに口が悪いな、この子は!
俺がショックを受けている隙を突いて、ラウは俺の手を握る。
「先生が迷子になると困るから」
にっこり笑ったその笑顔は肉親に向けるものと同じだ。
どうやら俺はこの子に身内と認めて貰えたようだった。
――この信頼を決して裏切らない
改めて、そう誓う。
この子だけじゃない、他の皆もそうだ。セレ姉との件があって以来、特にそう思うようになった。
そんな人間――いや神様か――にならなきゃ、きっと誰も付いて来てはくれないだろう。
俺に何ができるのかなんて分からないけど、それだけは守りたいと思う。
こうしてのんびりできる時間は、とても貴重で幸せなものだ。
だけど、奴が何か企んでいるのを知っている身としては、こんな事していていいのかな、とも思ってしまう。
じっと待つのって苦手なんだよ。模型作りとか鍵開けとか、何か集中できる事があれば全く苦にならないんだけどな。
もっとも、本当にそれをやると作業に集中しすぎてヒントを見逃すだろう事は間違いない。
「だからって闇雲に動けないしなぁ」
焦ってもいい結果は生まれない。
よく言われる言葉で、俺もその通りだと思うんだけどね。
やらなきゃいけない事はあるのに、できる事がないって苦痛だよな。
「先生、あそこ!」
ん、なんだ?
「ラウ、どうした?」
「あの出店、昨日までなかったんです。初めて見る店ですよ。見に行ってもいいですか?」
「もちろん、いいよ」
「わーい!」
ラウは握っていた手を解き、出店へ走って行く。
こういうところは子供だなぁ。
反面、新しい店に興味が行くのは、あの歳でもう女と言う事か。末恐ろしいな。
「何かいい物見つけたか?」
のんびり歩いて追い付くと、ラウに声を掛けた。
「よく分かんない物がいっぱいです」
なんだそりゃ。
「おじさん、これなんですか?」
「ん? ん、んー、これはアレだよ。新しいデザインの壺さ」
「ふぅん? 何だか机に置いたら倒れちゃいそうね」
「それが…風情ってものだよ、お嬢ちゃん」
……おいおい。
これはもしかしなくてもそうじゃないのか。
俺は思うところあって、店から少し離れてラウを呼ぶ。
「ラウ! 買い物中済まないが、ちょっと来てくれ」
ラウはすぐに店主との会話を切り上げて走って来てくれた。
「何ですか、先生?」
「今、店主との会話の途中で首を傾げたろ? 何か変な所でもあったか?」
俺の考え通りなら、答えは恐らく…
「はい。聞いた事のない言葉があったから何だろうって思って」
やはりか。
「そっか。どの言葉が解らなかった?」
「えっと…デセイン? デゼニン?」
「デザインな。それから?」
「えっと、後はフズー? というのが分かりませんでした」
「デザインと風情か。なるほどね」
思った通りだ。
これがユスティスの言っていた切欠――ヒントだ。
ずいぶん早ぇな。もっとかかると思ってたわ。いや、助かるけどさ。
「先生には分かるんですか? どんな意味があるんです?」
「んー、デザインとは一言で言うと意匠の事だな」
「いしょー、ですか?」
「そうだな、分かり易く言うなら……例えば機能性、えーと便利さを追求した形だったり――」
「あ、それなら解ります。使いやすさの事ですね」
「その通り。そして、或いは――
――心象的なものだったりね」
実用一辺倒が大部分を占めるこの世界で、芸術性――美を追求する段階に足を踏み入れた者しか使わない言葉――デザイン。
そして風情とは侘寂の事だ。質素で静かな佇まいと枯れた味わい。それを楽しむ心情だ。
それは和の心と言い換えてもいいかもしれない。
うん、この異世界で和の心なんて言葉を使う日が来るとは思わなかったぜ。
そして重要なのは、そんな物をこの世界の人間や獣人に理解できるとは思えないって事だ。
恐らく言った店主本人も、よく分かっていないで使っているのだろう。言い方がぎこちないから間違いない。
――なら、店主はどこでその言葉を聞いた?
考えられるのは、それを理解する者と接する機会が多いのではないのかという事。
恐らく、この壺の製作者が使っていたのを聞き覚えたんだ。
だいたい、この店主はラウを見ても態度に全く変化がない。見上げた商魂だと思ったが、どうやら違う。
この店主は鼠族…いや、鼬族か? どちらにしろ、この辺りでは見かけない種族だ。
混血は人間の国と領地が接していて、ここのように衝突するか、反対に親しく交流している地域特有のものだ。
言い換えれば人間の国と交わらない地域に居を構える種族は混血そのものを知らない可能性が高いという事。
買い物好きなラウが一目で初めての店だと言い切ったところからして、緩衝地帯に来たのも初めてなんだろう。
態々知らない土地まで売りに来たのも、これらの製品が地元では理解されなくて売れなかったからだと考えれば納得できる。
この商人がどこまで芸術を理解しているのかは疑問だが、商人としての勘が売れると訴えたのかもしれない。
その勘は外れているとしか思えないけども。
「売りに行くならここじゃなくて狐族か魔国だよなぁ」
それはともかく、この商人がこれらの品を仕入れた地。
その地が目指す場所だとはさすがに言い切れないが、きっとそこに更なるヒントがある事だろう。