04-01 事後処理
四章開始。
ですが話自体は三章の続きです。
人間の国家による緩衝地帯侵攻から二日後。俺達は虎族の屋敷に集まった。
「結果的に侵攻自体は未遂だったからか騒動もすぐに収まったけど、凄い騒ぎだったよな」
「また迷宮探索のローテーション、リセットされちゃったかな~?」
「どうかしらね。念のため、また様子を見た方がいいかもしれないわ」
うーん、どうするか…
結果的に俺達主導とは言え、ここの迷宮は踏破しちゃったんだよな。
ラウとワイルドを鍛える目的があるから、まだ暫くは攻略を続けるつもりだけど、もう“ビースト”の四人は本迷宮に移ってもやっていけるだけの実力が身に付いている。
「その事なんですが」
「ん? どうした、何かあったのか?」
カーティスがおずおずと話を切り出してきたので先を促す。
「昨日、全員揃って事情説明に来るようにとギルドから遣いが来ました」
ギルドから?
「何でわざわざ、というか俺たちをピンポイントで名指しするのはどうしてだ」
「そりゃあ訳知り顔で規制線張ってれば疑われるわよ」
「だよねぇ。完全にわたし達関係者ですって言ってるようなものだもんね~」
呆れたようにサエとクミが教えてくれた。
「言われてみれば、それもそうか」
俺は隠れてただけだけど、軍と対峙していたからそっちまで気が回らなかったわ。
「ええっと、住民達を押し止めている時にね」
おずおずと今度はダグラスが口を開いた。
「ダグラスも何かあるのか?」
「うん。騒ぎの時にね、自分の傍にギルドマスターがいたから簡単に説明したんだよ。君たち“調教師”が事態を収拾するから冒険者や住民には手を出させず抑えていて欲しいとね」
ああ、そりゃあ名指しで呼ばれもするわ。納得した。
「先生、私たちどうなっちゃうんですか?」
「また、ここも追い出されるのか…?」
ラウとワイルドが不安そうな顔を見せる。過去の苦い思い出が蘇ったのだろうか。
うん、子供達を不安にさせてはダメだな。
「別に追い出されるような事してないだろ。仮にそうだとしても、そうならないように話を付けるさ。心配するな」
二人の頭をくしゃくしゃっと少し乱暴に撫でて落ち着かせると、俺は皆を促す。
「んじゃ、行くか」
俺たちは全員でギルドへと向かった。
ギルドに着くと、俺達は広い会議室のような部屋に案内された。
案内役は当然のようにリリアンだ。
「失礼いたします。“ビースト”“調教師”“夜に咲く花”の方々がお見えになりました」
ノックをして一歩中に入り、そう告げるとリリアンは俺達に道を譲り中へ入るよう促す。
全員が中に入ったのを確認すると、リリアンはそっと扉を閉め部屋から出て行った。
中には十人ほど――種族もバラバラな獣人達――が待ち受けていた。
中には見知った顔もある。初日に俺達の受付けをしてくれた狸族のおっちゃんだ。確かエルヴィスとかいう顔に似合わない名前だった筈。
だが、これでここが何の集まりなのか全く判らなくなった。
最初はお偉いさん達の前で質問攻めにでもされるのかと思っていたんだが、受付のおっちゃんまでいるとなると判断に困る。
「そう緊張しなくてもいい。と言っても、さすがにギルドの幹部が揃っている場では、それも無理な注文か」
わっはっは、と蜥蜴族の男性が豪快に笑って言った。
――って、こいつらやっぱり幹部連中だったのかよ!?
「待て。幹部って、受付けのおっちゃんまでいるのはナゼだ!?」
「ん? ああ、彼は副ギルドマスターのエルヴィスだ。受付業務から伸し上った叩き上げでね。今でも初心を忘れないようにと受付業務をする事があるんだよ」
「ふざけんのはその名前だけにしとけや!」
副ギルドマスターが受付業務? どんな冗談だ!
俺の内心を知ってか知らずか、本人はこっちを見てヒラヒラと手を振っている。
何か無性に腹が立つんだが。
「申し遅れたが、私はギルドマスターのアンビエンスだ。部下が君に救われた話は聞いている。改めてお礼を言わせて欲しい。ありがとう」
「お、おお」
くそう、そんな大人な態度を取られるとガキ丸出しのこっちの立場がなくなるだろうが。
「気にするな。ああいった場面では当然の事だろう。お互い様ってもんだ」
俺が何とか取り繕ってそう言うと、ギルドマスターは大きく頷いて続けた。
「うむ。その通りだが、二人が君に救われたのは確かだ。そこに感謝の気持ちが湧くのもまた当然の事だろう」
そう言ってニヤリと笑う。爬虫類の顔――このギルドマスターは全身蜥蜴だ――でやられても分かり辛いが、妙に似合っていると思った。
「今回の事態は、その件と繋がっていると我々は考えている」
そりゃ、そう考えるよな。今まで見なかった人間がこの短時間で二度も関わっている訳だし。
「そこに一番深く関わっているのも君達だと思っている」
「だろうね」
「話して貰えるかな?」
「こっちもそのつもりで来た。問題ない」
ここに来るまでに、どこまで話すかは決めてある。
結論から言うと、ほぼ全て話してしまうつもりだった。
口先で煙に巻く事はできるがメリットがない。
神々の事情が絡む以上、全て話した上で納得して貰った方が後々のためにもいいと判断したのだ。
「まず言っておく。俺は狐族ではない。俺の名はムーンジェスター。迷宮を含めた、この緩衝地帯を治める事になった、太陽の神バーセレミと月の神ユスティスの弟神だ」
そう言って“物真似ピエロ”を解き、魔神の因子を活性化させた。
頭髪の右半分が銀髪となり、左目が金眼となる。魔神モードだ。
威圧だけは抑えているけどね。じゃないと全員怯えて話にならなくなる。
「な、なんと…」
「まさか、神が直々に?」
「だが、なぜ我らの神ではないのだ」
等々、ギルドマスターを始め幹部連中が動揺し、また疑問を口にした。
「ゼン様?」
「先生…?」
いや、幹部だけじゃない。後ろでカーティス達まで呆気に取られているのが伝わってきた。
そういや、この姿を見せるのは初めてか。
「まず、事の起こりはこうだ――」
緊張に身を強張らせた幹部達に、俺は初めから説明していった。
「――とまぁそう言う訳で、この緩衝地帯は巻き添えを食ったと言う訳だ。済まなかったな」
一応は一通り話したが、どこまで理解しているのか判断が難しい。緊張から固まっているせいで反応が薄くて読めないのだ。
何か言葉でも発してくれれば一発で分かるのに。
「は、それは、結果として被害はなかったのですから特に言う事はありません」
さすがにギルドマスターという事だろうか。やはり最初に復帰したのはアンビエンスだった。
「ですが、この地が元々は人間の神の支配地域だったなどとは…」
「すぐに信じられるものじゃないって?」
この反応は予想の範疇だけど、証拠はないんだよな。
実は本迷宮以外にも迷宮を造っているのはセレ姉だけなんだが、それは獣神が造らないという証明にはならないのだ。
さて、どうするか。
どうやって納得して貰ったものかと悩み始めたところで脇から声が掛かった。
『事実である』
おや、出てきたのか。
「ば、大神さま!?」
背後でワイルドの裏返った声が響いた。
振り返れば、ワイルドの隣に白く巨大な虎が顕現している。
バイウーは今、ワイルドの中にいるからな。話は全部聞いていたんだろう。
『この地はかつて我が太陽神から奪い取ったものだ。此度それを返還する事になり、返された女神がそこの小僧に贈与した。それだけの事だ』
「ほほー、喧嘩売るってんなら買うぞ。この死に損ないが」
『やれるものならやってみろ、小童』
売り言葉に買い言葉。あっという間に一触即発の事態だ。
「また始まったわ」
「よくやるわね。本当は気の合う仲良しさんのくせに」
「ね~、仲良しさんだよね~。楽しそうにじゃれ合ってるもんね~」
「そこっ! 聞こえてるぞ!?」
誰と誰が仲良しさんだって!?
「せ、先生、落ち着いて下さい!?」
『そうだ、小童と仲が良いなどと心外である』
「あなたは黙っていなさい!」
ラウに一喝されたバイウーが呆然とした。すぐに我を取り戻したが酷く慌てている。
『み、巫女よ、我が巫女よ。それは余りにも酷くはないか!? 我とこやつとの態度に差があり過ぎはしないだろうか』
「差があって当然ですっ! 先生はわたしの先生で素晴らしい方です! そんなわたしの先生に喧嘩を売るなんて、絶対にあなたの方が間違っていますっ!」
『おおお! おおおお! 何という事だ! 我が巫女が小童に篭絡されてしまうとは!』
「人聞きの悪い事言うなっ!」
……と、こんな感じで半ば有耶無耶にした感が満載だったが、神々の事情という事は伝わったようである。何とか納得してくれた。自分達の力の及ぶ範疇に無いという意味でだけど。
何だかんだ言って、バイウーが口添えしてくれた事が大きいと思う。業腹だが。
というのも、実はバイウーは獣神達のリーダー格なのだ。業腹だが。
故に獣人達はバイウーを大神と呼ぶ。業腹だが。
ま、「緩衝地帯と初級迷宮は現状のままでいい。俺は関知しない」と言ったらギルドの面々は安心していたので、特に問題にはならないだろう。
無論、俺の事は他言無用と言い含めておいた。
翌日、ギルドから街の住人へ今回の件について発表があった。
詳細には触れず、少しの真実を交えただけの当たり障りのない内容だった。
これで今回の騒動は一件落着と考えていいだろう。
蜥蜴族の扱いについて補足。というか裏設定開示。
蜥蜴族は元はリーザードマン、つまり魔物です。一部のリザードマンが理性を持ち進化したのです。
そして、彼らの神は蜥蜴の神ではなく蛇神です。蛇神が神へと昇華した際、眷属を持たなかった彼の神は進化した彼らを眷属としたのです。
だから蜥蜴族は全員が全身蜥蜴なのです。
ちなみに蜥蜴族にならなかったリザードマン達は普通に魔物として存在しています。