01-04 愛称
そして俺は魔王様の息子となった。うん、訳が分からん。
「あら、イチローは私の何が不満なのかしら」
そんな俺に、魔王様が気遣って声をかけてくれる。てか、“私の”!?
「いえ、不満じゃなくて、戸惑っているんです」
オブラートに包みつつも本音を告げた。
「嫌だわ、そんな他人行儀な言葉使いはやめて頂戴。これから私達は、ずーっと一緒に暮らすのだから」
そんな事を言われても、どうしろと…てか、“ずーっと”って!?
「普段通りでいいのよ? 誰も咎めないわ」
「分かりま…分かった」
丁寧な言葉遣いをやめた俺を見て、魔王様は嬉しそうに笑った。
(やっべー、惚れそう)
そう思ってしまうほど、その笑顔は綺麗で可愛かった。
「魔王様、あの――」
俺が声をかけようとすると、ぴたっと魔王様の動きが止まった。そして、振り向く。
「イチロー? 私の事は『お母さん』と呼んで頂戴。母さん、母様でもいいわよ?」
凄いプレッシャーだった。顔は笑っているが、目が笑っていない。
――殺される
俺は本気でそう思った。
「さ、イチロー。呼んでみて?」
逆らえる筈も無く、俺は覚悟を決めて『母さん』と呼ぼうとした。
「…か――っ!?」
しかし、口から出る寸前で拒絶反応が出た。日本で実の母親を『母さん』と呼んでいたからだと思う。どうしても同じ呼び方は出来なかった。
「か、母様…」
「はい。何かしら?」
呼び方を変える事で拒絶反応を回避した俺に、まお…母様は、先程より嬉しそうに微笑んだ。
「イチロー、あなたに家族を紹介します」
「家族?」
「ええ、謁見の間で会ったでしょう。あの子達は、私の妹なのよ」
あの、ゆるふわ美人さんは、やっぱり姉妹だったか。それとワンレン美人さんにアリスちゃんの事だろうか。そして、母様に手を引かれて入った部屋には、予想通りの三人が待っていた。
「まずは私、あなたのお母さんよ。姉妹の長女でもあるわ。アルベルティーナが本名です。魔王としか呼ばれなくなっちゃったけどね」
寂しそうに笑いながらそう言った。なお年齢は内緒だそうだ。この世界でも女性に年齢を聞くのはご法度らしい。
次に、ゆるふわ美人さんが紹介された。
「次女のジョセフィーナよ」
すると、ゆるふわ美人さん改め、ジョセフィーナさんはゆっくりとお辞儀をしてにっこりと笑う。うん、この笑顔は、まお…母様にそっくりだ。
「ジョセフィーナです。魔法師をしています。よろしくね、チロちゃん」
「チロちゃん?」
まさか、俺の事?
「これから家族になるんだし、愛称で呼びたいと思って。ダメ?」
人差し指を頬に当て、小首を傾げるジョセフィーナさん。人によってはあざとくも見える仕草だが、俺には御馳走です。そんな可愛らしい仕草で言われたらダメなんて言えない。
それにしても『チロ』とは…ペットの名前のようだ。これは反撃しなければなるまい。
「じゃ、じゃあ、俺も愛称で呼んでもいい?」
反撃、それは至って真面で、且つ元の名前を連想しにくい愛称を付ける事だ。別に意地悪でするんじゃないぞ。自分だけの特別な名前で美女を呼ぶって、なんか良くないか?
「いいわ。何て呼んでくれるのかしら?」
よし、許可を得た。ネット住人を舐めるなよ。
ジョセフィーナの愛称はジョージー、フィーナ等があるが、ここはこいつだ。
「フィン。フィン姉って呼びたい」
「まあ、可愛いわ!」
拒否されることもなく、即決だった。
余程嬉しかったのか、そのままぎゅうっと俺を抱き締める。俺の顔が柔らかい膨らみで覆われてしまった。し、幸せ過ぎる。
「じゃあこれからは、みんなもわたしの事はフィンって呼んでね」
相当気に入ってくれたらしく、他の姉妹にも同じように呼んで欲しいと告げている。もちろん俺は抱き締められたままだ。天国はここにあったのか。
「オホン。程々にしておきなさい、フィン」
母様が見兼ねて注意する。
「はあい」
フィン姉は返事をしながら、俺を解放してくれた。名残惜しいが仕方あるまい。
「次は三女のカトリーナね」
そう言ってワンレン黒髪美人さんが紹介された。
「カトリーナよ。魔術師をしているわ。よろしくね、チロ」
パチリとウィンクされた。すげー様になっている。カッコ美しい。
「よ、よろしく」
「それで、あたしにはどんな愛称を付けてくれるのかしら」
来たよ、無茶ぶり。そんな気はしてたけどさ。
「んー、ケイト。ケイト姉って呼ぶ」
「あら、リンって言うかと思ってたのに」
やはりそう予想していたか。謁見の間での役割から言って、この子は切れ者だと思っていた。こっちも予想通りだったって訳さ。
「うん、だから変えてみた」
「裏を掻かれた訳か。中々やるわね」
口ではこんな事言ってるけど、その手はずっと俺の頭を撫でている。どうやら俺は可愛がられているようだ。
「最後に末妹のクリスティーナよ」
最後にアリスちゃんが紹介された。
「クリスティーナです。れ、錬金術師ですっ」
何ですと!?
今、聞き捨てならない単語が聞こえた気がするぞ!?
「錬金術!?」
「え…?」
そんな俺の反応にアリスちゃんが戸惑った声を出した。
「あら、イチローは錬金術に興味があるの?」
そこへ母様が言葉を重ねて聞いてくる。
「あ、うん。少しね」
少しどころか、出来るなら覚えたいと思っています。
「なら丁度良かったわ。イチローは今後、この子達からそれぞれ得意な分野を教えて貰いなさい」
「それぞれ得意な分野?」
「ええ。自己紹介の時に言ってたでしょう?ジョ…フィンは魔法。ケイトは魔術。そして、クリスティーナは錬金術よ」
ほうほう、魔法と魔術の違いがよく分からないが、それは教えて貰う時に聞けばいいか。何にせよ、俺には強くなると言う目標があるのだ。教えてくれると言うなら願ったり叶ったりだ。
「――あのっ!」
「わっ!?」
自分の考えに埋没していたら、クリスティーナに声を掛けられた。結構大きい声出すんだな。もっと大人しい子ってイメージだったのに。
「私の愛称は?」
「え?」
「だからっ!私の愛称は何ですか!?」
「ああ、そう言えばクリスティーナだけ愛称決めて貰って無いわね」
思い出したように母様が告げた。
「――あ」
そう言えばそうだったか。錬金術に気を取られちゃって忘れたんだな。
「じゃあ…アリス」
「え!?」
驚いているクリスティーナ。そりゃあ驚きもするだろう。元の名前と何の関係も無いもんな。
「ねえ、チロ。それ、クリスティーナとどんな関係があるの?」
さすがに訝しんだのだろう、ケイト姉が聞いてきた。
「強いて言うなら、俺のイメージ的な?」
「訳が分からないんだけど…」
ケイト姉は納得がいかないようだ。そりゃそうだろう。
「じゃあ不評なんで、クリス」
「何の捻りも無いわねえ」
母様、余計な突っ込みはしないで下さい。どうしろと!
「――アリスでいい…」
ぼそっと呟くクリスティーナ。そんな諦めたような声で言わなくても!
「本人がいいって言うならいいのかしら」
ケイト姉が折れた。
「そうねえ」
母様も、それでいいらしい。
フィン姉は終始ニコニコしている。やはり天然な人だったか。
「じゃあ、これからはアリスって呼ぶね」
そう言って最終確認をする。
「…………」
あれ?何か不満そう。納得したんじゃなかったのか?
「アリス?」
「……姉」
ん?何だ?
「だから、アリス姉」
「…何で?」
どうしてそうなる?
「私の方が年上! お姉ちゃん!」
「…なるほど」
アリスの言い分は分かった。でもな、俺の実際の年齢は十五歳なんだよ。
フィン姉はもちろん、ケイト姉までなら姉と呼ぶ事にさしたる抵抗は無い。
だがアリス、お前はダメだ。お前を姉と呼ぶ事は、俺のなけなしのプライドが許さねえ。
「アリス」
「っ!?」
俺とアリス、二人の間に緊張が走る。
「アリス姉って呼んで!」
「やだ!」
「な、なんでよ!?」
「だって、そんなに歳違わないし」
「やだ! 呼んで!」
「絶対呼ばない」
「!?」
そんな俺達を母様達は生暖かい目で見ている。
「仲が良いのか、悪いのか」
「楽しそうね~」
「楽しいのかしら、あれ」
そんな感じで、俺にこの世界の家族が出来た。
余談だが、母様も愛称が欲しいと言うので、今後はベル母様と呼ぶ事にした。
無論、アルベルティーナのベルだ。
他の三人はベル姉さんとかベルお姉ちゃんと呼んでいる。
続きが書けたので投稿。