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03-24 大切な事は

 

「ふぁぁぁ…よく寝た」


目が覚めた俺は起き上がって伸びをする。


『おはよう、ジェス。よく眠れた?』


「おかげさまで、ぐっすりだよ。にしてはまだ暗いんだけど、俺何時間眠ってた?」


まさか丸一日眠りこけてた訳じゃないよな?


『二時間というところかしら』


「ええ!? まさか、そんな訳ないだろ。こんなにスッキリしてるのに!」


少なくとも六時間は寝たような熟睡感がある。

頭もハッキリしているし、眠る前のどこかいい加減で、全てがどうでもよくなったような気分が無くなっていた。

…こうして冷静に振り返るとだいぶヤバい状態だったんだな、俺。

いや、待て。セレ姉が、やけにニコニコしている。


「俺に何かしたのか?」


『ええ。頑張ったジェスの疲れが取れるように魔法を掛けました』


「――ああ、身体系の魔法にそういうのがあるのか」


『はい。ジェスの使う魔法でも充分ではあるのだけど、それでは完全には治せないの』


そうだな。俺のはどちらかと言うと疲れを忘れさせる意味合いが強い。何度も重ねて掛けると効果が落ちていくもんな。


「セレ姉の魔法ならそれも無いと。便利だな」


『ふふふ。なら、お姉ちゃんの従属神になる? 覚えられるわよ』


「勘弁してくれ」


俺を挟んで姉弟喧嘩なんてされた日には、おちおち寝られやしない。


『あら、残念。フラれちゃった』


絶対揶揄(からか)ってるだろ!?




さて、眠気が無くなったところで真面目な話をしようか。

頭がスッキリしたので、今なら冷静に考えられる。


「さっきの不老長寿の妙薬の件だけどさ」


『うん、なぁに?』


「薬を使わずに、ユスティスが俺にしたみたいにサエとクミを魔族の体にする事はできないのか?」


俺は多少の期待を込めてセレ姉に聞いた。

だが、その結果は――


『それは不可能です』


「やはり、魂と体が一致していないと無理があるか」


『いいえ、そういう意味ではありません。他の魔族の魂、例えそれが因子持ちのものだったとしても不可能なのです。あなたが特別なのよ、ジェス』


「……どういう事だ?」


『あなたは自分を唯一人の男性の因子持ちと思っているようですが、それは間違いです』


は?


『ティスは、あなたを因子持ちの魂から昇格させて神の化身へと変化させた訳ではないの。むしろ逆なのよ』


「逆って、どういう意味だ!?」


『あの子は……ティスは、女性ばかりの魔王と因子持ちを不憫に思っていました。長い一生にも関わらず、伴侶も子も得る事ができないなんて寂し過ぎると』


ああ、それは解る。俺だって同じ気持ちだ。ベル母様達が一生独りで寂しい思いをするなんて考えたくもない。


『そこで男の魔王を産み出そうと試行錯誤を繰り返します。ですが、どうしても成功しませんでした』


神様でもできない事ってあるんだよな。こっちに来て、つくづく思い知ったわ。

リミットまでの余裕が大きいだけで、不自由なのは変わらないんだ。


『あの子が最後に試した方法は、産み出した自らの化身の格を因子持ちへと堕とす事でした』


「おい、まさかそれって!」


俺の事か!?


『偶然か必然か、その試みは成功しました』


「…………」


『しかし、化身を産み出すという事は、身を削るという事。力を半減させた状態で異界からの侵略者と戦ったあの子は、()の敵を倒し切れず、(あまつさ)え深手を負い、更には負けた腹いせとでもいうかのように異界の神はあなたの魂を手の届かないところへと跳ばしてしまったのです』


「という事は、つまり――」


『あなたの魂は、元々神の化身です。昇華したのではなく、元に戻っただけ』


「じゃあ、俺が魔族の身体になったのは――」


『魂の力を発現させて、強制的に肉体を魂に追従させたのです。肉体を魂と同じ色に染めたと言えば分かりますか?』


「何となくだけど……ええと、肉体が魂に合わせて進化するよう促した?」


『その認識で構いません』


ハッキリしたのは、俺と同じような手で二人の寿命を伸ばす事はできないって事実だけか。

セレ姉の提示してくれた方法は正に打って付けだ。

…でもなぁ。


「日本で育った身としてはさ」


『なんですか?』


「薬って怖い物なんだよ。副作用とかさ。強力になればなるほどそんなのが有る物だからな」


『不確かな(もの)を大切なお嫁さんに飲ませる事はできないという事ね?』


「はっきり言ってしまえばそうだ」


現状、あの二人を嫁と言っていいかどうかはこの際置いておく。

が、本心ではサエもクミも俺の嫁だ。もう誰にも渡さない。


『ジェスの言う副作用――好ましくない効果は確かにあります。一口なら問題ない。でも二口目からは……』


やっぱりか!


『でも私が力を貸せば、それは抑えられるのよ?』


「それは――」


『私が信じられない?』


そんな事はない。決して、そんな事はない。

…だけど、確信も持てない。

セレ姉相手だと、俺の真偽を見抜く能力も効果を発揮しない。

だから、判断は俺の胸先一つになってしまう。

大事な二人の身を、そんな俺の勝手な判断で決めてしまっていいのか?

だから確信が持てない。万が一の可能性を捨てきれない。


俺の中の冷静な部分が警告する。他人をそこまで信じていいのか、と。その警告に、俺は反論できない。

信じたいという俺の気持ちは何の根拠もない妄想だと言われたら、俺には返す言葉がないんだ。

そこまで信頼できるだけの関係を築けていると思える根拠が俺の中には無い。


『……そうね。私は生まれた時からあなたを知っているけれど、あなたは私を知らないものね』


セレ姉の美しい顔が、寂し気に歪んだ。申し訳なさで心が押しつぶされそうだ。

だけど、自分の気が咎めるからなんて理由でサエとクミの身を危険に晒す事はできない。


俺は意見を翻す事をせず、そのまま居た堪れない空気の中で耐え続けた。

俺に翻意を促す事ができないと悟ったのだろう、セレ姉が話を終わらせるべく口を開いた。


『先ほども言いましたが、私にはあなたを強制する事はできません。私はあなたに選択肢を与えた。今はそれで良しとしましょう』


その言葉に俺は唇を噛む。


「ごめん。あと、ありがとう」


そう口にするのが精一杯だ。


『ええ。またね、ジェス』


俺の謝罪と礼の言葉に、寂しそうな表情の中に少しだけ明るさを取り戻して、セレ姉は消えた。







セレ姉のお陰で疲れも眠気も取れた筈なのに、俺は元気が出ないまま宿に戻った。


「ただいま」


「お帰りなさい!」


「おわ! サエか、びっくりした」


扉を開けて部屋に入ると、いきなりサエに抱き付かれた。


「お帰り~」


「お帰りなさい、チロ」


続けてクミとアリスの二人も出迎えてくれる。

三人共起きているなら丁度いい。


「ちょっとみんなに話があるんだ。時間いいかな?」


「話? もちろん、いいわよ」


「話~? なんだろ。もしかして、プロポーズとか? わわっ、どうしよ~」


「私も一緒だから違うと思うけど…何かしら、チロ?」


なにやら一人暴走してるのがいるけど、この際それは置いとこう。


「うん、ちょっと放置できない情報を手に入れたから、みんなの意見を聞きたくて」


「情報?」


「えっと、実は――」


俺はセレ姉から聞いた不老長寿の妙薬について話をしていく。

勿論、俺――アリスも――が魔族で、人間より長い寿命を持っている事も含めてだ。


「カミくんは、魂だけが魔族なんじゃなかったの?」


「そこがそもそも違ったらしい」


俺の魂は元々神の化身で、その魂の力でもって強引に肉体を魔族に変えてしまった。

まぁ、それはユスティスの力添えがあったればこそみたいなんだけど。

そもそも魂の力と言われても、そんなもん俺には全く馴染みがなかった訳で、あの時点で使えと言われても無理だった筈だ。


「覚悟はできているわ――って言いたいけど、やっぱり先に老いていくのは、ちょっと嫌ね」


「女の子だもんね~」


だよな。俺もそれは懸念事項だった。

だからこそ、これまで二人の好意を避けて来たんだし。


「でも、そこを何とかできる手段が見つかったんでしょ?」


実にあっさりとアリスが見破った。何で分かるんだ!?


「え、そうなの!?」


「何々、そんな方法があるなら先に言ってよ~」


白地(あからさま)にホッとした顔になり、クミが興味津々といった声音で俺に話の先を促そうとする。

やれやれ。ま、いいか。どうせ話そうと思ってた事だしな。


「ノームやドワーフといった妖精の国に妖精の雫(フェアリードロップ)って薬があるらしい」


「……ごくっ」


「それで、それで!?」


「それは一口で寿命を百年伸ばし、体だけでなく心も若さを保つとされている。つまり、二口飲めば魔族とほぼ同じ寿命になる計算だ」


「何だ~、やっぱりあるんじゃない。さすがファンタジーだね~」


「ちょっと待って、クミ。――カミくん、その薬って何か問題があるんじゃないの? 」


「やっぱ解るか」


「じゃなきゃ、カミくんがそんな神妙な顔して帰ってくる訳ないもの」


「悪かったな、シリアスが似合わなくて」


「違うわよ。珍妙じゃなくて神妙。それだけあたし達の事を大切に思ってくれているって言ってるの。美味しい話にあっさり飛びつかないで慎重になっているのは、そういう事でしょ?」


「あ、そっか~。にへへ、嬉しいね。カミくん、大好き~」


「抜け駆けはダメよ、クミ。カミくんを想う気持ちはあたしだって負けないからね」


「心配しなくても大丈夫だよ、サエちゃん。もう勝ち負けなんて気にしなくても良くなったんだから」


「あ、そうだったわね」


そこで納得するんかい!?


「話を続けるぞ。セレ姉――バーセレミの話はこうだ。一口だけなら問題ない。だが欲張って二口、三口と飲み続けると、よくない効果が表に出てくるようなんだ」


「なるほど、一口だけならいいのね」


「それでもオマケで百年も長く一緒にいられるなら、充分嬉しいかなぁ」


確かに人生を一回分追加できると考えれば、それだけで破格か。

でも、俺はそれだけじゃ満足できないんだ。


「話にはまだ続きがある。バーセレミなら、二口目の副作用を抑える事ができるって言うんだ」


「なんだ。なら何も問題ないじゃない」


「そうだよ~。すぐそうやって脅かすんだから、カミくんのイケズ~」


え、何その反応?

ってか、クミ! 誰がイケズだ!


「二人とも、そんな簡単に信じちゃっていいのか? もっと慎重になるところじゃないのか、ここは?」


「どうして~?」


どうしてって、つい最近知り合ったばかりの相手だろ?


「カミくん? あたし達を心配してくれるのは嬉しいけど、それで疑心暗鬼にならないでね。目を曇らせちゃダメだからね?」


「俺が、目を曇らせる…?」


何、俺ってそんなに周りが見えてなかったのか?


「カミくんが教えてくれたのよ? あたしは、あの上級迷宮のメッセージしか知らないけど、それでもあの人があたし達を心配してくれていたのは分かったわ」


「虎族の神様も自分に敵対していたのに助けてあげたよね」


「そんな女神(ひと)が、あたし達を――ううん、カミくんを騙すはずがないじゃない」


「あ…」


ああ、そうか…

この世界に来て、俺は他人の嘘が判るようになった。それに(かま)けて、人の善意を信じる事を忘れていたのかもしれない。

言葉の真偽が読めない相手――セレ姉を初めから疑ってかかっていたんだ。(はな)から信じようとしていなかった。


「そうか、俺の目は曇っていたのか…」


口では姉なんて呼んでいても、俺は彼女を信頼していなかった。

そう考えると、途端にセレ姉のあの寂しそうな顔が脳裏に浮かぶ。その表情に心が痛む。


「ねぇ、チロ。チロはバーセレミを信じたいんだよね?」


信じたい!?


「……そう、そうかも知れない」


そうだ。俺はセレ姉を信じたかった。だけど、証拠がないからって突っぱねたんだ。

俺はバカだ。アリスに指摘されて、やっと自分の本心に気付くなんて。


俺は、なんて事をしてしまったんだろう。

彼女は俺に対して常に姉であろうとしてくれていたというのに、その気持ちに仇で返してしまったんだ。


――ごめん、セレ姉


今更謝っても遅いかもしれないけど、それでも謝らせて欲しいんだ。




『なら、お姉ちゃん大好きって言って?』




うぉい!?

聞いてたのかよ! 俺のプライバシーは何処に行ったんだよ!?


『ジェス? 照れ隠しに怒ってみせてもダメ。あなたの本心は私にしっかりと届きました』


くそう! ずるいぞ、そっちばっかり俺の心を読むなんて!


『ジェス?』


それは正に、イタズラっ子を優しく諭す母親のような声だった。

くっ、俺はこのまま屈するしかないのか…!?


『ジェス、もう観念しなさい』


くそっ! 分かったよ!


「セレ姉、大好き!」


俺は覚悟を決めて()()で叫んだ。


「え!?」


「カミくん!?」


「チロ!?」


はっ!?


『うふふ。ありがとう、ジェス。とっても嬉しいわ』


「く、くそう、嵌めやがったな!?」


『それは言い掛かりよ? じゃあまたね、ジェス。愛しているわ』


「待てこら!」


俺は追い縋るが、もうセレ姉の気配はない。つくづく逃げ足の速い。


「チロ、今のは何!? また、あの女なの!?」


「落ち着け、アリス! 何でもないんだ!」


「嘘よ、何でもないハズない! ズルいよ、チロ! 私もお姉ちゃんって呼んでよ!」


「わ~! 知らない、知らない! 俺は何も言ってない!」


「チロってば!」


「寝る! 俺はもう寝る!」


俺は逃げるようにベッドへ潜り込む。


「まさか、そのまま眠れるなんて思ってないわよね?」


「そうだよ~。倦怠期の夫婦じゃあるまいし、若いわたし達が何もしないまま寝るなんてあり得ないでしょ~?」


「お、お前らっ!?」


――だがサエとクミに回り込まれてしまった!


まさか、こいつら絶倫!?


「あたしは昨夜のリベンジね。今夜は、あたしがカミくんをメロメロにしてあげる」


「いや、ほんとに毎晩はキツいんで、勘弁して下さい」


土下座でも何でもする覚悟でそう言った。

しかし、そんな俺のささやかな願いは聞き届けられる筈もなかった。







 

三章終了。

四章『妖精の地にて』に続く。


次の更新はGW後かもしれません。その前に一つ閑話を挟むかも…


それと、GW中に執筆活動一周年を迎えるので、こっちとは別に一本短編を投稿したいな、と考えています。

考えるだけならタダですし(

 

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