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03-23 宵待草

街は一時、騒然となった。

それも当然だろう。人間の軍隊は攻めてくるわ、巨人は現れるわ、L(ラージ)S(サファイア)D(ドラゴン)は飛んできて雷を落としまくるわ、だもんな。


だがそれも時間と共に沈静化した。

巨人は現れた時と同じように突然消えたし、L(ラージ)S(サファイア)D(ドラゴン)も空の彼方へと飛び去った。

勿論、仲間達がギルドなどの権力者を押さえてくれた事も大きい。仲間達の説得を受けてギルドも騒ぎの収束に尽力してくれた。


人間の軍隊は暫く姿が見えていたが、街との間には巨大な断裂があったので攻め込まれる心配はなく、そのうち去っていった。

もしかしたら単に帰り支度に時間がかかっていただけかもしれない。


騒ぎが沈静化すると共に、俺達も一旦解散する事にした。


「みんな、お疲れさま。さすがに今日はもうこれ以上何も起こらないだろうから、これで解散にしよう」


「はい。分かりました、ゼン様」


カーティスは、すぐに返事を返し、フォルダンとルダイバーも頷いた。


「そうだね、もうへとへとだよ。迷宮で戦っている方が楽だね。ははは」


「先生! お疲れさまでした。それと、ありがとうございました!」


「またな、にーちゃん」


「ワイルド! あなた先生に対して気安過ぎよ!」


「でも、この兄ちゃんがそうしろって――」


ははっ。この二人は疲れてても相変わらずだ。

でも、ワイルドが一番今まで通りかもしれないな。







昨夜は迷宮に一泊して、満足に眠れていないし疲れも取れてない。疲れを取るためにはやはりベッドで眠りたい。

そう思って宿に着くと――


「そうか、この問題があったか」


――目の前にはサエがいた。横にはクミとアリスが控えている。


うん、忘れていた訳じゃなかったんだよ。

でも目を背けていたのは確かだった。ごめんなさい。


「クミは、もういいのか?」


「うん。さすがにショックだったけど、ちょっと時間置いたら落ち着いたよ」


「俺が悩んだ時間は何だったというのか…」


「わたしはね、もうカミくんに愛されてるって自信あるから、あんまり動じないんだよ」


「あ、そう…」


そうハッキリと言われると、こっちがテレるんだが。


「チロ、でもサエはそうじゃないみたいなの」


そりゃそうだよな。それが普通だよな。


「……そうか」


「カミくん? なに(とぼ)けてるの?」


(とぼ)けとらんわ!」


人聞きの悪いこと言うな!


「鈍感系の男子がモテるなんてフィクションの中だけだよ。妄想に逃げちゃダメ。男の子はちょっと強引なくらいで丁度いいの」


「どっかで聞いたセリフだな、おい!」


お前はユスティスか!?


(だからね? サエちゃんを安心させてあげて欲しいんだ)


クミはここでそっと声を落として俺に話し掛けてきた。なんだ、内緒話か?

俺もクミに合わせて声を落とす。


(安心させるったって、どうやってだよ)


それが一番難しい事だろうに。


(難しく考えなくていいんだよ)


だから、どいつもこいつも勝手に俺の心を読むんじゃない!


(もうこれでもかっていうくらい、愛してあげれば心は伝わるからさ~)


「ぶっ!」


ちょっと待て、それはまさか。


「私たちの事は気にしないで、今夜はサエを愛してあげて」


「アリス!? おまっ――」


「でも、ちょっとはわたし達も構ってね?」


そんな事を口にしながら俺をサエへと押し出すクミとアリス。


「ちょ、ちょっとクミ!?」


「はいはい。サエちゃんもここまで来て尻込みしない」


「あう…」


「ごめんね、サエ。本当は二人きりにしてあげたいところだけど、私はチロと違う部屋にはいられないから…」


「あ、こっちこそ、気を遣わせちゃって……ご、ごめんね、アリス」


「気にしなくていいから、サエはチロにたくさん甘えちゃいなさい。うふふ」


「う、うん。ありがと」


おいおい、という事は二人が(けしか)けてるだけじゃなくてサエもそのつもりなのか。

オーケー、分かったよ。そういう事なら、眠いけど、疲れてるけど、頑張るわ。

頑張ってサエを説得する。体を張ってな。







翌朝。

目を覚ますと隣でサエが唸っていた。


「ううう……あたしったら一体なんて事を……しかも、あ、あんなにメロメロにされちゃうなんて……」


「え? なんで、そこで後悔?」


思わず声を漏らした俺に、凄い勢いでサエが振り向いた。


「カミくん!」


「は、はい?」


「もうダメだから! あたしには、もうカミくんしかいないから! これで捨てたりしたら、あたし一生恨むからね!」


「いやいや、心配しなくてもそんな事しないよ。俺は一度手に入れたものを手放す事はしない。サエもクミも、もう俺のものだ。お前らこそ逃げ出したりしたら、どこまでだって追いかけて捕まえるから覚悟しておけよ?」


サエは、そんな俺のセリフに顔を赤く染めながらキョトンとしている。

そして、その体からふっと力が抜けた。そのまま俺に倒れ込んでくる。

俺はそれを抱き留めた。


「お、おい、大丈夫か?」


「……うん。それならいいの」


心配で覗き込んだ俺が見たサエの顔は、随分と久しぶりに見た穏やかな表情だった。







「結局、サエの悩みって何だったんだ?」


「うん。あたしって、この世界だと女として魅力がないんだなぁって気が付いてね。落ち込んでたの」


「は? お前、何言っちゃってんの? 世間に喧嘩売ってる訳?」


「違うから! 全然違うからね!?」


違わねーよ。サエに魅力ないなら誰が魅力あるっていう訳?


「ほら、あたしって胸小さいし。日本ではモデル体型って言い張ってたけど、こっちじゃそんなの通じないじゃない?」


「そりゃモデルって仕事がないからな」


てか、言い張ってたんだ……それって内心では認めてたって事だよな?


「勉強だって、こっちじゃしないのが一般的だし、女性は家庭的である事がまず第一にくるって風潮じゃない?」


まぁ、そうだな。日本なら前時代的って言われそうだけど、こっちではそれこそが女性に求められる。


「そうやって、改めてこっちの目線――価値観で自分を眺めてみたらね? あたしって魅力ないなぁって落ち込んじゃって…」


「自信を無くしたって?」


「うん」


スタイルは(この世界では)よくはなく、勉強も一番である必要はない。自分のアイデンティティが足下から崩れて自信喪失したってか。

何とも贅沢な悩みにしか聞こえないけどな。それでも本人にしてみれば真剣に悩んでたのか。


「自分に自信が持てないから、カミくんの向けてくれる愛情にも不安になってたの。いつかカミくんも離れて行っちゃうんじゃないかって心配だったのよ。カミくんは何一つ悪くないのに……ごめんね」


「そっか……もういいのか?」


「うん。カミくんがいっぱい可愛がってくれたから、もう大丈夫。カミくんの気持ちを信じられるわ」


「だから、そういうのやめろって!」


全然、遠回しになってないんだよ! 直接的だよ!


「ふふふ、顔真っ赤よ」


「サエだって負けてないだろ」


自分だって耳まで真っ赤にしておいて、よく言うぜ。


「……日本に帰りたいって気持ちは、もういいのか?」


仲直りできたのはいいけど、これだけは確認しておかなければならない事だ。

意を決して問い質す。


「…うん。さっきも言ったけど、あたしが日本に帰りたかったのは、たぶん自分に自信が持てなかった事から来てたのよ。だから、もういいの。カミくんがあたしを掴まえていてくれるなら、あたしはもうどこだって構わないわ」


うわ、サエがテレながらこっちを流し見るこの表情。めっちゃ可愛い…


「サエ…」


「カミくん…」


自然と二人の顔が近付く。

やがて唇が触れ合う距離まで来ると…


「はいはい、仲直りできたみたいで良かったね~」


「く、クミ!?」


はぁ、やっぱりか。

起きてるのは気が付いてたよ。クミの事だから、きっとお約束を踏襲すると思ってたんだ。


「サエちゃんの特別扱いはもう終わりね。今度はわたしの番。ね~、カミくぅん――うきゃん!?」


甘えた声でクミが抱き着いてくるが、それは空振りに終わった。

なぜなら、


「ダメよ、クミ。私が先なんだからね」


アリスが横から俺を抱き寄せたからだ。

うん、アリスも大分前から起きてたよね。


「え~! アリスちゃんズルいよ~。じゃあ、一緒! 一緒にしてもらおう?」


「んー、チロがそれでいいなら…」


ちらりと俺を見る二人。

君達ね、俺を置いて勝手に話を進めるなよ。







結局、朝から二人を相手にし――昼からは三人になった――俺が解放されたのは日が暮れてからの事だった。


「疲れもピークを過ぎると返って眠れないもんだな」


そんな訳で、何となく散歩していたら砂漠の縁へと足を踏み入れていた。

足元には宵待草が生えている。気のせいか先日より活き活きとしている気がしないでもない。

木気を断っていた金気が消滅した今、またこの地も緑に覆われる日が来るのだろうか。


『そうですね。いずれは…』


俺の独り言に応える声。

いつも唐突なんだよ、全く。


「セレ姉」


『お疲れ様でした。さすが、ジェスは良い落としどころを押さえますね』


勝手な事を。


「それなんだけどさ。もし、俺が人間を傷つけた場合、俺も禁忌に触れた訳?」


体よく危険な仕事を押し付けられた気がしたんだよな。

それが心配で、直接攻撃しなかった理由だ。


『いいえ。それはありません』


「それは何で? 俺が化身だからか?」


『理由の半分はそうです。ですが、ジェスが唯の化身だったのなら、禁忌に触れたでしょう。けれど、あなたはティスの化身でありながらも独立した存在です。異世界で肉体を持ち、またティスがそうと決めたあなたは、私がこの世界に課した禁忌の定める枠から外れています』


ほー、そうなのか。


「もう一つ。その禁忌(ルール)を作ったのはセレ姉だろ? セレ姉なら禁忌なんて意味ないんじゃないの?」


もしそうなら、俺にやらせる事自体が――いや、一連の出来事自体が茶番だ。


『私は新たなルールを策定する事と引き換えに絶対神としての力を失いました。その結果、神格を落とし、私自身も自ら定めた禁忌(ルール)に縛られています』


あ、そうなんだ。なるほどね。


『ジェスは半神半人ですし、外界で生まれたため禁忌には縛られていません』


「それを利用して、バイウーを助けさせた、と」


『結果だけを見ればそうです。けれど、この地へ来ることを決めたのは、あなた自身でしょう?』


「そう思ってたけど、この結果を見ると誘導されたのかもって考えちゃうんだよな」


『あなたなら、そうしてくれるのではないかと期待していたのは確かです。ですが、私にはあなたを縛る力はありません』


だから、いつもお願いしているのよ、と見せた笑顔は花が咲いたように可愛らしかった。

超絶美人で、その上可愛いとか、反則だと思う。そんな顔を向けられたら何も言えなくなってしまうだろうに。


「でも、それもこれで終わりかな」


もう旅をする目的がなくなってしまった。

クミと、サエですら俺と共にいる事を望んだ。日本に帰る意味がなくなったのだ。


『ジェスは、ノームやドワーフなどの国に妖精の雫(フェアリードロップ)と言う薬があるのを知っていますか?』


え、何だよ突然。


『それを口にした者は心身ともに若さを保ち、一口で寿命が百年延びると言われています。いわゆる不老長寿の妙薬ですね』


「!?」


『もし彼女たちがそんな薬を二口も飲んだら……魔族とつり合いが取れるとは思いませんか?』


それは!


『欲しくないですか?』


にっこりと、いい顔でセレ姉が言った。

実に無垢な笑顔だ。純真な、と言い換えてもいい。

だが! それ故に怪しい!


「何を企んでいる? また俺を利用する気か?」


『酷いわ、親切心から言っているのよ? 弟の悩みを解決する手段を知っていたから教えただけなのに、お姉ちゃん悲しいわ』


胡散臭い。実に胡散臭い。だけど…


「虎穴に入らずんば虎児を得ずとも言うしな…」


『もう! お姉ちゃんを信じて欲しいのに!』


「信じたいけど、過去の行いがなー」


『ジェスの不利益になるような事をした覚えはありませんけれど』


また適当な事を言って。だいたい、初めて接触した時は――


「あれ? 警告してくれたんだっけか…」


上級迷宮で、この先危ないよって教えてくれたのが最初だったか。


「次は、その迷宮の深奥で浸食の上書きしてる時だったな」


姉と呼ぶ代わりに迷宮くれたんだ。やってる事が今と全然変わらないな。

でも、あれが今回の伏線だったんだよな。


『唯の偶然です。純粋にお姉ちゃんって呼んで欲しかっただけですよ?』


「なら今回だ。これは言い逃れできないだろ?」


『先程も言いましたが、ここへ来ることを選んだのはジェス自身です。せっかくここにあなたがいるのですから、弟にお手伝いして貰う事は、そんなに悪い事ですか?』


結果的に虎族にはプラスに働いているんだよな。大団円と言っていい。

そう考えれば悪い事はなかったな。


「ごめん、セレ姉。俺が悪かったよ」


なんかもう、疲れて考えるのが億劫になっただけな気もするが、俺は謝罪を口にした。

疲労のピークに腹の探り合いは不利だ。一旦脇に置く。


『うふふ、ジェスはいい子ね。ちゃんと謝れる子は好きよ』


ぎゅっ

なでなで


そんな俺の本音に気付いている筈なのに、セレ姉は俺を抱きしめて頭を撫でていた。


――ああ、あったかくて柔らかくて気持ちいいな


不覚にもそんな感想を持ってしまった。


『疲れているのね。さ、お姉ちゃんが膝枕してあげるからそのまま寝ちゃいなさい』


何という言葉の魔力。

疲れているのは確かだが、その理由の大半は嫁とのイチャラブってのが何とも気恥ずかしい。だけど、俺はもうその言葉に抗う事ができず、そのまま眠りに落ちていく。


――あ、咲いてる


瞼が落ちる寸前、視界に微かに映った物。

それはいつの間にか咲いていた宵待草の花たちだった。


『おやすみなさい、ジェス』


なでなで


セレ姉は膝に乗せた俺の頭を撫で続ける。

そんな俺達を薄紫の花だけが眺めていた。







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