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03-22 迷宮の意志

 

「でも人間なんてたいした事ねーぞ、兄ちゃん?」


慌て始めた俺達を、ワイルドが鼻くそホジりながら窘めるように言った。このクソガキめ。


「そうやって油断した奴から死んでいくものだよ、ワイルド」


そんなワイルドを見兼ねて、ダグラスが忠告する。


「ほんとなんだって。こないだ侵入してきた人間たちも、全然たいした事なかったしさ」


「そのたいした事ない人間に伸されたのはお前だろうに」


「ワイルド、あなた調子に乗り過ぎよ!」


「でも本当なんだってば!」


――どういう事だ?


ギルドでは警備の犬族二人は腕利きだと言っていた。その二人をあっさり倒した人間たちは、かなり腕の立つ連中だろうというのがギルドの見解だった筈だ。


「ワイルド、ちょっとその話を詳しく教えてくれないか?」


「え? いいけど、つまんねーと思うよ?」


「構わないよ。ワイルドの感じた通り、起きた事をそのまま教えてくれればいい」


「んー、分かった。それなら、いいぜ。えっと、あの時は――」







――なるほど


警備の二人は、実は腕利きだという事はギルド内でしか知られていなかった。だから、彼らを倒してもワイルドは人間達を強いと思わなかったんだな。況してや、魔物に後れを取った彼らを間近で見たんだ。素人と思い込んでも仕方ない。


「――いや、実際素人だったのか」


「でも、警備の二人を倒したのは間違いないんだろう?」


「ああ、だから連中は対人戦闘には強いが、()()()()()()()素人だって事だ」


「ゼン様、それは――」


「そう、奴らは()()だ」


これから来る軍隊の斥候だったってところか。どうやら、生き延びた奴がいるな。

あの状況から言って、迷宮は手強いが獣人は大したことないとでも報告したんだろう。


「まず先に、この地を制圧する事にしたんだな。その後で、ゆっくり腰を据えて迷宮を攻略すれば問題も少ないと判断した」


「なんて乱暴なの」


「戦争大好きな種族だからなぁ」


俺とアリスが呆れていると、ラウが不安そうな顔で縋ってきた。


「先生、先生はどうするんですか?」


「どうとは?」


「ここは先生が支配する、先生の領域になったんですよね? その地が攻め込まれようとしていて、先生はどうするのかなって、思って…」


ああ、なるほど。


「神様は黙って見てるだけなのかって事か?」


「そ、そういう訳じゃ…」


そんな顔を赤くして俯いたら、肯定しているようなもんだよ?


「生憎と、俺は戦争が嫌いなの」


俺がそう言うと、ラウはぱあっと顔を輝かせた。


「じゃ、じゃあ」


「人間達にはお引き取り願おう。ついでに二度と来たくなくしてやる」


俺は、この後のシナリオを脳内で組み立てていく。

そんな俺を見て、アリスが言った。


「チロが悪い顔してる」


ほっとけ!







夜間は軍隊も進軍はしないだろうという事で、そのまま一泊してから迷宮を掌握した恩恵――転移陣を使って地上へと戻った。

いよいよ人間の軍隊を迎撃というか、追い払う作戦を開始する。


今回、俺――ムーンジェスターは前面に出ない方がいい。

ペッテルの守護神って事になっている以上、この緩衝地帯まで俺の庇護下にある事がバレると、王様の足を引っ張る事になりかねない。俺自身、これ以上目立つの嫌だし。


「ゼン、ギルドに言って人手を集めなくていいのかい?」


「ここの冒険者を何人集めたところで戦争なんてできないさ。兵士が迷宮では素人だったように、戦争では冒険者は役立たずだ」


「そういう物かい?」


「そういう物だ」


敢えて口には出さないけど、そもそもこの地の冒険者は未熟だ。Cランクだ何だって言ったところで所詮は初級迷宮すら踏破できない初心者なんだ。

本国の迷宮に潜ってる奴らから見れば、レクチャーしなくても済む程度には経験を積んでいるってだけの、手間のかからない程度の初心者って認識なのだ。そしてそれは事実である。

そんなのがどれだけ集まったって所詮は烏合の衆であり、戦争では足手纏いにしかならない。


「では、どうするのですかな?」


「俺たちにできる事ないか、ですか」


「わたしもお手伝いします! ほら、ワイルドも!」


「お、おう。何でも言ってくれよ、にーちゃん」


そうだなぁ。


「それじゃ、街の連中が騒ぎだしたら街に引き留めておいてくれ。決して飛び出して来ないようにな」


「それだけでいいの~?」


「ああ、充分だ」


「アリスは俺と一緒に来てくれ」


「うん」


あんまり離れると威圧の中和ができなくなるからな。

こっちに集中したいから、無意識でも中和できる程度に傍にいて欲しい。


「贔屓は良くないと思うんだよ」


クミはそう言ってジト目で俺を睨む。


「――――」


サエは一瞬目が合ったが、すぐに顔を背けてしまった。

うーん、これはすっかり嫌われたかな? ちょっと…いや、かなりショックだ。

なまじイチャラブを経験した後だけに、心が抉られる。

だが今は大事な時だ。そんな本心は表に出さず、用件だけを告げる。


「万が一にも被害が出ないように街の人を押さえるのも大切な役目なんだ。頼むよ」


カーティス達では人数が増えると押さえ切れない。でも、錬金術師であるクミなら話は別だ。術を駆使すれば住人を街へ閉じ込める事も可能だろう。

俺はクミに向かって、拝み倒す。すると、クミはにへっと笑った。


「仕方ないなぁ~、今回は頼まれてあげるよ。行こう、サエちゃん」


「――あ。う、うん」


クミはサエの手を取り、走って行った。


「何か寂しい…」


「大丈夫よ、チロ。クミは分かってくれた。きっとサエも分かってくれるわ」


「そうかな」


「そうよ」


そうだといいな。

勝手な言い分だが、なまじ関係を持ってしまったせいで以前のように突き放せなくなってしまった。

俺はもう、クミもサエも手放したくないんだ。そんな自分の本心を認めざるを得なかった。







気を取り直して砂漠との境界までやって来ると、身を隠して奴らが姿を現すのを待つ。

この作戦は奴らの目の前で行なわなければ意味がない。

今後の事を踏まえて、緩衝地帯を攻めるのは不味いと思わせる必要があるからだ。


暫く待つと、現れた。フォーサイス国の軍隊だ。


「あんな大勢でこの砂漠を渡ってくるとか、そこまでしてもここの迷宮が欲しかったんだなぁ」


「それだけチロの策が効果的だったのね」


「…そうだな」


アリスは俺を褒めたつもりなのだろうが、むしろその話は忘れさせて欲しかったぜ。

しかしアリスの言う通り、障碍より欲望が上回って砂漠が役に立たなくなってしまった以上、今後は新たなる物理的不可侵が必要になる。

奴らにとって忌まわしい記憶と共にソレを造り上げる事こそが今回の作戦の肝だ。


そんな俺達が観察している目の前で、軍は横に広く展開していく。恐らく一気に制圧してしまうつもりなのだろう。ある意味、好都合だ。


俺は作戦開始を告げる一言を発する。




『来い、クルーガン』


《承知》




連中が準備を整え、いよいよ制圧開始というその瞬間に、俺はクルーガンを地上へと喚び出した。


ずずん


その巨体と、それを覆う鎧の重量に地響きが起こる。


「な、何だあれは…」


「でかい」


「巨人だ」


「いったいどこから現れたんだ!?」


連中から聞こえてくるのは戸惑いの言葉ばかりだ。


「おーおー、焦ってる焦ってる」


「効果覿面ね」


だが、作戦は始まったばかりだ。面白くなるのは、ここからさ。




《人間どもよ、ここから先へ通る事は許さぬ。引き返すがよい》


クルーガンが軍隊に向かって通行止めを宣言する。

すると軍隊から指揮官らしき奴が出てきた。勿論、護衛をたくさん引き連れて、しかもクルーガンとはだいぶ距離を開けてだ。カッコ悪い事この上ない。

そこは一人で傍まで来ようよ。


「巨人よ、我こそはフォーサイス国の将軍ステーセルである。疾く、道を開けよ」


言葉面は強気だが、声は震えて及び腰だった。


《それはできぬ》


「何故か!?」


《お前達は迷宮を攻略する者――冒険者ではない。故に、迷宮はお前達を拒絶する》


「迷宮が我らを拒絶すると申すか!?」




《そうだ――これは迷宮の意志である!》




「な、なんと…」


《引き返すがよい。それができぬと言うのならば……力ずくという事になる!》


言いながらクルーガンは大剣をすらりと抜き放つ。

おー、中々の威圧感だ。実際、連中の大半はすでに逃げ腰になっている。

追い打ちを掛けるように、クルーガンは抜いた大剣を空へ掲げた。




《天を見よ!》




その言葉に釣られて空を見上げる軍の連中。

クルーガンが剣を掲げたその先には――


「何だ?」


「何かくるぞ」


「あ、あれはまさか」


奴らが見上げた天空、その彼方から飛来して来たのは――


「ド、ドラゴン!?」


「青い…ブルードラゴンか?」


「いや、あの透き通るような青は、まさか」


「宝石種!? サファイアドラゴンかよ!?」


「でかいぞ、まさか千年ドラゴンなのか!?」


口々に驚きの声を上げるが、体はすでに恐怖に縛られて動けない。逃げ出そうと思っても、体が動かないのだ。

相対する者を恐怖で縛る、それこそがドラゴン。この世界の絶対者だ。

ドラゴンと対峙して尚戦うためには覚悟が必要だ。覚悟のない者は身を竦ませる事しかできない。連中のように。


「ラージ・サファイアドラゴンだと…」


このL(ラージ)S(サファイア)D(ドラゴン)は、勿論シュルヴィだ。

二つの迷宮を手に入れた事によって、帰還(リターン)を使った交互の行き来が可能になり、往来が楽にできるようになったのだ。


作戦は次の段階に入った。

俺は新たなる指令を出す。


『シュルヴィ、“サンダーブラスト”用意――発射!』


キシャァァアアアアアア


俺の合図に、シュルヴィは自らの奥の手である“サンダーブラスト”を発射する。

狙いはクルーガンと軍の中間。軍の指揮官の鼻先だ。

その威力は凄まじく、一撃で砂漠の砂を削り、吹き飛ばし、大地を深く抉った。




“サンダーブラスト”

それは雷属性を持つドラゴンの奥義。

通常、雷属性のドラゴンは体内の魔力を電気に変換してライトニングブレスという竜の息(ドラゴンブレス)を吐く。要は電撃を口から吐き出す訳だ。


シュルヴィなどはこれを利用して――無論、強度を調整して――索敵に使ったりするのだが、千年ドラゴンともなるとただ吐き出すだけではなく体内で超圧縮をかける事もできるようになるのだと言う。

圧縮をかけた竜の息は大気をも引き裂く力を持つようになる。つまり、自然の雷と同じだけの強大なパワーを持つに至るのだ。


それを更に圧縮して、圧縮して、圧縮したライトニングブレスは自然の雷すら及ばない程の威力を発揮するようになる。


つまり、それこそが“サンダーブラスト”

雷系ドラゴンの最終奥義である。


但し、そこまでの威力を発揮するには全魔力を振り絞らなければならないため、一発こっきりの使い切りになってしまうというリスクを負う。

文字通り最終手段なのだ。




――普通ならばな




俺はシュルヴィに魔力を補充し、命令する。


『シュルヴィ、もう一回サンダーブラスト』


《うぇええ!?》


『できるだろ?』


《で、できますぅ》


『発射』


《はいぃ》


キシャァァアアアアアア


『もう一回だ』


《ふぇ!?》


『吐け。吐き続けろ。魔力なら心配するな、いくらでも補充してやるから』


命令しながら、すでに言葉通り魔力を補充し続けている。


《や、や~め~て~》


『泣き言抜かすな』


《死んじゃう、死んじゃうぅ》


『心配するな。生き返らせてやる』


《鬼ぃぃいい! 鬼がここにいるううぅぅ!》


『御託はいいから吐け』


《ひぃっ!?》


おっと、うっかり威圧が漏れ出てしまった。


キシャァァアアアアアア


キシャァァアアアアアア


《ぜぇ、ぜぇ》


『次だ』


《もうヤダぁ、帰るぅぅううう》


『吐かないとお前、魔力の内圧に耐えられなくなって破裂するよ?』


《ひぃぃぃ!》


キシャァァアアアアアア


キシャァァアアアアアア







L(ラージ)S(サファイア)D(ドラゴン)渾身の一撃。

その一撃である“サンダーブラスト”の()()()()を浴びた砂漠の大地には、巨大な亀裂――断裂ができていた。

シュルヴィの“サンダーブラスト”が大地を引き裂いたのだ。







人間の軍隊は至近距離――と言っても十メートルは離れていたが――にいたため、余波を喰らい失神する者が続出していた。無論、こうなっては軍事行動など不可能だ。

目を覚ましたところで、数十メートルもの幅を持つ断裂を越える事などできる筈もない。

その断裂は見渡す限り続いており、どれだけ遠回りすれば迂回できるのか想像もつかない。そもそも迂回できるのか? そう思わせるほど広く長く続いていた。


――俺流の物理的不可侵ってやつさ


これが俺の出した答え。

人間と獣人の境界に越えられない障碍を作り分断する。それを、二度と手を出そうと思わないよう恐怖の記憶と共に刻み付けた。


《帰って汝らの支配者に伝えよ。この地は切り離された。そして、それがいかに幸運であったかを全身全霊を持って説明する事こそが汝らの役目なり》


クルーガンが最後通牒を突き付ける。

自分達を圧倒的に凌駕する存在からの警告。目を逸らせる筈がない。


そしてクルーガンのいう通り、俺は“サンダーブラスト”を彼らに当てる事もできた。

それをしなかったのは、全滅させるより生かした方が、後々、より効果的になると考えたからだ。


全滅させても、また次が来るのでは意味がない。

だが生きて返せば、その連中はどれ程の恐怖を体験したか周囲に語って聞かせるだろう。

仮に再度侵攻して来ても、この断裂がそれを阻む。そして、彼らの言葉が真実だったのだと知る事になる。それがまた周囲に広がれば、すぐに諦めるだろうさ。


仮に諦めないようなら、今度こそ滅ぼすまでだ。

ま、せいぜいそうならない事を祈ろうと思う。







『迷宮の意志』


それは俺の名を出せない代わりにクルーガンの言葉に説得力を持たせるための策だった。

だが、そんな俺の思惑とは別に思わぬ効果をも人間達に与えていた事を、この頃の俺は気が付いていなかった。







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