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03-20 侵略

迷宮の深奥に白い虎が倒れている。


――虎?


虎、だよな。

歩いて近付くのだが遠近法がおかしい。この虎、近付くほどに大きくなる。


「ちょっと待て」


この白虎、動物園で見たベンガルトラの二倍以上あるぞ。明らかに俺の身長の倍はある。


『何を……しに来た…道化』


思わず出てしまった俺の声に反応したのか、薄らと目を開けて話し掛けてきやがった。

あ、そう。薄々そうじゃないかと思ってはいたけど、やっぱりそうだったか。


「初対面な上に今にも死にそうな体の癖して喧嘩売る気かバイウー。いいだろう、買ってやるぞ」


俺のセリフに虎族の三人の体がびくりと跳ねた。


「バイウーって、虎族の神様の名前よね?」


「そ、そうだよ~。カミくん、何であんなに挑発的なの? 神様だよ、神様!」


サエとクミは慌てふためいている。俺の事は放っておいて、少し落ち着け。


「はいはい、ちょっと落ち着こうね、二人とも」


さすが、アリスは慌てず動じず二人を落ち着かせている。

と思ったけど、どうやら違う。心配そうな目がひっきりなしに俺に向いてくる。


「「「…………」」」


カーティス達は緊張からか固まっていた。

なんだかなぁ。手間が掛からないのはいいけどさ。


『最も…新しき神が…吠えるな、若造』


「よーし、分かった。死にたいらしいな、このケモノ」


『放っておいても…すぐに…死ぬ』


「バカめ、俺の手で殺してやるって言ってんだ。ただし、楽に死ねると思うなよ。せめて安らかに死なせてくれと懇願する程の苦しみを味わわせてやる」


会話を重ねる毎にヒートアップする二人?

そこに仲裁者が現れる。


『そこまでです。止めなさい、二人とも。特にジェス、何のためにあなたに頼んだと思っているの』


そう言って現れたのは、絶世の美女と言って差し支えない程の美しさを湛えた女性だった。


「うわっ、凄い美人だよ」


「あそこまで綺麗だと、何だか人じゃないみたいね」


――はい、サエ正解


それはともかく。


「あんた、何しに来たんだ。俺に任せたんじゃなかったのかよ」


『あら。あんたなんて他人行儀な呼ばれ方は嫌だわ。いつもみたいにお姉ちゃんって呼んで?』


「さらっと嘘を吐くな!」


(あね)と呼んだことは有っても、お姉ちゃんなんて一度も呼んだ事ないわ!


「チロ!? 誰、この人!?」


「うわっ!」


間髪入れずにアリスが凄い勢いで迫ってきた。


「お姉ちゃんって呼んでるって本当なの!?」


「何だよいきなり」


「私だって呼んで貰った事ないのに!」


「突っ込むところ、そこかよ!?」


最近、口にしなくなったと思ってたのに、まだ拘ってたのかよ! びっくりだよ!


『ジェス、おふざけはここまでです。今はバイウーを救う事を優先してちょうだい』


「誰のせいだと思ってんだよ!?」


てか、今なんて言った?


「救う? こいつを?」


『ええ。バイウーは今までこの迷宮と繋がる事で命を永らえてきました。ですが、初級迷宮では神の命を支え続けるには役不足です。それどころか、今では反対にバイウーから体力を奪う始末。このまま切り離さず放置すれば、バイウーは消滅します』


「そんな状態で俺に喧嘩売ったのかよ。馬鹿じゃねぇのコイツ」


『ジェス、お願いよ。私はバイウーを死なせたくないの。力を貸して頂戴』


『相変わらず…甘いな、貴女は…敵対した我を、救うと言うか』


『バイウー、喋らないで。無理をすれば本当に消えてしまうわ』


『その甘さ故…貴女は弟を…悪神と認めるのを…厭うた』


『バイウー!』


『その結果は…どうだ? …結局、弟は…貴女から離れて、いき……』


『…………』


『我ら、星の神々もまた……貴女から離れた…(あまつさ)え、我は…貴女と敵対したのだぞ』


『それでも……それでも、私は貴方を失いたくありません』


色々訳アリっぽいが、時間がなかったんじゃないのか? ちょっと口挟もうかな。


「で、俺は何をすればいいって?」


『ジェス、手伝ってくれるの?』


「ここで手伝わないって選択肢、有り得るのか?」


『ああ、ジェス! ジェスは本当にいい子ね!』


ぎゅっ


なでなで


抱き締められ、頭を撫でられた瞬間、アリスがくわっと目を剥いたのが分かった。

嫁が増えるのはいいのに姉はダメなのかよ。拘るポイントが俺にはよく分からん。


「チロ!? この人誰なの!?」


「あー、うん……いやでも、俺の口からは言えない」


「なんで!?」


最近は大人びてきたと思ってたのに、すっかり昔のアリスに戻っちゃったな。

いや、今でもこれが素なのか。もしかして、無理してたのかなぁ。


『私が自分で答えましょう』


こっちはこっちで、そんな俺達を見兼ねたのか、そんな事を言い出す始末だ。


「いいのかよ?」


『構いません』


そう答えると、アリスを向いて言い放つ。


『私の名はバーセレミ。主神にして太陽神です』


「ば!?」


アリスが固まった。うーん、やっぱりそうなるか。普通、神様は人前に姿を現さないもんなぁ。

バイウーを見た時、虎族三人どころか黒狼族のカーティス達まで固まっていたもんな。

だから、そうじゃないかと思ったんだよ。


「た、太陽神!? それがカミくんのお姉ちゃんってどういう事かな!?」


「バカね、そこじゃないでしょ、驚くポイントは!」


「ええ!?」


「太陽神って事は、ヒデちゃんの聖剣を造った神様って事でしょ!?」


おい、ポイントそこか? サエも充分冷静さを失っていると思うぞ。

でも、このままだと話が進まないので取りあえず同意してやる。


「そうなるな」


「なら、人間の神様って事じゃない!?」


あー、そう繋がるのか。ごめん、思ってたより冷静だったみたいだ。


「ああ。ついでに言えば、そこで死にかけてるのは虎族の神様だ」


そう言って、横たわる獣を指差す。

ラウの体が再びびくりと跳ねた。


『本当に時間がありません。ジェス、あなたは迷宮を支配――掌握しつつ、バイウーを迷宮から切り離して下さい』


「いきなり、何無茶な注文してくれてんだ!?」


『ペッテルで経験したでしょう、迷宮の掌握を。他者の浸食を解除しながら掌握ができるあなたなら可能なはずです』


解除ってか、あの時は上書きしたんだけどな。


「何で俺にやらせんの?」


自分でやればいいじゃないか。


『私はその間、バイウーの命の火を灯し続けなければなりません。それに――』


「それに?」


『私にはバイウーに負担をかけずに切り離すことができないのよ。ここまで精緻な魔力操作となると、“月の神”にしかできないの』


なるほど、魔力を司る“月の神”ならではって事か。


「俺にくれるって言ったくせに、どの道俺にしかできない事だったのかよ」


ひでー話だ。最初から巻き込む気満々かよ。


『ティスもできますが、あの子は協力してくれません…』


「あー、そういうとこあるもんな、あいつ」


悪の矜持っていうか、他者とは慣れ合わないって拘りそう。

その割に、俺には積極的に関わってくるけどさ。


『あの子もあなたが可愛くて仕方ないのね』


「はいはい」


『お願い、ジェス。お姉ちゃんに力を貸して?』


「ああもう、分かったよ」


やればいいんだろ。


『ああ、ジェス。大好きよ』


「そうと決まれば、さっさと済ませよう」


テレ隠しに、俺はぶっきら棒に言い放った。







――思ったよりキツい


始めてすぐに、そんな感想を持った。

こりゃ確かに生命維持と同時にやるなんて無理だ。


ちらりとバイウーを見る。セレ姉が付いてるとは言え、時間はない。見ただけでそれと分かるほどに衰弱している。

急がなければならない。しかし、それで失敗したら意味がない。


――余計な事に目を向けるな


急げ。だが慎重に。正確に。




どれだけの時間、そうしていたのか。

時を忘れるほど集中し、作業に没頭した。

そして、漸くその時は来た。


「……やっと、終わった」


『ええ。ありがとう、ジェス。私はあなたが弟である事を誇りに思いますよ』


褒め殺しは止めて欲しい。俺はぷいっとセレ姉から顔を背ける。


『うふふ』


だというのに、セレ姉は俺の頭を抱えて撫で始めた。


『こうして直接会うのは初めてね。とても嬉しいわ』


「こんな場所で会うとは思わなかったよ」


つか、他の領域にぽんぽん出て来ちゃっていいのか?


『今はジェスの領域ですから問題はありません。それに、元々ここは私の領域です』


「はい?」


『聞こえませんでしたか? ここは元々人間の領域だったと言いました』


ちょっと、待て。


「ええっと、それはつまり――」


『かつて、そこのバイウーに奪われた、私の支配した地なのです』


ば、爆弾発言。







かつて、この地が緩衝地帯と呼ばれる以前。

ここは人間の領域だった。

人間と獣人の境界にあるこの地は、本来は砂漠ではなく緑あふれる森であったという。


当時、ここには森と迷宮しかなく、戦争に明け暮れる人間の目には、興味を引く物として映らなかった。


しかし、獣人達には違って見えたらしい。

緑豊かで、迷宮攻略のための新人育成に欠かせない垂涎の地に映ったのだ。


獣人達は人間に交渉を持ち掛けた。いらないのなら、使わせて欲しいと。


だが、交渉は決裂した。

自分達はいらないが、他人の欲しがる物となると話は別だ。人間達は、この地を手元に置いておきたくなった。

況してや獣との混ざりものに渡すなど、言語道断。


やがて、人間と獣人の間で戦争が起きた。







「そこからは聞いたな。虎族が活躍してこの地を得たって言うんだろ」


「その際に巫女が攫われたのよね」


『はい。ですが、そこには隠された事実があるのです』


少しは回復したのか、ここで当事者が口を挟んできた。


『巫女が攫われ、乱暴を受けた事を察した我は、自ら巫女を奪い返したのだ』


「は? あんたが自分で?」


『然り。無論、それは禁忌に触れる行為だ。しかし、それでも奪い返さずにはいられなかった。我が眷属が、それも若き巫女が他者に嬲られるなど、決して許せるものではなかった』


はぁ。神様の癖に短気起こしたのかよ。戦争――喧嘩なんて、どっちもどっちだろうに。

確かに人間の対応には憤りを覚えるが、それに対する獣人の行動にも疑問を感じる。

つまり、戦争にまで発展させた原因は双方にあるのだ。


『禁を破った我は、瞬く間に神気を失った。このままでは我が領域まで戻れない事を悟った我はこの迷宮を奪い、その力を以て巫女を我が領域に送り届けた。その後、人間どもの侵攻を食い止めるべく迷宮の力を利用し、我の金気で彼の地の木気を断ち切ったのだ』


「あー、それで木気を絶たれたこの地は砂漠と化したって訳か」


攻めようにも重装備で砂漠を横断するなんて自殺行為だ。それに兵站の問題もある。

何というか、アレだ。物理的不可侵を構築したんだな。


『そして、本来ならばバイウーは禁を破った罰を受け、その場で消滅するはずでした』


『そうだ。だが迷宮と同化した事で、我は生き永らえた。しかし、それだけだった。失った神気は戻らず、ただ生きているだけの存在となった』


『迷宮から供給される力がバイウーを生かしたのです』


「だけど、生かし続けるには初級迷宮では容量が足りなかった?」


『はい。ですが生き永らえたバイウーは贖罪の期間を過ぎれば回復するはずでした。しかし、そうはならなかったのです』


「今度は繋がった迷宮が足を引っ張ったと」


『はい』


「なるほどねぇ」


パワー不足を補おうとして、逆にバイウーから吸い取り始めたんだな。


『済まぬ、娘よ』


びくり


突然、バイウーから向けられた言葉にラウの体が大きく跳ねた。


『お前たちが苦しんでいても、我には何もできなかった。お前たちだけではない、我が眷属が我のせいで力を失い衰退していくのが分かっていても、何の手だてもなく、ただ生きている事しかできなかった』


バイウーがラウに頭を下げた。

ダグラスが、そしてワイルドが息を呑む。

虎族だけではない、カーティス達までもが息を呑んでいた。

神が眷属とは言え――いや、眷属だからこそ人に頭を下げるなど有り得ない事だ。


ラウは俯いている。ここからでは、その表情は窺えない。

何を考えているのか、バイウーの告白と謝罪をどう受け止めているのか。

俺には窺い知れなかった。




やがて、顔を上げるとラウは尋ねた。


「あなたは…巫女を助けたかった?」


『然り』


「巫女の子供たちはどう? 混血でも助けたいと思った?」


『無論だ。混血であろうが我が眷属の血を引いているならば、我にとって眷属と同じだ。我は眷属を愛している』


その言葉に嘘はない。その身に疑いようのない証を持って巫女は生まれてくる。だからこその白虎なんだ。


「そう」


『彼女らが……其方が一族の中でどのような扱いを受けてきたか知っている。我の言葉を信じられぬのも仕方があるまい。だが――』


「――もういいです。あなたは巫女を助けたかったんでしょう? あなたの事情を知らず、一方的に恨むのは間違いだと思う、から」


『そうか。そう言ってくれるか』


バイウーは深く目を閉じる。

再び瞼を開いた時、バイウーは提案する。永きに渡り、虎族が待ち望んだ瞬間を。


『……今、我は楔から解き放たれた。これからは我の加護を授ける事ができる。受けてくれるか、娘よ』


「……はい」







「永きに渡って不在だった虎族の巫女が復活したか」


混血に対し、神からアプローチをかけるのは禁忌だ。

だが真実を知って、ラウの恨みの深さはそのまま眷属としての気高さへと変化したのだろう。

バイウーが問いを発する前に、もうラウの心は傾いていた。

それ故に、禁忌には触れなかったのだ。


「やれやれ、これでどうやら一件落着だな」


『ええ。これで彼の一族も力を取り戻すでしょう』


虎族が、かつての権勢を取り戻す日も近い。







 

※追記

 木気を立たれた → 木気を絶たれた

 

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