03-19 予定変更
その後も俺達の快進撃は続いている。
「お、宝箱はっけーん」
未開封だぜ、やったね!
と喜んでいたらカーティスが顔色変えてすっ飛んできた。
「ゼン様、いけません! 迷宮内では宝箱は無視していくのがセオリーです!」
「待てや、こら! 何のための解除師だと思ってんだ!?」
「はっ!?」
またこのやり取りだよ。さっきルダイバーが一人前だと宣言したばかりだろうが。
この世界の宝箱の扱いは根が深いな。それだけ犠牲者が出たって事なんだろうけども。
「よし行け、ルダイバー。罠の有無を確認するのを忘れるな」
「はいっ」
元気よく返事をしたルダイバーが宝箱に挑む。
よーし、いい所で宝箱を見つけたぜ。まず間違いなく罠もセットの筈だ。
ここで、鍵と罠の複合形を経験できるのは大きい。
俺さえいれば、例え失敗しても何度でもやり直せるしな。
「ルダイバーが鍵を開けている間、みんなは周囲を警戒しろよー」
「分かっております」
「抜かりはないぞ」
「任せて欲しい」
すぐさま返事がきた。うんうん、いいね。
「チームとして様になってきたわね」
「そうだね~、安定感が出てきたよ~」
「これで、ようやくスタート地点かしら」
アリスの評価が厳しいのは魔国が基準になっているからだろうな。もっとも、それは彼らを一人前と認めた証拠でもある。
アリスから見て、今までの彼らは駆け出しだった。だけど、もう初心者ではないのだ。
――カチャカチャカチャ……ピン
「でき、ました」
よし、時間は掛かったが無事外せたようだ。
「上出来だ。そのまま開けてごらん。お前が鍵を外したんだ、お前に開ける権利がある」
「は、はい」
俺の言葉に戸惑いながらも、ルダイバーは宝箱の蓋を開けていく。
「おお、ドキドキするな」
「ああ、何が入っているんだろうな」
「宝箱を開けるなんて初めての経験だよ」
こいつら…
いつの間にか、宝箱の周りをカーティス達が囲んでいた。
「お前らは周囲の警戒だと言ってるだろうが!」
『うわっ、はいっ!』
浮かれる気持ちは分からなくもないけどさぁ。真面目にやろうぜ。
そんな男性陣を見る女性陣の視線は厳しい物がある。
「これだから男は」
「気持ちは分かるけど、警戒を怠っちゃダメだよ~」
「ダグラス兄さんまで……ふぅ」
ラウが一番キツい気がするのは気のせいだろうか。最後の溜息がダメ押しだった。
注意しないと保護者の権威が地に落ちるぞ、ダグラスよ。
そんな中、やけに静かなワイルドは何をしてるかというと…
宝箱の目の前でガン見である。特等席だな。
ギィィ…
音を軋ませながら宝箱の蓋が開けられた。
「鎧だ」
そう言ってルダイバーが宝箱から取り出したのは胸部重装鎧だった。
「魔力が込められているな。これはフォルダン用かね」
「そうですね」
「それがいい」
「自分もそれで文句ないよ」
これは決まりだろ。重装鎧を使うのはフォルダンしかいないし。
「む、いいのか? 売って分配する手もあると思うが」
フォルダンが遠慮するが、その遠慮は返ってマイナスになるんだよ。
「魔力の込められた鎧なんて、まず出回らないぞ。いいから貰っておけ」
フォルダンが硬くなる事こそ、一番パーティーのためになるのだから。
「――承知した。みんな、済まない」
ぺこりと頭を下げて鎧を受け取るフォルダン。
そう、それでいい。個人としてではなく、パーティーとして考えるんだ。
「すげー! いいなー、いいなー」
「ワイルドはちょっと黙ってて!」
「…はい」
ワイルド…もう、尻にしかれているのか、お前…
泣ける。
さて、パーティーで強化されたのは解除師だけではない。
ダグラスが新たに加わったし、そもそも連携を訓練していたのだ。
「惑わせし宝玉」
フォルダンがヘイトを操ると、武器を構えたオーク達が押し寄せる。
「せいやあぁっ!」
「はぁっ!」
そこへカーティスとダグラスが斬り込んだ。フォルダンとオーク達の間に隙間ができる。
「おおおおお!」
アタッカー二人が倒してできた隙間を埋めるようにフォルダンが詰めつつ、空いたスペースを活かして戦斧の重い一撃を揮う。
戦斧の重量を遠心力に乗せた一撃は、複数のオークを巻き込み吹き飛ばした。
「よしよし、訓練が活きているな」
本来、囲まれるのが役目の前衛だが、純粋な盾職ではないフォルダンがヘイト管理する以上、捌き切れなくなるのは目に見えている。
況してや、フォルダンの得物は戦斧だ。振り回すにはそれなりの距離を必要とするのに、囲まれる役目を押し付けてしまった。
だから、長柄を活かしてカーティスとダグラスが路を切り開き、そのスペースを利用してフォルダンは戦斧を振り回す。連携の基本はこれだ。後はその繰り返しである。
今後は様々な状況に対応できるようにバリエーションを増やしていくのが課題だった。
――ま、それは今後の実戦で学んで貰うさ
今までの訓練がちゃんと実践できている事を確認できたし、今日のところはこれで充分だろう。
ちなみにルダイバーは俺の教えた通り、戦闘には加わらず周囲の警戒をしている。
よしよし、ちゃんとできてるな。
この調子で育てば、こいつらはきっと星の神々の領域を席巻する存在になる。そんな確信を抱いた。
ペッテルの初級迷宮では一つの壁だった武器を持ったオークの群れ。
それを無傷で倒しきった“ビースト”に、俺は充分な手応えを感じていた。
「これでCランクゲットっと。ちょろいもんだな」
罠や鍵を開けながらの攻略だったので、それなりに時間が掛かったが、充分な成果だ。
「いやいやいや、そんな訳ないだろう。こんな方法で迷宮を攻略するなんて、今まで聞いた事ないよ」
そんなダグラスの意見に“調教師”以外の面子がうんうんと頷いている。そんなバカな。
俺から言わせて貰えば、体力だけで迷宮を攻略する方が有り得ませんよ?
「でも、これからはこれがスタンダードになるわ」
アリスの言う通りだ。むしろ、そうならなくてはいけない。
これまでの、体力に任せた攻略では才能が全てだった。
だけど、これからは才能に左右されない“技術”が物を言う時代になる。
こいつらは、それを証明して見せたんだ。
「さて、そろそろいい時間だ。目的も達成したし、戻ろうか」
『はい!』
ランクアップを確定させた俺達は、意気揚々と引き上げる準備に入る。
そして、それはそんな時にやってきた。
『ダメ。そのまま迷宮攻略を続けなさい』
久しぶりに聞いた、その声。
聞けば百人が百人、天上の歌声を聞いたと答えるだろう美声。
そんな女性の声を頭に響かせ、俺は項垂れた。
こんな声の主に思い当たるのは一人しかいない。
『もう時間がないの、このままじゃ間に合わなくなるわ。お願いジェス、あなたの力を貸して』
――また面倒事かよ
そんな感想を持ちつつも、ちょっと驚いていた。いつもの余裕が感じられない。
どこか超然とした、見方によっては天然とも取れる余裕がなくなっていた。
――どこまで攻略すればいいんだ?
『全て。最後まで完全に、よ』
――踏破しろって事でいいのか?
『そう。報酬はこの迷宮よ。力になってくれたら、あなたにあげるわ』
――胡散臭ぇ
『でも、欲しいでしょ? 便利になるものね』
――それは確かに
『まだ弱い? なら、あなたが緩衝地帯と呼ぶ、その土地もあげるわ』
――おいぃ!? 何を勝手に決めてんだよ! それって星の神々に喧嘩売ってないか!?
『いいのよ。大丈夫だから、それは心配しなくていいわ。それよりどうかしら、頼まれてくれる?』
冗談めかしつつも、その声から緊迫感が抜けない。余程の大事と見える。
――分かった、引き受ける
『ありがとう、ジェス。大好きよ』
明らかな安堵の声。
仕方ないな。俺は仲間達に新たな指示を出す。
「予定変更だ。今からこの迷宮を踏破する」
『はい!?』
今、皆の心が一つになった。俺以外。
でも気持ちは分かるけど、その間抜け面は何とかしようぜ。
いきなりの方針転換だったが、仲間達は特に文句も言わず従ってくれた。ありがたい事である。
「ゼン様、いきなりどうしたんですか?」
でも動機は気になるみたいで、カーティスが理由を尋ねてきた。
「神託だ。このまま踏破しろって言われたよ」
『はい!?』
こんなやり取りだったのだが、みんな驚きはしても疑う者はいなかった。
そもそも魔法師は神と契約した者の事だ。珍しくはあるが、神託を受ける事もない訳ではないらしい。
それに、ここまで各々手応えを感じていたのだろう。まだまだ物足りなかったようで、喜ぶ節も伺えた。
だが――
「悪いが時間がないみたいなんだ。だから、ここから先は“調教師”がやる」
彼女がこのままでは間に合わないと、あそこまで焦った声を出すんだ。本気でやらないと拙い空気がヒシヒシと感じられる。
「いえ、構いません。本気のゼン様が見られるのなら願ってもない事です」
「見学するのも勉強と言ったのはゼン殿ではないですか」
「あ、そう?」
随分と理解のある言葉だ。だけどね、カーティス。俺は戦わないよ? 戦って敵を倒すのは女性陣の役割なんだから。
実際のところ、“調教師”の火力は過剰気味である。
しかも今回はスピードを重視して魔物の剥ぎ取りをしないで行くのだから尚の事だ。
「“蒼炎弾”」
「“石筍”」
サエとクミが出張れば、それだけで蹂躙である。
「うわ…」
「すご…」
「あ、有り得ない」
「なんだこれ」
等々、戦闘を繰り返す度に同行者たちの呆れたような感嘆が続く。
「二人ともさすがね。楽でいいわ。くすくす」
アリスだけは魔国の姉妹で見慣れている――というか魔国ならアリスは蹂躙する側だ――ので、余裕の態度を崩さない。
「ここか」
この迷宮の攻略が地下二十階で止まっている理由。
目の前に鍵のかかった扉があった。
「できればこいつはルダイバーに開けさせたかったんだがなぁ」
残念だが仕方がない。先を急ぐ以上、俺が開ける以外に手はないのだ。
――カチャ…ピン
鍵を開けると扉が開いていく。
ゴゴゴゴゴゴゴ…
「さぁ、行くぞ」
仲間達に一声掛けて、足を進める。
「は、早い」
「え? 今、何かしたのかい?」
「……俺もまだまだだ、です」
呆然とする彼らと対照的なのは女性陣だ。
「さすが先生です」
「みんな放心しているわね」
「それにしたって今のは早かったよね。みんなの気持ちもわかるよ~」
そういや、サエとクミは俺が本気で鍵を開けるところを見るのは初めてか。
上級迷宮の時は攻略に必要な最低限の鍵しか開けなかったし、利き手の親指がなかったから、結構時間掛かってたしな。
「さすがチロ。ルダイバーとは年季が違うね」
アリス、それは言っちゃいけないお約束と言う物だ。
「何をしている? 置いて行くぞ」
振り返り、皆を促して先へ進む。
本気を出した俺達は、その後もさくさくと迷宮を進み、ついに地下二十四階へと辿り着いた。
「Cランクに上がれると思ったらBランクの条件が目の前に…」
「おいこらやめろ! これは俺達の実力じゃねぇ、ゼン様たちの御力だ」
「分かっている。次は実力で来てやろうという意気込みをだな――」
いい心掛けだ。そんな彼らを頼もしく思いながら注意する。
「この先は間違いなく護り手の部屋だ。みんなは手を出すなよ? 端っこで見学していろ」
カーティス達が頷くのを確認してから、今度は“調教師”に指示を出す。
「アリスは悪いけど、見学者の守りを優先してくれ。サエとクミは俺が指示を出したら一斉攻撃だ」
「分かったわ」
「了解だよ~」
「チロ、壁役はいなくていいの?」
「一刻を争う。出し惜しみはなしだ。最初から本気でいく」
「うん、分かった。なら心配いらないね」
ゴゴゴゴゴゴゴ…
扉が開くと、そこには完全武装した巨人の姿が――あれ、デジャヴ?
「またお前か。……いや、別人か?」
前に見た巨人とは違い、こいつの鎧は黒い。巨人の黒騎士だ。
まぁ、どっちにしろ――
「すぐ終わらせるけどな」
こいつら巨人の護り手は、見極める者であると同時に武人でもある。
先制攻撃をしてこないし、一定の距離に近付くまで構えさえしない。
油断なく相手を見続けるだけだ。
「けど、それが敗因だって教えてやったろ? ああ悪い、別人だっけ」
歩いて近付きながら準備を整え――そして告げる。勝利の宣言を。
「“操られる道化”」
巨人が動き出すギリギリの距離で立ち止まり、後ろの二人に合図を出す。
「サエ、クミ、やれ!」
「“息を詰まらせろ”――“そして死ね”――“溺死”」
「“痺れて”――“落ちろ”――“電撃”」
おや、意外だ。一斉攻撃って言ったのにコンボを決めてくるとは。
でも、いい判断だな。サエとクミも冒険者として成長していたって事か。ちょっと見直した。
《――――!!!!》
巨人の騎士は自らの異変に気付き身を捩るが、一歩も動けない事に変わりはない。
成す術など有ろう筈もなく、護り手はそのまま手も足も出せずに沈黙した。
「また一撃だ、です」
「護り手が何も出来ぬとは、どれほどの実力差があるのだろうか」
「アレは参考にしてはいけない気がする」
カーティス達は呆然と――
「もう驚かないよ。彼らは規格外なんだね」
「何者だよ、この兄ちゃんたち」
「先生、凄すぎです」
――ダグラス達は半ば呆れながら、そんな感想を漏らしていた。
うん、見学者たちの声は聞こえないフリをしようか。
「さあ、次の部屋で踏破だ。行こう」
そして、最深部の部屋に入った俺達が目にしたものは――
力なく横たわった白い虎だった。